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溢れだした気持ち

「──大丈夫?」


 私が携帯を見ていると、彼はそう心配そうに声を掛けてくる。


「⋯⋯大丈夫」と言いながら顔を上げて、彼を見た。


 きっと、彼は私の門限の事など忘れているのだろう。そう考えていると心が痛くなってくる。


 心の痛みを抑えつつ、私はさっきまでの話をしていた所を思い出し、「──じゃあ、私が部屋に閉じ込められた所から再開するね」そう一言呟いてから、話の続きを始めることにした。


 彼は私の呟きに頷いて肯定をする。それを見て、私は再び話を始めた。


「ずっと部屋での生活をすることになった私は、当然寂しさを感じたんだ。家政婦さんはいい人だったけど友達としての付き合いは出来ないしね」


 会うのは殆ど代わり映えのしない人達ばかり。

 たまに母さんが顔を見せに来て声をかけていくだけで、ほとんど家政婦さんがずっと付きっきりでいてくれるだけ。


「私は母さんの言い付け通りに、部屋から出るつもりはなかったけど、他の誰かとも関わりたいと思ってしまった⋯⋯」


 毎日勉強ばかりするのを四年間も繰り返せば誰だってそうなると思う。


 母さんが私にプレゼントしてくれるのはいつも参考書とかの勉強の物ばかりで暇を潰せる物は何もなく、ずっと暇な日々を過ごすばかり。


「この生活を変えるような何かが欲しくてたまらなくなっていたんだよ。そして、十二歳の誕生日に母さんがプレゼントとしてパソコンを買ってくれたの」


 そこから、私の世界は広がっていく。


「家政婦さんに使い方を教えてもらいながら私はパソコンの使い方を覚えていったんだよ。インターネットで出来るゲームに興味を持ち始めたのは丁度その時かな」


 私は、家政婦さんや母さんに隠れてパソコンでゲームを始める事にした、そのゲームはライト・ファンタジー。私と彼が初めて出会ったゲームの過去作にあたる。


「そしてゲームを始める事になったんだけど、最初でつまずいた、キャラクターを作る画面でどんなキャラを作るか迷っちゃったんだよね」


 そこから、一日は悩んだのを覚えている。

 行き詰まった私は、自分の姿を返り見た。


 ずっと部屋に居たせいか色は病的な程に白くなっていて、手足は筋肉は痩せ衰えまるで枯れ木を連想させるくらいに細くなっていた。


 四年間で持った物で一番重たかったのが参考書とか普通の人なら冗談だと思いそうな生活をしていたせいだろう。そんな身体になっても仕方ない。


「そして、私は自分をゲームの中に作る事を決めた。自分が元気に動き回っているのを見たかったから」


「それがさっき言ってた、自由に動く私が見たかったって事だね?」


 彼は納得がいったという感じで聞いてくる、私は「そうだよ」と短く返した。


 それを聞いて、彼は少し考えている顔をした。

 何を考えているのだろう?


