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初デート、そして

 喫茶店を出た僕達は、特に何をする事もなく色んな店を見て回っていた。


 外はあまりにも暑すぎたので今は地下街を歩いている。そこはさっきまでと違い、ひんやりとした空気が辺りを包んでいて快適だ。さっきまでの暑さを少し思い出して文明が進化したことのありがたさをしみじみと感じる事が出来た。


「いやー、やっぱり文明の成長って素晴らしいね」僕は心に思った事を日和に向かって言ってみる。すると日和は何故かクスクスと笑い始めた。


「変なハル君」


 日和は僕に向かってそう言ってくる、何が変なのかがさっぱりわからない。しかし、その姿はなんだか楽しそうで見ているとこっちまで笑顔になりそうだ。


 僕は日和の頭に目を向ける、そこには僕のあげたヘアピンが地下街の明かりに照らされ鈍く光っていた。それは僕と日和が付き合っている証、何故だかそれを見ていると心が弾む。


 しかし、何故だか実感がわかない。その事に急に環境が変わってしまったせいだから仕方ないと自分を納得させる事にした。


 そもそも⋯⋯恋人と友達の違いって何だろう? 付き合った経験の無い僕はそう考えてしまう。こうしている分には恋人は友達の延長線上にあるようにしか思えない。


 ──日和が男って言っていたからか? 僕は頭を掻きながらそんな事を考えてしまった。


 それが本当の事なのか確かめたい気持ちが芽生える。⋯⋯確かめてみてもいいのだろうか? 自分の心に問い掛けてみても答えは返ってこない。


 ──聞いても、大丈夫だよな? 少し考えた上、僕は聞いてみる事にした。


「日和、ちょっといいかな?」僕は目の前をスキップするかのように歩いていく日和に問いかける。


 日和は振り返り「なに、ハル君?」と笑いながら返してくる。


 その顔に思わず目を背けてしまう、やましい事をしている気分の僕にはその笑顔は眩しすぎる。

 あんまり詮索をしすぎると怪しまれるので遠回しに聞くことにしよう。えっと、とりあえず⋯⋯


 僕は目を逸らしながら「日和はさ、なんで女の子の格好をしているの?」と言ってしまった。

 遠回しに聞くつもりが直球を投げていた。涼しい空間にいながら全身から汗が出ている気がする。


 どうやら僕は遠回しに言うのが苦手みたいだ、遠回しに言う方法を勉強するべきだと思いながら、そういえば前にも言われたなと思い出してしまった。


 それを聞いた日和は、少し峻遵した後に「聞きたい? 少し重たい話になるかもしれないよ?」まるで迷子の子供のような顔でそう僕に言ってきた。


 ──どうしようか少し迷った後「もちろん」と返す。確証が得れなかったとしても日和の事は知りたい。


 それを聞いた日和は「うん、わかった⋯⋯」と言って歩きながら、ぽつぽつと自分の過去を語り始めた。僕はその後をついていく。


「──その話は、とある家庭での話」日和はそう切りだした。

 その家庭では、結婚した時から長らく子供が出来ずに悩んでいた。

 男と女は結婚した時からずっと女の子を欲しがっていたみたいだ。

 病院に行くも原因がわからず、子供が出来ないまま長い年月が過ぎてしまった。


 女は女の子が出来ますようにと神様に毎日お祈りするくらい切望していた、土砂降りの雨の日も身も凍えるような大雪の日も⋯⋯

 中々出来ない子供に精神が磨り減り昔は美しかった女はやつれていき見る影もなくなってしまう。

 男はそんな女に、子供はもういいんじゃないか俺は子供よりお前が大事なんだと説得した。


 しかし、ここまで来て止められるかと女は暴れだす。焦りや悔しさから、いつのまにかストレスが溜まりおかしくなってしまった。


 子供を授かったのは、その一年後。ようやく待望の子供を授かったと女は喜んだ。

 ただし、その子供は望んでいた性別ではなかった。


 男は慰める。授かっただけいいじゃないか、この子を大事に育てていこう。と⋯⋯

 しかし、母親はこんなに苦しんで産んだのに何で⋯⋯何で男の子なの⋯⋯そう嘆いた後、この子は女の子として育てると言い出した。

 もちろん、男は抗議した。しかし、おかしくなってしまった女にはその言葉は理解することが出来なかった。


 程なくして、男はその女と離婚することになった。付き合い切れなくなったらしい。

 男は親権を引き取ろうとしたが、女の親がお金を持っていたのもあり、日和は女側に引き取られた。

 そこからずっと、日和は女の子として育てられてきたために女の子の感性や心をもってしまった。


 だから日和の家には女の子用の服しかないし、女の子になるために普通の女の子より身体に気を使っているために綺麗にみえる。

 変声期が来ても声変わりがそこまでしなかったために女の子の声みたいに聞こえている。


 そこで、日和の話は終わった。


 ──なるほど、そういう家庭で育ったなら日和みたいなのも出来るか⋯⋯そう納得した。


 それとは別に、作り話みたいだなとも感じる。僕が穿った見方をしているせいだろうか?


