第二話
「それじゃあアスル行くぞ……と言ってもどこに行けばいいのやら」
周囲を見まわしても、草草草、草原であるため当然ではあったが草に囲まれている。
「ピー」
ソーマがどちらに進もうか悩んでいると、アスルが声をかけどこかへと誘導しようとしている。
「もしかして、そっちに道があるのか?」
「ピー!」
その通りだとアスルが返事をする。契約したことで、互いの意思疎通が容易になっていた。
アスルの案内で、草原の中をしばらく進んでいく。
「……ん? 何かが聞こえる」
まだ街道は見えてこないが、遠くから人の声が聞こえてくる。
「だ、誰か! 誰か助けて!」
それは女性の声。そう判断できた時にはソーマもアスルも走り出していた。
草をかき分け走り抜ける。
抜けた先は草原ではなく街道だった。
そこには倒れている剣士が二人、身なりのいい若い少女が一人、そして同じく身なりのいい男性が額から血を流して膝をついている。
「た、助けて下さい!」
少女がソーマへと必死に助けを求める。
彼女らに襲いかかっているのは身の丈五メートルを超える鬼のような魔物。
手に持つ大きなこん棒によって、馬車が潰されている。
「これはなかなかのピンチみたいだ。アスル、やるぞ!」
「ピピーッ!」
ソーマは武器を持っていないため、ただただ拳を構えている。
「そんな……あぁ、神様。お助け下さい!」
武器の一つも持たない男と、一番弱い魔物であるスライムのコンビ。
彼女はなんとも頼りないその背中に運命を託すため、両手を組み合わせて神に祈っていた。
「さて、俺たちの力がこいつにどこまで通用するか……って、こいつって強いのかな?」
これから戦うという状況であるにもかかわらず、ソーマはのんきに戦う相手の強さについて呟いて首を傾げている。
「つ、強いです。護衛の騎士も手練れの二人でしたが、オーガソルジャーの前にはなすすべなくやられてしまいました……」
彼女の言葉からすると、腕のある者でも太刀打ちできないほどには強い。
そして、名前がオーガソルジャーということがわかる。
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種族:オーガソルジャー 性別:男
レベル:20
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「普通のオーガじゃないのか、強そうだな……ま、いいか。それなら、こいつを倒せたら俺の実力もそれなりってことだなっと!」
ソーマは地面を蹴り、一瞬で距離を詰めるとオーガソルジャーの懐に入った。
「う、うがっ!?」
あまりの速さに何が起こったのか理解できないオーガソルジャーは困惑し、目を丸くしてソーマのことを見ている。
「反応はイマイチだな。さてさて、硬いというその皮膚は、どうかな!」
ソーマは武器を封じて、木の棒を持っている右手ではなく、空いている左手でオーガソルジャーの腹をぶん殴った。
「ぐはあああっ!」
その一撃を喰らったオーガソルジャーは声をあげながら数メートル後ろに吹き飛ばされていた。
拳にはオーガソルジャーの骨が砕けた感触がある。
「あれ?」
ソーマはそれを見て首を傾げていた。彼がやったのは素手で殴っただけである。
普通の人間が拳で殴ったくらいで、オーガソルジャーが吹き飛ばされ悶絶しているなどという光景が生まれるとは思いもしなかった。
「えっと、アスル……まだ生きているみたいだからとどめを刺してくれるか?」
「ピー!」
もちろんだと返事をすると、アスルはオーガソルジャーの頭部に巻きついて呼吸を止めて、文字通り息の根を止めた。
「……」
「……」
その様子を見ていた、傷ついた男性と助けを求めた少女は無言になっている。
「えーっと、これで魔物は倒しましたが……大丈夫ですか?」
他に魔物の姿は見えず、ひと段落したためソーマは男性と少女に声をかける。
「あ、あぁ、助かったよ。ありがとう……」
「え、えっと、その、ありがとうございます」
二人とも口では礼を言っているものの、驚きのほうが強く未だに信じられないものを見たといった様子でいる。
「何かまずかったかかな……? まあいいか、倒れている二人の様子を見てこよう」
二人の反応をどう受け取った者か考えたソーマだったが、すぐに切り替えて倒れている騎士のもとへと移動する。
まず一人目の騎士の様子をかがんで観察すると、呼吸をしているが荒く表情は険しいものである。
「どれくらいのダメージなのかわからないけど……」
ソーマはそこまで口にして、自分のステータスを思い出し騎士の胸のあたりに手をあてる。【治癒神の加護】、その加護名をイメージしながら手のひらに魔力を集中させていく。
「ヒーリング」
これまた、使ったことはなかったが自然と回復魔法の名称を口にして発動させる。
すると、騎士の身体がぼんやりとした光に包まれていく。
「回復魔法!?」
戦闘力の高いソーマが回復魔法を使っている。しかも、その効果はてきめんで騎士の表情は穏やかなものへと変化して、呼吸も落ち着いていた。
「さて、もう一人もっと」
ソーマはもう一人も騎士も同じように魔法で回復していく。もう一人も問題なく治癒されていく。
「二人は無事みたいなので、あとはあなたの傷も治しましょう。失礼して……ヒーリングっと」
三度目ともなれば慣れたもので、ソーマは身なりのいい男性の傷を回復する。
「あ、ありがとう……」
礼を言うが、一瞬で傷がふさがったことを治った今でも信じられないようで、何度も額を触っていた。
「あ、あのあなたは一体?」
少女が当然の質問をソーマに投げかける。
しかし、当の本人は答えに困ってしまう。こちらの世界に来たばかりで、わかっているのは自分の力の一端と加護をやたらともらっていることくらいだった。
「その……俺の名前はソーマ……一応、旅人です」
自分が持つ答えの中で、およそ最も無難であるものを口にする。この答えでなんとかこの場をしのげるかどうか賭けだった。
「なるほど! 旅人さんですね!」
(どうやら、なんとかなったらしい……)
ソーマは少女の反応を見て救われたと安堵する。
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