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イルルヤール物語  作者: 小森 木林
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始まりの神話

昔々、まだ人が野を駆け、繁栄を謳歌するよりもはるか昔。世界には混沌だけがあった。混沌は強く、大きく、周りに新たに生まれるものをことごとくその力で握りつぶしていた。

しかしある時、混沌の中に小さな光が生まれた。光は徐々に大きく、力をつけ、やがて混沌と並ぶほどにまでになった。

混沌は自分にも劣らぬ大きさと力を持つ光に驚き、また同時に恐怖もした。しかし互いに何をするでもなく、時に混ざり合い、時にそれぞれ1箇所に集まるなどして長い時間が過ぎた。

やがて一つの変化が現れた。混沌と光、それぞれが形を成し始めたのだ。

大地を踏みしめ、またかけるための脚。愛するものを抱きしめ、また敵を打ち倒すために振るう腕。愛を語り、あらゆるものを見るための頭である。

混沌と光は手を取り合い、体に触れ、そして言の葉を紡ぐことで互いに害意はなく、よい友となる存在であると確信しました。そして混沌をアイラー、光をアイレイと呼びあい、長い時間を過ごしたのでした。

そんなある日、アイラーはアイレイに向かって一つ提案をしました。

「ねえアイレイ。私たちは長いこと二人で様々なことを話していたね。でもあまりに長いこと色々なことを話してしまって、そろそろ私は何を話したらいいのかわからなくなってきてしまったんだよ。そこで提案なんだが、私たち以外の何かを作ってみたらきっと面白いと思うんだ。」

「まぁ、それはいい考えだわ。では、お互いに作ったものを同時に見せ合って、作った物の感想を言い合うことにしましょう!」

そう言って二人は別れると、思い思いのものを作り始めました。

まず始めに作ったものは、アイラーは海を、アイレイは大地でありました。

「まぁアイラー!あなたの作った海は荒々しく、でも優しく包み込む素晴らしいものだわ!」

「アイレイ、君の作った大地も素晴らしいじゃないか!野を吹く風邪は心地よく、でも大きくそそり立つ山は大きな力が込められているのがよくわかる!」

こうしてアイラーとアイレイは、互いに作った物の感想を言い合いながら、雨と雷、歌と踊り、楽器と武器、そして最後に人間と魔獣を作り出したのでした。

 しかし最後に作り上げた人間と魔獣だけは互いに作ったものを貧相だの気色悪いだのと互いに罵り合い、ついには取っ組み合いとなり、アイラーはアイレイの足を、アイレイはアイラーの足をつかむと空をぐるぐると回り始めました。こうして天上にはアイラーとアイレイが交互にやってくることとなり、昼と夜ができたのです。

 さて、魔獣と人間の創造主であるアイラーとアイレイが取っ組み合いを始めたことによってこの2種もまた険悪なものとなりました。しかし互いに創造主たちの怒りが己へと向くことを恐れ、互いを牽制するだけにとどまり、別々の方向へと移動をし始めたのでした。

 まずアイラーの作った魔獣たちは森へ向かいました。彼らの体は強靭で、狩りにとても適していたため、茂みや樹上に身をひそめ奇襲をかけることに長けていたからであります。手や口には鋭く大きな爪や牙が生えそろい、耳や鼻も遠くの音や僅かな臭いも嗅ぎ取れるものとなっておりました。また体中を太く硬い毛と厚い筋肉と脂肪で覆われているため、猪に噛まれたくらいでは傷もつかないほどでありました。