 結局、何一つわからないままだった。胸のモヤモヤは晴れないままだ。


 でも、聞けてよかった。こうやって少しずつでも知っていけばいつかは晴れるといいな。


 さっきから日和は何も言わずに硝子をじっと見ている。


 もしかしたら硝子に映った自分の姿を見ているのかもしれない。


 僕は、自分の中で日和の話を消化した後に「今の日和は幸せなのかな?」そう聞いてみた。

 日和は僕の方に振り向き、満面の笑みで「もちろん!」と返してくれる、その顔は僕の不安を吹き飛ばしてくれる気がした。


 幸せにしてあげたい、そんな気持ちが胸を満たしていく。


 日和は携帯で時間を確認すると「──もうこんな時間⋯⋯門限までに帰らないと」と日和は寂しそうな顔をした。

 僕も携帯を出して確認すると四時になっている。

 今から帰ると六時になるかな、帰るにはいい時間だ。

 楽しい時間が経つのは早いなと感じる。

 でも、今日が終わってもまだ夏休みは終わりじゃない。明日また遊べばいいと思った。


 駅に入り切符を買う。

 日和とここでお別れかな、と思い帰りはどっち方面かと聞いてみる。

 どうやら僕の帰る方面だったらしく、一緒に過ごせる時間が長くなったことを嬉しく感じた。


 ホームは来たときより人が多かった。僕達と同じで帰る人達だろう。電車を待っている間中、立ちっぱなしなのも嫌なので椅子を探して座ることにした。


「日和、こっちが空いてるよ」僕は何も考えずに日和の手を掴んでしまう。

 その手はすべすべで柔らかくて、その感触に僕は慌てて手を離しながら、ごめん⋯⋯と謝った。


 日和は顔を赤くして、大丈夫だよ!と言いながら鞄の中から大きいハンカチを取り出して椅子の上に置いた。


 なるほど、白いスカートが汚れたら困るもんなと納得をしてしまう。

 日和はきっちりハンカチをひいてその上に座る、その姿があまりにも様になりすぎていて思わず見とれてしまっていた。


 ──そうだ、約束を取り付けないと。そう思い立ち日和に声をかける。


「日和、明日昼から一緒に遊ばない?」友達を誘うかの様に気楽に誘ってみる。

 ネットでの会話みたいに話してしまった、もう最初の頃の様な緊張はない。


 それを聞いた日和は俯いて「デート⋯⋯ってことかな?」とおずおずと聞いてきた。


 デートという単語に僕の顔は赤くなってしまってしまう、そうだ⋯⋯デートなんだよな。

 僕の人生で初めて使う言葉にさっきまでなくなっていた緊張が戻ってくる。


 僕は「そう、明日デートに付き合って下さい」そうはっきりと言った。頬が熱い、顔が燃えてしまいそうだ。


 日和は俯いたまま「うん、私もハル君と遊びたいな」と答えてくれる。

 そのまま「じゃあ、約束ね」と日和は小指を出しながら僕の前に手を出してくる。

 僕は「うん、約束」と言いながら何年ぶりかの指切りをした。


 電車がホームに入ってくる、日和は立ち上がるとそそくさとハンカチを畳んで鞄に入れてから、「ほらハル君! 電車が来たよ!」と顔を僕に見せない様にしながら電車へ向かって行く。


 多分、日和の顔は赤くなっているんだろうな⋯⋯とわかってしまう。だって僕の顔も赤くなってしまっているから、見られなくてよかった。


 二人用の席がちょうど空いていたので座ることにする。

 横を見ると日和は少し疲れているみたいだった、はしゃいでいたからな⋯⋯とさっきまでを思い出す。


 隣の日和からいい匂いがする。その匂いに胸をドキドキさせた。そういえば、こんなに近づいた事はなかったっけと思い返す。


 惚けながらぼーっとしていると、大切な事を思い出した。

 そうだ、連絡先を交換しないと!

