表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

石黒氏の苦悩

作者: 後藤章倫

 「馬鹿だ、馬鹿ばかりだ、何で分からないんだ?本当に馬鹿しか居ない」

石黒氏は今日も嘆いていた。そしてSNSで、自分と同じ様な考えを、あたかも自分の意見であるように、ひたすら拡散する作業が日課と成っていた。

 石黒氏は今でもSTONE HEAD CROWというバンドを続けている。STONE HEAD CROWというバンド名を知らなくてもchu-chu girlという曲名を口に出すと、

「あ~あのバンドね」

となる。石黒氏は其の事も面白くなかった。

 石黒氏は中学時代からギターの腕前は他とは一線を画していた。高校卒業後は直ぐに上京してSTONE HEAD CROWを結成し活動を始める。確かな演奏力とヴォーカリストであるリョウのルックスの良さ、歌唱力の高さでメキメキとライブでの動員を増やしていった。キャパ150名くらいのハコであれば満員に出来るまでに成っていたものの、メジャーな展開は出来ないでいた。

 所属するレーベルは、どうにかしてバンドを、もう一段階上へ引き上げたかった。というよりもヴォーカルのリョウを売り出したかったのだ。

 レーベルは、リーダーである石黒氏に、STONE HEAD CROWの音楽性である往年のハードロックではなく、もっとポップな楽曲を作るように示談するも、石黒氏は頑なに其れを断っていた。しびれを切らしたレーベルは、外部のライターより提供を受けた曲chu-chu girlをバンドに提示し、この曲をレコーディングしリリースする事を条件に契約の延長にサインするとした。

 石黒氏は渋々其れを了承しレコーディングした。するとリリースから暫くしてchu-chu girlはマイナーレーベルとしては異例の大ヒットとなり、レーベルの思惑は的中した。

 STONE HEAD CROWの名は広く知られる事となり、ヴォーカルのリョウへ注目が集まった。レーベル側は、此のタイミングを逃すかとリョウへ話を進めた。リョウは程なくしてバンドを脱退、その後ソロアーティストとして成功を収めていくのだが、それは、もう少し先の事だった。

 STONE HEAD CROWはバンドの顔を失った。更にバンドを支えていた古くからのコアなファンは、chu-chu girlへの反発でバンドから離れていった。バンドはバラバラな状態になり結局解散してしまった。

 石黒氏が上京して5年の歳月が経っていた。バンドが無くなり失望した石黒氏は田舎へ帰る事と成った。


 東北の片田舎で石黒氏は、朝から酒を煽っていた。

「あれが駄目だった。糞、あの曲だ、あれさえ演らなかったら今でもバンドは有った筈だ」

石黒氏は、其の事を何度も何度も悔いていた。もう絶対に人の意見等に左右されるものかと強く強く誓った。

 chu-chu girlという曲でバンドはブレイクし、一時的に名声を得た。が、あくまでも一時的だった。STONE HEAD CROWというバンド名は忘れられ、chu-chu girlという曲だけが独り歩きし、終いにはバンドは解散した。あのまま自分の曲で活動を続けていれば、こんな事には成らなかった筈。ヴォーカルだったリョウ、今ではポップスを歌い、俳優としても活動していて、まるで芸能人の様だ。

 「糞、糞、糞、糞」

石黒氏は昼前には泥酔し、部屋で高鼾をかいていた。

 石黒氏は実家とはいえ何故この様な暮らしが出来るのかというと、父親は地元で有名な石黒建設という会社を運営しており、裕福だった。

 ようやく一人息子が都会から帰って来たものだから、多少の事は大目にみていた。が、石黒氏は、もう一度バンドでの復活を模索していた。


 放課後の音楽室で吹奏楽部が各々の楽器をバラバラに試し吹きをしていた。同じ音楽室の反対側で14歳の石黒氏は強引に集めたバンドメンバーでブラックサバスを演っていた。

 音楽室に響き渡る不協和音と不協和音、それが吹奏楽部が揃って演奏を始めた途端にスイートリーフはボギー大佐に呑み込まれた。

 この田舎町には、リハーサルスタジオ等有る訳も無く、音楽室だけが唯一大音量を出せる場所だった。

 文化祭で石黒バンドは、ブラックサバスを演奏したが、田舎の中学生でブラックサバスを知っておる者など、バンドメンバー以外居る筈も無く、バンドメンバーでさえ石黒氏に言われて初めて知ったくらいであった為に、アイアンマンのヘヴィなリフは体育館の壁に虚しく吸い込まれていった。

