転生システムを使って美少女エルフになろうとしたら、異世界に転生した件
俺――赤木蓮太郎が《エルカザード・オンライン》にはまったのはいつだっただろうか。
剣と魔法の世界を楽しめるVRMMOとして人気のゲームで、俺はそのどちらも選ばなかった。何でも人と違うプレイングというものが好きで、俺はその世界で《武道家》と呼ばれる道を選ぶことにしたのだ。
結果として俺は剣も魔法も使わず、己の肉体とスキルのみで戦い抜き、エルカザードの世界でも上位プレイヤーとして名を馳せた。
《最強の武道家》レンというのは、俺のことを指す言葉だ。
ゲーム内でそう呼ばれるのは決して悪い気分ではなく、普通のプレイと違ってスキルの使用タイミングなど色々と疲れるところはあったが、俺はこのゲームを楽しんでいた。
だが、いつからだろう――俺がこのゲームで勝てなくなったのは。
もう二十後半という年齢もあるのだろうか、どうしてもスキルというのはプレイヤーの反応速度にも関わってくるところが多い。
もちろん、自動的に発動するスキルもあるが、そればかりに頼って勝てるほど、このゲームの対人戦は甘くなかった。
結論から言うと、俺はエルカザードでは『元』上位プレイヤーとなってしまったのだ。最強というにはほど遠く、ゲーム内の対人戦での勝率はもう五割を切る。
ネット上の掲示板では、負けるようになってからは雑魚とか、《老兵》などと呼ばれるようになる始末だ。
何年も使っていたこの筋肉質なアバターも見掛け倒しのようになってしまった。
まあ、それはそれで仕方ないということは分かっている。
それでも、俺にとってエルカザード・オンラインは何年もプレイしてきたゲームだ。
このゲームをやめるなどという選択肢は、俺にはない。
今の俺は――新しい道を模索しているところだった。
「これなら相当可愛いんじゃないか……。いや、もう少し身長は低い方がいい、か?」
俺が今やっているのは、キャラメイキング。もちろん、最初からキャラを作ろうとしているわけではない。
このゲームには、キャラのステータスをそのままにレベルを一にできる《転生システム》というものがある。ステータスが上限になっていてはあまり意味のないシステムだが、それでも決して意味がないわけではない。
アップデートでステータス上限突破などが実装されればレベルを一にして貯めたステータスポイントが後々意味を成すことだってある。そういうのは幾度となく繰り返してきた。
だが、違う――俺は今、美少女キャラを作ろうとしていた。
何故そんな方向に走ったのか――それは、以前から考えていたことでもある。
かっこいいおっさんアバターや魔物のような見た目のアバターは好きなのだが、それと同じくらい美少女アバターというものにも興味があった。
特にオンラインゲームでは共通して言えることかもしれないが、アバター装備というのが結構手が込んでいることが多い。
早い話、ファッションに気合いを入れる人間も少なくはないということだ。
俺もそういう趣味に走ったプレイングというのもやってみよう、と思ったところが始まりである。
結果、一時間ほど迷いながらアバターを作っているところだった。
アバターの見た目などによって、最初期のステータスには結構差が出る。
人間の見た目であればバランス、ドワーフの見た目であれば体力や物理面に特化し、エルフであれば魔法や遠距離攻撃に特化する。
まあ、レベルを上げてしまえば後々あまり関係のないことなのだが。
そこで、俺が今作っているアバターは――エルフだった。長い銀髪、透き通るような白い肌。身長は百四十センチほどと低めで、顔は愛嬌のある可愛らしいものにしている。
このアバターを作り上げるのに、髪型や肌の色など気合いを入れて作って時間がかかってしまった。
どうせキャラを作るのなら妥協はしたくない――そういうことだ。
転生もレベルが一定以上必要だし、アイテムも決して安く手に入るものじゃない。
だから、ここでキャラメイキングに時間をかけるのは何もおかしなことではないのだ。
「これで完成だ」
俺のアバターが出来上がった。筋肉質のマッチョアバターから可愛い系エルフアバターへの転生だ。