 一方アイレイの作った人間は平原へと向かいました。彼らは魔獣たちのように鋭い爪や牙、かすかな音や臭いを感知する耳や鼻は持たず、魔獣と比べて非常に弱々しいものでありました。しかし彼らは魔獣と比べて非常に頭がよく、様々なものを発明していきました。まずアイラーの作った武器を参考に、木を切り倒し家を作るために必要な斧を、次に食料を容易に確保するための畑を作りました。やがてあるものが捕まえてきた獣を繁殖させてはその肉を食らい、人間達も徐々にその数を増やしていったのです。そうして自分たちの棲む場所を徐々に豊に、そして広く拡大させていくうちに、集落から別の場所に移動したいと言う者が現れるようになり、各地に人間の集落が造られて行き、各集落で皆をまとめ指揮を取っていたものは王と呼ばれるようになりました。時がたつと人間の街は木造の家から石造りの物へと変化し、当初とは比較にならないほど巨大で、かつ活気に溢れる街となっていました。その最たるものが、最初に人間が群れを成し「トゥエルティラ・ミラ」と呼ばれるようになった街であり、広大な土地と多くの都市国家を統べるほどとなりました。

魔獣たちはと言いますと、平原だけに留まらず山や森の近くにまで行動範囲を広げた人間たちを襲っては食料や武具を奪っていました。そのうち彼らの中に知性溢れる者が現れ、その者を中心とした国が森の中に誕生しました。その者は力こそは他の魔獣と大きく違いはありませんでしたが、人間をただ襲うのではなく、人間達の作ったものを奪ってはより自分たちの生活に適したものへと改良して行ったのでした。やがてその者は他の魔獣たちから尊敬との念を込めて「ウィズマ」と呼ばれるようになりました。ウィズマは略奪品の改良をするとともに、国の法を整え、魔獣を増やし、領地を広げていきました。しかし、彼の行いに反発する者もおりました。彼らは魔獣の持つ強靭な肉体こそを正義とし、力あるものにこそ従うべきと唱えたのです。やがて彼らはウィズマの布いた法を窮屈に思うものも引き連れて魔獣たちの国を出ていくこととなりました。彼らは常にもっとも体の大きく、そして力のあるものを頂き、無差別に人間を襲っては多くの食料を手に入れておりました。そうした暮らしを続けていくうちに彼らの手は地に付き、口は意味のない言葉しか発することができなくなり、少しばかり野を駆ける獣より体の大きい程度の存在となり果ててしまいました。さて、ウィズマはこうした国を出て獣同然にまで落ちぶれた魔獣たちに対し、激しい怒りを募らせておりました。そこで、ウィズマはこれら国を出た魔獣たちと遭遇した際には即刻首を切り落とすことと厳命するとともに、自身らをこれら落ちぶれた者共と区別するため「魔人」と名乗るようにとお触れを出したのでありました。

 そんなある時、魔人たちの間に一人の子が生まれました。その子には「ラフタ」と言う名がつけられました。ラフタは膂力や脚力と言った身体能力こそ他の魔人と変わりはありませんでしたが、体を守る鎧の役目を果たす体毛が生えず、人間と同じように地肌がむき出しのままでありました。そのため他の魔人たちからは気味悪がられ、迫害され、常に生傷の絶えない生活を送っていたため心身ともに弱っておりました。そのためラフタがウィズマの庇護下から去るのに時間は要しませんでした。

 ラフタは国を出た後獣や山菜と言ったものを取り、飢えを凌いでおりましたが、時折人間の街に赴いては毛皮や薬草をすり潰した薬を売っては生活に必要なもの、また必要になりそうなものを手に入れていたのです。

そんなある日、いつものように人間の街で毛皮や薬を売り、一通りやることを終えたので街を出ようとしところ、布で包んだ何かを男が担いでいくのが視界の端に見えました。ラフタは咄嗟に物陰に隠れて男の様子を眺めていると、担いできた布を芥場に放り投げその場を去っていきました。ラフタは足音が聞こえなくなったのを確認してから物陰から這い出て布に近づいていき、布を担ぎ上げるとそのまま町を出ていきました。というのも、それの中身が何であるか興味が沸いたからであります。そうして日が昇るまで歩き続け、山間にある洞窟を見つけるとそこに担いできた布で巻きつけられた荷物とともに腰を下ろしました。

 さて、ラフタは一息つくと布を広げて中身を確認してみることにしました。ラフタは布の端を持ちながらそれをひっくり返したり転がしたりしながら開いていくと、出てきたのは何と一人の少女でありました。髪は夜のように黒く、端正な眉目からは育ちの良さがうかがえました。しかし少女の吐息は弱々しく、肌のいたるところに白い斑点が浮き上がり、今にも身罷ろうとしている有様でした。さて、なぜこの少女がこのように生死の間を漂うことになったかというと、つまりこういうわけがあったのです。

