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アシュリン・リルレットは殴りヒーラーになりたい

作者: 水香衣結

 新米冒険者アシュリン・リルレットは身長ぐらいまでの長さのある木の杖を両手に持って今日の食い扶持を求めて酒場へ赴いた。

 酒場にはまだ似合わない年頃なのか酒場の中をきょろきょろと見回している。

 やがて壁にたくさんのメモが貼ってあるのに気付き、至近距離でじぃっと眺めて内容をよく見ていく。

 遺跡の最奥の探検パーティの誘い・レアなモンスターの討伐チーム募集や、村の収穫の邪魔をする動物の狩りやアイテム収集の手伝いなどいろいろである。

「なかなかないなあ」

 ふーむと眺めながらアシュリンはつぶやく。新人にとってちょうどよい任務(クエスト)が見つからないのだ。

 楽してたくさんの報酬を得るなんてそうそうない。

 ましてや新人に大規模討伐のお誘いなんてあるわけもなく。

 冒険者になると決めて一大決心して冒険者になったが、現実はそんなに甘くないと実感してしまうものだ。

 はあ、とため息を付いて自分にもできそうな任務(クエスト)に手を伸ばした。



 どうしてこんなことになったのだろうとギルバートは毒づく。

 早いところ安全を確保をしたいところなのだが、手持ちのアイテムはすでに尽きており現状を打破する策が思いつかない。

 ああ俺が何をしたんだろうと天を仰ぐが、木々の隙間から空が見えるのみ。

 この森の中からせめて抜け出したいが闇雲に走り回った結果、森の外が分からない状態になってしまった。迷子である。

 こんなことならおとなしく実家でおとなしくしていればよかったと後悔してしまう。

 まずはなんとかして生き残らなければ――。



 バキと小枝を踏み音がすれば自身が向かう先から低い声がした。

「誰だ!?」

「通りすがりの冒険者ですけど」

 アシュリンが素直に相手の問いに答えると、木々の隙間から男が現れた。装備の様子から同じ冒険者のようだが。

「こんなところで何をしている」

 アシュリンの問いに答えることなく男が疑問を続ける。

 何をと言われましても、任務(クエスト)のためですがとしか答えようがない。

「ここの魔獣の皮を集めるために来ました」

 ざっと二十程。狩った魔獣から皮を剥いで酒場に持っていく。それで今日の生活はなんとかなりそうだ。

 見たところ同じ冒険者そうなので同じ理由で来ていると思っていたが、彼の姿は随分と疲労の色が見えている。何かあったのだろうか。

 青年はバツの悪い顔色を浮かべすまないと謝った。

 なぜ謝るのだろうかとアシュリンは首をかしげるが、その疑問はすぐに分かることになる。

「くそっ、追いつかれた!」

 場の空気が変わる。嫌な気配だ。

「まさか群れに?」

 任務の狩りはちまちまやるのがちょうどよいと思っていたのだけど、運が悪かったのか群れを刺激したようだ。

 興奮して殺気立っている魔獣の群れがアシュリンと青年の周りを取り囲んでいく。

 このままでは噛み殺されるのが関の山ではあるが、アシュリンも彼も冒険者だ。ひとりでは手に余るけれど二人で連携すればなんとかなるかもしれない。

 アシュリンは手に持っている杖をぎゅっと握りしめ、戦闘態勢になる。

「やるのか、こいつらを」

 青年は驚いたように声を上げる。

「任務対象なのですが、さすがにちょっと数が多いですよね」

 一体ずつなら引き付けて戦えるがさすがに数が多すぎる。

 アシュリンがこなせる任務(クエスト)とはいえ限度がある。

「俺も任務対象なんだけどあんなに相手できねえし」

「な、なら一緒にやりませんか!