 今日の出来事が頭を掠めたので、連絡先を交換することにした。


 これで日和といつでも連絡ができるな。交換したその番号を眺めて顔を緩めた。


 ついでに日和の降りる駅を聞いてみると、僕の降りる駅から二駅後だった。

 意外と近かった事に驚く、いつでも会える距離だった。

 世間って狭いな⋯⋯と感じてしまった、ネットで話をしていると相手がどこにいるかわからないから、もし日和が北開道(ほっかいどう)とか遠い所に住んでいるならこの出会いはなかったんだよなと考えて身震いをしてしまった。


 そろそろ僕の降りる駅が近づいてくる。隣をチラっと見ると日和は寝息をたてながら目を瞑っていた。

 可愛いその寝顔をずっと見ていたいという、心を押し殺して「日和、日和」と小さく声を出しながら軽く手をたたく。

 しばらくすると日和が目を覚ました、僕が電車を降りるまでに起きてくれてよかった。


「⋯⋯ごめんなさい、寝てました」寝ていたことに日和は恥ずかしがる。

 僕的にはむしろいいものが見れたと役得だったので「大丈夫!」とにこやかに返しておいた。


 電車を降りて日和に手を振る。さて、帰ったらデートのプランを組むか! と気合いを入れて家に帰ったのであった。


 家に着いてから、晩御飯を食べていると母さんに「今日は良いことでもあった?」と聞かれた。

 それを聞いて吹き出しそうになる、エスパーかこの人は。

「別に」とそっけなく返すも、ふーん⋯⋯とニヤニヤ笑っていた。

 何かに気づいたみたいだったけど、言ってこなかったので何も言わなかった。


 ご飯を食べ終わって「ご馳走様!」と手を合わせてから部屋に逃げ込む。

 あのまま居たら聞き出されそうだった、いやもしかしたらもう気付いているのかも⋯⋯昔から察しのいい人だったしな⋯⋯

 僕は気を取り直してインターネットを着けて、オススメのデートスポットを探す。

 デートの経験が無い僕は、他の人の経験を当てにした方が失敗がないなと考えたからだ。


 美重(みえ)、デート、オススメ、夏、そう検索にかける。そうすると色々な情報が画面に映し出された。


 僕はその中から、美重オススメデートスポット! と書いてある文字をクリックする。


 そこに色々なデートの候補となる場所が書かれていて、どこに行けばいいのかを迷ってしまう。


 水族館とかいいかも⋯⋯と考えてから、付き合って次の日に水族館とか行くものだろうか、少し重すぎないか? とも思ってしまった。


 しばらく悩んだ後に、付き合いたて、デート、で検索をかけなおす。


 どこか気楽に行ける所がいいだろうと考えた上で、その情報を見ていると映画という選択肢が浮上した。

 今やっている映画を確認すると面白そうな恋愛物をしている。


 これにしよう! そう決めて携帯から日和に初めての電話をした。


 三回呼び出し音がした後に電話が繋がる。

 それと共に「は、はい!(たちばな)です!」日和の大きい声が聞こえる。

 あまりの大きさに思わず電話を耳から離してしまった。


 橘?日和の名字だろうか?それとなく聞いてみよう僕は恐る恐る携帯を耳に戻した。

「日和、今日はありがとう楽しかったよ」その言葉に「は、はい!」とまたしても同じ大きさで返ってくる。

 少し耳から離していて正解だった。


「その、少し聞きたいけど日和って本名?さっき橘って言ってたけど」聞きすぎだろうか?