 少女の名はサハリと言い、ラフタが少女を連れ出した街、シルカタンで領主や街の人々からも評判のいい、シルルド・スニッパーという名の医師の一人娘として生を受けました。シルルドは領主や一帯を治める王様から贔屓されながらも、貧富を問わずみな平等に診察をし、また生活に苦しむ人には施しを与えるという人のできた人物でありました。サハリはそういった父のもとに生まれたため幼いころから読み書きや歌、ルートと言ったものの教育を受け、15歳になるころには道行く人々の視線を集めるような美しい女性へと成長しておりました。

さて、サハリが17歳の誕生日を迎えるまであと2度満月が天に上るばかりとなった頃、シルルドのもとに一つの知らせが届きました。その知らせというのは、娘のサハリを供物として差し出すようにとのお達しでありました。というのも、このシルカタンという街は魔人や魔獣に襲われるでもなく、また人間の戦争からも遠く離れた場所にありましたが、一つの大きな悩みを抱えていたのです。その悩みというのは守り神への供物でありました。その昔、このシルカタンという街は貧困に喘ぎ、街を吹き抜ける風は死をまき散らすばかりで、一向に人が増える気配がありませんでした。そんなさなか、一人の器量の良く美しい年若い処女(おとめ)が街に近い山の麓へ向かい、どうか街を救ってほしいと必死に神へ祈りを捧げました。すると一つ大きく風が吹くと少女を攫い、街に蔓延する死を全て吹き飛ばすとともに繁栄をもたらしたのでした。こうした出来事があったため、10年に1度シルカタンの街ではその年最も器量よく美しい処女(おとめ)を供物として山の麓に連れて行く慣わしとなったのでした。

 さて、シルルドとその妻はこの知らせが自分たちの大切に育ててきた娘を連れ去るものと知ると大層嘆き悲しみ、食事も喉を通らぬほどとなり、顔は黄色く変色して行ってしましました。その状態が日が5度上るころになると落ち着きを取り戻し、食事と砂糖の入った水で胃を満たすと、どうにか娘を助けることはできないかと知恵を巡らせ始めました。そうして思い至ったのが、娘を死んだように見せかけると言う事でした。とはいえ、死んでしまったと人々をだますためにはそれ相応の危険が伴う物でありました。早速これを伝えるため二人はサハリを呼びつけると、紙に包んだ飲み薬を手渡しながらこう言いました。

「いいかいサハリ。もう間もなくお前は守り神様への供物として一度領主様のお屋敷に連れていかれることになる。もちろん街のためには必要だと言うことは理解しているよ。でも私たちはお前を永遠に失う事の方がたまらなく悲しいんだ。でも生きてさえいればきっとまた会えるかもしれない。だから山に向かう日の朝にこの薬を飲むんだよ。そうすればお前は一時的に魂が体を離れ、またしばらくしたら息を吹き返して動けるようになる。その時にはお前の体は奥津城の近くまで運ばれているだろうから、人に見つからないようにこっそり街を抜け出すんだよ。でもいいかい。この薬を飲むときは、必ずその日最初に鳴いた雄鶏の生き血で飲まなければならないんだ。そうしなければ体中に白い斑点が浮き上がり、口から生気が抜けて行ってしまうからね。そうなればお前は見る見るうちに弱り、すぐに歩けなくなって苦しみながら本当に死んでしまうことになるからね。」