 観客は、先生と生徒を合わせて5名だったが、その内1人は、2曲目のパラノイドのイントロが始まると体育館を後にした。


 石黒氏は閃いた。そうだ、ライブハウスを作ろう。リハーサルスタジオを兼ねたライブハウスを始めよう。

 普通であれば、其の様な考えは有っても、資金の問題が直ぐに頭を掲げる為に断念するのであるが、石黒氏には、石黒建設がある。

 息子の急な申し出に少し戸惑いを感じたが、いずれ会社を継いで貰いたい石黒泰造氏は、小規模ではあるが、立派なライブハウスを建設したのだった。

 石黒氏はライブハウスを作って貰った手前、仕方なく石黒建設の仕事を適当に手伝いながら、週末はライブハウスの運営に乗り出した。

 こうしてライブハウス[ブラックストーン]は開店した。店名のブラックストーンは、石黒を逆から読んだだけの何のひねりも無い最悪のネーミングだった。

 この町に初めて出来たライブハウスに週末は、今まで何処に居たのだ?ってくらいのバンドが集い、ライブイベントが行われていた。ようやく身近でライブやバンドでのリハーサルが出来る事を皆喜んでいた。バンドの皆さんはアマチュアバンドであって楽しく活動出来れば良いのです。楽しくワイワイとブラックストーンは賑わっておりました。

 演奏中に歌詞を忘れ動揺する者、ちょっとした事で演奏を止めてしまう者、譜面台と睨めっこをしながら歌う者、アンプの電源のスイッチが分からなくてオロオロする者等、それでも楽しくやっておりました。

 石黒氏は、矢張り段々と自分との温度差を感じ始め、徐々に不満が頭を擡げてきて、ブラックストーンに集うバンドマン達に対して、いちいち自分のうんちくを述べる様に成ってきた。

 まだ、楽器の扱い方やテクニック等に関する事であれば、素直に教えに従っておったアマチュアミュージシャン達も

「そうじゃ無いんだよ、何つーか、魂が見えないんだよ」

「本物が、分からないのか?」

「その一打に人生込めろよ」

「そこは、心の拳で押さえるんだよ」

「全然音霊が見えないんだよ」

「音には、お前の生き様が乗ってるんだよ」

等と、最早インチキ宗教の教祖みたいな事を言い出し、次第に出演する者も、見に行くお客もブラックストーンから足が遠退いていった。


 絶対に間違っちゃいないと決して信念を曲げる気は更々無い石黒氏。とはいえ、出てくれるバンドが居なくてはライブハウスが成り立たず、集客が全てでは無いと言いながらも集客が多い事に越したことはなく、しかしあくまでも自分本位な石黒氏は、また閃いた。

 自分にはSTONE HEAD CROWが有るではないか、いくら田舎とはいえSTONE HEAD CROWの復活ライブともなればブラックストーン程のハコなら満員に成る。そこを足掛かりにしてバンドもブラックストーンも再建していこう。

 そう見積もった石黒氏は、心当たりのあるミュージシャン達に話を持ちかけた。しかし皆が、石黒氏に関わると面倒くさくなる事を熟知していた為に、総スカンを喰らってしまった。ただ石黒氏へは、ごく自然に、それはそれは尤もな理由を述べSTONE HEAD CROWへの参加は出来ない旨を伝えた。

 仕方なく石黒氏は、ブラックストーンに出入りしていた数少ないアマチュアミュージシャンへ声を掛けSTONE HEAD CROWを強引に復活させてしまったのだ。ブラックストーンの再起と自分のバンドSTONE HEAD CROWの復活を賭けてライブを計画した。

   STONE HEAD CROW復活ライブ

      @ブラックストーン

  5月3日(土) pm7:00開場 pm7:30開演

    料金2000円(ワンドリンク付)

