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僕の夢、陰る気持ち。

 しばらく手を引きながら歩いていると、日和は顔を上げて「──もう大丈夫だから! ごめんね、ハル君」と言った。


 その顔はさっきまでと違い穏やかな顔をしていたので呆気に取られてしまう。


 どっちが本当の日和なんだろうか、無理をして明るい表情を作っているのではないかと勘繰ってしまう。


 少し言葉を考えてから「こちらこそごめん、何も考えずに聞いちゃって⋯⋯」頭を掻きながらそう応えた。


 視線を日和に合わせると日和も僕をじっと見ていた。

 視線が重なった瞬間にお互いに苦笑いが出てしまった。


 そして、手を握ってた事に気付くと慌ててながら、どちらともなく手を離した。


 さっきまで掴んでいたはずなのに、どんな感触だったかいまいち思い出せない。

 手に汗をかいていたのがバレてしまってなかったか不安になってしまった。


 日和は少し息を吸ってから「よーし! ハル君のカッコいい服を探すぞ!」といつもより明るく言った。

 さっきまでの重たい空気を無理矢理直そうとしてくれるのがわかって感謝したい気持ちになる。


 ──こんな時、小説の主人公ならなんて言うのかな? なんて考えてしまう。


「そうだぞ、日和! 頑張って僕をカッコよくしてくれ!」

 結局、考えてみても言葉は出ずに、日和の作ってくれた空気に乗ることになってしまった。


 こういう所で気の効いた言葉の一つや二つは言えないのが情けない、と自分で思ってしまう。


 その僕の情けない言葉に日和は苦笑していた。もしかしたら心の中では「ハル君も頑張るんだよ!」とでも思っているのかもしれない。


「──じゃあ行こうか!」日和は僕を案内するかのように前を歩き始めた。

 その後ろ姿を見て、僕はかける言葉を一つ見つけてしまった。


「──日和、無理はしないでね」咄嗟に思い付いた言葉を口から出してしまっていた。


 ⋯⋯この場面はこの言葉で正解なのだろうか、経験のない僕には答えが出なかった。


 日和は「──うん、ありがとう」と応えてくれた。

 顔は見えないからわからないけど、声色から笑ってくれているのかな⋯⋯そうだといいな。


 その後、日和に連れられながら服を三着買ってその日は解散することになった。


 日和に選んでもらった服は無難と言って差し支えなさそうなラインナップだ。


 ボーダーのTシャツ、サマーニット、後は七分丈のシャツ。

 サマーニットの時はインナーを着てねと言われたのでタンクトップも買う事になった。


 僕は拍子抜けをしてしまう、なんかもっといい感じの服とか買うと思った。


 僕は思わず「無難な服だね」と口を滑らしてしまった。


 その言葉を聞いた日和曰く、「まずはしっかりと服を整えてからコーデを考えるべきなんだよ? その無難な服を持ってなかったのはどこの誰かな?」そう力説されてしまい返す言葉もなかった。


「⋯⋯はい、仰る通りです」


 僕は日和に謝った後、駅まで送るよと言って自転車に跨がる。日和は来た時みたいに格好つけた台詞を言わないの?と言ってから薄く笑みを浮かべていた。


 ⋯⋯人が忘れようとしていた黒歴史を引っ張り出さないで欲しい。


 僕はその言葉を聞こえなかったフリをしながら明日のデートコースを考えることにする。昨日調べたデータが次々と頭に浮かんできた。


 少し悩んでから、水族館に行きたいと思っていた事を思い出す。


 水族館へ行くのは子供の頃以来でこういう時でないと行く気になれない。

 久々にあの水で包まれているような感覚を味わってみたいと僕は思ってしまった。


 僕は日和に声を掛けて「明日は水族館に行きたいけど、どうかな?」と聞いてみる。


 その言葉に、日和は申し訳なさそうな顔をしながら「ごめん、明日は習い事があるから⋯⋯」と断られてしまった。


 そっか、毎日は遊べないよな⋯⋯と落胆していると、慌てながら「明後日なら大丈夫だよ!」と言ってくれる。

 そんなに落ち込んでいるように見えたのだろうか?