 その言葉に「そうです、私の名前は橘日和って言います」そう返ってくる。


 なるほど、と頷く。

 橘日和⋯⋯少し口の中で聞き取れないくらいの声で言ってみた。

 本名を知ることで、日和との距離が少し近付いた気分になれた。


 しかし、少し気になることが⋯⋯


「日和、言ってもいい?」僕がそう言うと「はい!」と間髪入れず返ってくる。

「何で敬語なの?」疑問を言ってやった。

「う⋯⋯」電話の向こうから呻き声が聞こえた。


 話を聞くと、日和は日和の母以外と電話を使ったことがないらしく、凄く緊張しているらしかった。

 それを聞いた僕は、可愛すぎるだろ!枕を抱き締めベッドの上をゴロゴロと転がった。

 その音を聞いて電話の向こうから困惑した日和の声が聞こえてきた。


 危ない、取り乱す所だった⋯⋯

 もう手遅れかもしれないけど平静を装う。


「日和、普段通りで大丈夫だからね。ほら、深呼吸」優しく語りかけてあげる。

 昨日までメール一つで取り乱してたのはどこのどいつだったか、少し思い出してから記憶を消去して棚にあげておいた。


 電話の向こうから深呼吸をする音が聞こえてくる、その音が止まったタイミングで声をかける。

「大丈夫かな?」と聞いてみると「はい、もう大丈夫で⋯⋯大丈夫!」と返ってきた。まだ堅さが取れきってないけど、いつもの日和に戻りつつあった。


「──じゃあ、明日の予定を言うね」

 そして、僕達は昼に映画館の近くにあるフードコーナーで待ち合わせをすることにした。

「じゃあ、おやすみ日和」そう言うと「おやすみ、ハル君!」そう元気な声が返ってきて嬉しくなった。

 まるで本物のカップルみたいな⋯⋯そこまで考えて頭を振った。


 電話を切ってから、風呂に入りパジャマに着替える、今日はいい夢を見れそうだ。

 さっきまでの事を思い出す、可愛かったな日和⋯⋯


 でも、少し疑問に思ったこともあった。

「──お母さんとしか携帯をしたことがないって、どういうことだろう⋯⋯」

 誰に向けたわけでもない言葉をぽつりと呟く。


 僕が今、日和について知ってることは三点だけ。

 名前、橘日和、女装をしている男(自称)どうみても女の子にしか見えないけど⋯⋯後は日和の母親は日和を女の子として育てた。


 まだこれだけしかわからない、日和はいつもどんな生活を送っているのだろう。


 時間はたっぷりあるんだ、じっくりと知っていこう⋯⋯そう思い瞼を閉じた。


 明日は初デートかぁ⋯⋯初デート⋯⋯考えると目が覚めてしまい、結局眠れたのは二時間後の事であった。


 朝起きてから、ご飯を食べていると母親に「今日はどこかに行く予定でもあるの?」と詮索された。

 声の先を見ると、母さんは仕事にいく準備をしているみたいだった。


「映画を見に行く」ご飯を食べながら、そうそっけなく返すことにした。

 母さんは何か含み笑いをしながら「頑張ってこい!」と僕の背中を叩いた。


 絶対ばれてる!

 どうしよう、と考えながら僕は頭を掻いた。


 母さんを見送る時に少し聞いてみたいことを思い出した、ごめん、変な事を聞くけどと前置きをした後に「母さんはもし女の子がほしくてさ、男が生まれたらどうする?」と聞いてみる。その答えはすぐに返ってきた。


「元気に育ってくれて、人に迷惑かけないならなんでもいいよ。そりゃ、私も女の子が欲しかった時はあるけどね」その後に、「それであんたの名前を小春にしたんだよ」と衝撃の事実を言われた。道理で女っぽい名前だと思ったよ⋯⋯

 

 小言を言おうと思ったが、母さんの横顔を見ると何故か悲しそうな顔をしていた。


「ありがとう」僕は母さんにそう声をかけた。母さんは僕からの感謝の言葉に目を丸くしてからニコッと笑った。


 その顔にはさっき漂っていた哀愁はもうなく、いつもの母さんに戻っていた。


 母さんは手を振りながら玄関を出ていく。僕はそれを見送った後、ありがとうなんて言ったのいつ以来だったかな⋯⋯と思い返しながら目を細めた。


 しばらくぼーっと物思いに耽っていたせいで、時間が押しているのが見えて慌てて準備をする羽目になってしまう。早く今日の衣装を考えないと⋯⋯


 日和は今日も可愛い格好で来るだろう、それにふさわしい服装をしなければ⋯⋯


 しかし、クローゼットを見るが全部似たり寄ったりのパーカー付きばかりの子供っぽい服ばかりだった。


 こういう時の為に服を用意しておくべきだったと後悔する。


 しかし、ここで自分の服装へのこだわりの無さを嘆いていても仕方ない!

 僕はいつもお気に入りにしている赤い色のパーカーにした。

 帰りに新しい服を日和に見繕ってもらおうかな⋯⋯そう思い、引き出しの中からお金を取り出す。


 僕は時間を見る、今は十時。

 映画館は僕が住んでいる所から一駅向こうだから自転車でも間に合う距離である。


 ──そこで思いつく。もしかして、日和と二人乗りチャンスなのでは?