「絵を描き始めたのはいつから?」彼は私の夢について聞いてくる。


 絵の事を聞かれて私は心が辛くなる。


 ⋯⋯多分、私の夢は叶わない。どれだけ手を伸ばしても届かない物がある事を私は知っている。


 私は家に帰った後の事を想像し、気が重くなった。

 何で私は母さんの言い付けを破ってしまったのか、一時の気の迷いで全てが不意になってしまう事に恐怖を感じつつ、それでも私にとって必要な事だと自分を奮い立たせた。


「絵を描き始めたのはゲームを始めた三年後だね。その頃に母さんがようやく外出許可を出してくれたんだけど私はもう外に出る気力を失っててね」


 母さんが外出許可を出してくれても嬉しくなかった。

 私にはもうゲームがあったから。


 フレンドは思った程作れなくて殆ど一人だったけれど、自分そっくりのキャラクターが巨大な敵に立ち向かったりしているのを見て楽しんでいた。


「そんな私を外に出ようと思わせてくれたのが絵画だったの」


 お婆ちゃんが、私にと買ってくれた物に目を惹かれた。


 それは、この前の美術館で見たような夏の匂いや暑さを感じさせる、そんな作品。


「私は小学生の頃を思い出した、あの友達と遊んだ日々を。その作品は、世界は綺麗な物だと教えてくれたんだ」


 美術館で似たような作品を見て、私の記憶はこの頃まで遡っていた。

 目の前の彼が呼んでくれなければ閉館まであの場所で立っていたかもしれない。


「私が、外に出たいと思ったのはその絵のおかげ」

 

 私は外に出た。それは、夏の暑い日のことだった。


 久しぶりの外は私を拒むかのように太陽の日差しが容赦なく私に降り注ぐ。


 私は倒れそうになりながらも、外の日差しを浴びながら風を受け、子供の頃に行った公園へと向かう。


 しかし、私の身体は弱っていて公園までたどり着く事が出来なかった。


 それでもセミの鳴き声や若草の匂いを感じ、私は生を実感した。


「そして、私はこの素晴らしい世界を紙に描いていきたいと思ってしまったんだよ」


 そう、私に気力をくれた画家さんのように私にも誰かの心に響くような⋯⋯そんな絵を⋯⋯


 私はそこまで考えてやめた。⋯⋯もう、止めよう。


 母さんの顔が浮かんでくる。私がどれだけ懇願しても、母さんは聞き入れないだろう。


 それは、母さんから私への愛だとわかっているから受けいれなきゃいけない。


 それが、女の子に生まれて来る事が出来なかった私の罪だ。


 それより、今は彼に言わなきゃいけない事がある。


 彼のお母さん、春菜さんと話した事を思い出す。春菜さんは私が男だと見抜いていた。


 それでも、何故か私の背中を押してくれた。理由はわからない、普通なら拒否すると思うのに。


 そして、アドバイスを言ってくれた。


「自分の思っている事をちゃんと言葉にしないと、相手には伝わらないよ? 自分を見て欲しいなら、受け身にならずしっかりと前に出ないと」


 春菜さんは私が指輪に込めた願いもわかっていた。

 恥ずかしくなって赤面したのをからかわれてしまったけど⋯⋯


 私の尊敬する人がまた一人増えた。それが、彼のお母さんでよかった。


 私は一息吐く。これから話す事を思うと胸が破裂しそうな程にドキドキとしている。


 彼とは、これが最後の会話になるかもしれない。それでも⋯⋯前に進まなくては⋯⋯


 ──私の夢はもう覚めてしまったのだから。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 日和の話を全て聞いた僕は少し考え事をしていた。


 僕が想像していた日和のイメージとはかけ離れていて驚く。

 これを聞いてどう処理をすればいいのかを考えても答えは出ない。


 あんなに聞きたがっていたはずなのに、聞いた事を少し後悔している僕がいた。


 何に後悔しているのかわからない。聞きたい事は聞けた、情報も全部手に入った。


 後は小説を書くだけだ。⋯⋯そう小説を。


 ⋯⋯ここから日和とどうすればいい?


 もう、日和といる理由が無くなってしまった。それで後悔しているのだろうか、わからない。


 ──聞きたい事は聞けたんだから、もういいじゃないか⋯⋯お前には目標があるんだろ?


 頭でそうやって納得させようとする、それでも腑に落ちない。⋯⋯母さんがあの日言った言葉が頭の中でぐるぐるしている。


 頭ではなく心で行動しなさい。意味がわからない⋯⋯母さんは何を言いたかったんだ?


