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祭りの終わり、その次の日

 最後に連続で花火が上がって花火大会は終了したみたいだった。


 久しぶりに見た花火は綺麗で、さっきまでの事を忘れて夢中で見てしまっていた。


 辺りが静寂に包まれ、幻想的な空間から現実に引き戻される感覚を覚えた。


 ──終わったみたいだし、帰ろうか。


 そうやって日和に声をかけようとしたが言葉に詰まってしまった。


 何て声を掛ければいいのだろう。いつものように話を切り出す事が出来ない。


 しばらく戸惑っていると日和はこっちを向き「帰ろっか」と言った。


「⋯⋯そうだね、帰ろう」僕は内心でほっとしながらそう返事をする。


 話を切り出してくれて助かった、そう思っていると日和は僕の前に手を差し出してきた。


 ⋯⋯僕はしばらく、その手を掴むか迷ってしまう。

 日和の顔に目を向けるとは不安そうな顔をしながらこっちを見ている。

 僕は焦って差し出された手を握ろうとした。


 ──日和は男。


 ──恋人ごっこ。


 そんな言葉が頭の中に浮かんでくる。

 僕はその言葉を頭から払い除けながら、日和の手を掴んだ。


 ──男同士で手を繋ぐなんて気持ち悪い。


 その言葉に手から汗がじわりとにじんでくる。

 思わず僕は日和から手をふりほどいてしまう。


 その瞬間、日和が悲しそうな顔をしたのが見えた。


 しまった、何か早く取り繕わないと⋯⋯

 僕は頑張って言い訳を考える。


「ごめん、汗かいてきたから思わず離しちゃったよ。日和も嫌でしょ?」僕は頭を掻きながらそう言い訳をした。


 それを聞いて「汗くらい大丈夫だから」そう言いながら日和は強引に手を繋いでくる。


 日和ってこんなに押しが強かったっけ⋯⋯

 記憶の中の日和は受け身の姿勢だったはずだ。

 こんなにぐいぐい来るのは珍しかった、どんな心境の変化があったのだろうか。


 僕は日和に引きずられるように帰り道を歩く。

 日和が言った言葉を聞いて無理矢理引き離すのは無理になってしまった。


 いつも通り、普段通りにやればいい。

 そう自分に言い聞かす。


 僕は日和の横に並び、我慢をして手を繋ぎながら今日の縁日であった事を話しながら帰路についた。


 途中で「ハル君、大丈夫?」と聞かれたけど、何についてかわからなかったので「大丈夫だよ」と返しておいた。


 僕達が駅に着くとちょうど電車がホームに入ってくる所だった、急いで乗り込む。

 帰りの電車は来るときと違い空いていた。


 空いている席に座りながら、しばらく話をしていると日和の降りる駅に着いた。


「今日は来てくれて、ありがとう」

 日和が電車から降りる時に僕はお礼を言う。


 無理を言って来てもらったから当たり前だ。

 それ以上の感情は今の僕には持ち合わせていないけど。


「ううん、どういたしまして。今日は楽しかった!」日和は笑いながら、そう言ってくれる。


 その笑顔に胸にちくっと針が刺さったような痛みが走る。

 僕は、その痛みを無視しながらにっこりと笑った。


 そして、僕達はお互いに手を振りあって別れた。


 日和を見送って一人になった僕は電車の中で色々と考える。


 これからどうすればいいんだろう。

 関係の維持の難しさに気付いた今、それが一番の問題になってしまっていた。


 付き合ったばかりの頃の気持ちはまるで泡のように消えてしまい思い出せない。


 本当に小説のためだったのだろうか?消えてしまった記憶を手繰り寄せようとしても、空を切るかのように掴むことは出来なかった。


 ──考えなくてもいい、どうせ終わる関係なのだから。


 そう考えると、どうしようもなく胸が締め付けられる。このままでいるのは辛い。


 ──辛いのならば別れればいいじゃないか。


