第七章 14 国王と女王1
14 国王と女王1
「おっ、王様!? と女王様!?」
三人は立ち上がって声を上げる。兵士が入ってくるものと思っていたのに予想外だった。しかも国王と女王は共の者も連れず、二人だけで部屋に入ってきた。
うろたえる三人を前に、国王と女王は笑顔で扉を閉め、三人がくつろいでいた机の前にやってきた。
「ええ、猫みたいな王様だよ」
「じゃがいもの女王様よ」
国王と女王はクスクス笑いながらそう言った。
「えっ、さっきあいたちが小声で話してたこと聞かれてた!?」
「不敬罪になってまう! ……あれ? でも……」
リユルとユージナが慌てて口を押さえる。だが、この世界にもメインクーンと、メイクイーンがあるのだろうか?
「まあ、少し私たちだけで話をしよう」
「大丈夫よ、ほんの少しの間、ここで内緒話ができる。そういう設定を作ったから」
国王と女王はそう言った。
「設定? ということは、お二方は、まさか……」
ヴァルルシャの問いに、国王は答えた。
「そう。私たちは自分が創作物であると知っている」
ユージナ、リユル、ヴァルルシャが驚く姿を見ながら、国王と女王は椅子に座った。三人にも席に着くように促し、国王夫妻と三人は机に向かい合って座った。
「順を追って話そう。
君たちは、作家を夢見た学生に未完成のまま放置されたキャラクター。そして、闇の中で放置されているのはもううんざりだと、自分たちで世界を動かそうと決めた。……そうだね?」
国王に言われ、三人はうなずく。
「それが今から三ヶ月ほど前のことだ。その頃はまだ日時の設定がなかったので、はっきりした日付はわからない。日付が確定したのは、私たちの配った、指輪探しのチラシを受け取った四月一日から。そうだろう」
三人は黙ってうなずく。
「さて、この世界にはこういう言い伝えがある。
『大昔、精霊と人間は契約した。
精霊は、世界を構成するエネルギー。
人間は、それを意のままに操ろうとした。
精霊も、自分たちの力が世界に満ちるのは喜ばしいと、人間との契約に応じた。
しかし精霊は言った。
お前たち人間に自由に使われてやる代わりに、同じだけの災厄を人間にもたらすぞと。
そうして数々の魔物が生まれた。
この、コオンテニウの世界に……。』
これもおおむね君たちが考えた伝承だろう。ただ、コオンテニウという世界名は後になって考えたものだから、この伝承の言葉を考えたときには最後の一文は無かったかもしれないね」
何もかも国王の言う通りなので、三人はうなずき続ける。
「君たちは手帳を買ってこの世界の暦が一年で三百日なのを知ったわけだが、この世界の暦の名称はまだ知らないだろう。西暦や和暦のようなやつだ。
この世界の暦は、『契世暦』という。精霊と人間が契約し、世界が変わった日が契世暦元年だ。今年は契世暦8256年となる。
契世暦よりも前、日本語で言う『紀元前』のようなものだな、その頃のことは、今では詳しいことは伝わっていない。世界は不安定だったのだ。人間と精霊が契約する前、つまり、人間が誰も魔法を使えなかった時代だ。だから世界は貧しく、争いばかり繰り返していたという」
三人は黙って国王の話を聞く。
「人間が魔法を使えるようになって一番大きく変わったのは、水の入手に困らなくなったことだ。水さえあれば、どんな土地でも何かしらの植物を育てることはできる。干ばつを恐れることもない。
食料の得られる豊かな土地を求めて争う必要がなくなったのだ。
もちろん、人間が魔法を使うことで、魔物は発生する。だが魔物の存在は、必ずしも悪いものとは言えないのだ。
魔物退治は、人間の破壊衝動の解消に一役買っているからだ。
いくら平和な時代になっても、人間の持つ攻撃性がゼロになることはない。それは厳しい自然の中で生き抜くために、自然と戦うために人間に備わった本能だからなのかもしれない。それを無理に押さえ込むとどこかにひずみが出る。
だが、人間同士で争うのは不毛だ。だから、人間の持つ攻撃性を無くすのではなく、人間以外に矛先を向ける相手があればよいのだ。
そこで、魔物という存在が必要になってくる。
魔物は人間が魔法を使うことで生まれてくる存在だ。放置すれば人間に害をなす。だから退治することは良いことである。暴力的な衝動を向けても、それは賞賛される。
しかも魔物は、野生生物ではない。倒しすぎて絶滅し、生態系のバランスを崩すこともない。人間が魔法を使えばいくらでも発生する。だからいくらでも、人間の破壊衝動の受け皿になってくれる。
だから、魔法も魔物も、この世界にとっては必要なものなのだ」
そこまで話し、国王は一息ついた。三人は黙って国王の顔を見つめている。国王の話は、確かにもっともな理屈だったからだ。
国王は続けた。