その話を聞いたサハリはもう両親に会えないこと、またこれから起こるであろう恐ろしいことに泣き崩れてしまいました。落ち着きを取り戻したサハリは、先ほど言われたことへ了承の旨を伝えると、別れを惜しみ両親と強く抱き合いました。まもなくすると、戸を叩く音が聞こえたためシルルドが戸を開けると、領主の元から遣わされた白人奴隷が立っており、少し離れたところにはラバとそれを引く別の奴隷、そして警護のために槍を手にした奴隷が2人立っておりました。奴隷はシルルドに敬意と愛情をこめ深く会釈をすると、挨拶もそこそこにサハリを迎えに来たことを伝えました。シルルドは屋内に戻ると、すぐにサハリを連れて戻ってきました。サハリの顔は暗く沈み込み、悲痛な面持ちでありました。領主の館へ向かうまでの間、白人奴隷たちはどうにかサハリの気を紛らわそうと、最近身近で起きた出来事や家族の話、また領主の子供と自信の子供たちの年が近いこともあり、まるで本当の家族のようであることなどを語って聞かせましたが、とうとう領主の館につくまでその面から涙が消え去ることはありませんでした。サハリは館につくと出迎えた領主から感謝の意と謝罪を受けることとなり、せめてもという領主の遺構から館で最も煌びやかな一室をあてがわれました。領主は3人の女奴隷たちにはサハリによく尽くすよう指示を出すと、自身もサハリに入用なものがあれば何でも言ってほしいと伝えました。

サハリが通された部屋はと言いますと、部屋全体が大理石ででき、ところどころに大変見事な彫刻が彫られておりました。床には真っ赤な、そして肌触りの大変良い絨毯が敷かれ、壁には黄金細工の調度品が多く並び、部屋の奥の寝台は四方に黄金細工が施され、周囲を刺繍の見事な薄いシルクの生地で覆われておりました。さらに奥へ目を向けますと外へ続く扉があり、そこには緑の生い茂る小さな庭園が広がっておりました。この部屋は本来領主を訪ねた王やそれに連なる高貴な人々を招くための部屋でありましたが、このシルカタンの繁栄を守るために供物として捧げられる処女(おとめ)へのせめてもの感謝と謝罪をという領主の心の表れでありました。

サハリは部屋に通されてからというもの、寝台に腰を下ろしてもさめざめと涙で頬を濡らすばかりで、女奴隷たちの問いかけや運ばれてきた食事には一向に手を出さず、そうこうしているうちに日が昇り始めてしまいました。そして日の光で目を覚ましたであろう雄鶏が声高く鳴くと、サハリもまたすべきことを思い出し、すぐさま窓際に駆け寄り最初に鳴き声を上げた雄鶏を探しました。しかしそこから見えるのは館の壁ばかりで鶏の姿はおろか、鳥小屋の屋根さえも見つけることができませんでした。サハリは全身の血が引き青ざめた顔になりながらも短刀と薬袋を手に館を抜け出し、雄鶏の声のした方角へと走りました。ほどなくすると鳴き声のしたあたりに鳥小屋の屋根が現れ、その下には数匹の雄鶏が歩いているのが目に留まりました。サハリにはどの雄鶏が最初に泣いた雄鶏であるか全く見分けがつきませんでしたが、手近にいた雄鶏を捕まえ、短刀で首を刎ねるとその血で薬を飲み下しました。しかしその雄鶏は今朝最初に泣いた鶏どころか、まだ鳴き声一つ上げていない若い雄鶏であり、たちまち体のあちこちに白い斑点が現れ、それを見たサハリは短い悲鳴を上げるとその場に倒れこんでしまいました。

さて、サハリが悲鳴を上げたのは人々が目覚め始める時間とはいえ、まだまだ静寂が支配していたため周囲に大きく響き渡り、その声は養鶏場の主人の元にまで届きました。主人が悲鳴を聞き慌てて外に出ると、首のない雄鶏の死体と少女が倒れているのが目に留まりました。主人は顔を青くしながらも急いで少女の元に駆け寄ると、息は浅く体のあちこちにみるみる白い斑点が広がっており、いまにも身罷ろうとしているではありませんか。主人は少女を抱き上げ妻に彼女の世話を任すと家を飛び出し、衛兵と医者の元へ駆けこれこれこういうことがあったからすぐに来てほしいと伝えました。衛兵と医者を伴い主人が家に戻り少女の元へ駆けよると、医者は悲鳴を上げてその場に崩れ落ちてしまいました。この医者というのはだれあろう、サハリの父シルルド・スニッパーだったからであり、彼はサハリの全身に白い斑点が浮き上がっているのを見てすぐさま何が起こったのかを理解したからであります。このシルルドの様子を見て困惑する養鶏場の主人と衛兵にシルルドは涙を流しながら事情をすべて話し、もはやサハリの命は助からずこのまま埋葬すればこの土地の土は穢されて農作物は育たなくなってしまうこと、彼女を弔うためには火葬や鳥葬でなければならないこと、完全に息を引き取るまではだれも近づけてはいけないことを話しました。

