第七章 17 この世界の言語
17 この世界の言語
「この世界には、リーメイクン以外にもたくさんの国があるわ。コオンテニウには、三つの大陸があるの。
西洋大陸、中央大陸、東洋大陸よ。
リーメイクンは、西洋大陸にあるわ。中世ヨーロッパ風の国ですからね。
リーメイクンで使われている言語は、『アッハベート語』というの。名前の由来はもちろん『アルファベット』よ。
アッハベート語は西洋大陸で広く使われている言語だけれども、西洋大陸にも、アッハベート語を使わない国はある。中央大陸や東洋大陸では更に違う言語になる。現実世界でも、ヨーロッパが英語だけではなかったり、日本語がインド・ヨーロッパ語族と根本的に異なるのと同じね。
あなたたちは、『異世界の言語を日本語に訳している』という建前でいままで旅を続けてきたのよね。
それは、『アッハベート語を日本語に訳している』ということでいいんじゃないかしら。
だって、『このコオンテニウのすべての言語を日本語訳して理解できる』だと、あまりにもチート過ぎる能力ですものね。
かつての作者の設定においては、異世界の言語のことまで考えられておらず、世界中を旅するような妄想をされても、どこでも同じ言葉で会話していたでしょう。
だから『世界中の言語を理解している』なんて設定は設定として明文化されてはいなかったけれども、実際はそうだったわけよね。
あなたたちは、『ずば抜けた才能があって魔法をいくらでも使える』のような都合のいい設定はもう、恥ずかしいから嫌なのでしょう。だから、この世界では標準的な能力を持った存在でありたいと、自分たちの設定を考え直したのよね。
言語においてもそういう設定が望ましいけれど、言語の習得にリアリティを求めすぎると、それがあまりに高い壁になって、『ファンタジー異世界で冒険の旅がしたい』という、もっと大きな目的を阻害しかねないわ。
だから、こういったものを差し上げようと思うの」
女王と王は目配せをした。そして、王が懐から何かを取り出す。
王は三人に一つずつ、それを手渡す。
それは封筒に入った書状だった。三人がそれを広げると、まず一番上に、ユージナ、リユル、ヴァルルシャと、受け取った本人の名前が書かれていた。その次にはこう書かれていた。
『この者が語学学校に通う費用は、すべてリーメイクンの国王が支払う』
そして、『メーンクゥン八世』という直筆のサインがあった。
これは……と顔を上げる三人に、国王と女王が微笑んだ。
「そこに書かれている通りよ。語学を教えている、学校と名の付く施設であれば、あなたたちがその書類を提示すれば、費用はすべて私たちが支払うわ。
この書類はリーメイクンの国内だけでなく、他の国でも通用するようにしておくわ。請求はすべてリーメイクンの王宮に送ってもらうの。国家間で争っていないから、こういうこともできるのよ」
「『王は指輪を見つけた魔物狩り屋に、褒美は何が良いか尋ねた。すると魔物狩り屋は、もっと世界中を旅したいので、他の国の言語も勉強したいと申し出た。だから王は、このような書状を授けた』……。表向きの説明はこんなところかな。
言語の異なる国に行きたくなったら、まず、この書類を持って、その言語を教えている学校に向かうのだ。そしてそこで勉強しなさい。
君たちの『異世界の言語を日本語に訳している』という建前は、このコオンテニウのどの言語にも対応している。だが、君たちは『標準的な能力の旅の魔物狩り屋』でありたいと願っているのだろう。だから、現時点ですべての言語に精通していては優秀すぎる。
他の言語が必要になったら、一度、学校に通う形を取りなさい。
そして、『学校に通ってその言語を習得した』ことにして、『その言語も日本語訳されて見聞きできる』設定を自分たちに追加しなさい。
それならば、初期設定で万能なわけではないが、ファンタジー異世界をあちこち回りたいという目的を、達成しやすいのではないかね?
折衷案として、こういう褒美はどうかね?」
王に尋ねられ、三人は顔を見合わせた。
「……確かに……」
「うちら、言葉どうしようって思っとったけど……」
「……バランスの取れた……いいアイデアですね……」
ルフエ島に行くことを決めてから、幾度となく浮かんできた言語の問題。詳しい解決策は後回しにしてきたが、それが今、提示された。
「……あいたちが今話してる言葉って、アッハベート語って言うんですね」
「うちら、こうしてしゃべっとるのに全然知らんかったです。うちは更にそれがなまっとるわけですが」
「今いただいたこの書状も、日本語訳されて目に映っていますからね」
そう話す三人に、王がこう言う。
「そうだな。一度、その書状で、アッハベート語を見てみたらどうかな」
そんなことができるんですか? と驚く三人に、国王は続けた。
「目を閉じて、『異世界の言語が日本語訳されて目に映るフィルターを外す』ようなイメージをしてみるといい。世界の方では何も変化は起こらない。ただ、君たちの目に、文字が翻訳されて映るか映らないかが変わるだけのことだ」
確かに、今までも食材の名前を知るとメニューの日本語訳がくわしくなった。三人はそう話し合い、手元に書状を広げた。
デムーとカーウェがコーウェンの町で見せた書状にも『メーンクゥン八世』のサインはあった。これは日本語のカタカナでなく、異世界の文字がそのまま目に映った方がいいなと、そのとき三人は思った。
その願いが今、叶えられようとしている。
三人は目を閉じ、アッハベート語を見たいと思いながら、目を開けた。
「!」
そこには、見たことのない言語が書かれていた。
基本的には、アルファベットに似ている。言語名がアルファベットをもじっているからだろう。
だが、これはアルファベットではない。異世界のアッハベート語なのだ。
ここは地球ではない。作者の内面の世界だとしても、中世ヨーロッパ風のファンタジー異世界なのだ……。三人はそれを再確認し、満ち足りた気持ちになる。
そして目を閉じ、アッハベート語が日本語に訳されるイメージを持ってもう一度、目を開けた。
手元の書状は、すべて日本語で書かれているように三人の目に映った。
「すごいです……。あいたち、こういうことができたんですね」
「他の国に行く時が来たら……、うちの出身国でも……、こうやればいいんですね」
「異世界の言語をそのまま見聞きするのは情緒があっていいのですが、実際に生活するとなると、日本語しか話せない私たちが苦労することはわかりきっていますからね。これで、この世界の言語に対する問題が解決しましたね」
三人は王と女王に向かい、ありがとうございます、と礼を言った。
「喜んでいただけて良かったわ。でも、焦って使わなくてもいいのよ。世界は広いんですもの。リーメイクンだって、まだ行っていないところがたくさんあるでしょう?」
「そうだな。近隣の国もアッハベート語を使う国は多いし……。その辺りの説明も少ししようか」