 付き合ってと言ったのは僕だぞ、そんな事を言えるわけないだろ。


 ──なら、これからどうすればいいんだ。


 それがわからないから悩んでいるんだ⋯⋯


 ──それなら我慢すればいい。


 我慢するのは辛い⋯⋯


 考えが堂々巡りしてしまう。僕は思考を一旦止めて違う方向性に切り替える事にした。


 そして、服屋での一件が脳裏に浮かぶ。

 日和にはまだ聞きたい事があった。

 ──そうか、それを聞かないと別れるにも別れられないよな。

 僕は日和といる理由を無理矢理作った。


 しかし、どうやって聞き出せばいいのだろう⋯⋯違う問題が浮上した。


 日和の隠している事は僕の小説に必須だと考えている。


 ──僕は、やらないといけないんだ。


 ふと気が付けば、僕は家の前に居た。


 どうやってここまで帰って来たんだろう⋯⋯


 記憶を辿っても思い出せない、考え事に集中しすぎていたせいなのかもしれない。


 こういう事は昔はたまにあった。

 中学になってからはなかったけど久々に出てしまったみたいだった。


 自転車がない所を見るに、どうやら僕は歩いて帰って来たみたいだ。


 明日は駅に自転車を取りに行かないとな⋯⋯

 そう考えて気が重くなった。


「⋯⋯ただいま」そう挨拶をしながら玄関を開けて家に入る。


 そこには母さんが腕を組んで待っていた。


「おかえりなさい」そう言いながらにこにこしている。今は一番会いたくない人だった、いつから待っていたのだろうか。


「で、花火大会どうだった?」興味津々に聞いてくる。その事だけは聞かれたくなかった。


「⋯⋯花火は綺麗だった。出店も色々あって楽しかったよ」うん、嘘は言っていない。


 頭を掻いていたので引っ込める。

 最近頭を掻きすぎているかもしれない、気を付けないと禿げそうだ。


 母さんは何か言いたげな顔をした後に「そっか、それならよかった」と言った。


 それから「その甚平はちゃんと管理しておくから脱いで返してね」こう言い残し部屋に戻っていった。


 僕は部屋に戻りベッドに飛び込む。⋯⋯疲れた。


 頭をずっと回していたせいか、身体が重たく感じる。

 僕は甚平だけ脱いでそのまま寝ることにした。

 汗をかいていて気持ち悪いけど、もう動く気力は欠片すら残っていなかった。



 ここは何処だろうか、見覚えのない場所にいる。

 ベレー帽の人が遠ざかっていくのが見える。

 僕は泣いていた。後悔をしていた。

 何に後悔をしていたのかわからない。

 ベレー帽の人が遠ざかっていく、それを止めるすべを持たないことが悔しいのか、それとも止める気持ちがないことが悔しいのか。


 大切な物はいつも失くしてから気付くのだ、今回もきっとそうだ。

 辛い、失くすのが辛い。

 そして、僕は叫んだ。大きな声で。


 ──その瞬間、僕は目を覚ました。


 何か冷たいものが枕を濡らしている。顔を触ってみると目から水が伝っていた。

 さっきまでの夢を僕の記憶は鮮明に覚えている。

 この水は涙なのだろう、僕は寝ながら泣いていたみたいだ。


 涙を流すなんていつ以来か記憶を辿ってみても覚えていない。


 僕は、センチメンタルな気分を吹き飛ばすために、洗面所へ顔を洗いに行く。


 部屋の時計を見ると、もう昼時だった。

 顔を洗ってからついでにご飯を食べる事にしよう。


 昼ごはんを食べてから携帯を確認すると、日和からRAINが来ていた。


「そういえば、今日は遊ぶ予定をしてなかったな⋯⋯」

 どうしよう⋯⋯と考えながら、日和からの連絡を見る。

 そして、そこに書いてあるものを見て思考が停止してしまう。

 ──そこには、こう書いてあった。



「今日はハル君の家に行ってみてもいい?」

 突然の提案に僕は困惑する。


 ⋯⋯日和が家に来る?どうする、断るべきか?


