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開戦5

読んで頂いてありがとうございます。

 マルリーナ・ミカエ・サイダール少尉は、祖国のヒマラヤ王国とラママール王国の国境になっているレナ川中流の藪の中に、指揮下の小隊と共に待機していた。

 彼らがここまで乗ってきた馬車からは降りている。彼らは今回のラママール征服戦に先立って編成された、王国機動軍第1師団に属している。


 王国機動軍は、ラママールで開発されたという、新発明の車輪機構を使った馬車に乗って移動するもので、ある程度整備された道なら時速20km、一日に100kmは楽に移動できる。しかしこの馬車での戦いは、戦闘中では騎馬には敵わないし、身体強化した人間にも劣るので戦闘には使えないが、軍を早く移動させるには適している。


 それに着目した、ヒマラヤ王国の参謀部が提唱して、3千台の馬車をそろえた軍団を形成したのだ。しかし、狭い馬車に10人に屈強な兵を詰め込むので乗っている兵にはなかなか辛い。しかし、同じ距離を歩くと思うと、少なくとも3倍の速度だから時間も3分の1で大いに楽ではある。


 今回の移動距離はわずか50㎞であり、歩兵だと早く移動しても1日の行程だが、馬車だと1時間ごとに休憩しても4時間で十分移動できる。サイダール少尉の小隊はそのように狭い車内に閉じ込められていたので、当然外に出て体を伸ばしているわけだ。


 辺りが薄暗くなる中で彼らが待っているのは、馬車を通すための仮橋の完成である。本来であれば200人ほどの工兵隊が先発しているので、王国機動軍がここに着くころには仮橋は完成しているはずなのだが、未だに作業が続いており、上面の板材もまだ3分の1程度が残っている段階である。


 彼ら王国機動軍の作戦は、日のあるうちにレナ川を渡り、出来るだけラママール側に進んでおいて、ラママール軍の横腹またはあわよくば、後部から攻撃しようというものである。歩兵だったらともかく、馬車による様子の判らない夜間の行軍は危険なので、新月で夜間が暗い今は仮橋の完成が遅れると碌に進めないことになる。


 だから、機動軍本部ではイライラして橋の完成を待っているが、作戦の全体像を知らされていない下級士官のサイダール少尉は長く揺られた馬車から解放されて、自分の小隊と共に草地に座り込んでのんびりしている。


 やがて、「橋が完成したぞ!」との叫びに、行軍の比較的前方に居たサイダールの小隊は2台の馬車に乗り込んで進み始める。3千台もの馬車群のなかにいると敵の脅威など感じようもなく、貧弱な橋だなとのんきに思って揺らながら座っていた少尉だった。そこに、突然ヒュルヒュルという複数の音に気付いた瞬間、どどどーんという爆発音と飛び散る火柱に茫然とした。


 そのすぐ後にパン、パン、パンと銃の発射音が聞こえ、少し遠方で叫び声が聞こえるのですぐさま敵の攻撃と気づいて、むき出しの馬車の荷台に居ては危険ととっさに考え小隊に叫ぶ。


「皆、馬車から降りろ!伏せて戦闘隊形を取れ!」その声に彼女を含めた小隊員21名は「オウ!」と口々に叫んで馬車から飛び降り、伏せて銃を構える。


 このとき、機動軍はその3万の兵力の内、レナ川のヒマラヤ王国側に2万、渡ったラママール側に1万の兵力が極めて密集した状態で集結していた。だから、大砲によって攻撃するには極めて都合の良い状態であり、100㎜のカノン砲の砲撃が着弾するごとに兵が爆風で吹き飛ばされ、あるいは砲弾の破片や爆発で巻き上げた石が当たり、10名前後が重傷または戦死した。


 流石に最精鋭の兵達であり、逃げ惑うことはなかったがいつ自分が爆発に巻き込まれるかという思いで、戦うどころではなかった。しかも、集団の周辺では銃撃を受けており、その相手までは自軍の銃では命中する距離ではないのに、相手の銃撃はどんどん味方の兵士を倒していく。


