第七章 06 事後処理
06 事後処理
五月四日、ゆっくりと起きだした三人は、身支度をして双牙舎に向かった。
「ああー、昨日の方ー。伝書トーハはー、さっき飛ばしましたー」
三人が受付に向かうと、女性の双牙兵がそう教えてくれた。昨日指輪が見つかったことは双牙舎全体の話題になっていて、顔も覚えられていたようだ。
三人が彼女にここから王宮までの距離を尋ねると、こう説明された。
コーウェンの町からイリーグの町まで、馬車で半日ほど。
イリーグからコハンの町へ行く船が、朝出発して昼過ぎに着く。
コハンからフェネイリの港町まで、馬車で二、三日かかる。
フェネイリから、シューゴの港町まで、船で二日か三日。
シューゴから、首都シュトゥーンまで、馬車で三、四日ぐらい。
「伝書トーハはー、飛ぶの早いんでー、今日中にはー王宮に知らせが行くとー思いますー」
彼女はそう続けた。三人は礼を言い、双牙舎を後にする。
「首都の近くの港町はシューゴというんですね。いろんな物が集合するからでしょうか」
ヴァルルシャが、近くに他の人がいないか確認してから口にする。
「だろうね。ユマリさんの会社があるのが首都からシューフェンの町方面って言ってたから、あの辺の町の名前はみんな『シュー』が付くんだね」
「シュトゥーンにシューフェンにシューゴか。うちらは、首都、周辺、集合ってわかるけど、他の人は間違えんのかな?」
「日本語で言ったら、『大阪府』の隣に『大分県』があるような感じでしょうか。慣れてしまえば大丈夫そうですけど……。その一帯は『シュー』が付く土地なのかもしれませんね」
それから三人は、鑑定屋に向かった。クラーケンを倒した分を換金するためだ。鑑定屋は以前来たときと同じようにあまり人はおらず、ユマリとスフィアもいなかった。
三人はすぐに『換金』の窓口に向かい、蓄光石を差し出す。精霊に鑑定してもらうと、三つの蓄光石にそれぞれ9,000テニエルが入っていた。
「十人で戦ったので、クラーケンは一匹が90,000テニエルの魔物ということですね」
「ナックラヴィーよりちょっと高いぐらいだね。強さ的にもそんな感じかな」
「今回は端数のない、きりのいい数字しとるんだね」
三人はそう話しながら、お金が用意されるのを待ち、蓄光石の光とお金を交換した。
それから三人は鑑定屋を出て、国立コーウェン公園に向かった。あれからどうしただろう、と気になっていたからだ。
公園は開いていた。休園日ではないし、昨日クラーケンが現れたとはいえ、ダメージを受けたのは北の一部分だけなので、手前の方はいつもどおり運営しているようだ。
だが、入り口の案内板には、『柵の点検のため、双心樹の大木より北は、現在立ち入り禁止となっています』という張り紙が追加されていた。
公園の中を進んでいくと、中央付近でキャスバンと出会った。
「ああー! みなさんー! 指輪見つけたんですってねぇー! おめでとうございますー!!」
キャスバンはクラーケンを倒した後、公園に戻ったので、ユージナが指輪を見つけたときにはその場にいなかった。だが、後でジーリョからその話を聞いたという。
「島にあったなんてびっくりですねぇー。皆さん、王様からのご褒美をもらいに行くんですってねぇー。いってらっしゃいー!」
キャスバンは三人を祝福した。
「でも、いいんでしょうか、私たちだけがご褒美をいただいて」
指輪の発見時にも皆に尋ねたが、ヴァルルシャがもう一度、そのときいなかったキャスバンに尋ねる。
「いいですよぉー。実際見つけたのはユージナさんだそうですしー。それにー、公園はこれから忙しくなりそうですからー」
「どういうことですか?」
尋ねる三人に、キャスバンは答えた。
ニテール池の島で指輪が見つかったので、ニテール池と公園を連携して観光地にしようという話が、再度盛り上がっているらしい。今まではニテール池には見所がなかったが、三十年越しの指輪の発見というエピソードができた。今度こそ観光地として成功するに違いない。ということのようだ。