これを聞いた衛兵は顔を青くしながらすぐさま領主の元へ駆けつけ、事の次第を事細かく話して聞かせました。話を聞いた領主は直ぐとサハリに宛がった部屋へ向かいましたが、入り口の扉は少女一人が通れるほどの隙間が空き、部屋の中にはサハリの姿が見えませんでした。領主はこの有様を見て青かった顔が黄土色に変色してしまいましたが、すぐさま衛兵に養鶏場の夫婦を口止めすること、またサハリを人目のつかない芥場へ運び出し、時を見て芥場に集められたものと纏めて火葬することを指示しました。あとはサハリが布にくるまれ芥場へ運ばれる場にラフタが居合わせ、これを連れ出したというわけであります。

さて、ラフタは息が浅いこと、体中のあちこちに斑点が出ていることを見て一種の毒に侵されていることを見抜くことができました。と言いますのも、魔人である彼らは幼いころに大人から狩りの仕方や様々な野草、薬草、毒草等について学びますが、野草と間違えて毒草を食べるものが稀にいたのであります。たいていの場合は強靭な肉体により毒は周りきらず、そのまま放置したところで命に別状はありませんでした。しかし、食い意地の張った子は一度に大量の毒草を食べてしまい、重症化してしまうものがおりました。そうしたときの対処として、それぞれの毒草を摂取した場合の対処法も学んでいたのであります。サハリの体に表れている症状もまたそうした毒草を摂取したときの症状と酷似していたため、すぐさま対応した薬草と水、また消化に良い野草や木の実といったものを集めてくると処置を始めました。ラフタが出来上がった薬と水をサハリに飲ませると体中の斑点は薄くなって行き、呼吸もまた穏やかな寝息へと変わっていきました。そうして3度日が昇るまで看病を続けていると、サハリは目を覚ますことができました。

サハリが目を覚ますと見知らぬ洞窟で魔人と二人きりでいることに驚き、また恐怖したことで短く悲鳴を上げると再び気を失ってしまいました。サハリが再び目を覚ますと、先ほどと同じように地面に寝ておりましたが、ラフタはサハリから顔が見えないように目深にフードをかぶり、顔が見えないようにしておりました。ラフタはサハリが目を覚ましたことに気づくと、木をくり抜いて作った器に今しがた出来たスープを注ぎ込みサハリに手渡しました。器を受け取ったサハリは腕に浮き上がっていた白い斑点が消えていることに気づき、この魔人が少なくとも今は自分に危害を加える心配はないと悟りました。

「ねえあなた。ここはいったい何処ですの?そして貴方は何者で、どうしてまたそんなに目深にフードをかぶってらっしゃるの?」

「あっしはラフタというしがない商人であります。ここはシルカタンから日が沈み、また昇るまで歩き続けたところで見つけた洞窟で、あなたは布に包まれていたので中身を確認しようとここで腰を下ろした次第で。フードを目深にかぶっているのは、先ほど一度目を覚ました貴方があっしの姿を見たあなたが悲鳴を上げて気をやってしまったから、また同じことが起こって話ができないと困るからであります。そういうお嬢さんは何者なので。見たところ身なりもいいし教養もあるようだ。それにあの斑点は毒草を食べた時の症状だった。ひょっとして誰かの恨みでも買っていたのかね?」