 いきなり思い付いた発想に天才か、僕は。と自画自賛する。

 僕は無意識のうちに自転車に跨がっていた。

 日和と二人乗り!煩悩で頭を埋めつくして映画館に向けてこぎだしたのであった。


 後悔は先に立たず⋯⋯映画館に向かう途中、そんな言葉が頭をよぎった。暑い、身体が溶けそうだ。


 炎天下の中、ギッ⋯⋯ギッ⋯⋯と音の出る車輪を転がしながら進んでいく。

 アスファルトが熱をもっているせいか蒸し焼きにされているように感じてしまう。

 汗をたらしながら進んで行く。

 何か汗をふくものを持ってくるべきだったと後悔した。


 目的地についた時、日和に汗臭い男と思われないだろうか、と少し気にしてしまう。


 幸い、映画館のある所はショッピングモールとなっているので消臭用のスプレーを購入してからフードコーナーへ向かうことにした。


 ショッピングモールを歩いているとすっかり汗はひいている、汗だくのまま日和に会いたくないしな⋯⋯と思う。

 フードコートに着いてから少し辺りを見ると、日和を見つけた。


 今日は昨日の服と違って、白が基調のチェックの上着に下は青いスカートだ。


 やっぱり、色々と服を持ってるんだなぁ⋯⋯と感じて今日は服を見てもらう決意を固めた。


 近づいていくと気づいたみたいで軽く手を振ってくれる。手を振り返すと、チッと辺りから舌打ちが聞こえた気がした。


 そういえば、日和といると嫉妬の

 視線が来るのを忘れていた。気にしないようにしておこう。


「お待たせ、待った?」

 テーブルを挟んで日和の前に座りながら、言ってみたかった言葉を言ってみる。

 日和は笑いながら「ううん、今着いたところ」と言った。ありふれた待ち合わせの台詞を言い合って二人で笑いあった。


 日和の髪をチラりと見てみると今日もヘアピンを着けてくれている。それを見て嬉しい気持ちになる。


 昼ご飯に何か食べようかなと思って、日和の食べた物を見てみるとどうやら日和は飲み物だけ頼んだみたいだった。


「何か食べないの?」と聞いてみると一緒にポップコーンが食べたいと少し照れながら言ってくれた。舌打ちが聞こえる⋯⋯気にしない気にしない⋯⋯


 それを聞いて僕だけ何かを食べるわけには行かずに、飲み物だけ注文してフードコートを出る。汗をかいたからか飲み物が凄く美味しく感じた。


 映画館に入りポップコーンを買ってから席に着く。ポップコーンは二種類あったので僕と日和は別々の物を購入することにした。


 ポップコーン屋のおじさんからポップコーンを受け取り、席に向かう。


 そろそろ映画が始まるみたいだった、席に座ってから早速ポップコーンをつまむ。

 僕が買ったのは塩味、久々に食べたポップコーンは少し濃い味付けで美味しかった。


 ポップコーンを食べていると、手をちょんちょんとつつかれる。

 横を見ると日和がポップコーンのおねだりをしてきていた。

  僕は笑ってポップコーンを日和にあげると嬉しそうにもぐもぐとたべていた。餌付けしてるような気分になる。

 そして、日和が買ったポップコーンを僕に差し出してくる。日和が買ったのはキャラメル味。僕はありがとうと言ってからいただいた。


 そして、塩味とキャラメル味を両方食べてわかったことがある。

 これは交互に食べること前提の味付けをされていた。

 即ち、両方買いたくなるように調整されているのだ。


 あのおじさんの笑顔の裏にある商売魂に敬意を覚えつつ、僕と日和はお互いにポップコーンを分けあいながら食べた。


 映画も中盤になると話は盛り上がっていく。

 横をチラッと見ると、日和の視線は画面に釘付けになっていた。

 僕も画面に目を移す、集中して見よう。


 映画のタイトルは「静寂な刻の中で」。

 沈みゆく日本を背景に逃げて行く人々を見送りながら故郷に帰りたい、と言ったヒロインとその幼馴染の主人公の話だ。


