水族館にて
「⋯⋯暑い」
いつものように熱い日差しが僕を焼き殺さんとばかりに照りつける朝、僕は駅へ向かっていた。
今日の衣装は、選んでもらったサマーニットを着用している。
購入した時には気付かなかったけど、家を出る前に鏡で見てみると中々格好よく見えた。これは愛用の服になりそうだ。
駅に自転車を停め、切符を買っていると丁度ホームに電車が入ってくるのが見えた。
僕は少し急いで切符をしまってから少し小走りで改札をくぐり、その電車に乗り込んだ。
通勤ラッシュが過ぎたからかちらほらと席が空いていたので座り、電車が動き出すのをぼーっと待つ。
程なくして電車はゆっくりと動き出す。日和の待っている駅へと向かって。
電車にしばらく揺らてから着いたそこは、思ったより小さい駅だった。
人もまばらにしか居なくお世辞にもあまり使われている駅に見えない。
ここからぽつんと、日和が建物の影の下にいるのが見えたので手を振ってみる。
気付いてくれたみたいで小さく手を振り返してくれた、僕は嬉しさで顔を綻ばせつつそっちに向かった。
「おはよう、ハル君!」日和は笑いながら挨拶をしてくれる。
僕も「おはよう、日和」と笑いながら返す。
次に挨拶する時は何かネタを仕込んでおくかと下らぬ事を思いつつ日和を見た。
今日は黒いシャツとデニム生地のスカート。頭にはいつものベレー帽を被っていて、ヘアピンも着けてくれている。
今日も可愛いな⋯⋯と思っていると、日和は僕をじーっと見つめている。
手で四角いカメラの形を作ってこっちに向けてきた、それを覗き込みながら「うん、今日のハル君はいい感じだね!」と褒めてくれた。
その言葉は嬉しかったけど、選んでもらった服だし素直に喜べない。
──それに、はってなんだ⋯⋯はって、その言葉に、僕の心は地味に傷ついた。
水族館へ向かう電車が着くまで二人でのんびり過ごす。
隣を見ると日和が何かを調べていた。何を調べているのか聞いてみる。
「えっと⋯⋯ショーが何時から始まるのかの確認だね」日和は画面から目を離さずに答えてくれた。
画面を軽く覗いてみると、そこにはペンギンの画像が写っていた。
──どうやら、日和の目当てはペンギンの散歩ショーみたいだ。
日和の顔はうっとりした表情をしていて、ペンギンが好きなのが手に取るようにわかった。
その後、携帯を覗いてる事に気付かれてマナー違反だとお叱りを受けた。
ごもっともです、と頭を下げて謝罪する。
日和はそのまま、水族館で見回るコースを決めているみたいだった。
僕も一応確認しておこうと、携帯をインターネットに繋げる。
⋯⋯そういえば、水族館へ行くのは久々だけど入場にかかるお金を見ていなかったなと気付いた。
確認してみると、大人は二千五百円と書いてあってビックリする。
──高ッ! と心の中で叫ぶ。
先に見ておいてよかった⋯⋯知らなかったら料金を払う時に思わず声に出してしまう所だった。
でも、こんな高いお金を出してもらうのも悪いよな⋯⋯と日和に対する罪悪感が芽生え始める。
「日和に聞きたいんだけどさ、水族館の入場料金って知ってる?」聞いてみることにした。
「──知ってるけど⋯⋯どうして?」そう返ってきたので高くないかな?と聞いてみた。
高いと言ったなら、こっちが出そうという気持ちが湧いていた。まだ、賞金には余裕がある、これくらいなら大丈夫だ。
「化粧品を色々買う方が高いかな」ハハハ⋯⋯と日和は渇いた笑いをした。
──知らなかった、化粧品ってそんなに高いのか⋯⋯覚えておこう。
「入場料は大丈夫?」と聞いてみるが、「大丈夫! 心配しないで!」と返ってきたので任せる事にした。
もしかしたら、結構お金を持っているのかもしれない。
──仕事⋯⋯してる感じはしないよな。僕と同じくらいの年齢だし⋯⋯。
「そういえば、日和って今何歳? 今まで聞いたことなかったよね?」気になったので、思った事をそのまま聞いてみる。
んー、とやや時間を開けた後、「今年で十八歳だよ」そう言ってくれた。
十八ってことは僕の一つ上かな、高校生か大学生かわかんないけど。
