第七章 10 島の外
10 島の外
ルフエ島からコハンへの船は、それほど混んでいなかった。以前は五日ごとに船が出ていたが、しばらく船が出なかった反動で今は数日おきに船が出ていると、デムーとカーウェが言っていた。そのため、そろそろ人と物の行き来が落ち着いてきたのかもしれない。
今日はクラーケンもローレライも出ず、順調な船旅だった。昼頃になり、三人は船室で弁当を食べた。行きは自由席に座って膝の上に弁当を広げて食べたが、今は船室に設置されたテーブルの上で食事ができる。ゆっくりと食事を済ませ、三人は船がコハンに到着するのを待つ。
やがて船内が少しざわつき始める。コハンが見えてきたようだ。三人も甲板に向かい、それを眺めることにする。甲板には乗客が何人も出てきており、賑わっていた。船の進行方向に顔を向けると、広がる湖と青い空の先に、コハンの町が近づいてくるのが見える。
「久しぶりだね~」
「うん、長い旅だったね」
リユルとユージナが微笑む。
「それにしても……なんだか暑くありませんか?」
ヴァルルシャが二人に尋ねる。船室ではそこまで感じなかったが、甲板に出ると、日差しがかなり強い。特にヴァルルシャは膝まである長髪を束ねずに垂らしているので、余計にそう感じるのだろう。
「今は五月のほぼ真ん中、一年で一番暑い時期ですからね」
横から声がして、三人が振り向くと、デムーがいた。鉢植えは持っていないので、部屋でカーウェが番をしているのだろう。
「ルフエ島は過ごしやすかったですが、やはり島から離れると暑くなりますね。真夏だから仕方が無いですが。そろそろ到着ですね。皆さんも降りる支度をお願いします」
そう言ってデムーは船室に戻っていった。甲板にはコハンが近づいたことを確認しに来たようだ。
三人は船室に戻る前に、近くに人がいないことを確認してからささやき合う。
「真夏、って言っとったね」
「この世界では五月が夏、ってこと? そういえば、行きの船は四月の後半に乗ったけど、あの日も日差しが強くて暑かった気がする! 四月から五月にかけて、だんだん暑くなるんだ!」
「『ルフエ島は気候が独特で過ごしやすい』……つまり、真夏でもそこまで暑くならないわけですね! だから王様もルフエ島に避暑に行ったわけですね!」
そういうことか! と三人は納得し、船室に戻った。
やがて船は予定通りの時刻にコハンに到着した。昼の二刻、昼の一時半ごろだ。乗客が船から下りていく。三人も荷物をまとめ、鉢植えを持ったデムーとカーウェと共に船を下りる。
「今日はこれから馬車に乗って、フェネイリ方面の街道にある宿に泊まります」
カーウェが説明した。
「馬車は行きに手配しておいたので、もう待っていると思います」
デムーが言い、皆を先導した。
彼らの言葉通り、船着き場の近くにゴムを付けた馬車が待機していたので、皆はそれに乗り込む。
「船から下りてすぐ馬車に乗れるなんて、あいたち、お金持ちになったみたい」
「フェネイリの港でも、近くに馬車が待機しとったよね。うちらには縁が無いと思っとったけど、こうして乗れる日が来るなんてね」
「フェネイリの港では何台も馬車が待機してましたけど、ここはこの一台のみですね。フェネイリは船がたくさん着くので降りる人も多く、突発的に馬車に乗る人も多いのでしょうね。コハンはそれほど人が降りないので、事前に馬車の予約が必要なんですね」
三人はそう話し合いながら馬車のところまで進み、デムーとカーウェと共に馬車に乗り込んだ。
馬車は船着き場から街道に向けて動き出した。もうルフエ島ではないので馬車も長息人サイズではなくなっていたが、短息人の六人乗りの大きさなので、ゆったりしていることに変わりはない。馬車はもちろん屋根付きで、強い日差しは中に届かない。
それに、真夏と言っても、現代日本ほど暑くないようだ。三十度の手前ぐらいではないだろうか……。デムーとカーウェの手前、口には出さないが三人はそう思った。
馬車は順調に進み、コハンとフェネイリをつなぐ街道沿いの休憩所に、日暮れ前に着いた。
デムーとカーウェが宿屋に宿泊を申し込み、三人は鍵をもらった。さすがに一泊2,000テニエルの宿は街道沿いの休憩所には無く、三人が普段泊まるベッドと荷物置き場だけの部屋だったが、いつも泊まっているのだから三人にはそれで十分だった。
皆はそこで一晩休んだ。
翌日の五月十八日も、五人は馬車で街道を進んだ。
コハンとフェネイリの街道には等間隔に五つ、宿屋兼休憩所がある。昨日は一つ目の宿屋に泊まり、今日は四つ目の宿屋まで行って、明日、フェネイリの町に到着する予定だと、デムーとカーウェは言った。
馬車は順調に進み、二つ目と三つ目の休憩所で馬を休ませつつ、予定通り夕方頃に四つ目の宿屋に着いた。昨夜と同じように皆はそこで休んだ。
五月十九日も馬車は順調に進み、昼の三刻、現代で言う午後の三時頃にフェネイリの町に着いた。
フェネイリからシューゴの港町に行く船は港に停泊させてあり、風係たちも港近くの宿で待機しているとデムーとカーウェは説明した。シューゴ行きの船は、ルフエ島行きの船のような定期便ではなく、国王が私物の船をお貸しくださったのだという。
現実世界でいうならば、えらい人が専用の飛行機を持っているようなものか、それを、パイロットも含めて迎えに出したようなものか……三人はそう思いながらデムーとカーウェの説明を聞いた。
「なので、特に出発時間は決まっていませんが、朝のうちには出発したいと思います」
「明日の朝出発すれば、船で二泊して、二十二日の夕方にはシューゴに着けると思います」
フーヌアデからフェネイリの船旅が、昼に出発して二日後の昼過ぎに着く形だったので、フェネイリからシューゴはそれよりやや距離があるようだ。昼に出発すると船で三泊する必要があるだろう。朝出発して二泊三日ですむならその方がいい。三人は朝出発することに異存は無かった。
馬車は町の大通りを南に向けて進み、港近くにある大きな宿屋の前で止まった。ここも一泊2,000テニエルぐらいするだろう。皆は馬車を降り、宿に入った。
デムーとカーウェが部屋を手配し、三人は部屋の鍵をもらう。この宿に風係たちも泊まっているので、明日の出発について打ち合わせをすると彼らは言った。
三人はそれぞれの部屋へ行き、くつろぐ。この宿も各部屋にトイレとシャワー室があり、一階に大きな浴場があった。
やがてデムーとカーウェから、明日の出発時刻について連絡があった。船は朝の七刻に出すので、半時限前には支度をして宿のロビーに集まるようにとのことだった。ルフエ島を発つときと同じだ。
三人はうなずき、宿で休んだ。