 彼女は死ぬ病に侵されていて、弱っていく彼女を励ましながら最期を看取り、彼女の墓に寄り添いながら主人公は日本と共に沈んでいくそんな話だった。


 目の見えなくなった彼女は死ぬ間際、主人公に抱かれながら「今日は小春日和なのかな⋯⋯すごく暖かいね⋯⋯」と残して逝ったのが印象深い。


 そこでふと思う、僕と日和の名前を組み合わせると小春日和になるなと。


 僕はこういう事に運命を感じたりするタイプではないが嬉しくはあった。

 彼女の誕生日が自分と同じなら嬉しいとかそういった類いの感情だ。


 ──ちなみに、普段あまり会わない友人にそれを言った所「貴方のその感性はわからない」とバッサリ切り捨てられた。

 人によって感性は違うけどバッサリ切り捨てることはないだろうと思った。


 映画を見終わって一息ついた後、横からぐしゅ⋯⋯と鼻をすする音がしたので顔を向けて見てみると日和が泣いていた。


 映画に集中しすぎて日和の存在を忘れかけていた、ごめん日和! と心の中で謝る。


 日和は落ち着いた後、「お手洗いに行ってくるね」と言い残し去って行った。

 きっと、崩れた化粧を直しに行ったのだろう。


 僕は、ふぅ⋯⋯とため息をつく。まさか、あそこまで映画で感情を揺さぶられる人がいるなんて思わなかった。

 今まで映画で泣いた事が無いから、泣いたとかネットで書いてる人は架空の存在だと思っていた。


 帰ってきた日和はすっかり元に戻っていた、少し目が赤くなってるけどそのうち治るだろう。


 僕達は歩いてフードコートに戻ることにした、さっきの映画の感想を話そうかと僕は提案した。


 フードコートに着くとハンバーガーと飲み物を注文する。

 流石にポップコーンだけではお腹が満たされない。日和に聞くと「私はいらないかな」と言われた。


 日和に断りを入れてからハンバーガーを食べる。いつも食べている味なので特に感想もない。もし、強いて言うとするならジャンクフードらしくケチャップが強めに効いた味がする⋯⋯と言った所だろう。


 ハンバーガーを食べ終わった後、映画の話をすることにした。


 まずは日和は何に泣いたのか気になった。「日和、そんなに泣くような話だった?」と聞いてみる。

 日和は恥ずかしそうに、ヒロインと自分を重ねてしまったからと言った。

 こんなに優しくしてもらえるのに何も返せないもどかしさ、彼を寂しくさせてしまうことがわかっていても何もしてあげれない後悔。


 そして、自分が居なくなったら彼も死ぬ気なのだろうと分かっていながらも彼が一緒に居てくれる嬉しさを感じてしまっている自分への嫌悪。

 そんなヒロインの感情が、日和の脳内に全部再生されてしまったらしい。


 そこまで感情移入してもらえたら脚本家も幸せだろうと思った。


 そして、最期に小春日和という言葉が出てきて、それが胸を打って泣いてしまったと日和は言う。


 小春日和って春の暖かい気候だったはずだよな⋯⋯何で泣いたのかわからない、また機会があれば調べてみようと思った。


「ハル君は、映画どうだったの? 面白かった?」日和は首を傾げながら聞いてきた。そうだな⋯⋯僕は映画を思い返す。


「──そうだね、ちょっとストーリーが甘いというかあり得ないシーンが多いかなって思った」


 故郷に残る理由とか甘い気がする、もっと理由が欲しい。

 そうだな、故郷の環境じゃないと生きれなくて出れないとかの方がいいんじゃないかな?


 考えていると色々改善点が出てくる気もする。何も考えずにその改善点を日和に話していた。


 うん、そうだ最後の沈んでいくシーンもあり得ない。

 入水自殺をする人達はもがき苦しみ浮かんでくるはずだ、なら起きられない用にする道具を必要とするかロミオとジュリエットみたいに毒を飲んで自殺するシーンの方がしっくり来るだろう。