これで二十歳を越えていたらどうしようかと内心ではドキドキだった。
「ハル君は?」と聞かれたので、正直に十七と答える。
横を見ると日和の顔は、にまーっと嫌らしい笑い顔を浮かべていく。
何だろう、嫌な予感がする。
「歳上は敬いなさい!」と日和はそう言いながら、胸を張り、手を当ててポーズをとっている。
学校では、一つ歳が違うだけで主従関係が決まってしまう事態が起きたりする。
特に、スポーツで部活してる人達は大変だと思っている。
僕は帰宅部なので、そうそう関わる機会がないだけマシなのかもしれない。
頭で軽くそう考えながらも、僕の思考多くは違う所に集中してしまっている。
胸、あるよな⋯⋯これ。
そう、決して大きいとは言えないが確かに胸が膨らんでいた。
日和と出会ってから、今まで身体のラインが出にくい服だったので気付かなかった。
──やっぱり、女の子なんじゃ?
僕の疑念が膨らんでいく、考えても答えが出ない。
気が付けば、日和の胸を凝視している僕がいた。
慌てて顔を上げて日和の顔を見ると、日和はじーっと蔑んだ目で僕を見ていた。
⋯⋯当然、後で怒られてしまった。
「日和って、もしかして女だったりしない?」思いきって聞いてみる。
「──男だよ」とサラッと返してくる。その言葉に少し心に痛みが走り、頭をぽりぽりと掻いてしまった。
胸の事を聞くと、今の世の中にはヌーブラというものが出回っているらしい。
ヌーブラか、なるほど⋯⋯。僕は記憶にその名前を深く刻みつけた。
ホームに電車が来たから二人で乗り込んだ。
待っている間に、日和は機嫌を治してくれたみたいだ。
よかった、今日一日険悪なままだったらどうしようかと思っていた。
席はガラガラなので二人で並んで座れる席を確保する。
しばらく暇になるなと思いながら、ぼーっと呆けていると、「──ほら見て!」と日和は指を指して車窓から見える景色について話をしてくれる。
その顔は凄く輝いていた。
話題を作ってくれた日和に、心の中で感謝しながらその話に乗る。
しばらく電車に揺られながら景色を見ていると、海が見えてくる。
日和は嬉しそうに「ハル君! 海だよ! 海!」と喜んでいた。
ちょっと前まで、歳上とか言ってた人物とは思えなくて少し笑ってしまった。
話をしていると時間が経つのは早い、楽しかった証拠だろう。気が付けばもう目的の駅だった。
駅の名前は戸羽。ここから水族館までは歩いて十分だ。
まだ話をしていたかった、電車から降りるのが名残惜しく感じてしまうくらいに。
水族館に行かないとな⋯⋯と後ろ髪を引かれる思いで電車を降りることにした。
電車を降りた僕達は、潮風に吹かれながら水族館までの道をのんびりと歩く。
少し風があると暑さが和らいだ気分になる。
海独特の潮の匂いが辺りを満たしていた。
歩いている最中も日和と景色について話し合っていた。
僕は日和と見えている世界が違う事に驚いている。
日和の場合は感覚で物を見るようだ。
例えば、横に見えるこの海を見てどう思うかというと。
僕の場合は、つい色々な事を考えてしまう。
例えば、何故こういう景色になったのかなどだ。
常に話のネタを探しているからこれも癖なのかもしれない。
でも、日和の場合は違う。
「ここから見る景色は綺麗だね、切り取れるなら持って帰りたいくらいだよ!」
そう言いながら携帯でカメラを撮っている日和を見て、何を言ってるんだこの人は⋯⋯そう思った。
当たり前だけど、色々な感性の人がいるんだと再認識した瞬間である。
頭ではわかっていても納得出来ないことはある。
こうやって、人と触れ合う機会がなければわからないまま終わることもあるのだろう。
お、これはネタとして覚えておいた方が良さそうだなと思い、記憶に保存しておいた。
日和は話ながら何か考え事を始めたらしく次第に生返事に変わっていく。
独り言をぼそぼそ呟いているので聞いてみると「この海の色は青色に少し緑を足した感じかな⋯⋯」とか言っていた。
⋯⋯少し考えて、絵の具の話かな?と思い当たった。
日和はもしかしたら絵画とかを描いた経験でもあるのだろうか?