 カノン砲は1分に一発、10門の砲から射撃しており、その位置は7㎞の彼方であるが、砲撃は上空から飛行魔法兵によって着弾観測されているので極めて正確である。サイダール少尉は自分が属する大隊の大隊長が叫んでいるのに気づいた。


「第3大隊集まれ。ここにジッとしていても弾が飛んでくればやられてしまう。大隊で集まって敵に向けて撃ちながら突進するぞ!集まれ!」


 そうだ、大隊長の言う通りだ。敵と混戦になればこの大砲の弾は撃てない。

「おおい、第5小隊、整列。大隊の突進に同行するぞ。弾を込めたか?」


 また近くで爆発が起きるが、幸いに少尉に率いる第5小隊には被害はないものの、第3大隊の一部が被害を受けた。銃を構えて速足で行進する大隊に近くにいた多くの兵が同行するので、その隊列はたちまち数千になる。


 彼らが最前列で銃撃を受けている隊列に近づくと、たちまち敵の銃撃を受け始めるが、これに対しては、戦闘に立つ者が盾を構えながらその隙間から撃ちながらでペースは鈍ったが行進する。敵迄の距離は、弾そのものは届くが到底まともに狙える距離ではない。


 敵の数は見たところ数千おり、それが正確な射撃をしてくるので、前線にいた兵が盾の陰に隠れて身動きが取れないのも無理はない。


「突進だ、銃を構えて走れ!突進!撃て、撃て」

 大隊長が叫び先頭になって走って突進するが、そのまま接近を許すような甘い相手ではない。逞しい大隊長は、10歩も進まない内に数発の銃撃を受けて倒れて動かなくなった。大隊長に続いた兵達は全部がすぐにやられるような数ではないが、銃撃のみならず敵兵は爆裂弾を構えて投げる。


 その数は数百あり、密集して突進する数千の中に落ちて連続して爆発する。自軍の兵の持つ銃は一度撃つと銃をひっくり返して火薬と弾を装填する必要がある。しかし、突進している最中にそんな悠長なことは到底できない。一発撃ったら当面反撃の手段もなしに、銃弾が飛んでくる上に手榴弾が降ってくる中を突進できるものはいない。


 結局大隊長というけん引役を失った大隊と、それに同調して突進していた兵隊は、射程距離まで近づけないままに背を見せて全力で逃げ帰り、最前線でこらえている兵のところに跳びこむ。


「俺たちも同じことをしたんだ。しかし、同じ結果だったよ」息を切らして横たわったサイダール少尉に横にいた将校が彼女に言う。


「な、なるほど。一発撃ったら止まって弾を込める必要があるわが軍でどうしようもないですね。しかし、相手は装填が早いし、それを立ったままで銃の後ろからしています。あれだとこっちが1発撃つ間に、5発は撃てますね。それにこの距離でも正確に照準を付けている」


 サイダールが返すと、若い将校は頷く。

「ああ、一方的に攻められるのみだ。見事に待ち伏せされたな。敵も1万近くいるようだから、もう進軍は無理だろう。多分、川の手前で止まった兵たちはもう逃げていると思うぞ。反撃のやりようもないので逃げるのが正解だろう。俺たちは降伏するしかないな」


 冷静にいう将校に、サイダール少尉は顔を真っ赤にして激高して言い返す。

「降服するとは、名誉あるヒマラヤ王国機動軍の将校が!」


「俺は、ヒガシラム中尉だ。第2機動軍の第5大隊、第2中隊長だ。今は、敵の砲撃は川向うを主として狙っている。川向うの部隊が逃げ帰ったら、大砲は今度は俺たちのみを狙って撃って来るぞ。さっき君の部隊が試したように、彼らに突進するのは自殺行為だ。

