プロローグー悪夢と春は突然にー
「ずっと前から、好きでしたっ!俺と付き合ってください!」
季節は桜舞う春。その言葉どおり、中庭の桜はこれでもかというほどその細い枝先に薄ピンクの花を咲かせ、その花びらを雪のように降らせていた。
俺の目の前には一人の少女が立っている。
向かい合う二人の沈黙を破るように、一陣の風が2人の間を吹き抜けた。
風に揺れる少女の赤い髪。
吹雪のように激しさを増す桜吹雪。
ざわざわと騒ぎ出す桜の枝。
二人を囲む世界が動き出したと同時に、少女は口を開いた。
「ーーーーーーーーーーーーーーーなさい。」
俺はその言葉を聞いたとたんに息が止まった。
本気で心臓が止まったと、そう思った。
いや、止まったのは心臓でも息の根でもない。
本当に止まったのは俺の中の時間だった。
そうだ、俺の時間はあの日、あのとき、あの春の日からーーーーーー
ーーーーーーーーーー止まったままなんだ。
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「クワァァァァァァァァァァァァァ‼」
怪鳥の如き奇声が部屋中に響き渡る。
朝っぱらから壮絶な起き方をした俺は布団の両端を握りしめ、これでもかと目を見開き硬直していた。
時刻は午前6時半。我ながら中々に健康的な時間に起きたものだ。うんうん、関心関心…………。
「ってそうじゃなぁぁぁぁぁぁいッ‼」
俺はなんちゅう夢を見てんだ!あれか?昨日、夜遅くまでギャルゲーしてたからか?だからなのか?だからあんな忌々しい、黒歴史の夢を見てしまったのかッ!?
俺は布団の上で何十秒か悶えた後、窓から見える隣の家の窓を見つめた。
窓は薄いピンクのカーテンで遮られていて、中は残念ながら見えない。だがきっと、部屋の主はもう起きてテニス部の朝練に出る準備をしているに違いない。
視線を窓から、自室の何の変哲もない天井に移した。
世の中甘くない。
アニメみたいな展開は現実には起きない。
どんなに強く願っても、どんなに運命だと思っても、どんなに努力をしても、現実は冷たい。
悲しいけれど、それがこの現実世界なんだ。ここはフィクションでもファンタジーの世界でもない。
ただの現実…。その事実が進の気分をより暗くする。
もし、もしこれがアニメの世界だったらどうなるんだろう?
最近の流行りである異世界転生モノだったら?特殊でチートな俺tueee‼な能力を手に入れて世界を救ったりしちゃうのだろうか?それともあえてスローライフなんかしちゃうのだろうか?
いずれにせよ、バラ色な人生に変わりはない。なにせチート能力と共に主人公補正としての豪運と、まわりに女の子が寄ってくる謎のモテ期がついてくるのだから、これをバラ色と言わずしてなんと言うのだろうか。
「特殊能力、ねぇ…」
俺はそう呟くと、布団に潜りたい欲求に後ろ髪を引かれながらも重い体に力を入れて起き上がった。
早起きしてしまった朝はどうもネガティブ思考になりがちだ。まぁ、あんな変な夢を見たからというのもあるんだろうが、こういう予期せぬ早起きはいつも俺の調子を狂わせる。
俺はまたそうやってネガティブ思考になりそうになるのを誤魔化すために、いつものように制服のワイシャツに袖を通した。
シュルシュルとワイシャツ独特の布の摩擦音が耳に広がる。その音が今日一日を告げるものだと考えただけで無性に布団が恋しくなる。
二度寝しちゃうか?そんな考えが俺の頭を過ったときだった。
『~~~~~~~~~~~♪♪』
テクノ調の電子音がスマホから流れ出す。
「こんな朝っぱらから誰だよ…」
俺は心底だるそうにスマホの画面を覗いた。
『蘭:今日の朝の勧誘活動遅れないように‼遅れたら、ギルティだかんね』
そのメッセージの差出人と内容を見て、俺はすっかり昨日の約束を忘れていたことを思い出した。
そうか、そういえば昨日そんなことを言っていたような気もしないような……。
俺は何だか急激に現実に引き戻される感覚を味わいながら、ぼんやりと昨日のことを思い出していたーーーー。