「ここからの景色を描きたいとか思ってる?」気になったので少しカマをかけてみる。
日和はその言葉に驚いていた。
しばらく無言の時間が続く。
返事に窮しているようだったので「ごめん、変な事を聞いた」と慌てて引っ込めた。
そう僕が言った後「──そうだね、いつかは描いてみたいな」そう答えたのが聞こえた。
その顔はしっかりと決意に満ちた顔をしていた。
「出来たら見てみたいな、楽しみにしてる」
僕はそう答えながら、頭の中で情報を整理する。
やっぱり、日和は絵を趣味にしていたのか。
もしかしたら習い事もそれに近い事なのかもしれないな、と自分でそう関連付けをしてみた。
海の絵が描きたいのなら今度は日和と海に来ることにしようかな⋯⋯そこまで考えて気付いてはいけない事に気付いてしまう。
──日和ってどんな水着を着るんだろう。
女の水着を着るのか、男の水着を着るのか⋯⋯
見てみたい反面、怖さが上回ってしまい踏み切れそうにない。
海は、見送ろう。そう心の中で決意した。
歩いていると水族館へ到着する。うん、この水族館も変わっていないな⋯⋯と少し懐かしい気分に包まれる。
その気分に浸りたい気持ちを振り払い、僕達は水族館へ少し高いお金を払って入場する。
昔と違い、今回は自腹だ。
僕の後に、日和が払っているのを見て少し申し訳ない気持ちになってしまう。
僕の行きたい所ばかり行くのは悪いと感じたので「次は日和の行きたい所に行こうか」と伝えてみる。
日和は口に指を当てて悩み、「んー、美術館かな」と一言発した。
「美術館」と思わずオウム返しをしてしまう。僕は芸術に興味がないので選択肢すらなかった。
そうか、日和は絵画に興味あるんだもんな⋯⋯と、自分の事しか考えてなかったことに恥ずかしくなった。
「私ね、色んな芸術に触れてみたいんだ」穏やかに笑いながら日和はそう言った。
「──行こう」その笑顔を見て、僕は反射的にそう言った。
その笑顔は僕の見たことがない笑顔で、日和にその顔をさせたのが僕じゃないことに嫉妬を⋯⋯
なんで芸術に嫉妬をしているんだろう⋯⋯なんか、最近自分がよくわからない。
気を取り直して、水族館を見て回ることにした。
「──おー、凄いな!」そのコーナーについた時思わず声をあげてしまう。
硝子の向こうには色とりどりの熱帯魚が群れで泳いでいるのが見えて、その光景に思わず目が釘つけになる。
あー、これが感動するってことだろうなと、心が揺れ動いているのがわかった。
ここってカメラ禁止じゃなかったよな?と確認してからシャッターを切った。
クスクス笑い声が聞こえた、「ハル君、目が輝いてる」そう言いながら微笑んでいた。
思わず童心に戻っていた事に気付き、「いやあんまりにも綺麗だったからさ」と平静を装いながら言うと、「そうだね⋯⋯綺麗だね⋯⋯」と言いながら日和は水槽に近づく。
日和の顔が水槽に反射する。水の中に思いを馳せているのだろうか、その表情と水に囲まれた空間が合わさって幻想的な雰囲気を作り出していた。
──カシャッ! 気が付けば思わず携帯で日和を撮ってしまっていた。
それに気付いた日和は「撮るなら相手に一言言わないとマナー違反だよ!」と言って怒ってきた。
僕は平謝りしながら「日和があまりにも綺麗だったから」と何も考えずに思ったことをそのまま言ってしまっていた。
言ってから頬が熱くなってしまう。何を言ってるんだ、僕は!
