獅子たちは亡霊騎士の出現を待つ
少し短めになりました。
蓋のついたバスケットに、スモモとブラックベリー、それから昨日焼いたというクッキーを詰めて、娘と母、それから父はラドミラの後ろ、レオシュとオレクの前を歩いていた。
ほどなくして、六人は森の広場に到着した。端にはテントというよりは大人数が入れる天幕がすでに建てられ、その前の切り株にメトジェイが腰かけて帰還を待っていた。
「戻りました」
「お帰りなさーい」
先頭を歩いていたラドミラの帰還の報告に、メトジェイはにこにこと笑って答える。必要な呪符の設置はすでに終わっていて、今は小休憩中だ。
「こちらへどうぞ」
ラドミラは、父母娘を天幕へと招待する。床にはいつもの演習時にはないラグが敷いてあって、クッションまで持ち込まれている。まあ、民間人は長時間ここで過ごすのは難しいだろうから、この心遣いは必要なものだろう。
壁際に置いてある木箱には、衛士隊の備蓄食料からある程度の時間をここで過ごすための物資が置かれていた。
「レオシュさんたちも一旦こちらへ」
レオシュとオレクの二人は天幕へは入らず、メトジェイと何か情報を共有していたが、それを気にせずラドミラが三人を呼ぶ。手にしているのは、水の入った瓶だ。
「一旦喉を潤しておきましょう。多分そろそろあちらは痺れを切らすと思います」
「なにかよくないものも破裂しそうなほどに高まってるし、うん、そろそろだろうねぇ」
「間に合ったようで何よりですよ」
天幕の中央付近に敷かれたラグに、親子を座らせた。どれほどの時間亡霊騎士の出現を待つのかわからないし、戦闘が始まってもすぐに終わりはしないだろう。難しいとは思うが、楽にするようにと伝えてはおく。
天幕の内側にラドミラ、外のすぐにメトジェイ。レオシュとオレクは互いに距離を取りつつ、広場のやや天幕よりに立っていた。
「衛士隊の保存食名物、ブロッククッキーはいかがですか」
「それあれだろ。噛み砕く前に亡霊騎士出てくるやつだろ」
「まあ多分そうなりますよね。いやそうなると程よく初撃に力が乗りますよ」
ライドミラとオレクの軽いやり取りを、緊張した面持ちで親子は見つめる。彼らの雰囲気を見るに、それほどの大事ではないのだろうか。いや、自分たちにとっては大事なのだが。
レオシュとオレクからいらないと言われてしまったラドミラは、ブロッククッキーを今度はメトジェイにすすめて緩やかにお断りされていた。まだ開封していないのでそのまま木箱に戻せばいいだけなのだが、なんとなくラドミラは家族へもすすめる。少し興味はあったが、戦いなれた人ですら断るものを自分たち一般人が食べられるはずはないと、結局断ることにした。
「ああ、来た、ねぇ」
少しうなだれながらラドミラがブロックキーを木箱にしまってラグの敷かれた場所に戻って来た頃、メトジェイがそんなことを言う。すでに軽い準備運動を終えていたレオシュとオレクはそっと位置を調整する。
「閉めますか?」
天幕の片側は開いていて、広場がよく見える。そうしておくことで、亡霊騎士の出現場所をある程度絞るための道を作っていたのだ。しかし現れた後であれば、閉めることは問題ない。物語は、もうジャンルが変わったのだ。
「開けておいて、戦いを観戦することもできますが」
亡霊騎士はおそらく、その登場時から恐怖をばらまくだろう。そういう存在であり、それは開いていても閉まっていても変わりはない。
亡霊騎士のばらまく恐怖から恐慌に陥ってしまえば、それは相手の思う壺であるが、一般人三人が暴れたところで衛士であるラドミラと戦いなれた人のメトジェイでどうとも鎮圧が可能である。だから、ここは、どちらでもかまわない。
親子は顔を見合わせて困惑している。それもそうだろうな、とラドミラは急かす事無くゆっくりと待っていた。戦いなれた人が戦うところを見ることは少ない。
「始まってからでも閉められますよ」
「ああじゃあ、それで」
代表して、父親がラドミラに言葉を返した。少し、見てみたいという気持ちもある。きっといい話のタネににもなるだろうし。
「さて始まるまでの間に、少し今後のお話でもしましょうか」
ラドミラは天幕の外と、それから親子の両方を視野に入れながら口を開いた。
「この戦いの後、すぐにではありませんがアバルカスまで足を運んでいただきます」
「アバルカスまで?!」
その驚きはもっともである。ハンブリナからアバルカスまでは移動方法にもよるが大体二十日はかかる。
「はい。アバルカスにある魔法学院にてお話を伺いたいと」
「お、お断りすることは……?」
「構いませんが、そうしますと魔法学院から人が来まして、彼らが満足するまでこの町の中で付きまとわれることになると思います」
アバスカルであれば、衛士隊の者が夕方迎えに行きそこで強制的に終了させることも出来るが、彼らが自らの意思と金でハンブリナまで来て親子に付きまとったとしても、衛士隊にできることなど何もないに等しいのだ。一応迷惑だと親子が衛士隊に訴えればほどほどにしてくださいねと注意はできるが、彼らにしてみれば、ほどほどにしているつもりだろうから、多分、何の役にも立たない。
「考えておいてください」
道中の護衛やらなんやら、実際詰めることもたくさんあるからすぐの出発ではない。ただ魔法学院からの要望を伝えておかない訳にもいかないと、それだけの話である。
「来たよぅ」
案外早く、それは姿を現した。
鳥の声はしなくなった。虫の声もしなくなった。
あるのはただ、静寂だった。
森の木々の間から、ゆっくりと、音もなく黒い鎧にその身を包んだ亡霊騎士が歩を進めてくる。馬のひづめの音も響かない。
亡霊騎士をその背に乗せた頭部のない馬はゆっくりと森の木々の間から広場へと姿を現した。メトジェイは亡霊騎士が完全に広場の中に入ると、手にした呪符を破く。ラドミラたちが親子を迎えに行っている間に設置しておいた呪符が反応し、広場を閉じた。これで、森への被害は防ぐことができる。
「では、始めるとしようか」
レオシュはその背に負っていた戦斧を持ち直した。にやりと笑うその様は、牙が剥き出されどちらが討伐の対象か分からぬほどである。