番外編その四、嘘つきにさせられた五月のある日
私は人からは地味で暗い女の子に見られる。
前に同じクラスだった三人からいじめを受けているけれど、
それは私のせいだから仕方無いと思ってる。
「要|何で…こんな事をしないといけないの…」
前髪を伸ばして顔を隠しているせいで、前が見辛い視界が涙でもっと見えにくくなっていく。
これから私は、地味で暗いいじめられている子の上に、嘘吐きにならないといけない。
それは私にとって、関係無い人を巻き込んだ最低の人間になるという事。
それでも、私はその人に嘘を吐かないといけない。
それが、私の一番辛くない道だから。
放課後の靴箱、私は嘘を吐こうとしている人に書かれたラブレターが入っている靴箱を、
後悔しながら見つめていた。
「今日の放課後、あんたが書いたラブレターを靴箱に入れるから、告白しなさい」
「要|いきなり呼び出して…何でそんな事をしないといけないの…?」
ほとんどの生徒が居ない程、早い時間の朝の学校。
私は、居ないはずの人達に呼び出されて屋上に居る。
彼女達は去年から私に嫌がらせをしてくる三人。
「分かってるでしょ?あんたを傷付ける為よ」
そう言って、そんな事も分からないの?というような態度をとっているのは、弥栄舞衣。
「それ以外にこんな事をさせるわけないわよ」
屋上に誰か来ないか見張りながら冷たく私を見るのは宍粟麗奈。
「大体、わたしが優しさであんたに何かするわけ無いでしょ?
わたしは、あんたが傷付く顔が見たいんだから」
そして、私が嫌な顔をすると嬉しそうに笑うのは福地蘭。
この三人が私に嫌がらせをする、私がこの学校で一番顔を見たくない人達。
この三人に会わないように、朝早く学校に来るようにしているけれど、
時々こうやって私を呼び出して嫌な思いをさせられている。
だけれど、今回は今迄と違って意図が読めなかった。
「要|それなら、何で告白なんて…私に何をさせたいの…?」
「蘭|そうねえ…まず一つは、好きでもない男に告白させる事ね」
「舞|あんたの事だから、どうせ好きな人も居ないでしょ?」
「要|っ…だったら何なの…!」
「蘭|まあ、好きな人が居た方が良かったんだけれど」
「麗|どっちにしても、させる事には変わらないわ」
好きな人が居れば、別な人と付き合わせるつもりだったのかもしれない。
そうすれば、私が好きな人と付き合えなくなるから。
だけど私にはそんな人は居ない。
だとしても、好きでもない人と付き合う事になれば私が嫌がると分かっているのだろう。
…私が本当に嫌なのは、無関係な人を巻き込む事だとは分かっていないだろうけど…
「蘭|二つ目は、あんたが振られる所を見たいから」
「舞|まあ相手が相手だけに、それは無いとは思うけれど」
「蘭|もし振られたら振られたで、それも面白そうではあるわね」
「要|何でそう思うの…相手って誰なの?」
小さな動物を虐げて楽しむ人よりも嗜虐的な笑みを浮かべた二人は、
私のその言葉に更に楽しそうに笑顔を浮かべさせた。
「蘭|そうねえ、告白するのに相手を知らないなんておかしいわよね。
特別に相手が誰か見せてあげるわ」
そう言った彼女は、制服のポケットから丸いシールで封がされた、
手紙を入れるための封筒を取り出した。
私は彼女の言う事に引っかかるものを感じながら、
彼女から封筒を受け取って封筒に書かれた名前を見た。
「要|っ…!」
封筒には、国東統次郎様へ、
という学校では有名な同じクラスの変態だと言われている人の名前があった。
「蘭|それを見て分かったでしょうけど、三つ目の理由はそういう事よ」
「要|そういう事って…」
「舞|振られたら、女好きにすら嫌がられる事になるわね」
「蘭|わたしにとって、結果がどっちでも構わないのよ。どうなろうと、あんたは傷付くんだから」
私の身も心も傷付けようとする彼女の笑顔に、
心の奥から湧いてくる彼女に対する怒りをぶつけたくなる。
だけど、それをしてしまえば自分に何倍も返ってくるので、その感情を抑えて耐えるしかなかった。
「蘭|手に力を込めて…掌に傷が付くわね。その反応は見てて楽しいわ」
「舞|やらなかったら、前と同じようにぼろぼろにさせようかしら?」
「蘭|手や足が痛むのは嫌だけど、その心配は無さそうねえ?」
掌に更に力が入ったのを見た彼女は、