このまま決定すれば、俺は新しいアバターでエルカザード・オンラインをプレイすることになる。
「――」
「ん、なんだ……?」
今、何か変な音が聞こえたような。……まあ、いいか。
一先ずはこの見た目に合った装備を買うことから始めてみよう――俺の新しい冒険は、そこから始まるのだ――
「ん……?」
目が覚めた俺は、ゆっくりと身体を起こす。
「まさか、寝落ちした……?」
ゲームが開始されるかと思えば、急に眠くなったところまでは覚えている。
もしかして疲れているのだろうか――そんな風に考えながら周囲を見渡した。
転生後は始まりの町からスタートするのが普通なのだが、どう見てもここは始まりの町ではない。
木々に囲われた森の中だ――どうして、こんなところにいるのだろう。
「そもそも、ここはどこのマップだ……?」
覚えのないマップだった。
ゲーム内広しと言えども、マップ内にはある程度目印になるものが存在する。
例えば方角の目印になる《世界樹》と呼ばれる大樹や、宇宙まで続いているという設定の《スカイエルの塔》など。
だが、このマップには特徴という特徴はなかった。本当に、ただの森なのだ。視界に映るマッピングにも、これといって特徴的なものはない。
「どうなって……っていうか寒――え?」
ゲーム内での感覚というのは、「寒い感じがする」というようにフィードバックされるようになっている。
あくまでゲームのことだから、そこまで寒く感じることはないはずなのだが、今の俺には寒いという感覚があった。
まるで生身の時と同じだ。そこで、初めて一つの事実に気付く。
「全裸じゃん……」
一糸纏わぬ姿の、美少女エルフがそこにいたのだ。
***
何も理解が追い付かないが、今の俺はガチの全裸だった。
それこそ、下着姿ですらない状態で、綺麗な胸や下半身まで見えてしまっている。
たとえ装備がなかったとしても、女性アバターならば下着くらいは装着している。
むしろ、肌色は少ないくらいの勢いだ。もっとも肌色が見られるのは水着アバターを着たときくらい……そう言われるくらいなのだから。
……だというのに、今の俺は見えてしまってはならないものがある。それこそ、これだけ完璧に少女の身体を再現してしまっていては問題ではないだろうか。
「こんなのネットでスクショとか貼られたら、サービス終了とかもあり得るんじゃ……というか、よくこんなに再現したなぁ」
俺はむしろ、感心してしまう。
ただ、いい加減裸のままでは寒い――本来なら、そこまで寒さを感じるはずもない。
一応《感覚再現》というものがVRMMOにはあり、攻撃を受ければ痛みとして感じられる。もちろん、感覚レベルなので苦痛に感じることはないのだが……。
俺が今感じているのはエアコンの効いた部屋で全裸のままいるくらいの寒さだ。
「うー、なんか装備でもすればいけるか……?」
俺は一先ずアイテム欄を開こうとする。指をスワイプさせればアイテム欄が表示できるはず……なのだが、何も出てこない。
俺の視界に映っているのはマップくらいで、HPやMPに関する表示もない。
スワイプでアイテム欄が表示できないとなると、ゲームに関する【設定】や【ログアウト】もできないのだが。
「えー、マジか……」
こうなると、完全にバグということになるのだが……《転生システム》を使ったタイミングで発生してしまったものだ。
果たしてメンテナンスでの強制ログアウトもあるかどうか分からない。……まあ、そんなに急ぐことでもないのだが。
「何でもいいから羽織るものとか……」
ちらりと周囲を確認するが、見えるものと言えば葉っぱしかない。
さすがにそんなものでは、隠せるのは胸や下半身くらいか。
まあ、他の人に見られてアカウントをBANされる――そんなことがあると困るが……。
「……ん?」
不意に、音が耳に届く。それに合わせて耳が動くような感覚――何かが近づいてきている。
ズズンッ、という地鳴りのような音と共にやってきたのは、一人の少女だった。
「くぅっ」
つらそうな声を上げながら、少女が俺の目の前で転ぶ。