この言葉を聞くと自分の身に起こったことを思い出しさめざめと泣きながら事の次第をラフタに語って聞かせました。

「きっと今頃両親は供物となるはずだった私を逃がそうと画策したことが領主様に明かされ、それに怒りをあらわにした領主様に処刑されてしまっていることでしょう。私はあの斑点が出ていたことで死したものとなり、両親もこの世にはおらず、私を知るものは誰一人いなくなってしまいました。私はこれからどう生きて行けば良いのでしょう。」

その言葉を聞いたラフタはゆっくりとフードを取って毛の生えていない頭を見せると、サハリは小さな悲鳴を上げましたが、優しげな瞳と目に浮かんだ涙に驚き、気をやることはありませんでした。

「頼むから気をやらないでおくれ。あっしもお嬢さんと同じさ。醜いものだろう?この肌のせいで村では煙たがられ、両親にも幼い時に捨てられた。それ以来ずっと一人で細々と生きてきた。今のお嬢さんと境遇は同じってわけさ。そこでどうだい。お嬢さんさえよければ暫くあっしと一緒に来ないかね。道中で狩りの仕方や薬の作り方なんかを教えることもできるし、人間の街に寄ることだってあるからそこまで送ることができる。見返りなんてものは一文無しのお嬢さんに期待しちゃいないよ。これはただあっしがやりたいからやるだけさ。あんた一人じゃどのみち魔獣や獣たちに食われてそれでおしまいよ。その点あっしはお嬢さんより鼻は効くし耳もいい。腕の力だってそこいらの人間と比べたらずっとあるんだ。お嬢さん一人抱えて走ることくらいならできなくもない。あっしがお嬢さんを襲うんじゃないかと心配なすってるってんならそれは杞憂ってもんだ。ずっと一人きりだったもんだから、危なっかしくてとてもじゃないが人間を襲うなんてできやしなかなったし、これまで何度も人間の街でいろんな奴と取引をしてきたんだ。いまさら人間を食おうなんて気は起こせんよ。どうだね?」

「もはや私はシルカタンに戻ることは叶わないでしょう。ならばあなたと共に行くのもまた運命と受け入れ、しばらくの間お供致しますわ。それに、あなたも私がいればいざというときに腹の足しにもなりますでしょう?」

「おいおいやめてくだせぇ。あっしは人を食う気なんてないんだ。全く興味がないというわけでもないが、それでももし人間がうまかったりなんかしたらあっしは人間の街に行っても商売ができなくなっちまいますぜ。そうなったらあっしはそこらで犬の糞になるしかなくなっちまう。それだけは勘弁だ。」

こうして二人は行動を共にすることとなり、今後の行き先やできることを話し合うと、さらに3回日が昇ってから洞窟を出発したのでした。そうしてラフタはサハリに薬の作り方や野草、薬草、毒草の見分け方を教え、サハリもラフタに文字の読み書きを教えながら街々を転々としておりました。そうこうしているうちにやがてサハリとラフタの間には3人子が設けられました。

1番目の子はドラフトいう男の子でありました。彼は背が低いものの、人間をはるかに超える筋力をもち、また肌に毛は生えておりませんでした。ドラフは度々父のラフタに連れられて狩りへ向かいましたが、その短い脚のせいで倒木を乗り越えるのに時間がかかる、走るスピードが遅い、そもそも弓の腕が全く上達しない等、狩人には向いておりませんでした。しかし、母のサハリの下で毛皮を鞣したり商品に細工をしたり、あるいは壊れたものを修理するということを非常に得意としており、自然と母とともにいることが増えておりました。

2番目の子はエリエルという女の子でありました。彼女はドラフ同様体に毛は生えておりませんでしたが非常に身長が高く、成人するころにはラフタと同程度にまで成長しました。ただ、筋力自体は人間とさほど変わらず、あまり重い物を持つことはできませんでした。代わりに彼女の眼は遠くを見渡し、先の尖った耳は小さな音を聞き分け、狩りにおいては非常に重宝されました。また弓の腕も非常に達者であり、数度矢を射ただけで的の真ん中に矢を当てられるようになるほどでありました。