「とりあえずー、柵も壊れたことですしー、この際だから滝の辺りに出入り口を作ろうってことでー、柵を直すついでにあの辺に門を作ることになったんですよー。それで双心樹の大木から北が立ち入り禁止になってるんですー。だからあいはいつもの場所じゃなくてー、この辺でお客さんの案内をしてるんですー」
キャスバンそう説明した。
「ああ、だから入り口に張り紙があったんですね。柵の点検って書いてあるだけでしたけど」
納得したリユルが言う。
「ついでだから全体的に点検もしてますけどねー。結構古い柵ですしー。でもまだ昨日の今日ですからー、町で噂になり始めた程度ですけどー、そのうち公園からー、『指輪が見つかりました!』って宣伝すると思いますー。そしたらお客さんも増えて忙しくなるでしょうねー」
そこまで話したところで、案内を求める客に呼ばれてキャスバンは三人の前から去って行った。現時点でも客は以前より少し増えているようだ。
またしばらく進むと、斧やスコップを何本も持って歩いているジーリョを見かけた。
「ジーリョさん、昨日はありがとうございました」
ユージナが話しかけると、ジーリョは三人に気づいた。
「ああー、いえー、皆さんこそー、お疲れ様ですー」
ジーリョは、滝の近くにこれらの道具を運ぶ最中だと言った。
「昨日ー、クラーケンにー柵が壊されたときー、周りの木々もー巻き込まれてー傷ついたんですー。だからー、処置するんですー」
そして「しばらくはー、虫を追いかけてーられんなー……」とつぶやいて三人の前から去って行った。
「そっかー。指輪が見つかったから、今までといろいろ変わってきそうだね」
「うん。クラーケンが出てきたことより、指輪の方で忙しくなっとるみたいだね」
「魔物の痕跡の後始末は一度やれば終わりますけど、公園の運営は今後もずっと続いていくんですものね。確かに、指輪の発見を宣伝に使うのは現実的かもしれません」
公園の様子も確認できた。少し休憩しようか、三人はそう話し合った。
「あい、ルーハワイブのジュースが飲みたいな」
リユルがそう言うので、三人はそれが飲める、双心樹の大木の東にある休憩所を目指した。
双心樹の大木は相変わらず堂々とした姿で立っていたが、その先の『ニテール川 こちら↓』の看板には、『柵の点検のため、現在立ち入り禁止』という張り紙が追加されていた。
休憩所に着き、三人ともルーハワイブジュースを頼み、あずまやに座って飲む。
「うーん……。ユマリさんにもらったワインもおいしかったけど、やっぱり、あい、ジュースの方が好きかも」
「うちも。うちらにはお酒はまだ早いのかもしれんね」
「でも、体質的にアルコールが合わないわけじゃないってことはわかりましたよね」
ジュースを飲みながら三人はそう話した。
「ところでさー、双牙舎で聞いた話からすると、たとえ今日、王宮に知らせが着いてすぐに迎えの使者が出発したとしても、ここに来るまでに一週間……じゃない、七日以上はかかるよねえ?」
ユージナは、この世界の暦は五日ごとに区切られているので、七日を一週間と呼べないことを思い出しながら言った。
「だでさー、その間に生理を済ませとかん? 前回からまだ一ヶ月は経ってないけど、どうせこの町で待機しとらんといかんのだし、船旅とか、王様と会うときとかに腹が痛くても困るしさ」
前回の生理は、月経開始薬を使って、四月七日から開始した。今日は五月四日、ちょうど二十八日目となる。月経停止薬を飲んでいなければ、そろそろ生理が始まってもおかしくない時期だ。
「あ、そうだね。王様と会うのが終わってから生理、だと、使者がいつくるかわかんないからすごく先になるかもしんないし、あんまり生理を止め続けてるのもよくないもんね」
リユルもユージナの提案に賛成した。
「うん。今は前回からまだ時間が経っとらんせいか、おなか痛くないけど、暇な時期に済ませといた方が楽だでさ。だで、しばらくうちら宿で休もうと思うんだけど、ヴァルルシャ、それでいい?」
「お二人がいいなら私はいいですよ。今は町で待機するだけですからね」
ユージナに尋ねられ、ヴァルルシャはうなずいた。
三人は公園を出て昼食を食べ、ユージナとリユルは宿に戻り、ヴァルルシャは町でのんびりすることにした。