心の中で叫んでしまう。出してしまった言葉は取り消せない。
「えっと⋯⋯今のは⋯⋯」慌てて言い繕おうと考えるが、頭に浮かぶ言葉は全部意味のない言葉ばかりだった。
考えていると、日和の様子がおかしい事に気付く。
耳まで真っ赤になって俯いている。この日和はどこかでみたことあるなと思い返すと告白をした日まで遡ることになった。
「あ⋯⋯あの⋯⋯」しどろもどろになっている日和を見ると更に追撃をしたい気分になる。
その心は奥深くに閉じ込める。何だろう、いとおしい気持ちが湧いてきた。
「今度は気を付けるよ。じゃあ、次の所に行こうか」早口にまくし立てながら、僕は日和の手を掴む。
今度は、流れに任せてじゃなく、自分の意思で。
日和は、慌てて取り繕うも「⋯⋯はい⋯⋯よろしくお願いします」と敬語になっていた。
どうやら緊張すると敬語になる癖があるらしい。
ガチガチに固まってる日和に歩幅を合わせながら水族館を見て回る。
しばらく手を繋いでいると落ち着いてきた。これで日和と手を繋ぐのは三回目になるのかな?と頭の中で思い返す。
日和の手はすべすべしていて温かい。なにか、ハンドクリームでも塗っているのかもしれないな⋯⋯と考えてしまう。
手を繋ぐのは何回かあっても、横に並んで歩くのは初めてだなと思い横を見る。
日和の頭が僕の肩口くらいにある、僕が百七十センチだから日和は百六十くらいかなと思う。
この視線は何だか新鮮な気分が味わえて、胸にくるものがあった。
僕のその気持ちをよそに、日和は胸に手を当てて深呼吸をしている。
「大丈夫⋯⋯大丈夫⋯⋯」と自分を奮い立たせる言葉を呟いていた。
そこまで緊張されるとこっちまで緊張してくる気がする、手に汗をかいてないだろうか気になってきた。
緊張を解すために少し悪戯してみようかと企んでみる、繋いでいる手を少し強めにギュッと握ってみる。
その瞬間、日和はびくっ! と身体を硬直させた。
予想以上のリアクションに思わず顔がにやにやと意地の悪い笑いが出てしまっていた。
ドッキリしている側の楽しさがわかったかもしれない、これは話のネタになりそうだと考えてしまう。
日和は僕の方を睨みながらプルプルと赤くなっている。
あ、やりすぎた。そう思った時には手遅れだった。
──バチィン! と手の平で思い切り肩を叩かれた。
いいスナップが聞いたビンタだった⋯⋯ひりひりして地味に痛い。
しかし、そのお蔭か日和の緊張はすっかり解れたみたいだった。
「──ほら、行くよハル君!」恥ずかしさより怒りが上回ってしまっているらしい。
それでも手を離さないでくれるのは嬉しい気分になる。
──僕と日和は色々と見て回る。
日和はもう落ち着いたみたいで、手を繋いだままでもいつものように話せるようになっていた。
まだ痛みが残ってるけど身体を張ったかいはあったみたいでよかった。
まぁ、この痛みは僕の自業自得だけどね⋯⋯と心の中で自嘲した。
僕達は、次にここでしか見れないと言うジュゴンを見てみることにした。
うん、変な顔だ。ジュゴンを見た第一感想である。
そのジュゴンは間の抜けたような顔で水槽の中を泳ぎ回っている。
可愛い⋯⋯のだろうか?
