第七章 09 ルフエ島との別れ
09 ルフエ島との別れ
部屋で休んだ後、ユージナ、リユル、ヴァルルシャの三人は宿の共同施設を見て回った。各部屋にトイレがあるが、各階にも共同の手洗い場とトイレがあることは三人が普段泊まる宿と変わりなかった。廊下のガラス窓は普段泊まる宿より大きく、差し込む光も多くて明るい。光池のランプもたくさん設置されている。客室のドアとドアの間隔が広いのは、客室が大きいからだろう。
一階に降りると、奥に風呂場があった。
風呂場も、男湯と女湯で入り口が分かれ、その先に下駄箱と脱衣所がある構造は他の宿と変わりなかった。脱衣所から、浴場と、洗濯をする場所に行けることも同じだった。もちろん、普段泊まる宿より規模が大きくて立派という違いはあったが。
普段泊まる宿でも、脱衣所でバスタオルは借りることができた。ここでも、脱衣所に、『大タオル、未使用』『大タオル 使用済み』と書かれたかごが並び、未使用の方には洗って綺麗に畳まれたバスタオルが入っていた。だが、普段の宿は未使用のタオルのかごには『一人一枚』という注意書きが書かれていたが、ここの物には無かった。
「高い宿だから、一人二枚ぐらい使ってもいいよってことなんだろうな」
一人で男湯の脱衣所にいるヴァルルシャがつぶやいた。
「『洗濯サービスあります 詳しくはフロントまで』って張り紙もあるね」
「高い宿だで、洗うのも頼めるんだね」
二人で女湯の脱衣所にいるリユルとユージナが、タオルのかごの横の張り紙を見ながら言った。
「セカンタの宿屋でもこういうのやってます、って看板を見たよね。高いから泊まらなかったけど」
この世界には全自動洗濯機は無いので、洗濯物は人の手で洗わないといけない。それを自分で行うか、お金を払って誰かにやってもらうかということになる。リユルは以前、セカンタの町で『洗濯屋』という看板を見かけたことを思い出した。
「高い宿だと、洗濯サービスを頼む人も多いで、宿専属の『洗濯屋』とかありそうだよね。やってみたい気もするけど、うちらは今日頼むと明日の出発に間に合わんかもしれんで、いつも通り下着だけ手洗いして隣に干すか」
「上着の洗濯は、コーウェンの町で待機してるときにやったもんね。暇だったから」
二人は浴場ものぞいてみる。今は誰もおらず、長息人が十人ほど入れそうな広々とした浴場が広がっていた。
「やっぱり高い宿はお風呂も綺麗だな~。部屋にシャワーあるけど、今日はここに入りたいよね」
「うん。生理のときとか、回りに気を使いたくないで一人で風呂に入りたい、って時もあるで、部屋にシャワー室があるのはありがたいけどね」
フェネイリの町で生理の日々を過ごしたとき、二人は生理中に風呂に入ることについて話し合った。そして、月経を不浄視する世界観は嫌だから、この世界では生理中も公衆浴場に入っていいことにしたい、衛生面は、精霊の力による洗剤で清潔が保たれているということでどうか、という結論になった。
だからこの世界の社会通念では、生理中も公衆浴場に入れる。それをリユルとユージナはずっと実行しているし、生理中の他の宿泊客を風呂場で見かけたこともある。だが本人の体調や気分で、自室で一人でシャワーを浴びたいときもある。宿の値段次第で選べる選択肢が増えるのは良いことだ。
女二人は風呂場で会話が弾み、ゆっくりと廊下に戻った。男一人で男湯の様子を見に行ったヴァルルシャは先に廊下に出て待っていた。
「あ、ごめん遅くなって」
「いえ、大丈夫ですよ。急ぎの用があるわけじゃないですし」
声をそろえる二人にヴァルルシャは答えた。確かに、今日はあと食事をして寝るだけだ。
時刻は夕方になっていたので、少し早いが三人は夕飯を食べに行くことにした。ルフエ島で過ごす最後の夜なので、チョビアンを使った料理を選んだ。
そして宿に戻り、広い風呂と広い部屋を堪能して眠りについた。