 日和は驚いた顔をしながら「ハル君って、色々考えて映画を見るんだね」と言って苦笑いをした。


 まずい、少し言い過ぎたと思い、頭を掻きながら「こういうの好きだから⋯⋯」と誤魔化しておいた。


 少し喋りすぎたせいか、喉が渇いていた。目の前にある飲み物を一気飲みする。日和は少し笑っていた。何故だろうか?日和に聞いてみても「内緒」と返ってきた。


 しばらく話をした後、時計を見てみると二時になっていた。

「これからどうしようか?」日和が聞いてくる。そうだった、服を見繕ってもらいたいんだった。


「日和、正直に答えて欲しい」その言葉に日和は真剣な顔になる。

「うん⋯⋯いいよ」何か緊張が走った気がした。

「僕の服、どう思う?」その言葉に日和はきょとんとした顔になる。

 しばらく僕の事じーっと見る。

 ここまで見られると恥ずかしいなと思った、覚えておこう。

 日和はうーん⋯⋯としばらく考えて「かわいい⋯⋯かな?」と答えを出した。


 うん、このかわいいって子供っぽい服だね!ってことだよね⋯⋯ハッキリとは言われてないけど日和の困った顔を見たらわかった。


「すみません、僕の服を見繕って頂けないでしょうか」

 プライドを捨てて、日和に頭を下げる。

 日和はクスクスと鈴のような声で笑いながら。

「いいよ、じゃあ買い物に行こうか」

 語尾に音符マークがついたような声色で答えてくれた。


 日和に頭が上がらなくなりそうだった。既に上がってないかもしれないけど。


 この辺りの服屋を知らなかったので検索をかける。ここから三十分の所に一店在ったのでそこに行くことにする。


 日和はちょっと日焼け止めクリームを塗るから待ってねと言ってもう一度化粧直しに行った。女の子は大変だな⋯⋯と思った。

 そして、いや⋯⋯男だったよな⋯⋯と再確認してしまう。

 一緒にいると、女の子にしか見えないので忘れそうになってしまう。


 化粧直しから戻って来たのを確認してから僕達は外に出る。暑い日差しが僕達を歓迎してくれた。正直迷惑である。


 日和にどうやって行こうかと言われたので僕は停めてあった自転車を引っ張って来て、日和の前で自転車の荷台を叩く。

 その後、「へい、お嬢さん。どうだい、服屋まで俺の車に乗って行かないかい?」と演技をしながら格好をつけて言ってみた。


 うん、僕のキャラクターとは違うけど一回言って見たかったんだよね。

 多分もう二度とやらない、恥ずかしいから。

 日和は僕の台詞に笑いながら「えぇ、喜んで乗らせてもらうわお兄さん」と言ってくれた。

 日和のノリがよくてよかった、滑らずに済んだ⋯⋯と安堵した。


 僕は日和がしっかり乗ったのを確認すると服屋に向かったのだった。思ったより日和は軽く、まるで一人乗りと変わらない速度で漕ぐことが出来た。

 そう、まだこの時は知らなかったのだ。

 この先に地獄が待っている事を。


「ぐぅ⋯⋯ぉお⋯⋯!」

 ──今、僕は必死に漕いでいる。

 後ろから笑い声が聞こえてきたので振り向く、日和は何故か笑っていた。


「日和、なんで⋯⋯笑ってる⋯⋯の!?」声が途切れ途切れになる。

「ハル君が頑張ってるからかな」と笑い混じりに言われた。

 今僕と日和がいるのは坂道の途中。平坦で楽と思っていたが流石に上り坂では勝手が違う。


 この坂は太陽の日差しと熱を持ったアスファルトに挟まれていて、そこを力一杯踏まなければ進まないのは、まさに地獄だった。


 うぅ⋯⋯と呻き声を上げながら一歩一歩と漕いでいく。

 一度乗れと言ったからには降りてと言うのは僕のプライドが許さなかった。


「後もうちょっとだよ!頑張って!」日和は声を弾ませて僕を応援してくれた。

 声を聞いただけで力が湧いてくるのは流石に単純だと自分でも思った。

「⋯⋯よっしゃあ!」坂を登り切ると思わず叫び声が出てしまう。

 疲れてしまったので「少し⋯⋯休ませて⋯⋯」と懇願した。

 日和は苦笑いしながら「降りてって言えばよかったのに⋯⋯」と言ってきた。

 その言葉に「いや、格好つけたかったから」と思いっきり格好悪いことを言ってしまう。

 疲れと暑さで思考能力が鈍っているのかもしれない。

「大変だね、男の子も⋯⋯」そう言いながら鞄からハンカチを出して僕の汗をぬぐってくれた。


 ふわりと日和の匂いがして胸が高鳴った。


 胸の高鳴りを誤魔化すように「さて、行こうか」と言って自転車に跨がる。


 ここからは坂道になっていて楽ができる。後十分程で服屋に着くだろう。


 僕は日和に「しっかり掴まっててね」と言うとペダルを漕いで坂道に差し掛かるとゆっくりと自重で下っていく。

 後ろを見ると日和はベレー帽が飛ばないように頭を抑えているのを見て、僕はブレーキをかけてスピードを落とした。

