第1話ーKの苦悩/オカルト部は2人で1人ー
ーーそう、あの日は夏休み半ばの暑い日だった。
テレビではどの番組も『今年一番の暑さです、熱中症には気をつけて下さい 』と同じセリフをひたすらに繰り返していた。
俺の家は両親が何やら海外関係の仕事らしくて(俺もよく知らないが…)世界中を飛び回っている。そのおかげで今は俺と3歳上の姉、3歳下の妹の3人暮らしだ。
家事の大半は姉がやってくれているのだが、あの日は姉は妹と一緒にショッピングに出かけている。
俺も勿論誘われたが荷物持ちになるのはゴメンなので断固としてそれを拒否したのだった。
それもあって俺はあの日、部屋で一人悲しくカップラーメンを食べるという哀愁漂う計画を実行しようとしていた。
傍らにはゲーム機とコーラ、読みかけの漫画が転がっている、ごく普通の男子高校生の休日の風景でとくに真新しいものはない。
カップラーメンが出来上がるまで残り2分…。タイマーの数字を確認しながら漫画を読んでいたそんなとき、不意に玄関の呼びベルが鳴り響いた。
孤高の安らぎタイムを妨げる急な来客に思わず舌打ちをしそうだったが、それを堪えて俺は読んでいた漫画を放り出すと玄関に足早に向かった。
インターホンのカメラ越しに来客が誰なのかを確認する。
どうやら尋ね人の正体は宅急便のお兄さんらしかった。
「すみません、黒野さん宛に荷物が届いておりまして…」
いつもの対応に俺もいつも通りに応える。
どうやら海外で働いている両親からのお土産やらなんやらが届いたようだった。確かに何日か前にそんな話を電話でしたようなしなかったような気もする。
「あっ、はい…」
宅配便のお兄さんから伝票を受け取りハンコを押す。伝票には割れ物やら、生ものやらと宅配物の中身が記載してあった。
宅配便のお兄さんは伝票を受け取ると玄関前に止めているトラックに一旦戻り、大きなまるで引越しをするときに使う家具用のダンボールくらいの大きさの箱を持って再び帰ってきた。
あまりの大きさに卒倒しそうになったが、そんな俺を
無視して宅配便のお兄さんはさらに荷物を運んでくる。結果、俺の目の前には総数10個以上の大小異なるダンボールが所狭しと並ぶこととなった。
宅配便のお兄さんが帰り、玄関には俺と段ボールの山が取り残されていた。
なんと奇妙な空気感…。
両親からの土産品が多いのは毎度のことだが、今回はその中でも歴代ぶっちぎりの量とサイズだった。
俺は一瞬箱を開けるか少し迷ったがいつものことだ、どうせ毎度のごとくどこぞかの部族の民族工芸品やら、怪しげなお面やらが入っているに違いない。どうせならもう少し実用性のある物を送ってきてほしいものだ。
俺はダンボール箱の山に別れを告げると、すたすたと自分の根城に引き籠った。
俺が城を空けてから10分近くだろうか、俺は部屋に飾ってある時計を見てそんなことを考えた。
10分…10分?俺は何か、何か大切なことを忘れているような…。そもそも俺は何をしてたんだっけ…?