      O.A. BAD CLUTCH


前座を務めるBAD CLUTCHは、ブラックストーンに今でも出入りしている数少ないバンドで、DEEP PURPLEのカバーバンドであった。


 ライブ当日、キャパ100名程のブラックストーンのフロアには通常テーブル、椅子等が設置されていたが、今夜は満員に成る事が予想されていた為に、其れを撤去しオールスタンディングのフロアにされた。ドリンクバーにもスタッフが配置され、受付の準備も完璧だった。物販コーナーも設けられSTONE HEAD CROWの過去の音源、ライブDVD、新しく作られたステッカー等が其処に並んでいた。

 開場時間の午後7時まであと10分と成り、ブラックストーンの店の外には大勢のお客が、開場を今か今かと待ち構える姿が有る筈だったのだが、入り口扉の脇に、近所のおじさんが、犬の散歩の途中ちょっと腰を下ろしているだけだった。

 楽屋の中ではSTONE HEAD CROW、BAD CLUTCHそれぞれのメンバーが音楽談義で和んでいた。そうこうしているうちに開場時間となり、スタッフから声が掛かった。

「では、開場します」

しかし、ブラックストーンの入り口の扉は開かなかった。

 開場時間から15分が過ぎ、ようやく1人目のお客が入って来た。と思ったら回覧板を手にした近所のおばちゃんだった。

「あら、なに?今日何かあるの?やだー、ちょっとあんまりうるさくしないでよ」

ドリンクバーのスタッフが回覧板を受け取った。


 遂に開演時間の午後7時30分と成った。お客は、BAD CLUTCHの身内の2人だけだった。石黒氏は少しずつ焦っていたが開演時間を15分遅らす決断をした。

 午後7時45分、BAD CLUTCHの奏でるDEEP PURPLEのsmoke on the waterが始まった。フロアには、5名のお客が居心地悪そうに立って居た。

「今夜、STONE HEAD CROWの復活ライブに立ち合う事が出来て嬉しいでぇす。僕らも精一杯盛り上げていくんで最後まで楽しんでくださぁい」

とBAD CLUTCHのヴォーカルがMCを入れた時、入り口の扉が開き2人組の客が入ってきて、間が悪かった事に気付き恥ずかしそうだった。

 BAD CLUTCHのライブが終わり、一旦店内の照明が点いた。フロアに立っていた7名のお客は、だだっ広いフロアの隅に行き、只々時間が早く過ぎるのを待っている様だった。

 再び店内が暗転し、一際大きな音楽がS.E.として流れ始めた。大音量の音楽がピタッと止み、代わりにヒトラーの演説が始まった。

 そう、これはSTONE HEAD CROWの恒例のライブのオープニングだった。酔っ払ったBAD CLUTCHのメンバーが奇声を上げる。フロアには先程の7名に、ライブを終えたBAD CLUTCHの4人が加わり11名に成っていたが、相変わらずフロアはスッカスカで寂しいものだった。

 STONE HEAD CROWのメンバーがステージに現れ、石黒氏のギターが唸りをあげた。1曲目は疾走感のあるナンバー、サンダーサンダーである。流石に格好いい。マイナーコードのたたみかける様なリフ、上手い。前奏が終わりヴォーカルが入ったところで、空気が一変する。

 そう、このバンドはSTONE HEAD CROW名義ではあるものの、ヴォーカル、ベース、ドラムスは地元のアマチュアミュージシャンであって、いくらギターだけは本物だとしても、このバンドはSTONE HEAD CROWのコピーバンドにしか聞こえなかった。比べるのも酷だがSTONE HEAD CROWのヴォーカルであったリョウとは全く違っていた。

 2曲目に突入する頃には、リズム隊にも乱れが出始め、ギターだけがグイグイと空回りしていた。

 曲が終わる度に起こる疎らな拍手が虚しかった。

 本編のライブが終わったが店内は暗転したままであった。これはどういう事かというと、つまりアンコールが行われるという事を物語っていた。

 アンコールというものは本来、お客側が、もっと楽曲を聞きたい、ライブを続けて欲しいと思って、その欲求をアンコールという形で求めるもので、手拍子、拍手、歓声等を自主的に行い要求する事であるが、今夜の場合は、初めからアンコールが用意されてたという事になるのです。