 僕がその言葉を頭の中で回していると、「私の言える事はこれで全部終わりだよ」日和はそう言ってくる。


 ──終わり。その言葉に心臓がどくん、と跳ねる。


 その後に、日和はこう続けた。


「今度は、君の番だよ」


 僕の番。一瞬何を言われたのか理解出来なかった。


「私に、君の隠している事を教えて欲しいな」


 日和は無表情のままそう聞いてきた。


 ⋯⋯隠している事。


 僕は頭の中で小説の事を思い浮かべた。日和の全てを聞いた今、言い出す事は尚更難しくなってしまっていた。ここで言えるならもっと前に言っている。


「隠している事なんてないよ?」


 いつものように、ごまかしつつ話をした。また僕は日和から逃げてしまった。


 答えが出せない僕は逃げることしか出来ない。きっと、僕は答えが出るまで逃げ続けるのだ。


 日和は僕をじっと見つめている。最初は無表情だったが、どんどんと悲しげな顔へと変わっていく。


「⋯⋯どうしたら、君の事を話してくれるの? 私はこれ以上何をしたらいいの?」


 日和の声に嗚咽が混じり始める。

 ⋯⋯日和は泣いていた。何が原因かわからない。


 暗闇で顔はうっすらとしか見えないが、日和の嗚咽が辺りに響く。


「君は⋯⋯ごまかそうと⋯⋯したり、嘘を吐く時はいつも頭をかいてるの⋯⋯気付いてるんでしょ?」


 涙声でそう訴えてくる。


 ⋯⋯今の僕は頭をかいてしまっていた。


 僕の身体は氷水でもかけられたみたいに一気に冷えていくように感じてしまう。


 ⋯⋯日和は僕の癖に気付いていたのだ。


 僕は頭から手を離し、ブランコから立ち上がり日和から遠ざかる。


「そんな事ないよ」


「⋯⋯嘘」


「日和の気のせいだって」


「⋯⋯嘘!」


 日和はブランコから立ち上がり、僕の方へ近づいてきて僕の目の前で止まった。


 薄明かりの中でもしっかり顔が見えるくらいの近さで僕は日和の顔を見た。


 ⋯⋯その顔は、涙にまみれていた。しゃくりあげるような嗚咽が僕の耳に届く。


 僕は泣いている日和に事実を告げる気にはならなかった。


「もし僕が何かを隠しているとして、その内容を知ったら日和は僕を軽蔑するかもしれない、だから僕は何も言えない」


 僕はハッキリと言った。これは嘘偽りない僕の気持ちだ。


 殆ど答えを言ってしまっているが、咄嗟には良い言葉が思いつかなかった。


 日和は涙声で「どうしてなの⋯⋯? 私は絶対に軽蔑なんかしない!」そう訴えかけてくる。


 僕は段々と苛々してきた、何で今日に限ってこんなに食い下がって来るんだろう。


「君は私の事ちゃんと見てくれている? 私を見てよ!」


 日和の涙混じりの声が段々大きくなる。


「見ているよ! 日和の事を大切に考えているよ!」

 

 僕はその声の大きさに負けないくらい大きい声を出す。その声には怒りが混じってしまった。


「──じゃあ、君の名前は何!? 私は君の名前すら教えてもらっていない!」


 その瞬間、僕は記憶を思い返す。さっきまで感じていた怒りはすっかり吹き飛んでしまった。


 そういえば、日和はずっと僕の事を『ハル君』と呼んでいた。


 それはここにいる僕の事じゃなくゲーム内での名前だと今気付いてしまった。


「⋯⋯聞いてくれればちゃんと答えたよ」僕は日和の責任にした。


 自分が悪いとわかってていても、認めたくはなかった。認めてしまえば、自分の罪悪感に押し潰されそうだったから。


 それでも、日和は話すのをやめない。

「君は私に何かを聞き出そうとばかりする、自分の事は隠してばかり⋯⋯君は何がしたいの? 何を考えてるの? 教えてよ⋯⋯お願いだからぁ⋯⋯」


 日和は泣き崩れていた。

 その姿を見て僕はもう小説の事を話そうと思った。


 話す事で日和が満足するなら、それでいいじゃないか⋯⋯何を躊躇する必要がある。


 ──でも、これ以上長引くと面倒じゃないか?