 自分の顔を触ってみたけどよくわからなかった。


 昨日と同じ様に指切りをしながら約束をする。

 ⋯⋯少し恥ずかしいけど、日和がやりたがっていたので言われるままにした。


 約束をした後、日和を自転車の後ろに乗せて駅まで送ることになった。

 日は大分落ちてきていて、昼間の熱い日射しは鳴りを潜めていた。


 自転車をこいでいると肩が風を切り少し涼しく感じる。

 気が付くと後ろから鼻歌が聞こえてきた。

 その歌はお世辞にも上手いとは言えなかったけど何故か胸が温かくなる。


 どこかで聞いた曲だな、と思い頭を巡らせると映画の最後で流れていたテーマソングをだということに気付いた。

 その歌を聞いていると、映画に誘ってよかったな⋯⋯と心の中にその想いがじんわりと浸透していくのを感じる。


 曲がわかった僕は、鼻歌を合わせる。何でだろう? 胸がドキドキする。


 日和は少し驚いて鼻歌を止めた、僕が続けていると日和も鼻歌を再開する。


 日和とのセッションが始まった瞬間、まるで二人きりの世界になったみたいな感覚に包まれる。


 そのセッションは人が見えてくるまで続いた。

 人が見えた瞬間、僕も日和もピタリと鼻歌を止めて横を通り抜けて行く。

 うん、聞かれたら恥ずかしいよね! と思いながら後ろをチラッと見ると、日和は少し照れ笑いをしていた。


 駅まで送ると、日和は自転車から降りる。

「──それじゃあ、また明後日ね!」とそう言い残してから日和は駅に消えて行く。


 その後ろ姿に僕は見えなくなるまで手を振り続けるのだった⋯⋯


 家に帰宅してからは、いつもの通りに夕御飯を食べてから風呂に入る。

 今日は汗をかいたから風呂が尚更気持ちよかった。


 風呂から出ると、母さんは今日のデートについて興味深々だったらしく根掘り葉掘り聞こうとしてきた。


 面倒なので「一人で行ってきた」と言うと憐れみの顔をしてくる。それはそれで面倒だった。


 母さんから逃げて部屋に入りベッドに飛び込む。今日で一番疲れたかもしれない⋯⋯


 体力的な疲れより精神的な疲れの方が辛いと聞くが気持ちがよくわかった。


 天井を見上げると意識が薄らいでくる。僕は半ば眠りかけている頭で、今日の出来事を思い返す。


 映画館で日和が泣いた事、自転車を二人乗りした事、服を買いに行ったこと。


 そして、日和に話を聞いた時に⋯⋯


 考えて一つ溜め息を吐く。考えないようにしていた物を思い出して少し胸が重くなった。


 ──地雷を踏んでしまった、と少し後悔してしまう。


 気を付けようもないけど、安易に聞きすぎるのはよくないなと自重することにした。


 これも、話のネタになるといいな⋯⋯そう思うしかなかった。


 気を取り直してこれからの事を考えようとしたけど眠気には勝てそうになかった。


 今日の日付を見るとまだ七月二十九日。

 日和にメールを送ってからまだ三日しかたってないことに驚く、それほど濃厚な日々を過ごしている。


 カレンダーを見ている最中も、どんどんと意識が遠のいていく。


 ⋯⋯日和の習い事ってなんだろう。


 それが今日思った最後の言葉になった。


 ──目が覚めるとそこは僕の部屋だった。特別な事はない見慣れた天井だった。


 時間は昼夜逆転してないなら昼の十二時。


 今日は特にやる事がないので遅くに起きてしまった。

「ふわぁ⋯⋯」と起き抜けに気の抜けた欠伸が出る。


 目を擦りながら、洗面所へ向かう事にした。とりあえず顔を洗いたい。

 ベッドから降りて歩いていると少しふくらはぎが痛む。


 昨日、久々に力を込めて自転車をこいだせいか、筋肉痛になってしまっていた。

 そのうち運動しないとなと思いながら足を少しマッサージする。


 準備してあったご飯を温めてて食べながら、今日一日することを考える。


 ご飯を食べ終わった僕は部屋に戻り、パソコンの前に座ると電気を点けた。


「──さて、久々にやるか」


 僕はパソコンのフォルダ広げてそこにあるデータを呼び出す。


 ⋯⋯うん、先に一言言わせてもらうと決して疚しい事をするつもりはない。


 そういう方面のデータは違う所に⋯⋯今の言葉は忘れて下さい。


 僕が呼び出したそれは、昔から書き溜めてある話を引き出す為のメモ帳になっている。

 ⋯⋯俗に言うとするならばネタ帳である。


 僕は今回出来た話のネタをパソコンに打ち込んでいくことにした。


「⋯⋯まずは、日和と出会った初日から」僕は七月二十七日の記憶を呼び起こした。


 僕には夢があった。


 ──時間もあることだし、ここで僕多々野小春の夢の話について少し話そうと思う。


 その夢を思い描き始めたのは中学生に上がってからのことだった。


 僕は、昔から本を読むのが好きだった。

 読むジャンルは色々で、特に決まっていない。

 好きな作家も大勢いる、強いて挙げるとするならシェイクスピアかな。

 中学生の僕は、本を読んでその世界に浸る、それだけで満たされた気分になっていた。


 そんな僕の考えは、とある夏。読書感想文に自分で考えた話を書いて提出した事で劇的に変わってしまう。


 感想文を提出してからしばらく経った時、国語の授業が終わった後、先生から呼び出しをくらってしまった。


 その時、遂にバレたかと思い込み腹を括って職員室に行く、そこで待っていたのは予想とは違う展開だった。


「この感想文に書いた作品面白そうだな、何て名前なんだ?」


 先生は僕の作品を手に持ちながら、興味深々に聞いてくる。


 その言葉の意味を、最初は理解できなかった。徐々に理解し始めてくると身体が震えてくるのがわかった。


 僕の書いた作品を売っているものと勘違いして褒めてくれた。


 その事で頭が一杯になる。心の底から何かが湧いてくるのを感じる。


 これが達成感というやつだろうか、その時まだこの世に生を受けて十四年しか経ってない僕には始めての経験だった。


 また、こんな感覚を味わってみたい。

 読んでるだけじゃ味わえない、この感覚を!