数秒間の脳内会議の結果、その答えはあっさりと判明した。
丸型の低いテーブルに目を向ける。そこにはとっくの昔に出来上がったカップラーメンが鎮座していた。
「俺の…俺のカップラーメンが…」
きっと中身は伸びきってしまったであろうラーメンを目の前に、俺は静かに崩れ落ちた。
畜生ッ…畜生ッ!!こんなのってアリかよ…。俺は目の前の現実に打ちひしがれていた。もしも神様というものが本当にいたとして、運命を操っているというならばその神様に一発、強烈なブローを決めてやりたいそんな気分だった。
「クソ…世の中には神も仏もいないのかよ…頼むよ…頼むよ神様…俺に、俺にちゃんとしたカップ麺を食わしてくれよ…俺、割とラーメンはバリカタ派なんだよ…」
すっかり伸びてしまったカップラーメンを食べる気になる訳もなく、俺はしばらくの間寝転がって漫画を読んでいた。
読んでいる漫画は『マイケルの数奇な冒険 ステンドグラスコワレタース 』という異能力バトル系のありがちな少年漫画。正直なところ3巻まで買ってみたが展開がイマイチで、よくもまぁこんな漫画買ったなと自分でも疑問に思うほどだった。今読んでいるところはちょうど主人公の『 マイケル』が宿命のライバルである『 アントニー山田 』とレインボーブリッジで最期の決戦に挑むという、なんとも頭が痛くなるような内容だった。
マイケルが意味不明な中二感満載の必殺技『 無限の煉獄が織り成す常闇の地獄ーダークネス ファントム インフェルノ ブレイクアウトー』を打ち込み、それをアントニー山田が自身の能力『 愛しき時よ巻き戻れーリターン ザ タイムー』で時を戻して止める…。
なんかバトル漫画というよりも、ギャグ漫画じゃないのかと思ってきたぞ…。
俺は読んでいた漫画を閉じてカップラーメンを凝視する。
でも実際に時間を戻せたりしたら便利なんだろうな…。日曜日に何度も戻れればいつまでも遊んでいられるし、上手く使えばテストの赤点だって回避できるし、それに…訂正したい過去だって変えられる…。
俺は一通り考えた後、何気なくアントニー山田になりきるように必殺技である『リターン ザ タイム』を唱えてみた。
今考えるとなんであんなことをしようと思ったのか全くもって理解不能だが、あのときの俺はそういう気分だったのだ。
目の前のカップラーメンに向けて手を突きだし、目を瞑り、時よ戻れと念じながら呪文を呟く…。
まぁ、何も起こらないよね…。当たり前のことだけども少しガッカリ…。
俺は諦めて伸びきったカップラーメンを食べようと手を伸ばそうとしたーー
ーーその瞬間だった。
足元が揺らぐ感覚。
まるで自分だけが、自分のいる空間だけが取り残されるような感覚。
手足が勝手に動く。
窓の外を飛んでいる鳥たちが後ろに向かって、トラックがまるでバックするかのような軌道で飛ぶ。
とてつもない違和感、異物感。
この現象を何かに例えるならば昔、特撮ヒーローのビデオテープを見ているときに変身シーンが見たくて何度も逆再生をしたときに酷似している。
ーーーーーーーーーー そう。俺は今、巻き戻しを経験しているのだ。
「……ん…」
俺はむくりと身を起こすと、まぶたを擦りながら辺りをキョロキョロと見回した。
自分の置かれている状況を思い出す。
そうだ、俺は確か部活をしにこの空き教室に来て…そのまま寝てしまっていたらしい。
まぁ、部活といっても何も活動はしてないんだけどね…。
そんなことを思いながら俺は先程まで見ていた夢を思い出そうとしていた。
よく思い出せないが、あまりいい夢じゃなかったのは確かだった。
「ん〜、春だなぁ〜」
窓から漏れてくる太陽の優しい光と程よい温かさの風を受けて、俺は気だるげに呟くと、机にうつ伏せになり再びスリープ準備に入りだした。
今、俺がいるのは瞬星学園高等部校舎東棟の空き教室。普段から人があまり来ないような所ではあるが今は放課後ということもあり、この教室だけが別の世界に切り離されてしまったかのような錯覚に陥りそうになる。
窓の外から入ってくる運動部や吹奏楽部などの賑わいが遠く聞こえ、違和感を加速させる。
静かな、静かな放課後…。
そう、これだよ…。この時間こそ何にも代えることのできない至福の時…。
俺はそんなことを思いながら深い意識の底に沈ーー
「おっはーッ!!!おっ待たせーィ!!!」
ーーめなかった。
俺が意識の底に沈む寸前、この静かな世界をぶち壊すかのように1人の少女が元気よく乱入してきたからだ。