 効率を考えたら一人より二人でこなしたほうがいいのでアシュリンは提案する。

 青年はアレを刺激して逃げてきたんだけどなと頭をかくが、どのみち倒さないと森から出られそうにないいので腹をくくったようだ。



 魔獣の群れが襲ってくる。

 魔獣の攻撃対象(ヘイト)は剣士の青年に集まっており一斉に飛びかかってくる。

 青年はやけくそになりながら、持っている長剣の鞘を抜き魔獣たちに対峙する。

 アシュリンは魔獣の攻撃を和らげるように自分たちに防御のシールドを張る。襲ってくる牙や爪の鋭い痛みは鈍い衝撃に変わっていくらかマシになる。

 むき出しの皮膚に引っかかれた部分はきっちりと皮膚が裂ける痛みがするのでとても痛い。

「ってぇ」

「回復いきます!」

 杖に力を集中させてアシュリンは重ねて防御のシールドを重ね、受けた傷を回復する治癒を行う。完全治療とはいかないが戦闘中の応急処置としてはまあまあだろう。

「くそっ」

 青年が剣を振るう。その動きに無駄があるようで大振りな剣の動きは魔獣を仕留めるには何度か切り合わないといけない。

 傷はアシュリンの治癒で治るけれど、体力のほうが先に尽きかねない。早く倒しきらないと。


 大きく振り下ろした剣が魔獣を大きく引き裂く。飛び散る体液に顔をしかめているのか嫌そうな声が上がる。

 急ごしらえだったので青年にのみ強化の補助をしていたがアシュリンは自分にも補助をする。

 強化をすることによって多少これで戦えることができるはずだ。

 樹でできた杖で魔獣を叩く――が、命中しているとは程遠くかする程度の手応えだった。

 青年の致命傷に届かない攻撃よりももっと弱い攻撃。

 それでもアシュリンに攻撃対象が向かう程度には敵対心(ヘイト)稼ぐには十分だった。魔獣の一体がアシュリンに牙を向ける。大きく跳躍して飛びかかってきた。

「このっ――」

 思わず目をつぶっていまい冒険者らしからぬ行動をとってしまうが、青年が背中をあけた魔獣を背後から切りつけた。深く刺さった攻撃によって、大きくなうめき声を上げて魔獣が倒れた。

 自身の無事を確認するとアシュリンは目を恐る恐る開ける。そこで青年を目が合う。

「俺がやる」

 お前は、俺の補助と回復に専念しろと。

 できれば一緒に戦いたかったが、初対面の人と意気投合してうまくそう簡単にできるわけではない。

 だけどアシュリンにはうまくできるような気がした。何故だか。

 ヒーラーが前に出て戦うという前例がないので、息が合わなかったせいだと思ってしまう。

 次は大丈夫な気がしてきている。

 数が減り、あともう少しというところに魔獣たちが連携を取り出した。

 闇雲に飛びかかってきた始めと変わり、攻撃をうまくできないように飛びかかってきている。

 アシュリンは邪魔をしないように背後で待機していたが、青年の攻撃がうまくいかないので補助をする。

 光を放ち魔獣の目を眩ます。攻撃の連携が乱れその場に立ちすくむ魔獣。

 よくやったといわんばかりに青年の攻撃がきれいに魔獣に届く。

 一体一体数を減らし、やがて最後の一体になる。手を抜かずに最後の一体も仕留めていく。

 青年が剣を振り、アシュリンは杖に聖なる属性を付与して追撃を入れる。彼の攻撃の邪魔をしないように今度もまたぺしんと軽く叩いてしまったが、属性のせいでそこそこのダメージが与えられた。

 無事に魔獣が片付いてアシュリンは気が緩みぺたんと座り込んでしまった。

 少しずつ任務(クエスト)をこなしていくつもりが、随分と大立ち回りをしてしまった。

 腰が抜けたみたいで思うように立ち上がらなかったが、青年が手を差し伸べてくれて無事に立ち上がることができた。

「あっ――」

 その光景をどこかで見た覚えがしてアシュリンは思わず声を上げるが、どこで見たのだろうかと首をかしげるがすぐにその光景を思い出し、今までのこと思い出す。



 アシュリンは時々悪夢を見ていた。

 今よりもずっと立派な装備をまとって、たくさんの仲間がいた。

 そこに先程出会った青年もいた。彼はそこのリーダーで、アシュリンも一緒に戦う仲間だった。

 実力もあり僻地のボスや珍しいアイテムを見つけて、それなりに羽振りがよかった。

 あのときもしっかりと準備をしてダンジョンの奥にパーティで向かったはずだったのだが、そこのモンスターとの実力差に打ちひしがれとても奥に進めないと判断したパーティは引き返すことを選択した。

 選択したはいいがモンスターに追いかけられながらだったので、パーティの一人が殿を務めながら逃げていったのだった。

 殿はひとりひとりと減っていき、やがてアシュリンと青年だけになった。

 どういうわけかダンジョンの行き止まりに誘い込まれ、前はモンスター後ろは絶壁という状態だった。

 アシュリンはこのとき皆と逃げられる魔法を習得していたらと強く後悔した。それがあれば誰も失うことなく逃げられたはずなのに。

 パーティがいるから回復(ヒール)補助(バフ)以外のことを習得しなかった結果がこれだった。

 それに皆はアシュリンが助かるように動いていった。なんと不甲斐ないことなのか。

 守られるだけでなにも役に立てることができなかった。

 万全の状態で皆がいれば目の前のモンスターぐらい倒せたかもしれないのに。

 アシュリンはしらず瞳に涙を浮かべてしまう。この助からない状況に絶望しながら。

「アシュリン、君だけでも助かるんだ」

「私だけ助かっても意味ないよ、ギル!」

 私だけ残っても回復する相手がいなければ――。

 ギル――ギルベルトは少し困った顔をしたけれど、アシュリンの首にペンダントを付けた。

 冒険中に手に入れたものだ。効果は――。

「一度だけ願いが叶う。それで君を助ける」

「私だけじゃなくて、みんなも一緒にっ」

「それはできないんだ、もう――」

 えっと声を上げる間もなく、アシュリンの体はふわりと浮いた――否ギルベルトに突き落とされた。

 アシュリンだけが助かるように願いを込めて。

 ギルベルトが襲ってくるモンスターに倒される姿を最期に瞳に焼き付けながらゆっくりと落ちていく。

 こんなことが起こらないように、こうならないように守られるヒーラーになりたくないと願いつつアシュリンは願った。

 叩きつけられる感覚はなく、その願いと瞳から溢れた涙をつたう感触を最後にそのときの記憶はなかった。

 ときどき夢で見てうなされて涙を流していた。

 悪夢だと思っていたが、体験していたことだった。



 なら目の前にいるギルベルトは一体――?