 そんな考えが頭をよぎる。


 ──日和は、女じゃないんだぞ。これ以上付き合うな。


「⋯⋯何も言ってくれないんだね」


 何も言えない。言葉が口から出ない。


「⋯⋯私が男だから?」


「そうだよ⋯⋯」日和の言葉に口からその言葉が出てしまった。


「日和が女の子なら、こんな苦しい思いをすることはなかった。もっと、楽しく過ごせたかもしれない!」


 どんどん声が大きくなる。僕の声は怒声に近くなっている。


 抑えなきゃいけないと思っても言葉が口から出ていく。


「どうして⋯⋯どうして!!!」止まらない。感情が、怒りが溢れる。


「どうして日和は男なんだ!!!」


 その言葉を叫んだ後に、ハッと我に返った。自分が何を言ったのか理解出来ない。理解したくない。


時間が止まったように錯覚する程の静寂が、僕と日和を包んだように感じて思わず後ずさる。


 僕はゆっくりと日和の顔を窺うために目を日和へと向けた。


 ──そっちを見てはいけない。


身体は警告を発している。さっきから汗が止まらない、どんどん身体の底が冷えていく。


 それでも、自分のやってしまった事を理解する為に見るしかなかった。そこにあるのが絶望だとしても。


僕の目に入ってきた日和の顔は無表情だった。


 その目はここではない、どこか遠くを見るように焦点があっていない。口は何かを呟いているのかパクパクと動いている。


「────い」どんどんと日和の言葉は大きくなってきた。


「ごめんなさい」その言葉がハッキリと僕の耳に届いた。日和の顔が悲しみに歪んでいく。


「ごめん、なさい⋯⋯ごめんなさい⋯⋯ごめん⋯⋯なさ⋯⋯」


 日和は顔をくしゃくしゃに歪ませたまま涙を流しながら謝り続けている。


 その顔を僕はどこかで見た気がする。どこで見たか思い出せない。


 胸の奥が痛い。こんな日和は見たくない。


 どうすれば⋯⋯どうすればいい⋯⋯


「ごめんなさい⋯⋯男でごめんなさい⋯⋯」


「日和、ごめん。言い過ぎた」


「ごめんなさい⋯⋯私達は出会うべきじゃなかったね」


 日和は顔を歪ませたまま、そう口にした。


 僕はその言葉を理解出来ない。日和は今何を言ったんだ?


「ここでお別れしよ?」


 涙声を混じらせながら日和はそう言った。


 それを見て僕の胸が更に痛む、痛みで胸をかきむしりたくなった。


「おわ⋯⋯かれ⋯⋯?」


 さよなら、バイバイ、離別、決別、離れ離れ。


 そんな類似した言葉を思い浮かべても、その意味が理解出来ない。


 ようやく、身体の中に言葉が浸透すると共に僕はポロリと言葉を溢していた。


「日和は僕を好きじゃなかったの?」


 それに対して、日和はこう言った。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 その言葉には、決別の意志を感じてしまい返す言葉を失う。


 思い返してみても、記憶の中には日和の気持ちを確かめた事なんて一度もなかった。


 眩暈がしそうになる。こんな単純な事にも気づかなかったなんて。


 所詮この恋愛は僕の一人よがりだったのか⋯⋯暗い気持ちが胸を蝕んでいき今までの記憶が黒く染まっていく。


 ──闇だ。


「さようなら、名無しさん」そう言いながら日和は遠ざかっていく。僕は無意識のうちに日和に向けて手を伸ばす。


 しかし、この手は何も掴む事は出来なかった。掴んだ所で何も出来やしないのに。


 去り際に一言、「ごめんなさい」という日和の声が暗闇の中に響いた気がした。



 誰もいなくなった暗闇の中で僕は一人佇むしかなかった。


 時間が止まった世界にただ一人取り残されたような気分になる。


「──ごめんなさい」日和の最後の言葉が嫌に耳に残っていた。

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