ウーパールーパーもそうだけどこういう間抜け面の動物を可愛いと思えないんだよな。
「変な顔⋯⋯」日和から聞こえたその呟きに思わず噴き出してしまう。
日和が頭を傾げていたので、思っていることが一緒だったと言うことを伝えると日和も笑ってくれた。
僕達の横にいる少女は「お父さん、これかわいい!」と言いながらジュゴンに指を指して父親を呼んでいた。
ちゃんとかわいいって言ってもらえてよかったなと考えていると、そいつと目が合う。
何を考えているか全くわからない顔のまま、つぶらな瞳でこちらを見ている。
じーっと見つめあっていると、カシャッ!と音が横から聞こえてくる。
「──さっきのお返しだよ!」少しテンションが高めの日和がそこにいた。手には携帯を持っている。
僕は別に撮られても気にしないタイプだったので日和の出方を見守る事にした。
日和は時々抜けた事をする時がある。
多分、今回もなにかをやらかす。僕の勘がそう言っている。
それをワクワクしながら待っている僕がいた。
撮った写真を見せつけながら何かを考えている。そこには僕とジュゴンが見つめ合っている画像が写っていた。
このジュゴン、確かメスだったよな?と頭の中で事前に仕入れた情報が頭を掠めた。
「タイトル⋯⋯タイトル⋯⋯」どうやらこの写真に名前をつけたがっているようだ。
僕ならこの写真になんてタイトルをつけるだろうと考える。
ジュゴンって確か人魚の伝説あったよな⋯⋯と考えてマーメイド・ストーリーとかかな?と名付けてみた。
不細工なジュゴンが一人の男に恋をして美しい人魚になる話が瞬時に頭の中に⋯⋯って相手僕かよ!と考えて頭からその話は振り払った。
日和の方はタイトル付けに難儀していた、こういう事が苦手なのだろう。
「──タイトルは、そうだね! ジュゴンと心を通わす青年で!」見たままのタイトルだった。
捻りもなしかい! と思わずツッコミを入れそうになってしまっている僕がそこにいた。必死で抑える。
やってやったよ、って感じで僕に仕返しをしてドヤ顔をしている日和に言いたい。
なんだ⋯⋯この可愛い生き物は⋯⋯と。
ジュゴンは僕達のやり取りに興味がないのか、顔を逸らしてどこかへ泳いでいった。
そういうやり取りをしているとアシカショーの時間というアナウンスが水族館内に流れる。
確か、アシカショーのすぐ後にペンギンの散歩ショーだったはずだ。
「そろそろアシカショーだけど、どうする?」何気なく日和に聞いてみる。
「ペンギンショーの為にいい場所とりたい⋯⋯」その目はぎらついているように見えた⋯⋯その気迫に気圧されそうになってしまう。
「う、うん⋯⋯ぺ、ペンギンの近くで待ってようか」プレッシャーを感じてしまい、思わずどもりながら頷いてしまう。
日和は首をぶんぶんと振っている、そんなにペンギンが好きか!と思わず心の中で叫んでいた。
そして何故か、ごめんな⋯⋯と心の中でアシカに謝っている僕がいた。
ペンギンの散歩が始まった時から、日和は凄い勢いでシャッターを切っていた。
僕はその横で他人のフリをしながらお姉さんがするペンギンの説明を聞いている。
色々と為になる話を言ってくれているので助かる。
なるほど、フンボルトペンギンね⋯⋯おぉ、六十匹もいるのかなど色々な事を教えてくれた。
実際に近くでペンギンを見れることも相まって人気のショーなのはよくわかった。
カシャカシャカシャ⋯⋯日和はまだ一心不乱にシャッターを切っている。
何がそこまで日和を駆り立てるのだろうか⋯⋯今の僕には理解出来なかった。
多分、この感じだとお姉さんの為になる話は何も聞いてないんだろうな⋯⋯とお姉さんに同情してしまう。
お姉さん⋯⋯ごめんなさい⋯⋯何故か心の中で謝っていた。
ペンギンショーが終わると日和はいい顔でふぅーっと息を吐き「満足したぁ⋯⋯」そのまま一言呟く。
「そりゃ、そうでしょうね」苦笑いしてしまう。思わず敬語になってしまっていた。
「ちょっと、どこかで休もうか⋯⋯」日和は疲れた顔でそう提案してくる。