 そして、その瞬間に僕は小説家を目指すことを決めた。


 些細な事が切っ掛けで考えというものは変わるのだとその時にわかった。


 ──ちなみに、先生には架空の本と教えたら怒られたのは別の話だ。


 ただ僕の話で楽しんでくれた人がいる、その楽しんでくれる人を増やしたい。


 それが、今の僕のモチベーションに繋がっている。


 今年の夏は一作品仕上げて投稿したい、いやするんだ⋯⋯僕の夢の為にも⋯⋯


 僕は自分の()()()()()()を再確認する。


 僕は、気を引き締める為に引き出しを開けた。

 そこには一年前に投稿した作品で取った佳作の賞金が入っている。

 それを見ると、僕のやって来た事が間違っていないと背中を押してくれる。


 僕はこの賞金を獲得した時から小説を書いていない。

 次の話は、構成を練りに練ってから銀賞以上を狙って投稿すると決めている。


 ゲームをしていたのは、何かいいネタが出て来ないかと思ってのことだ。

 そこでまさか、日和を見つけるなんてまるで小説みたいだなと思ってしまった。


 もし、この話の結末が夢オチとかなら最低な作品になるなと想像して笑ってしまう。


 ──さて、下らない事を考えてないで作業に戻ろうか。


 僕は過去を振り返るのを止めて、パソコンに日和と現実で出会った時の事を打ち込んでいく。


 まずは店が何件もあってパニックになってしまったこと、連絡先を交換せずに危うくすれ違ってしまいそうだったことも打ち込む。


 今回投稿する作品は恋愛物にしようと決めていた。


 日和の存在は僕の話に彩りを与えてくれそうだ。


 ふと「面白いんだけど、リアリティーが足りないね」と言われたのを思い出してしまう。

 思い返すと母さんが僕の作品を持って言っていた。

 母さんは唯一僕の夢を知っている人だ。

 作品が出来る度に読んでもらっていて、お世辞じゃなくて本音で言ってくれる人だから助かっている。


「経験が足りないんだろうね。若人よ!  もっと色々経験しなさい!」そう言いながら肩を叩かれたのを覚えている。


 この時の僕は、本で見聞きした事から話を作っていた。

 確かに描写が不足している所とか多かったのだろう。

 僕は素直になるほど、と頷いた後に母親に感謝したのを覚えている。


 記憶に浸っているのを止めて現実に戻ってくる。


 何だろう、作業が進まないな⋯⋯僕は頭を掻く。


 しかし、日和のおかげでようやく恋愛というものに入り口が見えたのかもしれないな。


 僕はもう一度、パソコンに打ち込み始めた。


 事実は小説より奇なり。その言葉が頭に浮かぶ、そう、滅多に経験出来ない事を僕は経験している。


 彼女が男だなんて、そうそう経験出来る物ではないだろう。

 そう自分に言い聞かせるが、そこまで書いて手が止まってしまう。


 ──ヒロインは男。これを書いた途端に得も知れぬ感覚が身体を走る。


 本当にこのままで大丈夫なのだろうか⋯⋯言い様もない不安が鎌首をもたげている。

 気がつくと、また僕は頭を掻いていた。


 ──もしかしたら、僕は後悔をしているのだろうか?

 どうして? なんで? と心に問い掛けてみるが応えてくれなかった。

 自分の心は自分の思っている以上にわからないことをこの日初めて知ることになった。


 何故かこれ以上ネタを書き出すにはなれずに、僕はパソコンの前から離れる。

 そうだ、宿題の残りをしないと。


 僕はネタをまとめるのを止めて、残っていた宿題にとりかかることにした。

 パソコンの画面は静かに明かりを灯したまま揺れている。

 ⋯⋯それは、まるで僕の心みたいだった。


 その後、母親に夕飯を呼ばれるまで宿題に没頭してしまった。

 宿題の残りを確認をすると、大体七割位は終了したかなと思う。

 後は読書感想文とか英語の宿題かな、英語は苦手でどうも後回しになってしまう。


 いつもと同じ様な生活をしてから就寝をする準備をした。

 寝る前に明日の為に日和に連絡をする。

「ハル君こんばんは」今日聞けなかっただけなのに日和の声に心が弾む。


 僕は日和に挨拶を返すと明日の予定を言う。


「明日は少し遠出になるから早めに出ないといけないかも」と言うと日和は了承してくれた。


 結果、朝の十時に日和のいつも乗る駅で待ち合わせすることになった。


「──じゃあ、おやすみハル君!」弾むような声で日和は就寝の挨拶を言ってくれる。

「おやすみ、日和!」僕はそれに応える。

 日和の声を聞いていると昼間に覚えた不安が吹き飛んでいく気分になれた。

 今日はよく眠れそうだった。


 明日はどんな事が起きるのだろうと考えながら瞼を閉じる。


 ──明日は、良い一日になりますように⋯⋯そう祈りながら眠ることにした。

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