第七章 16 この世界の神
16 この世界の神
「この世界に、神が……?」
聞き返す三人に、王と女王はうなずいた。
「そうだ。といっても、唯一絶対の創造神のような存在ではない。この世界は、人間が精霊を具現化させ、人間の行動が魔物を発生させる世界だからな。『神がすべてを作った』のような宗教とは相性が悪い。
だがアニミズムのような、自然の力を神格化した価値観とは相性がいい。というか、この世界では精霊も魔物も、世界のエネルギーが具現化した存在だ。この世界の人間は、生まれたときから本能でそれを理解している。だから無意識のうちに、自然物への畏敬の念を持つ。その大自然のエネルギーが、神となって自然発生するのだ」
「……自然が……自然に?」
とまどう三人に、国王は続ける。
「うむ。
この世界においては、人間が人為的に、世界のエネルギーのプラスの面だけを『精霊』として切り取って具現化している。
そのバランスを取るために、精霊と同じだけのマイナスのエネルギーが、自動的に具現化した存在が『魔物』だ。
神の生まれ方も、魔物に近い。ひと気の無い場所に自然に、自動的に発生する。
深い山や激しい滝などは、その場所にすでに木や水のエネルギーが集まっているわけだが、そこに更に、人間の『この自然現象はすごい』という意識が加わる。それが『神』となるのだ。
精霊はその外見を人間が設定するが、神の外見の決まり方も、魔物に近い。
魔物の姿は、その地方の普遍的無意識が反映される。長息人の住むルフエ島では、島の外よりも魔物が一回り大きいことは知っているだろう。
ただ、魔物と神では根本的に違う部分がある。
魔物は人間の、自然に対する『畏怖』が形になったものだ。
神は人間の、自然に対する『畏敬』が形になったものだ。
だから普遍的無意識が反映される時に、魔物は恐ろしい姿になるが、神は神々しい姿になるのだ。
とはいえ、神は神々しいだけではない。
精霊は、常に人間に協力的だ。そのように人間に切り取られたからな。そして、朝の何刻から夕の何刻までと、決まった時間のみ、擬人化してこの世に存在する。
だが神は、そのような指定を受けてこの世に現れたのではない。一度発生すればずっとこの世界に存在し続ける。人間の普遍的無意識がそこにある限り。
だから神は精霊と違って、その存在が魔物を発生させるわけではない。しかし神の生まれ方は、魔物の発生に近い部分もある。
つまり、神は神自身に、魔物を内包しているようなものだ。
だから神は、精霊のように常に人間に恩恵を与える存在ではない。魔物のように、人間に危害を加えることもある」
王はそこまで話し、一息ついた。女王が微笑みながら後を引き受ける。
「でもね、神だって、人間が不敬なことをしなければ、いきなり祟ったりはしないわよ。
厚意を向けられれば厚意を返す、敵意を向けられれば敵意を返す。人間同士だってそうでしょう。
それにね、おそらく、神も私たちと同じように、自分が創作物であると理解しているわ」
「……!」
驚く三人に、女王は続ける。
「この世界の精霊は、一応、自我はあるけど、人間に協力的であるという絶対条件の下での自我よ。そして魔物は、戦闘の判断能力などは持っているけれど、人間に対する敵意のみの存在よ。
でも神は、先ほどこの人が説明したように、自然に発生した存在なの。だから、精霊や魔物のように偏った部分がないわ。
それに『神』ですからね。『王』よりも上の存在よ。
この世界の『魔王』は、ただ他よりも強くなった魔物を人間側がそう呼んでいるだけだから、普通の魔物と同じように、人間に敵意しかない。
でも、自我と自由意志を持ったこの世界の普通の人々は、自身が創作物であると知らず、各国の『王』とその伴侶だけが、自身が創作物であると知っている。
『神』は自我と自由意志を持ち、しかも『王』より上の存在なのだから、きっと、己が創作物であると知っているはずよ」
話を聞く三人の顔を見ながら、国王がまた話し出した。
「はずよ、とは……という顔をしているな。
そう、我々は、神に会ったことはない。
この世界の神は複数おり、各地に存在する。このリーメイクンの国内においてもだ。この国に一つの神、一つの宗教しかなければ国教に定めても問題ないのだろうが、そもそもこの世界の神は宗教らしい宗教を持っていない。もっと原始的な、各地の生活に根付いた土着の神なのだ。
そしてこの国の政治は、国王と女王が行っている。
政治を行うものと特定の神が結びついては、他の神がいる地方に対して不公平なのでな。リーメイクンにおいては、王族は神と接触してはならないのだ。政教分離というやつだな。
だから君たちには詳しい情報を教えられない。気になるのであれば、君たち自身で神に会いに行くといい」
王はそこまで話し、女王と目を見合わせてうなずいた。女王が三人に言う。
「そこで、褒美の話になるわけよ」