 大砲の弾で殺されるまでここにジッとしているかな?言っておくが、彼らはあのトラックというもので移動するので、俺たちより速いから逃げるのも無理だ」


 少尉は最初のうち相手をにらみつけていたが、やがてがっくりとうな垂れる。

「俺たちは部下に対して責任がある。少なくとも愚かに犬死をさせるわけにはいかん」


 中尉の言葉に、彼女は小さい声で聴く。

「どのタイミングで?」


「ああ、最初の一発が近くに飛んできたらな。降伏の旗は用意した」


 ヒガシラム中尉の言う通りであった。そのころ川向うに2万の兵は第2連隊長の号令のもと、全力で逃げ出した。その時点では仮橋はすでに直撃弾を受けて破壊され、すでにラママール王国側に残された兵を救出する見込みはなくなっていた。


 機動軍3万は1割近くの戦死者と重傷者を出して、3分の2は脱出し3分の1は捕虜になった。捕虜になった約9千の兵は、銃と馬車を取り上げられたたうえで、仮橋を自分たちで渡れるまでに復旧して自国に引きあげた。食料は自分たちが持ってきたものを、直近の都市にたどり着くまでは十分な量を持たされた。


 さらに、200人ほどの自分では身動きがとれない重傷者は、取り上げた馬車を返されそれに乗せてのことである。サイダール少尉は完全に負けたという思いで、トボトボと歩いて帰ったが、夜間の野営時にヒガシラム中尉を訪ねている。


「ヒガシラム中尉、私達はラママール王国を略奪しようと攻め込んだのです。もし私たちが成功していたら、ラママールの民は大変な目にあっていたでしょう。だから、女の私などは凌辱されても仕方がないと思っていました。もちろん、その時は舌をかみ切って死にますが。

 それを、彼らは剣や槍は私達に返し食料まで持たせて帰しました。どういうことでしょうか。私は完全にラママール王国に負けた思いで一杯です」


「そう、負けたのだよ。25万の連合軍の中で最強というに相応しいわが軍が、手も足も出ずに兵力3分の1の敵に捻られたのだよ。もう残った22万はすでに蹴散らされていると思うよ。

 そうでないと我々をこのタイミングで帰すわけはない。このように甘い対応をするというのは彼らの余裕の現れだよ。

 それと、もう一つ言えば、彼らには我が国を征服しようと等は思っていないことも確かだろう。我々はラママールに追いつくために、今後は軍事でない生産と国の仕組みを、平民も皆豊かになれるように懸命に努力するしかない。軍事において追いつく場合には人を殺したりといいことはないが、豊かになれば皆幸せになるからね」


 こう話す、ミエル・ザラ・ヒガシラム伯爵長子は、戦後軍を退き和平を結んだラママール王国に1年の間滞在してそこで起きていること、そしてその考え方、一部のものの生産方法を学んで帰った。そしてその資源に恵まれた自領で、ガラス工場を起こしてヒマラヤ王国の5本指に数えられる富豪になった。


 25歳で伯爵位を継いだ彼は、軍以来の付き合いのあったマルリーナ・ミカエ・サイダール子爵令嬢と結婚した。彼の領では、農業の改良にも力を入れて、領民の税は王国内でも最も低いこともあって、領民は国内でも最も豊かであると言われている。


 ちなみに、レナ川を目指したヒマラヤ王国軍は、周りを取り囲んで自軍の射程外から攻撃してくるラママール王国軍の攻撃に耐えつつ、レナ川から5㎞に近づいた時に、川向うからカノン砲50門の砲撃を受け、戦意が消失し遂に逃げ出した。


 逃げ帰るヒマラヤ王国軍を、ラママール王国側は攻撃をすることはなく、この軍集団も4割を超える損害を出したが、その後は被害を受けることなく首都に逃げ帰っている。


 結局、ラママール王国侵略を試みたこの戦いは、ヒマラヤ王国のみは10万の兵の内2割を上回る損害を出したが、他の国はそれほど大きな被害を出さずに終わった。

 このことで、連合軍に加わった諸国がラママール国にこれ以上の軍事的挑戦をすることは、少なくとも今後10年以上はないと言われている。


久しぶりの海外です。1週間のみですが、イルラエルの嘆きの壁に近くに滞在しています。

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