第六話
「へー、色々あるんだなあ」
ソーマがイメージしていたのは魔物を討伐するもの。わかりやすく、倒した魔物の決まった素材を持ち帰って報告する。
しかし、実際にはそれ以外に森や山に生えている素材の採集、街から街の護衛、子どもの子守り、怪我の治療、近くにある村の警備、荷物の運搬などなど様々なものがあった。
「お前、登録したばかりなんだろ?」
隣で掲示板を見ていた冒険者の男が声をかけてくる。ソーマよりも背が高く、およそ二メートルはある。
その男は鎧を身にまとい、顎ヒゲを撫でながら視線は掲示板から動かさずにいる。
腕組みをしており、その腕はミッシリと筋肉が詰まっているのがわかる。
「えぇ、ついさっきです。なのでこうやって依頼を見てるんですけど……どれを受けるかワクワクしますね!」
威圧感のある相手だが、ソーマはひるまないどころか笑顔で返事する。
その様子を周囲にいる冒険者たちは内心ドキドキしながら見ていた。
大男の正体はこのギルドでも名の知れた冒険者で、実力はあるが横暴でわがままで気難しい性格だと知れ渡っている。
「お、おい、あのルーキー、ゲンガンに絡まれてるぞ!」
「こりゃ、死んだな」
そんな男、ゲンガンに対してソーマが軽口を聞いているのを見て、安心できずにいた。
「はっ、初心者冒険者がそんな口を叩くとはな。なかなか面白いやつみたいだが、弱いやつが偉そうなことを口にするのは、ちょっとばかし生意気だな」
笑顔だが、ソーマの生意気な態度に苛立ちを覚えている。
「そうですか、なんだかわからないですけどすみません。どれがいいかなあ……」
ソーマはニコニコしながら男に謝罪すると、すぐに掲示板に視線を戻す。
「てめえ、だから、それが、生意気だって言ってるだろおおお!」
ゲンガンは大きく振りかぶった拳をもって、ソーマを殴りつけようとする。
(これはくらったほうがいいのか? それとも避けたほうが? いや、どれくらいの実力なのか計るために受けてみるか)
そんなことをソーマが考えている時間は、わずかコンマ数秒。
結果、ゲンガンの拳はソーマの顔に綺麗に命中した。
「ひいっ!」
「きゃあっ!」
「うわっ!」
周囲の冒険者や受付嬢が声をあげた。中には手で目を覆う者までいた。
「なるほど……」
ボソリと呟いたソーマだったが、周囲の反応がおかしいことに気づく。
殴ったゲンガンですら、奇妙な顔をしている。
(もしかして、この人に殴られたらかなりのダメージを受けるとみんな想定してるのか……だったら!)
またもや、一瞬のうちに考えを巡らせたソーマは次の行動に移る。
「うわあああああああああああっ!」
叫び声をあげながら、自分の力で吹っ飛んでからゴロゴロと転がっていくソーマ。数メートル転がったところでソウマは動きを止める。
ギルド内にいた全員、そして隣の酒場にいた人々も殴ったゲンガンと殴られたソーマのいずれかに注目し、目を丸くしていた。
その全員の中にはギルドマスターが含まれていたのはゲンガンにも想定外のことだった。
普段は下に降りてくることはそうそうあることではないが、ソーマの身分証の件があったため様子を見るために降りてきていた。
「ゲンガン! ギルド内で一方的に暴力を振るうとは何事です! しかも、登録したばかりの新人に対してのこと、しかも彼は動けなくなっているではないですか! 君はランク降格でCランクとします! ランクアップ試験を受けるには彼への治療費提供、謝罪、そして奉仕活動として雑用依頼を三十件こなすことを必須条件とします!」
ギルドマスターは大勢の前で断言することでゲンガンに言い訳をさせないようにしている。
「う、うぅ……」
圧倒的に自分の立場が悪いとわかっているゲンガンはチラリとソーマに視線を向ける。
そこにはピクリともしないソーマの姿がある。
「……わかった、騒がせてすまなかった」
その結果にゲンガンは項垂れて謝罪をし、ギルドマスターの裁定を受け入れることにした。
「終わったかな? ちなみに俺への治療費と謝罪はなしで大丈夫です」
なにやら話が進んでいたためソウマはしばらく黙って動かずにいたが、ひと段落したところでそう言って立ち上がり、再び掲示板の前に歩いて戻っていく。
「えーっと、何がいいかな?」
なにごともなかったかのように依頼を見ているソーマに対して、全員が固まり、内心で総ツッコミを入れていた。
(((((えええええええ! お前倒れてたじゃん!!)))))
「あ、あの、ソーマさん? お怪我は、ないのですか?」
その声はソーマの冒険者登録を担当した受付嬢であり、カウンターから出てきて質問している。
「えーっと、とりあえず大きな怪我はないです。さすがにちょっと痛かったですけど(自分で吹き飛んだ時に身体を床にぶつけたのが)」
「ちょ、ちょっとですか? あ、あんなに遠くまで吹き飛んだのに……医者か回復魔法使いに見てもらったほうがいいのでは?」
受付嬢はおどろいて再度質問するが、ソウマは首を横に振る。
「いや、大丈夫です。それより、用紙に書いてある番号をメモしていけばいいんですよね?」
「は、はい。あまり多く受けるのはお薦めできませんが、二つ三つくらいなら同時に受ける方もいらっしゃいますよ」
その説明を聞いたソーマは、目星をつけていた依頼の番号をメモする。
「それじゃあ、早速受付してもらってもいいですか?」
「わかりました、それでは先ほどの受付にどうぞ」
ソーマと最も接する時間が長かった彼女は他の人々よりも慣れが早く、落ち着いて受付業務へと入る。
「それじゃあ、F-10番、Eー8番の二つをお願いします」
登録したてのソーマは一番下のFランクであるため、一つ上のEランクの依頼まで受けることができる。
「承知しました。ゴブリンの討伐五体、それとホーンウルフの討伐三体ですね。討伐すると冒険者ギルドカードに討伐記録がなされますので、完了したらこちらにカードを提出して頂ければ達成となります」
「このカード便利ですね、魔道具ってやつですか?」
科学が発達していないこの世界において、魔法学や魔道具が発展しておりそこかしこで使われている。
「その通りです。そのため再発行にはお金がかかってしまうのです。くれぐれもなくさないように気をつけて下さい。それと、魔物の素材は買い取り対象になっているので物によって値段をつけさせていただきます」
その説明を聞いたソーマは色々と楽しくなってきたとワクワクしていた。
「ゴブリンは西の森や道中の平原に生息しています。またホーンウルフも同様のエリアにいます」
「わかりました。それじゃあ、行ってきます!」
受付嬢に別れを言うと早速出発しようとする。
しかし、そのソーマの前に立ちはだかる男がいた。
「おいお前、俺だけ罰くらってるのにお前だけ依頼を受けるだなんてありえないだろうが!」
それはゲンガンだった。彼は既にランクダウンの罰を受けているため、もう怖いものはなく、ソーマをやり込めないと気がすまなくなっていた。
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