プロローグ
新作です。よろしくお願いします
神々が住む天界と呼ばれる場所。
そこに、ただ一人、人間である男が共に住んでいた。
「せい! やあ!」
その男は今は剣の修業中であり、重りの入った木刀を振っている。
彼の見た目は一般的な日本人、黒髪黒目で身長は平均よりやや高い180センチそこそこ、引き締まった肉体は鍛えられていることを現している。
年齢は若く、高校生程度でまだあどけなさが残る顔立ちだ。
「いいぞ、そのままあと千回続けるんだ!」
ここまで九千回素振りを続けている彼に対して、続けるよう指示をしているのは武神と呼ばれる神である。
「りょう、っかい!」
不満を口にすることなく、彼は訓練を続けていく。
その修行風景はこの天界では既に当たり前のものであり、他の神々も彼を笑顔で見守っている。
ここにいる神々は、彼こと北神蒼真の師匠である。
彼は地球で唐突な死を迎えた。それは地球の神の手違いによるものであり、異世界で新しい生を受けることで補填するという話だった。
特別な力を与えて転生させてくれるとのことで、好きな能力を選んでいいと言われた彼の反応は芳しくなかった。
「別になんでもいいよ……」
今まで自分で選ぶ、自分で望むということの少なかった彼は困ったような表情でポツリと呟いた。
それは彼の人生においてとても悲しいことであり、彼から選ぶ気力を失わせていた。
そんな彼に神達は一つの提案をする。
選べないのであれば、ここで全てを試してみるといい、と。
それから、数百年。
ソーマは神達の世界で修業を続けていた。
誰にも邪魔されずに新しいことに挑戦でき、神達は優しく教えてくれる。彼にとってこの上ない、最高の環境だった。
そして、今日、ここで一万回の素振りを終えることが最後の修業になった。
「九千九百九十七、九千九百九十八、九千九百九十九……」
教えている武神が数を数えている。
『一万!!』
そして、最後の一回はこの場にいた全ての神が声を揃えた。
「やった……クリアしたあああ!」
雄たけびをあげるソーマに、みんなが笑顔に、中には涙をこぼしている神までいる。
「ソーマ、よくやった。これで全員の加護を得られることとなった……すごいぞ!」
「ありがとう、みんなが良くしてくれたからこうやって乗り越えられたんだよ。楽しかった」
修業は苦しいだけでなく、色々な力や知識に触れられたことは彼にとって楽しみでもあった。
「そう言えるのはお前の心が強いからだ……さて、伸び伸びになっていた異世界への転生だが、最初に話していたとおりの条件でいいんだな?」
その問いかけにソーマは笑顔で頷く。
彼が異世界に向かうにあたって、条件を詰めていた。
・年齢は高校生くらいで成長の余地が一番大きい頃。
・ここにいる神々の加護を受けていく。
・この天界でのことは記憶から消して、ただ一人のソーマとして生きていく。
「でも、みんなのことを忘れるのはやっぱり寂しい気がするなあ……」
何にも興味を示せなかったソーマだったが、ここでの修行生活で多くの楽しみを覚えることができた。
「その思いは我々も同じだ。だが、お前はあちらで人間として生きていく。そこに神の記憶があってはすんなりと溶け込めないかもしれない。安心しても、お前の心には我々の記憶が刻まれている」
これは何度も神々から説明されたことであり、ソーマは改めて頷く。
「みんなとの暮らしはとても楽しかった。あちらでは人間として生きて、また楽しいことを見つけてみるよ……でも、また死んだらみんなに会いたいかな」
寂しさをにじませてへにゃりと笑って言うソーマのその言葉に嗚咽をもらす神もいる。
「あちらの世界はレベルやステータスがあるゲームのような世界だ。しかし、魔物がいて危険だ。我々は転生後は加護以外の手助けはできん……」
武神はつらそうな表情で言う。
「ああああ! もう湿っぽいのはやめようよ! 人間の人生はせいぜい百年、その人生をソーマには謳歌してもらう! そのあと、再会を喜ぶってことでいいじゃないか!」
光神が暗い顔をする武神を見て無理やり明るくしようとする。
「そう、だよね……ところで、あっちに行った俺は何かやったほうがいいこととかはあるのかな?」
もう覚悟を決めているソーマが質問する。
「そう、だねえ……好きに生きていいというのが前提なんだけど、さっきあいつがした話にもあったように魔物がいる世界で、危険なやつも多い。どれを、ということはないけど魔物を倒してくれると嬉しいかな」
光神の説明を聞いていると、ソーマの身体が徐々に薄くなっていく。
「わかったよ! これもきっと忘れるだろうけど、多分魔物と戦うから大丈夫……」
最後まで言いきらないうちにソーマは転生していった。
「ふふっ、人間なのに面白い人だったね」
「全員の修業を乗り越えるとはな……」
「あいつ……強い」
「面白くなりそうだなあ」
神々はそれからしばらくの間、ソーマの話で盛り上がっていた。
「……これでいいのか?」
その中にあって、一人堅い表情の武神が隣にいる神に質問する。
「うむ、すまなかったな。彼は地球で辛く苦しい日々を生きていた。みんなと共に修行したのはもしかしたら彼にとってやりたいことを自由にできた初めての機会だったのかもしれない……」
それはソーマが死を迎えた地球の神だった。
地球の神はソーマが今度こそ幸せに生きられるように、好きなことができるように願っていた。
それを聞いた、異世界の神々はソーマの望みをかなえて共に過ごすうちに彼に親愛の想いを抱くようにまでなっていた。
「あちらにいけばすぐに自分の力に気づくはずだ。そうすれば、自由に生きられるだろう」
「そう願おう……」
そんな二人もソーマが先ほどまで立っていた場所に視線を向けて、慈しむような笑顔になっていた。
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