3番目の子はヴァランカスローという男の子でありました。彼は上の兄や姉同様体毛は少なかったのですが、耳の位置が目と同じ高さにはなく、側頭部に頭髪に紛れてラフタ同様の三角形の耳が生えて、腰からはしっぽが生えておりました。彼はエリエルほどではないものの耳が良く、また鼻が非常に良かったのでエリエルや父とともに狩りに出かけることが多くありました。また、弓の腕は上達しなかったものの、身体能力は非常に高く指先からは鋭い爪が生えており、それで動きの鈍った獲物を切り裂いて仕留めたり皮を剥ぐのに使用しておりました。

このほかにも多くの子をラフタとサハリは設け、孫、曾孫、玄孫と増えに増え、やがて1つの村を形成するにまで至りました。こうした中で特に鍛冶等はドラフ率いるドワルフが、狩りはエリエル率いるエラフが、そしてヴァランカスロー率いるライカンスロープはその戦闘能力の高さから家族のいさかいを仲裁したり魔獣や敵意を見せる人間や獣人らを撃退に努めました。

時がたつとラフタとサハリはこの世を去り、ドワルフ、エラフ、ライカンスロープの彼らはしばらくはその地にとどまっておりましたが、そのうちそれぞれの腕を最も発揮できる地へと移動していったのでした。

こうして人間、魔人、魔獣に加え、エラフ、ドワルフ、ライカンスロープの3種族が誕生したのでありました。


~※~


男はここまで話すと一旦口を止め、肺に空気をゆっくりと満たしていった。鼻を大地を覆う緑の香りがくすぐり、肌は心地よい風後通り抜け、耳には頭上からのカサカサと葉が風に揺れてこすれる音が聞こえる。目を開くと一面緑の丘と子供たちだ。ここはイルムトールの街から少しばかり離れたところにある丘で、男の後ろには大人の男が30人集まっても抱えることのできない巨木が1本生えている。ここで男、呪い師達の長であるヒルム・カリスは子供たちに座学行てっていたのだ。しかし、当の子供たちといえば、ヒルムの話を真面目に聞いている子もいれば隣のことお喋りをする子、近くを飛ぶ蝶々を目で追う子、頭を揺らして舟を漕ぐ子、何かいたずらをしようとしていたのか後ろ手にちらちらとこちらを窺う子など様々だ。その子供たちも人間だけではなく魔人、エラフ、ドワルフ、ライカンスロープと、様々な種族の子供たちが彼のもとに集まっている。そんな子供たちを愛おしく思い苦笑が漏れそうになるが、咳払いを一つして子供たちの注意力を何とかこちらに集める。

「君たちは私の話がそんなに詰まらないかね?先生は悲しいよ。この平和な時代を維持するための講釈が詰まらないからと聞き流されてしまうのは。」

「だって先生の話は今までに何回も聞かされてるんだもん!同じ話を何回も聞かされたらみんな飽きちゃうにきまってるよ。もうちょっと気を利かせてくれたっていいじゃない!」

ライカンスロープの少女の言うことはもっともだ。ヒルムも幼少のころは彼らと同じように先生と仰ぐ人物から同じ話を耳に胼胝ができるほど聞かされ飽き飽きしていたものである。だから彼らの言うことはとてもよく理解できる。しかし成長することでこの話の意味や重要性にも気づいた自分がいたこともまた事実だ。だからこそ呪い師の頂点に立つ彼がこうして子供たちに講釈をしているのだ。

「ではどうすれば君たちは私の話を聞いてくれるのだろうかな?」

「そんなの簡単だよ!いつもと違う話をすればみんな先生の話を聞くようになるさ!」

「なるほど、それは名案だ!では明日からは君たち全員がちゃんと私の話を聞いていいれば、別の話をするようにしよう。もちろん聞いていなかったと判断すれば話を語って聞かせることはないからね。ちゃんと私の話を聞いているのだよ。わかったかね?いい返事だ。ではそうだな、ジル。君のご先祖様で君の名前の由来でもある英雄ジルオードの話でもしようか。では始めよう。昔々、あるところにスニッフ・モールという男がいました。この男は貧しいながらも多くの子供を養い、非常に器量もよく街での評判は非常に良い男でした。」


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