1.死にたい主人公と生きたい少年
エタらないことできる?
「死にたい…」
そう毎日呟いてはいるものの、なかなかアレトは死ねないでいた。死にそうになると不思議と、水や食料にありつける。それも、略奪などではなく、ありそうもない瓦礫の下や隠し扉の中に、非常食の缶詰めやミネラルウォーターを見つける、といった感じで。
そこかしこに飢え死にしたであろう死体が跋扈する東京西部では、間違いなく運がいい方だ。しかし、水や食料を運良く見つける度に思う。また、死にそこそこなったと。
「あの…」
腰を降ろして非常食の乾パンを口に含んでいると、10歳くらいの大人しく気の弱そうな男の子に話しかけられた。
「食べ物、分けてくれませんか?もう一週間、何も食べてなくて…」
「水は?」
アレトは、男の子の顔も見ずに、素っ気なく答えた。
「昨日の夜に、大事に取っておいたジュースを飲んだのが最後です」
「ふうん…」
アレトは、まずそうに乾パンを頬張りながら、何気なく男の子の方を見た。やはり、気の弱そうな顔をしている。
「分けてもいいんだけどさ…飢え死にする方が楽じゃない?この乾パンだって、二人合わせても一週間分くらいしかないよ?」
「でも…」
「でも、何?生きたい?たった一週間生き延びて何になる?まあ、ムシャムシャと食べてる俺がいうセリフでもないけど」
「生きろ って」
「ん?」
「生きろって、心が言ってるんです」
「ふん…」
アレトは、乾パンを口に運ぶ手を止めて、今度はまじまじと少年の目を見つめた。よく見ると、くりくりと可愛らしい目をしている。
「面白いこというね。何となく、俺が死ねない理由と同じだな。破壊しつくされたこの世界で、毎日毎日目にするのは瓦礫と死体ばかり。だけどどういう訳か、俺は死ねない。飢えと渇きでいよいよ死ねるかと思ったら、なぜか食料にありつける。食わなきゃ死ねるのに、本能なんだな。ついつい食べてしまう。そしてまた後悔するんだ」
「…」
「お前も、後悔するといいさ。ほら、急いで食べると、空腹空けはお腹を痛めるから、水で戻しながら、ゆっくり食べろよ。」
「あ…ありがとうございます」
「名前は?」
「ミトリです」
「そっか」
アレトはそれ以降、何も話さなかった。ミトリという名のその少年も、夢中で、しかしゆっくり乾パンをふやかしながら少しずつ食べるばかりで、翌朝まで、一言も話さなかった。
死にたい症候群