「今年は契世暦8256年と言ったな。これは、リーメイクンの建国の年数でもある。契世暦元年にリーメイクンは作られた。初代の国王はメーンクゥン一世だ。
そしてそのとき、メーンクゥン一世は、自分が創作物であることを知ったのだ」
三人が息をのんだのを見て、国王は少し微笑んだ。
「計算が合わないかね? 君たちが世界を動かし始めたのは、ほんの三ヶ月ほど前のことだものな。
だが、そういう設定なのだ。
八千年以上前にリーメイクンの国王は、この世界が一人の作者の内部に広がる世界であること、自分がその創作物の一人であることを知ったのだ。そして代々、王位を継承した者はその事実も継承するのだ」
王の言葉を、女王が笑いながら補足する。
「王位継承者と共に、伴侶もその事実を知るの。先代の国王が引退してこの人が国王になった瞬間、私も自分が創作物であると理解したわ。頭の中に、その事実が浮かんでくるの。思い出すというか……間違いない事実として、納得するの。
きっと、一人で抱え込むには大きな秘密だから、このことについて話し合える相手が必要だからよね。あなたたち三人が、三人だけになったときにいろいろ話し合うのと同じよ」
「……」
三人は言葉が出てこない。だが、頭に浮かんでくる映像があった。
双心樹の大木だ。
自分たちが世界を動かし始めたのは数ヶ月前だが、あの木は何千年も前から、あの地に根付いていた。自分たちが設定しなくても世界は動いてきたのだ。
ならば八千年以上前のリーメイクンの国王が自身を創作物だと理解していても、おかしくない。三人はそのように思った。
そんな三人の表情を見て、国王は続けた。
「リーメイクンの国王とその伴侶は、初代から現代の私たちに至るまで、途切れることなく、自分たちが創作物だと理解している。
それはこの国に限ったことではない。
世界中のすべての国がそうなのだ。
世界中のすべての国が、契世暦元年に建国し、その初代国王が自分は創作物だと理解し、代々、その事実が各国の王と伴侶に受け継がれている」
「……!」
目を見張る三人に、国王は続ける。
「さまざまな施設にいる精霊たちがどうやって現れてきたか、聞いたことがあるだろう。
『精霊の名前と外見、持たせたい能力を国に申請すると、世界のエネルギーがその形で具現化する。』
国に申請、つまり国王が許可を出すと言うことだ。
世界のエネルギーを擬人化して存在させられる。各国の王はそんな能力を持っているわけだ。
そんな能力を持っている者が特殊な立ち位置にあるのは、おかしくないだろう?」
「精霊は、リーメイクンだけでなく、世界中の国にいるわ。どの国の精霊も根本的な部分は同じよ。精霊は町などの施設にいるものだから、人間と区別がつくように必ず半透明になるの。
そして外見は、意志の疎通ができる形状でなければならない。基本的には人間や動物を模した姿ね。不気味な外見や、公共良俗に反するものは不可よ。
精霊に持たせる能力も、中世風の異世界の世界観を壊すような物は不可よ。
各国の王と女王が、その基準をクリアした申請にだけ許可を出すの。
精霊の服装や人気の顔立ちなんかは各国で差が出るけど、表面的な部分以外は世界中どこでも変わらないわ」
今までに何度も見かけた、精霊という存在。その発生の仕組みを語る国王と女王の言葉を、三人は黙って聞いていた。
「さっき、精霊と人間が契約し、世界が変わった日が契世暦元年だと言っただろう。それはつまり、各国の王とその伴侶が、自分は創作物であると自覚し、精霊を具現化する能力を持った日ということだ。その日以降、この世界の人間は魔法が使えるようになり、世界には魔物が発生するようになった。
そのときから人間は、水の入手に困らなくなり、破壊衝動を魔物に向けることができるようになった。
だから、人間同士の争いが無くなったのだ。
もちろん、ささいなトラブルは無くならない。故意でも過失でも、他人を傷つけることはありうる。だから双牙舎という組織が必要になってくる。
だが、国家間の戦争という意味では、契世暦元年以降、一切起こっていない。
そもそも各国の王は皆、自分が創作物だと理解しているのだ。己が創作物だと知っている者同士、争おうと思わなくなったのだ」
国王は静かに、しかし力強く言葉を続けた。
「人間の社会において、諍いは決して無くならない。それは人間同士の信念のぶつかり合いで、どちらが正しいと言えない場合も多いからだ。
だがこの世界の場合、それは個人の規模に収まっている。
そして人間が魔法を使う限り、魔物は発生し続ける。時には強い魔王が誕生することもある。この世界の魔王は一体のみではなく、いくらでも、何度でも発生する。
RPGのように、魔王を倒しても、世界に平和が訪れるわけではない。この世界の魔王は、魔物は、現れ続ける。
だが、この世界はそもそも平和だ。魔王が現れても、この世界はずっと平和なのだ」
国王はそう言い切った。