ちょうどお昼時だしレストランで食事休憩をする事にした。
少し休んでから、まだ見てない所を見て回る。
気が付けば、どちらからともなく無意識のうちに手を繋いでいた。
最初の頃は触れるのすら緊張していたのにな⋯⋯と、まだ四日しか経ってないのに懐かしい気持ちになっていた。
僕達はその後、二人で笑いあいながら水族館デートを楽しんだ。
ペンギンのコーナーに行った時、日和がまたペンギン相手に狂っていたけど、それは記憶の底に封印しておくとしよう⋯⋯
帰り際、僕は土産コーナーに寄ろうと提案する。
一応、母親には甘い物を買おうと思っていたけど、本命は日和へのプレゼントだ。
「じゃあ、ちょっと買い物をしてくるよ」と言いながら、僕は日和の手を離す。
「私も行ってくるね」と言い残して、日和も買い物に行った。
待ち合わせ場所は決めてないけど入り口に居ればわかるだろう。
日和へのプレゼントはもう決まっていた。
というか、あれだけペンギン推しをされたら他の物をあげたくてもプレゼントはペンギングッズになる。
僕は、日和にペンギンのぬいぐるみ、母親にはなんか適当に饅頭を買ってから、入り口で日和を待つ。
しばらく待っていると、日和が入り口から出て来る。
日和は僕の前に歩いてくると「はい、プレゼント」と袋を差し出してきた。
先手を取られて面を食らう。
それでも、しっかりと袋を受けとった。
よく考えれば、日和からの始めてのプレゼントだった、嬉しい気持ちが込み上げてくる。
「開けていいよ」と言われたので言われるまま袋を開けた。
──中から出て来たのはジュゴンのキーホルダーだった。
⋯⋯何故ジュゴン?疑問が浮かぶ。その答えを日和は言ってくれる。
「ジュゴンと見つめ合っていたから! 中々出来ることじゃないよ!」そう言ってからやったね! と言われた。何も嬉しくない⋯⋯
気を取り直して、僕からもプレゼントをあげた。日和は喜んでくれてから「開けてもいい?」と聞いてきた。
僕は少し考えて「家で開けて欲しい」と言った。荷物が嵩張るしね⋯⋯
そして、僕達は水族館から出た。
今の時刻は四時、帰るには丁度いい時間だった。
うん、久々の水族館だったけど凄く楽しかった。
また機会があれば来たいな、そう思えるくらい満足できた一日だった。
──今、僕達は帰りの電車に揺られている。
行きとは違って、日和はおとなしくなっていた。
騒ぎすぎて疲れてしまったのだろう。
日和を見ると、うとうとしている。このままだと間違いなく寝てしまうと思い「日和、寝てもいいよ」そう言って、肩を貸してあげることにした。
日和は頭が回らなくなっているのか「ありがとー」とあまり呂律が回ってない声で、肩にもたれかかってきた。
そして、すーすーと寝息を立て始める。
その音を聞いていると、僕まで眠く⋯⋯意識をしっかり保つために思いっきり手をつねる。
痛みで目が覚めてきた。僕まで眠るわけにはいかなかった。
日和は完全に、睡眠モードに入ってしまったみたいだ。
今なら悪戯をしても⋯⋯
そんな邪な心は安らかな寝顔に完全に消えてしまった。
ゆっくりおやすみ⋯⋯そう思いながら降りる駅まで起こさないように気を付けながら、電車に揺られた。
目が覚めた日和はパニックになっていたけど、それはそれで面白かった。
今日一日で色々な日和の表情が見れた。
笑い顔から照れた顔、怒った顔や蔑んだ顔まで。
⋯⋯ろくな事してないな。と自分で自覚してない分やばかった。
日和が電車から降りる前に「明日は美術館へ行こう」と約束を取り付ける。
日和は「うん!」と笑いながら電車を降りて手を振ってくれた。
──明日も楽しい一日になるといいな。そう思わせてくれる笑顔だった。
家に帰って来た僕は、今日撮った写真を確認する。
──そこで、その写真を見つけてしまった。
そういえば、消すように言われてなかったよな⋯⋯と思い返す。
これは携帯の待ち受けにしよう。そう心に決めた。
──その写真は、水が光に反射して幻想的な雰囲気になっている。
その中に慈しむ様に魚を見ている日和がいた。