やりたくないなんて言わないわよね?と言っているような視線を私に向けた。
きっと彼女は、国東君が私を傷物にするのを期待しているんだと思う。
私から告白させて付き合う事になれば、私は国東君を拒めない。
拒んだとしても、国東君は嫌がる私に…
そこ迄考えて、身体中に寒気を感じて身を縮こませる。
「蘭|不安にならなくてもいいのよ?ちゃんと告白すればわたし達は何もしないわ」
「舞|あたし達は、上手くいくように応援してるから」
「蘭|手紙は麗奈に出させるわ。
あんたが勇気がなくてラブレターを出せない、なんて事にならないようにね」
そう言って彼女は、私から手紙を取り上げて屋上から出て行く。
もう一人も同じように屋上から出て行ったけど、見張りをしていた彼女は私を見て口を開いた。
「麗|…やらないなんて、言わないわよね?」
「要|やるしか…ないでしょ…」
「麗|分かってるなら、それでいいわ…」
そう言った彼女は、冷たい視線を私に向けて屋上から出て行った。
屋上に一人残った私は、彼女達が階段から居なくなる迄待ってから屋上を出る事にする。
彼女達の顔も足音も、出来るだけ見たくないし聞きたくない…
「要|どうすれば…私は彼女達から逃げられるの…?」
後約二年。
二年経てば卒業して彼女達から離れられる。
だけどそれ程の月日、私は耐えられるのだろうか。
耐えられるなら…こんな事を疑問に思わないんだろうけど…
「要|誰か…私を助けて…」
誰にも聞かれず、誰も答えてくれない言葉。
蹲って小さくなった私がかろうじて出した心の底からの思いを込めた心の声は、
何処にも行けないまま私の中で消えていった。
朝あの三人から呼び出されてから昼休みになる迄、
私の心はこの教室の雰囲気とは正反対にどんよりと暗くなっている。
「要|………」
国東君が学校に来てからずっと、私は国東君を見ていた。
理由は、国東君に好きな人か彼女が居ないかを確かめる為。
だけど、ただ見ているだけでそれが分かるわけがなかった。
…まだ…告白を受け入れられない方がましだと思ったのに…
「要|…お昼ご飯食べよ…」
教室に居ると彼女達に監視されている気がして落ち着かないので、
いつも弁当を食べている屋上の扉の前の階段に向かう。
その途中、階段を昇ろうとした時、誰かが下から昇ってきていた。
「要|きゃっ…!」
「わあっ!」
ぶつかりそうになって吃驚したが、お互い転んだり怪我をする事は無かった。
「ごめんね、人が居るのに気付かなくて。大丈夫?」
ぶつかりそうになった相手は心配そうにそう言ってきた。
私は一歩下がっただけで何も無かったけど、相手の顔を見てもう一歩下がりたくなった。
だって、ぶつかりそうになった相手は新城美尋だったから。
クラスどころか、学年中に友達が多い人気者。
私とは正反対としか思えないその人に、どうしても苦手意識を持ってしまう。
「要|だっ…大丈夫です…」
「美|そう?だったらあたし教室に戻るよ。ごめんね!」
最後迄私に気を遣った新城さんは、早足で教室に入っていった。
「要|はあ…緊張した…」
ああいう明るい人と話すと体が強張って疲れてしまうし、
自分と違う雰囲気を持っている人と何を話せばいいのか分からないから、
どうしても苦手に思ってしまう。
多分…相手もそう思ってるだろうけれど…
「要|きっと…もう話をする事も無いだろうけれど…」
同じクラスとは言っても、接点なんて何一つ無い。
それはこれから先も同じで、卒業したら新城さんは私の事なんて忘れてしまうだろう。
「要|…何でこんな事を思ったんだろ…」
普段なら誰かとすれ違ったくらいで何か思う事なんて無いのに…
嘘の告白をしろって言われて暗くなってるせいなのかな…
嫌な事をしないといけないせいで落ち込んでしまって、変な事を思ってしまったんだと結論付ける。
「要|でも…新城さんの目…何だか怖かったような…」
分かりやすく言えば、獲物を狙う目。
去り際に見えたその目を思い出すと、背筋が寒くなってくる。
「要|私…何かしたのかな…?」
関わりも無かったし、怒らせるような事をした覚えは無いんだけど…
ある意味ではあの三人よりも恐ろしい新城さんの事を思いながら、
私はお昼ご飯を食べる為に、落ち着ける屋上の前の階段に向かった。
「ふえっくしん!」
「おい風邪か?俺にうつすなよ?」