俺は忌々しげに睡眠を妨害した犯人に顔を向けた。
ピンクのツインテール、どこか幼さの残る顔立ち、同年代の女の子と比べても明らかに小さい身長。
間違いない、いや間違いであって欲しかったがどうやら俺の願いは神様には聞き入れてもらえなかったみたいだ…。
この一見すると中学生に見える少女の名前は阿館蘭。俺とは同学年で2年連続で同クラスという腐れ縁にして俺が所属するオカルト部の部長でもあり、俺の大きな悩みの種でもある。
「何よ、何なのよ!その心底残念ですみたいな顔は!」
「いや、誰だって睡眠を誰かに妨害されたら心底うんざりするよ…」
「なるほど…どうやら進、あなたはオカルト部の一員としての自覚が足りないようね。今日という今日は、このオカルト部の部長である私、 阿館蘭が直々に指導してやるわ!!」
蘭はその小さな拳をコキコキと鳴らすと俺にオカルト部について熱く語り始めた。
「はぁ…お願いだから静かにしてくれ…」
いつもこれだ…。蘭はまさに生きる嵐のような奴で、一度暴れだしたら何をやっても止まらないし、自分が満足するまで落ち着かない。こいつがいる空間だけ時の流れが何十倍も早まっている気さえしてしまう程だ。
「このオカルト部はただのオカルトサークルじゃないの!選ばれし能力者だけが所属することを許された選ばれし部活なのよ!」
蘭は俺が何十回とも聞いたオカルト部の存在意義をぐったりした俺をよそに力説している。
「…という訳でこのオカルト部は選ばれし、スーパーでアルティメットな部活なの!わかった?」
へいへい、と適当に返事をしながら、俺は意識を窓の外に向けた。
「能力者…ね…」
何気なく語られたその単語を俺は無意識で復唱する。
俺にも特殊な能力に憧れた時期はあった。今はそんな気持ちは無いが…。
突然だが、世間一般的に超能力とか幽霊とかって話を本気で信じている奴は大概ヤバい奴だと思われているだろう。まぁ、こんな部活に入っていてそれを言うのかと思われるかもしれないが…。でもそれが一般的な考え方だ。
前までの俺がそうだった。テレビでやってる超能力特集だとか、心霊なんちゃらだとかはでっち上げの嘘っぱちだと思っていた。そんな番組でドヤ顔で語る評論家も、なんだか信用できなくて心の底では馬鹿にしていた。
そんな不思議なことがある訳がない。この世に不思議なんてものは一つもない。
我ながらつまらない生き方だと思うけど、みんな心の底ではそう思っている。
でも、その考え自体が本当は嘘だってことに俺は気づいてしまった。
この世の中には不思議なことは存在するんだって…。
ちなみに、その根拠は俺だ。
俺は体験した時間を巻き戻すという能力を持っている。
あまりに衝撃的で、突拍子もなくて普通の人がここだけ聞くと正気を疑われかねないが、残念ながら本当の話なのだ…。
俺はある夏の日、なぜだかこの不思議な力に目覚めた。
なんで俺にこんな能力が身についたのかは今でもわからない。
俺に分かることはある日突然、理由も無く原因不明の特殊能力を手に入れたということだけ。説明したくても出来ないくらい情報が足りてないのだ。でも一つだけこの何ヶ月かの生活でわかったことがある。
それは…
この能力がとてつもなく、『微妙』ということだ…。
俺の時を戻す力は頑張っても、10秒しか戻せない。
1時間とか、1分ならまだしも10秒しか戻せないとなると相当に用途は限られてくる。思いつく便利な使用例としては巻き戻しボタンを押さずにDVDを巻き戻せるとかそのくらいが関の山だ。
10秒だけなら連続で使えばいいんじゃないか、だって?
勿論、それも試した。俺はこの能力を手に入れたときに自分の力を試すために10分放置してしまったカップラーメンの時間を戻そうとした…。
結果から言うと大失敗に終わった。
俺の能力は何故か1回使うごとにとてつもない疲労感が俺を襲う。これまた例えるならば、25mプールを全力で泳いだときぐらいの疲労感というところだろうか。
俺は50秒間、時間を戻した結果、夕飯前に姉に発見されるまで疲労感のおかげで気絶してしまった。危うく救急車まで呼ばれそうになるんだからたまったもんじゃない…。
とにかく俺はこの能力をとてつもなく微妙な能力、訳して『微能力』と名付けた。
ということで説明はこんなくらいかな…。
自分で思い返してみるとあまりにも突拍子が無さすぎて現実味がない。本当になんでこんな微妙な力を手に入れたのだろうか?