 落ち着け、前の僕なら浮かれて喜んでいる所だろ。


 僕はそんな事を考えながら「大丈夫だよ」と返事をした、断るのはおかしい気がしたからだ。


 たまにはのんびり家で遊ぶのもいいだろう、そう考えた。


「じゃあ、一時間後にそっちの駅に行くね」

 日和がそうやって送ってきたので、「了解」とだけ返しておいた。


 大丈夫、やましい物はなにもない。


 ⋯⋯一応日和を迎えに行くまで部屋の掃除でもするか。


 僕はそわそわしながら、部屋の掃除を始めた。


 三十分程経った後、僕は日和を迎えに駅へと向かう事にした。


 ──そして、肝心な事を忘れていた。

「自転車がない⋯⋯」駅に自転車を置きっぱなしなのを忘れていた。僕は日和に「遅れるかもしれない」と連絡を入れてから泣く泣く歩きながら駅へと向かった。


 炎天下の中を歩き続けようやく駅に着く。

 携帯で時間を確認すると、約束の時間から少し遅れてしまっていた。


 僕は駅の外で日和を見つける。今日は赤色の上着に黒色のスカートだった。


 日和は僕を見つけて手を振ってくれた。僕は小さく振り返す。


 普段通り、普段通り⋯⋯

 自分に言い聞かせる、そうしないといつボロが出てしまうかわかったものじゃない。


「待たせてごめん」僕は開口一番に謝罪をする。

 それに対して大丈夫と日和は笑った。

 今日もヘアピンがついているのを見て何故か胸が少し苦しくなった。


 僕は駅に止めてあった自転車を取りに行き、日和を後ろに乗せる。


 いい匂いがしたけれど、前みたいに動揺する事はなかった。


 そして、家の前に着く。

「ここが僕の家だよ。自転車を停めてくるから待っててね」

 僕は日和を荷台から下ろし、いつもの所へ自転車を置きに向かう。


 戻ってくると、日和は表札を見ていた。


 多々野という名字が珍しいのだろうか、じっと表札から目を離さない。


「日和?」と声をかけると日和はビクッと身体を硬直させた。何をそんなに驚いているのだろうか。


「なんでもないから気にしないで」そう言いながら顔を赤くして両手を顔の前でヒラヒラと振っている。


 僕は首を傾げてから、特に何も考える事なく家の中に案内をした。日和はそれに従い家の中に入る。


 僕の部屋に日和が入ってくる。部屋の中をきょろきょろと見回して「⋯⋯これが男の子の部屋なんだね」と感慨深そうにそう言った。


 思わず、お前も男だろうが!とツッコミが喉まで出かかった所で我慢をした。あぶない所だった⋯⋯もう少しで心の声が出そうだった。


 日和は興味深そうに本棚を見つめている。

 僕もその本棚を見る。

 それは天井スレスレの高さで、上の方の本を取るのに椅子が必要になる大きさだった。

 そこに本がぎっちりと詰まっている。


 小説を書く事に目覚めてからはあまり使っていなかった。今度時間がある時に一回手入れした方がいいかもしれない。


「ハル君って本が好きなんだね」日和は本棚を見つめながらそう言った。

「うん、そうだったね」

()()()?」僕の失言に日和は食い付いてくる。


 しまった⋯⋯と自分の馬鹿さ加減に内心で舌打ちをする。

 もういっその事、バラしてしまうべきなのかもしれない。


「最近は読みたい本がなくてね⋯⋯」僕は苦笑いをしながら嘘を吐いていた。


 ──君をネタにして小説を書いている何て言えるわけないだろ。


 ⋯⋯ぼりぼり。

 また頭を掻いてしまっている。

 日和はそんな僕を見て、興味なさそうに「ふーん、そうなんだ」と言った。


 何か気に障るような事でも言ってしまったのだろうか⋯⋯


 考えてみても、よくわからなかった。


「じゃあ、昔は本が好きだったハル君から私にオススメとかあるかな?」

 日和はそんな事を聞いてくる。


 オススメか⋯⋯日和ってどんな話が好きなんだろうな⋯⋯


 色々考えた末、「から騒ぎ⋯⋯かな⋯⋯」シェイク・スピアの喜劇を選んだ。

 

 シェイク・スピアの喜劇とは、笑える劇の事ではなく最終的に大団円で締め括られる話の事だ。


 この前の映画館での事を思い出した結果喜劇がいいだろうと思った。

 あまりにも悲しい話を薦めてしまうと日和が泣いてしまうかもしれないからな。


 いらないお世話かもしれないけど、僕は日和を泣かせたくなかった。


 何でだろう、保護欲みたいなものかもしれないなと自分で納得させた。


 僕は椅子にのぼり、日和に渡す本を取る。

 久しぶりに触ったその本は、少し色褪せていた。


 日和に本を渡すと座る所を探してぺたんと座り、早速読み始める。

「うーん、これ小説にしてはおかしいね?」日和は首を傾げている。


 確かに、戯曲を読んだ事がない人にはおかしいかもしれないな。

 僕はそう思って微笑んでから「それは台本みたいなものだよ」と教えてあげた。


「なるほど、それでこんな書き方なんだね!」日和はそう言いながら、本を集中して読み始めた。


 僕の部屋には僕と日和の息づかいしか聞こえなくなってしまった。

 しばらくして気付いたが、日和からいい匂いがしてくる。


 僕は気を紛らわすように机に向かって宿題を始める事にした。

 日和は何をしに来たのか、理由がわからないまま時間だけが過ぎていった。


 しばらく宿題に集中していた僕の机に影が落ちる。

 横を見ると、日和は僕の宿題を覗いていた。


 その距離は顔同士が触れそうな距離で思わず飛び退いてしまい、僕は椅子から転げてしまう。


「ハル君大丈夫!?」日和は心配そうにこっちを見ている。


「いや、いきなりあんなに近くに居たら誰だって驚くって」心臓が跳び跳ねていた。


 日和は僕の宿題を見ると「これが宿題かな?」と興味を示していた。

「うん、もう終わりかけだけどね」頑張ったおかげで終わりが見えていた。後一日もあれば終わるだろう。


「なるほど、なるほど⋯⋯」日和は何かを頷いて納得している。

 宿題が珍しいのかな?

 でも、日和って学生のはずじゃ⋯⋯


 玄関の扉がバーン!と勢いよく開く音がすると同時に僕の思考は途切れる。


 まずい!!!僕は弾かれたように時計を確認する。

 今は夕方の五時、多分今の音は母さんが帰って来たのだろう。

 今日は母さんの帰宅が早い、というか早すぎるだろ。なんでこんな日に限って⋯⋯


 日和はしょぼくれてる僕を見てキョトンと首を傾げている。


 耳を澄まして待っているとドタドタとこちらへ走ってくる足音が聞こえる。


 あー、玄関に置いてある日和の靴を見たな。もう逃げようもないから諦めよう。


 僕は、悟りを開いた心でこれから起きる事を覚悟しながらその時を待つ事にした。


 日和は何が起きているのかわからずに身構えている。


 ──そして、凄い勢いで僕の部屋の扉が開かれた。


 扉の向こうでは、目を輝かせた母さんが笑っていた。

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