第1話〜流行ってるよね異世界転生〜
前半パートです
禍福は糾える縄の如しという言葉がある。人生では良いことも悪いことも交互に起こるというような意味らしい。確かにそんなものかもしれない。でも僕はなんとか勝ち越したいのだ。密かに全勝狙いだったりする。
とは言っても僕ももう30歳だ。30年も生きていれば人生悪いことなんて山ほどあった。後になってみればそんなに悪いことじゃないと思えるようなこともありはしたが、どう転んだって悪いことはやはりあるものだ。だからもうとっくに全勝とはいかないんだけど、それでもやっぱり良いことの方が多くあって欲しいと思う訳だ。
いや、少し待って欲しい。良いことの方が多ければ勝ちなんてそんな単純な話なのだろうか。良いことにも悪いことにも程度というものがあるだろう。つまり、いくら良いことの方が多くても、そのほとんどが細々したもので、悪いことがとことん大きなことならそれは負け越しているんじゃないか。
これは非常に重要な問題だ。なぜなら、数が多ければ勝ちなら、まぁなんとか勝ち越せてないこともないかもしれない。でも大きさ勝負になると、正直惨敗だ。だってそうじゃないかな。やり残したことが沢山あるのに突然死ぬなんて、僕にとっては考えうる限りで最悪のことなんだから。そう、死んだ。僕は死んでしまったのだ。正確に言うならばどうも死んでしまったらしいというところだ。
気がつくと僕は何も無い真っ白な空間にいた。なぜここにいるのかも分からないし、どうやってここに来たのかも思い出せない。それだけじゃない。まるで記憶をすっかり置き忘れてきたみたいに、自分の体験してきたことが何も思い出せないのだ。しかし、単なる記憶喪失でもないらしい。例えば、自分が誰かということは分かる。
「河津幸成さん。2140年生まれの30歳ですね?」
そうだ。他にも好きな動物は蛙なんてことも覚えているぞ。河津と同じ読み方が出来るということで親近感を覚えるからという、少々くだらない理由からではあるが。ちなみに僕はこの幸成という名前が好きだ。僕の人生が幸せになるようにという願いが込められている。
「すみません。お名前に思いを馳せているところ悪いんですけど、合ってたら返事をしてもらえないですか。」
ここでようやくおかしなことに気づく。先程僕の名前と年齢を確認したのは誰なのか。
「聞こえてないんですか。てか、聞こえてますよね。返事してください。」
「は、はい。そうですけど。」
「やっぱり聞こえているじゃないですか。全く最近の人間は。」
中年オヤジのようなことをブツブツと言っているが、声の感じは間違いなく女性のものだ。それも恐らく若い女性だ。しかし、周りには白い空間が広がるだけで、声の主は見当たらない。
「私は天使だから性別とか年齢とかはありませんよ。姿も見えないでしょう。なにせ私は天使ですから。上位存在の私の姿は貴方のような人間ごときには知覚出来ないのですよ。」
なにやらこの女性、かなり痛々しいことを、しかも得意気に言っている。若さとは恐ろしいものだ。
「あなた、今私を馬鹿にしましたね?いくら信じていないとはいえ、痛々しいとはどういうことですか痛々しいとは。姿でも見せれば少しは信じますか?」
そう聞こえた次の瞬間、目の前に一人の若い女性が立っていた。恐らくさっきまでの声の主なのだろう。少し怒ったような目でこちらを見ている。
「悪口を言われたら天使だって怒ります。少しは反省して下さい。」
「もしかしてさっきから心の声が聞こえています?」
ずっと気になっていたことを思わず聞いてしまった。
「そりゃ天使ですから。心を読むくらい余裕です。」
「じゃあなんでさっき返事をさせたんですか?僕心の中で肯定していたはずですけど。」
そう言うと自称天使は明らかに不満気な顔になった。
「形式的なものです。あとその自称っていうのもやめてください。ちゃんと天使ですから。」
「はぁ。それで、その天使様が僕に何か用事ですか?」
これ以上機嫌を悪くされても面倒なのでとりあえず天使と呼んでおくとこにした。
「あなたは自分が死んだということは理解していますか?」
…は?この痛々しくも胡散臭い女性はなにを言っているのだろうか。目の前でしっかり2本の足で立ち、ハッキリと会話をしている人間に対して死んでいるとは、それこそ失礼ではないのか。
「やっぱり分かってないみたいですね。時々いるんですよ、あなたみたいな人。事故で死んだ人とかは記憶がなかったりするので、色々説明するのが面倒なんです。これも仕事ですから仕方ないって思ってますけど。あなたも記憶がないんですよね?あなたの場合事故前後どころか、人生全部忘れちゃったみたいですけど。」
相変わらず胡散臭いことこの上ないが、しかし、嘘をついているようには見えなかった。自分が死んだなどという言葉を信じたくはないが、残念なことに否定する材料も持ち合わせていない。なにより、この謎の白い空間が話の信ぴょう性を大きく高めてしまっている。
「本当に僕は死んだんですか。」
「はい。居眠り運転の暴走車に後ろから撥ねられてしまい、数日間昏睡状態でしたがそのまま目覚めることなくここに来てしまったようです。今の時代人間が運転する車なんて珍しいのに、それで死んじゃうなんてめちゃくちゃ運が悪いですねあなた。」
なぜさっきから妙に煽ってくるのだろう、と少しイラつきながらも、僕はこの話を受け入れなければいけないのだと確かに感じていたのだった。