「…神の天罰か?」
「あ?何が?」
目の前の少女の怪訝な声で我に返る。
「あ、いや、別に微能力について振り返ってただけだよ」
「微能力だぁ〜?」
蘭は大きく息を吐いてから教室が揺れるほどの大きな声で抗議してきた。
「あーのーねー!!!微能力じゃなくて超能力だって何度言えばわかるのよ!!!」
蘭の発した轟音が俺の鼓膜を容赦なく揺らす。あまりの衝撃に目の前が眩む。
「だって微妙なのは本当のことだろう?お前の能力だって3m限定の瞬間移動とかいう微妙なヤツじゃん?」
「この際距離は関係ないの!!瞬間移動っていうところに意味があるのよ!!!」
蘭の微能力は3m限定のの瞬間移動。
本人は距離は関係ないと言っているが、3mしか移動出来ないという時点で超能力ではなく、微能力なのは間違いない。
ちなみにこいつは微能力を手に入れ悩んでいた俺とは違い、前向きに受け止めて同じ様な力を持った仲間を探していた。こういう前向きなところは俺も見習うべきところだと思うが、こいつは決めたことには周りも見ずに突っ込んでいくという大きな迷惑要素が備わっている。
現に俺もこいつの目の前で情けなくも能力をカミングアウトしてしまったせいで、オカルト部とかいうヤバい部活に入部させるために一週間ほど勧誘という名のストーカー行為をされたことがある。
あのときはほんとに恐ろしかった…。
学園内だけでなく、家の前まで尾行された日には真面目に命の危険を感じたものだ…。
とまぁ、結局俺はこいつのそういう圧力に負けて部活に入ってしまった訳だが…
「進、今日こそはあんたのその腐った根性叩き直してやるわ!!そこに正座しなさい!!」
…辞めたい。
というか、お前はお母さんか、正座しなさいってなんだよ…。
「そんなことより、呼び出しくらった訳は何だったんだよ」
今から20分ほど前、突如として我らがオカルト部の部長様が職員室に呼び出しをくらったのだ。
呼び出しをくらうことは割と日常茶飯事なのだが(不名誉なことに…)今回は放送する声に怒気が含まれていないことから、いつものとは用件が違うということは簡単に理解できた。
「あっ…その話なんだけどさ…」
バツが悪そうに蘭が口を開く。
「なんだよ…勿体ぶるなよ、何か怖いじゃねぇか」
蘭は大きく深呼吸すると、渋りながらも俺の質問に回答する。
「実は、」
「実は?」
「我がオカルト部は、」
「オカルト部は?」
「ーーこのままでは、廃部となりますっ!!!」
「は?」
「だから、このままじゃ廃部になっちゃうのよ!」
唐突で、いきなりすぎるカミングアウトに思わず頭の中のデータベースで『廃部』という単語を検索する。
俺の検索が間違いでないならば、その単語が意味するものは部活がなくなるということになる。
ーーーーいいことじゃん、めちゃくちゃいいことやん…。
「そうか、それはとても残念だ、残念だよ阿館君。でもね、これは仕方のないことなんだよ、うんうん。楽しかったこのオカルト部ともおさらばか…。あぁ、かなしいなぁ」
俺はサイレント映画の俳優のようなオーバーなリアクションをとりながら、「じゃ、帰るね。楽しかったよ」と部室を出ようとしたが、蘭に首根っこをつかまれて引き戻されてしまった。
「なんだよ、しようがないだろ。廃部なんだから」
「だ~か~ら、廃部になるかもしれないってことだけでまだ廃部になるとは誰も言ってないでしょうが!」
「でも、こんな部活に誰が入部してくれるんだよ?もうはじめから積んでるじゃないか」
そもそもいつ廃部になってもおかしくない状況だったんだから当然の結果といえば当然である。こんな意味不明で選ばれし者でなければ入部できないなんて部活今まで残っていたのが奇跡みたいなものなのに…。
「とにかく、これは私たちオカルト部最大のピンチだわ!」
それを言うなら最初で最後のの間違いだろうが…。
「悩んだら即行動あるのみよ!というわけで進、明日から毎朝校門前で張り込みよ!」
「は!?何でそんなことを!?」
「新入部員確保のために決まってるじゃない、あんたおバカ?」
俺が疑問に思ったのは張り込みの動機じゃなくて、その張り込みになんで俺も参加することになってるんだということだ。あと、お前だけにはバカ呼ばわりされたくない。
蘭は鼻息を荒げながらズビシッ‼という効果音が鳴りそうなスピードで俺を指さした。
「いい?能力者ってのは惹かれあうものなの。でもただ待ってるだけじゃ始まらないわ…。だからこそ、私たちは行動しなきゃいけないの‼そのためにも全生徒が毎日必ず校門を通る登校時に張り込みをするべきなのよ‼」
まるでミュージカルの役者のように両腕を広げながらそう力説する蘭。
「でもそれなら朝じゃなくたっていいだろ?それこそ下校時とか…」
「ダメよ。下校時は部活の生徒と、そうでない生徒の下校時間にラグが生じるわ。」
うぐっ…。確かにそのとおりだ…。こういうときだけ妙に頭の回転が速いんだよな…。
「とにかく、明日からしばらくは朝は張り込みよ!いいわね?」
拒否権なんてねぇからな、と言わんばかりの満面の笑みで微笑む蘭。
本当、しゃべらなければ可愛いのに…。
俺はそう思いながら、うんうんとうなずくことしかできなかった。
今の俺は笑えているだろうか…。