 最後の曲がコールされ、その曲が終わりメンバーがステージを降りると、間髪入れずに、手拍子、拍手、歓声等が起こるものであるが、スッカスカのフロアには11名である。しかもほぼ身内であって、その様なわざとらしい行為というか出来レース的な事は起こらなかった。

 しばらく間が空いた後、再びメンバーが申し訳無さそうにステージに現れた。そして、誰も望んでいないアンコールが始まろうとしていた。

 そして、その曲はフロアに居る11名が、誰一人疑う事無く、あのchu-chu girlだと思っていた。

 ドラムのカウントから始まった曲は、重く、ゆっくりと不気味な曲で、chu-chu girlとは似ても似つかない曲であった。結局、頭から最後までスローでヘヴィなまま、この曲は終わった。

 遂に最後だな。chu-chu girlだな。と11名が思っていた矢先に、メンバーはステージを降り、客電も点いた。

 店内は明るくなり、小さな音量でハードロックが流れ始めた。あとで分かった事だが、アンコールで披露した曲はSTONE HEAD CROWの新曲という事だったらしく、石黒氏はchu-chu girlの事など全く考えていなかったらしい。


 ライブ後の楽屋で石黒氏は落胆していた。缶ビールを飲み干し、バンドメンバーにダメ出しをしようと思ったが、それを止めた。

 それより、何よりも、悔しくて悔しくて仕方が無かった。

 何故だ?告知が上手くいかなかったのか?いや、あれだけSNSで発信したのだから伝わらない訳は無い。集客7人って嘘だろ?STONE HEAD CROWの復活ライブだぞ。

 石黒氏はSNSを更新した。

「今夜ブラックストーンに来なかった自称ロッカーのお前等、残念だったな。本物のロックを見逃した訳だよ」

 物販のカウンターには、音源のCD、ライブDVD、新しく作られたステッカーが並べ置いた時と同じ状態で白けて居た。

 その夜、STONE HEAD CROWは2度目の解散をした。


 ラストホスピタルグループが、この地にライブハウスを展開するという噂は、この町の音楽好きの間で、瞬く間に広がった。

 ラストホスピタルグループというのは、都内でライブハウス、イベント、CD/DVDのリリース等を手掛けるグループ企業で、多少黒い噂は付きまとうものの、ライブハウス業界では右に出る者は居ないくらいの存在であった。そのラストホスピタルグループが、この田舎に進出して来るというのだ。誰もが税金対策であろうと憶測したが、真実もまたそういう事だった。

 石黒氏は憤慨した。この町にはブラックストーンが有るじゃないか?それで充分だろ?ラストホスピタルなんて、金の事しか考えて無いじゃないか。何で俺の邪魔をするんだ?

 石黒氏はSNSを更新した。

「人情味溢れる我が故郷に資本主義の豚野郎であるラストホスピタルが攻めてくる。断固阻止すべきである」

今までは、先輩後輩の間柄だとか、ブラックストーンに出入りしている等の理由から仕方なく、石黒氏のSNSをフォローして、何らかの反応をしていた人達も、この頃に成るともう石黒氏のSNS等見る人もおらず、フォロワーも日に日に減っていくばかりであった。ブラックストーンに寄り付く者も皆無に等しかった。


 この町の音楽ファンはラストホスピタルを歓迎した。やっと自由にライブが出来る場所が現れるかもしれないのだ。そして、其処には、あの訳の分からぬ事を言う石黒氏は居ない。


 石黒建設社長であり、石黒氏の父親である石黒泰造氏は困っていた。

 息子は音楽の事ばかりに熱心であり、何時まで経っても会社の仕事に真剣に取り組んではくれない。あのライブハウスを作ったのは間違いだったのかもしれないと思い悩んでいた。