五月十七日の朝、三人は宿の一階の食堂に向かった。以前、スフィアと共にお茶を飲んだ場所だ。
今朝は部屋の鍵を見せるとそれで料理が食べられる。パン、卵料理、ハムやソーセージ、サラダ、果物の盛り合わせ、お茶やジュースなどが複数用意され、好みの味付けのものを選ぶことができた。
食事をして部屋で休んだ後、三人は荷物をまとめ、朝の六刻すぎ、現代で言う朝の八時ごろにロビーに集合した。
デムーとカーウェも支度を済ませ、鉢植えを手にしてロビーで待っていた。
「では、行きましょうか」
五人は宿を出て、船着き場に向けて歩き出した。船旅は半日かかるので、開いている店に立ち寄り、弁当を買ってから向かう。
朝の船着き場は賑わっており、以前コハンの町で見たように、筋肉質な人々がリヤカーで荷物を船に運び込んでいた。ただ、コハンは短息人ばかりだったのに対し、こちらでは半数ほどは長息人だった。
ルフエ島の船着き場では、長息人と短息人が両方働いている。島に初めて来る短息人も多く、長息人と話すのに慣れていないから。スフィアがそう言っていたことをリユルは思い出した。
船に乗り込んでいる船員は、短息人ばかりのようだ。コハンから船で渡ってきた船員が、そのままコハンへ帰る形なのだろう。
長息人はめったに島から出てこない。コハンの切符売り場の男性がそう言っていたことを、ユージナとヴァルルシャは思い出した。
「こちら、切符です。どうぞ」
カーウェが三人に切符を差し出す。『コハン――ルフエ島』『個室 二号室』『 月 日出航(予定)』と印刷されており、手書きで『五月十七日』と日付が書かれていた。
「あ、個室なんだ!」
リユルが声を上げる。スフィアの利用していた、三人掛けの長椅子とテーブルのある、片道で一部屋6,000テニエルのチケットだ。
「ええ、私たちは一号室に乗ります。鉢植えはそこで保管しますので、皆さんはおくつろぎください」
デムーが三人に言った。
「うちら、行きは片道1,000テニエルの自由席に乗っとったのに、帰りは個室に乗れるんだねえ」
「行きに覗いただけですけど、ゆったりしてましたよね」
個室は、三人で一部屋を頼むとしても一人あたり2,000テニエルかかる。その値段にふさわしく、快適そうな座席だった。
「せっかく見つかった指輪です、紛失の可能性はできるだけ減らしたいですからね」
デムーとカーウェはそう言い、皆はタラップの前に向かった。
「はいー、どうぞー。個室はー、タラップ近くのー、階段を降りたところですー」
タラップの前でチケットを確認する船員は長息人だった。最初は驚いた長息人の話す速度も、今は慣れたな、と思いながら三人はタラップを登った。
そして船の中の階段を降り、二号室と書かれた個室を目指す。長椅子とテーブル、ロッカーがあり、荷物をロッカーにしまってくつろぐ。
「そろそろー出航ーしますー」
やがて船員の声が聞こえ、汽笛が鳴って船が動き出した。
三人は甲板に出て景色を眺める。今日も空は晴れており、辺りがよく見える。風は強くないので風係が船の帆に風を当てている。ルフエ島が少しずつ遠ざかっていく。
「いろんなことがあったねー……。この船に乗って、スフィアくんに会って……」
リユルがつぶやく。
「うん。そんでクラーケンが出てきて、一度は倒せんくてルフエ島まで逃げて……」
「そして公園に行って、クラーケンがまた現れて、今度は倒して、ユージナさんが指輪を発見して……」
ユージナとヴァルルシャもそれを反芻する。一言では言い表せないほどいろいろなものに出会った。だから三人とも口数が少ない。
「いろいろあったけど、ルフエ島に行こうって決めて、良かったね」
リユルが言い、二人もうなずいた。
「行こうって決めて、実際に行動して、良かったよね」
「そのおかげで、いろんなものに出会えたんですものね」
三人はルフエ島を見送りながら、旅の思い出に心を馳せた。