突然現れた少女の身体からは、出血している。――出血表現については、かなり抑えられている。特にプレイヤーのキャラであれば、出血することはまずありえない。
そうなるとNPCになるのだが……こんなイベントは見たことがなかった。
苦々しい表情を見せながら、少女が顔を上げる。
「はぁ、はっ、なんで、召喚したはず、なのに――って、うわぁ!? あ、あなた誰!? っていうか、何で裸!?」
「え、えっと……?」
少女に指摘されて、俺は思わず大事なところを隠す。……まさかそんな指摘を受けることになるとは思わなかった。
少女はさらに、俺を見て何かに気付いたように立ち上がる。
「! あ、あなた――まさか、エルフ……!?」
「え? い、一応そうだが」
転生システムを使ってエルフになったばかりだ。
俺の言葉を聞いて、少女の表情が喜びに変わる。
「やっぱり、召喚には成功してたのね……! でも、まさかエルフを呼べるなんて――!」
ドンッ、と再び大きな音が響き、少女の声を遮る。
木々を押し倒しながら姿を現したのは、一匹の《魔物》。黒毛並みをした、大きなゴリラだ。
俺も初めて見るタイプの魔物だ――少なくとも、ゲーム内にいる魔物ではない。
……先ほどから、というか初めから何かがおかしい。目の前にいる少女は召喚がどう、とか言っていた。いや、まさかそんなことが起こりえるのか……?
「あ、あなた! あれと戦える!?」
「あれって……あのゴリラ、だよね?」
「ゴ、ゴリラ? 《ドリーグレイ》よ! こんなところに出てくるなんて思わなかったわ……!」
何だか分からないが、あのゴリラは《ドリーグレイ》というらしい。
戦えるかどうかと言われると、正直分からない。
何せ、俺は今さっき転生してレベルが一になってしまっているはずだ。
ステータスとしてはかなり落ちているはず……そもそも、この世界がすでにゲームの世界であるとも思えなかった。
そうは思いつつも、状況は待ってくれない。
先に動いたのは、ゴリラの方だった。大きな拳を振り上げて、俺と少女に振り下ろそうとする。
「! とりあえず、一旦下がるぞ!」
「――へ?」
俺は咄嗟に少女を抱えて、その場から下がる。
――身体の動きには全く問題はない。転生システムを利用したばかりだが、以前と変わらぬ動きができた。《武道家》としての動きだ。
これならもしかしたら、普通にやれるかもしれない。
俺は少女を地面にそっとおろすと、地面を蹴って距離を詰める。
身体は軽い――むしろ、全盛期の頃の彷彿とさせるくらいに、今の俺の身体の動きは絶好調だった。
ゴリラが大きな拳を振るうが、俺に当たることはない。そのまま、ゴリラの懐に飛び込み、腰を深く落として一撃を放つ。
「ゴ、ォ……!?」
腹部をえぐるような一撃。ゴリラが目を見開き、地面に倒れ伏す。
――一先ず、上手く動くことはできた。
そして、目の前にいるゴリラは倒しても消えることがない……先ほどから、全てがあまり生物的すぎる点も含めると、俺の予想は当たっているのかもしれない。
「あ、あなた……《ドリーグレイ》を一撃で……? もしかして、有名なエルフ……?」
「エルフに有名どころかあるか分からないが……俺の名前はレイ。一応、武道家として活動していた」
「エルフが武道家……? えっと待って。あたしの理解が追い付かないんだけど」
それは俺も同じ気持ちだ。
やはり、ここはどうやらゲームの世界ではないらしい――彼女の言う、召喚というのが関わっているのだとしたら、俺はどうやら《転生システム》を利用したときに、この世界にゲームのキャラで呼ばれてしまったようだ。そんな漫画のような出来事が実際にあり得るのか……そう考えても、今の状況はまさにそうなってしまっている。
少女は驚きながらも、俺を見ながら一言呟く。
「とりあえず、服は……?」
――至極、真っ当な意見であった。
割と連載しようとして書いてたんですけど、悩みに悩んでプロローグっぽものを一先ず短編公開しました!(いつもの)
予定ではここから出会った女の子と主従関係を結んで一緒に学園生活を送るタイプのあれです。
バディ物です!!!