 そして、泰造氏はブラックストーンを売却する事にした。

 それを聞いて石黒氏は、絶望した。暫くふて腐れていたが、どうする事も出来なかった。

 泰造氏の元へ朗報が入ったのは、売却を決めて5日目の事だった。東京のラストホスピタルという会社がライブハウスを購入したいと申し出たのだ。

 仲介に入っていた不動産会社も、こんなに早く買い手が付いた事に驚きを隠せないでいた。

 ラストホスピタル側も、都内に比べ各段に安い物件であって、ほぼ設備も整っており、直ぐにでも営業出来る。これは両者にとって好条件の取引と成った。

 只独り、石黒氏だけが面白く無かった。が、どうせラストホスピタルなんて、暫くすると引き上げて行くだろうと高を括っていた。


 ブラックストーンの看板は外され、外観の塗装工事が行われた。新たな店の名前は「ブラッド」に成った。

 ラストホスピタル(最終病院)グループが運営するブラッド(血)とは、なかなかトンチの効いた名前だと町の音楽好き達は思った。

 ブラッドは平日はバーとして、週末はライブハウスとして営業を開始した。

 石黒氏は、ひたすらブラッドの事をSNS等で酷評した。ブラッドの事ばかりではなく、自分が気に入らない事柄全てに毒を吐いた。そして、自分の考えと同等の事に対しては賞賛を送り、それがあたかも自分の意見であるかの様に拡散作業を続けていたが、それを目にするのは、石黒氏の事を良く知らない数少ないフォロワーだけであって、地元の連中は、もう石黒氏とは関わりを持たなく成っていた。


 元STONE HEAD CROWのリョウによる全国ツアーがアナウンスされたのは、それから暫く経った頃だった。協賛にラストホスピタルが付いた。

 今や有名人のリョウではあるが、地方においては、ライブハウスでのパフォーマンスが、それ相当だった。

 ツアーの日程も発表され、この町のブラッドの名前も入っていた。リョウがブラッドへやって来る。皆ワクワクしていた。

 その事は、石黒氏の耳にも入り、STONE HEAD CROWを脱退以来初めてリョウへメールを送った。

「お久しぶり、元気そうで、なによりです。全国ツアーで、この町へ来るとの事、ライブには顔を出そうと思っています」

「石黒さん、お元気ですか。バンドやってますか?ライブ当日逢えるのを楽しみにしています。ところでブラッドとは、どんなハコですか?」

石黒氏は、これに返信はしなかった。


 その日、ブラッドは満員だった。オールスタンディングのフロアは人で溢れ、物販のCD、DVD、ツアーTシャツ等も飛ぶように売れていた。

 ライブも佳境に入り、ついに本編ラストの曲と成った。

 そこで、リョウは会場を見渡し、石黒氏の顔を確認した。

「最後の曲の前に‥‥昔、一緒にバンドをやっていた天才ギタリストが此処に来てるぜ!STONE HEAD CROWのミスターイシグロ」

と石黒氏を指差した。フロアの目が一斉に石黒氏へ向けられたが、誰もが直ぐに目を逸らした。

 場の空気が変に成ったのをリョウは感じ取った。

「また、何処かで会おう!最後の曲でchu-chu girl」

リョウが歌うchu-chu girlは、この日一番の盛り上がりを見せ、客はダイヴを繰り返し、皆楽しそうだった。石黒氏は出口へ向かった。

 chu-chu girlが終わり、メンバーが一旦ステージを降りると、拍手、手拍子、アンコールの声が一斉に起こった。

 それを背中で聞きながら石黒氏は夜に溶けて行った。リョウの言葉が頭に響いていた。

「また、何処かで会おう」


 石黒氏は50代に成っていた。そして、石黒建設の専務として仕事を仕切っていた。

 相変わらずSNS等には、現政権の悪口、自分が描く理想、不平不満を投稿し拡散を求めたりして顰蹙を買っていた。

 来年には石黒建設の社長へ就任予定である。

 今でもSTONE HEAD CROW名義で音源を作りインターネット等へ発表しているものの、大した評価は得られておらず

「本当に、何で分からないんだ馬鹿共が、馬鹿ばかりだ、糞、本質を見極める事が出来んのか」

と嘆き続けておるのです。


 ライブハウス「ブラッド」は、地元音楽シーンを担う重要なハコとして今でも賑わっているし、今ではライブを演れるバーも二軒程営業している町と成った。

石黒氏とたまに車ですれ違う時もある。プライベート用の車のボディには、しっかりとSTONE HEAD CROWのロゴがペイントされている。

 どこか、誇らしげに。



       終

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