「分かってるって…ずずっ」
「分かってるなら口を手とかで覆えよ…」
「人が居ない方向だからいいだろ」
「まあ…それもそうか」
「納得するのか…別にいいけど、今日は何か誰かに見られてる気がするんだけど…」
「俺はしないぞ?」
「写真集を見ながら弁当を食うな…もしかしたら、誰かに噂されてるのか?」
「ああそれは無い。誰かに見られてるとか、噂されてると思ってるのは全部気のせいだ」
「…何でそこ迄言われなきゃいけないのか分からないけど…証拠も無いしな」
「もし本当に噂されてくしゃみしたなら、一日に何度もしてるだろうからな」
「どういう意味だよ、それ?」
「ん?何の話をしてたんだっけか?」
「………」
「あ、そうか。俺に風邪をうつすなって話だったよな。気を付けろよな」
「はあ…もういいや…聞いても無駄だな…」
「何の事だ?」
「気にするな、昼飯を食べるぞ」
「何なんだよ…」
私は、結局あの三人に逆らえない。
私がこの学校を出ていくか、卒業しない限りは三人は私に嫌がらせを続けるんだろう。
放課後の教室、椅子に座ったまま動かずにそんな事を思う。
「要|………」
こうなったのは私のせいでも…あの時にやった事は間違いだって思いたく無いのに…
三人からいじめをされる原因となった出来事を思い出して、
何もしなければ良かった…と後悔している。
こんな事になるなら…私はあんな事…
「要|後悔なんてしても…何も変わらないのに…」
何をしたって、時間は戻らない。
それでも、今のこの状況は自分を責めたくなるくらい酷いものだった。
「要|私だけが…傷付くだけなら良かったのに…」
靴箱に行って、国東君の名前を見たくない。
国東君の靴箱に入っているだろう嘘のラブレターを見たくない。
そんな理由で私は靴箱に行けずに教室に居る。
でも…帰らないわけにはいかないから…
罪悪感や後悔でいっぱいになった心が重くする足を動かして、教室を出て行く。
「要|あれ…?」
私と入れ替わるように、教室に誰かが入っていった。
誰だろうと思ったけれど、
他人の事を気にする余裕の無かった私は見なかったふりをして靴箱に向かった。
見たくなんて無い。
だけれど、確かめておかないといけない。
そんな気持ちで私は、国東君の靴箱にラブレターが入っているのか確かめようとしている。
「要|………」
やっぱり入ってるよね…
でも、もしかしたら嘘を言って入れてないかもしれないし確かめないと…
そんな事を思いながら、国東君の靴箱の中を恐る恐る見る。
「要|………」
靴箱の中には、朝の屋上で見たラブレターが入っていた。
私はそれを手に取って、何て書いてあるか確認した。
「国東統次郎君。昼休みに屋上に来てください。待っています」
どう見ても私の書いたものではない手紙を元通りに戻し、
私は初めて何時、何処で告白しないといけないのか知った。
最初から場所も時間も決まっているのなら、何で言わなかったんだろう?
そんな疑問は当然頭には浮かんだ。
だけれどそれよりも、嘘の告白をしないといけないんだという事実が私の頭の中を占めていく。
「要|何で…こんな事をしないといけないの…」
それは自分のせい、あの時に余計な事をしてしまったからこうなった。
自分でも分かっている。
だけれど、こんな事をしないといけない事を私はあの時にしたんだろうか。
その答えは、誰も持ってはいない。
ただ私が逃げる為に必要な言い訳なんて、誰も知るわけが無いんだから。
「要|私が…全部私が悪いの…?」
そう思わなければ、嘘の告白をするなんて私には出来ない。
自分自身を責めて、こうしないといけないと思い込まなければ心が耐えられそうにないから。
「要|せめて…この嘘が誰も傷付けないで…」
私は…いくらでも傷付いていいから…
そう願う事しか、私には出来なかった。
この嘘が私と私の周りを変えてくれるきっかけになるなんて知らない私には、
そうする事しか出来なかった。
本編では一切名前を出さなかったいじめをしている三人組の名前を出してみました。
一応、一人称で区別できるようにはしているので、
本編でも誰が話しているか分かると思います。
それと、三人組の中で一人は追加版のヒロインの一人として出すつもりです。
明らかにおかしいな?と思う所があるので、そこから誰がヒロインか予想してください。
それでは。