 これはアシュリンとギルベルトが初めて会ったときのことだ。

 やり直し、なのだと漠然と思った。

 ギルベルトのアシュリンを助けたいという願いと、守られるヒーラーで終わりたくないと思ったアシュリンの願いがやり直しという形で願ったのだ。

 ならまたかつての仲間たちにも会えるかもしれない。

 ギルベルトが戦っているときに思わず杖で叩こうとしたのもただのヒーラーで終わりたくないからだったから。

 初めて会ったときはとりあえず任務(クエスト)を受けてみたはよいもののどうやって戦えばいいのだろうと途方にくれながら森に向かい、そこでギルベルトと出会った。

 彼も同じく任務を受けていたがちょっと魔獣を刺激して大量に相手をしなければならない状況に陥っていた。そんなときにアシュリンは出会ったのだ。

 即席のパーティを組み、無事に討伐が完了してその縁でずっとパーティを組んでいた。

 仲間が増えてギルドを組み、皆で目標を立てて冒険をしていった。

 ああ、なんという幸運だろう。また皆に会えるんだと思えると嬉しくて泣きたくなってしまう。


「あ、あの……、いえあの」

「どうした? 大丈夫か? 実は初めての討伐で拍子抜けたとか?」

 アシュリンを立ち上がらせたギルベルトは、彼女が放心状態になったかと思うと今にも泣き出しそうな顔をするわでどうしていいか分からないようだった。

 初対面なのに名前を呼ぶわけにもいかず何を言ったらいいか分からずおろおろしてしまう。

 歴戦(ベテラン)の冒険者だったのにまるで本当に初心者に戻ったみたいだ。

「とりあえず任務に必要な分集めよう」

「うん、そうだね」

 困ったようにギルベルトが言うとアシュリンも同意し、任務達成のための野獣の皮を証拠として持っていくことにした。



 たくさんの野獣と戦ったおかげか任務(クエスト)達成分の野獣の皮は十分だった。

 しかも質が良かったらしく、任務報酬は予定されたものより随分色を付けてもらえた。

 その報酬でこうして酒場で美味しい料理にありつけることができた。

 目の前に座っているギルベルトは質より量なのかたくさんの食事を頼んで美味しそうに食べている。アシュリンはギルベルトのそんな幸せそうな顔を見てとてもうれしく思う。

「お前はもっと食わないの?」

 結果的に一緒に任務をしたということで随分砕けた感じで接してくる。

 以前の彼も親しくなるとそんな感じだった。変わらない彼を見れてすごく嬉しくなる。

「ギルベルトがたくさん食べすぎなのよ」

「それもそうかって、なんで俺の名前」

「他の人と話しているときに聞いてたから」

 不意に名前が出てしまったけれど、実際にここでギルベルトに話しかけている人が彼の名前を言っていたのでそれで知ったことにできた。

 初めて会ったときは野獣退治が終わったとになんとなく自己紹介をしたんだっけか。

 今回はアシュリンがギルベルトに再会した感動でそんな余裕がなくて流れで酒場で飲み食いするまで自己紹介をしていなかった。

「そっか。えーっとお前は、アシュリンだったな」

「――――」

 確かまだアシュリンは彼の前で誰かに呼ばれたとは思ってなかったけど、報酬をもらったときにそばで聞いていたんだろうか。

「あれ、違った? なんかお前アシュリンって気がしたから」

 どうしよう、ものすごく嬉しい。嬉しくて胸が一杯になってしまう。

「って、おいちょっと、俺なにもしてないよな……?」

 一気に溢れてきた涙はすぐに止みそうにない。

 ぬぐってもぬぐっても収まりそうない。

 周囲にいる同じ冒険者たちが「彼女を泣かすんじゃねーぞ」などと野次を飛ばす。

 ギルベルトはそうじゃないんだってと説明している中も涙は止まらない。

 かつての普通の冒険者の日常。本来なら失っていたもの。

 お互いに新人冒険者でこれからどうしていくかなんて話したんだった。

 ああ、これが夢なら覚めないでほしい。ずっとまた彼といたいし、かつての仲間とまたいたい。あの楽しい日々を失いたくない。

 だから、守られるヒーラーでいたくない。この瞬間を失わないためにも。


「ギル、私と一緒にパーティを組まない?」

 あのときは彼から誘われた。

 ――お前がいたら、安心して戦える。俺とパーティを組んでくれ。

 だから今度は私から誘う。

 涙目のアシュリンからのお誘いに、まるで告白のようだと感じた彼は顔を赤くしてうなずいてくれた。

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