「気にしてくれて、ありがとう!」

 僕のすぐ後ろから感謝の言葉が飛んでくる。

 僕は、お礼を言われてくすぐったい気持ちになった。


 下り坂を下り終わり、しばらく漕ぐと目の前に服屋が見えた。


 僕は服屋の前に着くと、ポケットからハンカチを取り出し汗を拭う。

 このハンカチは日和がさっき拭いてくれた物で、明日洗って返すつもりだ。


「お疲れ様、送ってくれてありがとう!」と日和は荷台から降りた。

 日和の重さが離れて少し寂しい気持ちが生まれた気がした。

 僕は「どういたしまして、お嬢さん」そう乗せた時のキャラクターで返す。

 僕達はお互いに笑いあった。


 服屋に着いて駐輪場に自転車を停めて中に入る。中は涼しく火照った身体が冷える。

 僕は隣にいる日和に向き直り「よろしくお願いします!」と頼む。


 日和は「どんな感じのコーデがいいのかな?」と聞いてきた。

 聞かれてもわかんないので、「日和の好きなようにしてくれたらいいよ」と言った。


 日和はその言葉を聞いて目が光ったように見えた、嫌な予感がする。


 凄くいい笑顔で「じゃあちょっと見てくるね」と言って日和はどこかへ行ってしまった。

 放置された僕は手持ちぶさたになってしまう。仕方なく近くのベンチに座る。


 程なくして日和は戻ってきた。何だろう、あのキラキラとしたここからでも分かる派手な服⋯⋯


 日和はふう⋯⋯とわざとらしくため息をつくとそのキラキラした服を目の前に出してきた。


 シャツは金色でズボンは銀色。両方ともメタリックという言葉がしっくりくるくらい輝いている。


 光に反射して眩しい⋯⋯思わず目を細める。

 馬鹿じゃないのこれを考えた奴!思わず心の中で悪態をつく。

 値札を見ると一万円の値段が千円まで下がっている。正直千円でもいらなかった。


「これね、最近のトレンドなんだよー」

「嘘つくな」

 棒読みで言う日和にバッサリと切り捨てる。こんなお茶目な面があるなんて知らなかった。


 結局、日和は「任されたのにー」と言いながら渋々服を返しに行った。

 あのまま押され続けたら買ってしまいかねなかったからホッとした。


 戻って来た日和に「なんであんな服持って来たの?」と聞いて見る。

 そうすると日和は「二人で選ぶのが面白いと思うんだよ、私だけで選んでもつまらないでしょ?」と言う。

 確かに、と一理あったので日和に謝り二人で選ぶことにした。


 二人で服を見ながら歩いていると、目の端に帽子コーナーが映った。


 そっちを向いて見るとベレー帽が目に入る、そういえば日和って昨日もベレー帽を着けていたなと思い、理由を聞いてみることにした。


「日和ってベレー帽に思い入れでもあるのかな? 昨日も被っていたよね?」

 さりげなく言えただろうか?あまり自信がない。


 日和はベレー帽の事を聞かれると、少し考えてから「ゲームの私に被せてみたら似合っていたから買ったの」と答えてくれた。


 まさかのゲームからの逆輸入だった。それにビックリしつつ昨日喫茶店で出会った時の事を思い出す。


「そうだ、 昨日はびっくりしたよ。まさか待ち合わせ場所にゲームのままの日和がいるんだもん」本当にびっくりした、現実とゲームを間違いかねないくらいに。

 それ程に日和のキャラクタークリエイトが上手いのもあった、才能があるのだろう。

 その後に「何で自分をゲームで作ったの?」と好奇心で聞いてみた。


 日和はピタリと止まる。僕は三歩先で止まって振り返ると日和は下を向いている。

 僕は「日和?」と声をかける。日和から返事は返ってこない。


 あまりにも急にさっきまでの空気が変わってしまった。僕は手に汗をかいている。


 日和の触れてはいけない部分に触れてしまったのだろうかと思いながら、これ以上踏み込むのはまずいと思う理性と踏み込んで話を聞いてみたいと思う好奇心の間で揺れる。


 ──知りたい⋯⋯知りたい⋯⋯そんな気持ちが膨れあがる。


 しばらくして日和は「ごめんなさい、あまり言いたくない話なの」と言うと顔を上げる。その顔は何を思っているのか泣きそうな顔になっていた。


 その言葉を聞いて僕はようやく我に返る。

「──日和が言いたくなるまで待つよ」

 そう言いながらさっきまで自分の考えていたことを頭から振り払った。


 日和にどんな過去があるのだろうか。

 まだ付き合って一日目の僕には何もわからなかった。

 僕は、この重い空気を振り払うように「買い物の続きをしようか」そう明るい声で言って日和の手を握ったのだった。


 ──その手は、ひんやりと冷たかった。

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