第七章 04 晩餐1
04 晩餐1
「店は私に任せてもらっていいかな。いい店があるんだ」
ユマリはそう言って皆を先導した。やがて、三人がいつも利用するような大衆食堂ではなく、高級レストランといったたたずまいの店に到着した。
「息子を助けてもらったお礼なんだから、会計は気にしないで私に任せてくれよ」
ユマリは恐縮する三人を促し、店に入った。
店内も高級レストランらしく、落ち着いた雰囲気の上品なテーブルが並んでいた。
ユマリとスフィア、ユージナ、リユル、ヴァルルシャは席に着く。メニューもテーブルに備え付けではなく、店員によって運ばれてきた。
メニューを見て、三人は思わず声を上げた。
『牛肉の煮込み料理コース
サラダ、スープ、パン、デザート、食後の紅茶付き
1,000テニエル
牛肉のステーキコース
サラダ、スープ、パン、デザート、食後の紅茶付き
1,500テニエル』
牛肉だ! 高い! などの声が三人の口から漏れた。
今までに、鶏肉や魚介類、豚肉らしき食材は何度も食べたし、バターや牛乳などの乳製品は口にしていた。だが、牛肉と明記してあるメニューは初めてだった。
「そう、ここはいい牛肉料理の店なんだよ。牛肉はおいしいけど、おいしい肉牛を育てるのにはコストがかかるからね。ほどほどの品質の牛肉はそれなりに流通してるけど、肉の品質が高くなると値段も高くなるから、高級な牛肉料理を扱う店が無い町も多いんだ。
でも、この町は国立コーウェン公園があって観光客が来るから、こうしておいしい牛肉料理を出す店があるんだよ。この店はかつて、国王夫妻もお食事なさったことがあるそうだよ」
ユマリはそう説明した。
三人は、現代日本での話を思い出す。牛は鶏や豚よりも体が大きく、育つのが遅いため、牛肉は他の肉より高価なのだと。それから牛乳は、ホルスタインの雌に出産させて乳を出させているが、生まれた子牛が雄だった場合は育てても乳牛にできないので、雄のホルスタインは肉牛として育てられて安い牛肉になる。そのような話を作者が本などで読んでいた気がする。
この世界は作者の知識を元に作られているのだから、肉の価格も現代日本と近いところがあるのだろう。
だが現代日本では、せっかく絞った牛乳が廃棄されるなど、食料を過剰に生産して過剰に廃棄することが問題視されていたはずだ。
この世界は作者の理想が込められているのだから、食料の生産と消費においては、現代日本とは違っているといいと、三人は思った。
現にこの世界でこうして牛肉料理を見るのは初めてだし、牛乳やバターなどの乳製品も、どの飲食店でも見かけるわけではない。
いつでも欲しいものが食べられるわけではないが、その不便さは過剰供給していないことの裏返しであり、だからこの世界は現代日本ほど食料を無駄に廃棄してはいないだろう。そうであって欲しいと、三人は思った。
三人のそんな思いは知らず、ユマリとスフィアはメニューに目を向けていた。
「僕もここに来るの初めてなんです。おいしそう」
スフィアが嬉しそうな声を出す。
「好きな物を頼みなさい。きみたちも、遠慮せずに好きな物を選んでいいんだよ」
ユマリが息子と、三人に向けて言った。
「え、でもー、いつもせいぜい100から200テニエルぐらいのお料理食べてますから……」
リユルが恐縮する。1テニエルは十円だ。一万五千円の料理をご馳走してもらうのは気が引ける。
「構わないよ。それに、私たちがこの町で過ごす最後の夜だからね」
ユマリの言葉に、スフィアが、「えっ!?」と声を上げた。
「さっき双牙舎で言ってただろう、クラーケンが倒されたから、近いうちにコハンへの船が出せるって。だから私とスフィアは明日この町を出て、ちょっと会社に寄ったらイリーグの町に行こうと思うんだ」
ユマリは息子を含めた皆に説明した。
「えー……、明日もう出発するの?」
スフィアは残念そうに母親とリユルを見比べる。
「お前はそもそも、四月のうちにルフエ島に来て、四月のうちにコハンに戻る予定だったろ。船が出なかったから仕方ないけど、もう五月三日じゃないか。学校が始まってるだろう。
船が出るのを待ってた人は多いだろうから、早く港に行かないと船に乗り損ねて、更に学校に行くのが遅くなるぞ。この町でのんびりするのは今日で最後にしないと」
ユマリの理屈はもっともだったので、スフィアは黙る。だが、名残惜しそうにリユルを見ている。
「スフィア、まずは学校に行って勉強して、立派な大人になることだ。そもそも、リユルくんに渡そうとした指輪は、私からもらった小遣いで買ったものだろう。好きな人に渡す指輪というのは、自分で稼いだお金でプレゼントするものだ。しっかりお金を稼げるようになるには、学校できちんと勉強して、知識を身につけることだ。
知識を身につけるというのはな、学校の成績だけじゃなくて、もっと遊んでいたくても帰るべきときには帰るとか、理性的な判断ができることも言うんだぞ。食事が終わったらリユルくんたちとはお別れするんだ」
「……はあい」
スフィアはしぶしぶ納得した。
「あ、そういえばさ、スフィアくんも蓄光石を持ってたんだね。クラーケンを倒したときに、あいたち全員に光が分配されたじゃない?」
場の雰囲気を変えようと、リユルが別の話題を振る。スフィアの顔が明るくなる。
「あっはい、学校に入るときに、とりあえず作りました。今まではただ持ってただけなんですけど、今回、初めて自分の蓄光石に光が溜まりました」
「そうか。じゃあ、明日鑑定屋にも寄っていくか。十人がかりで戦ったけど、クラーケンだからそれなりの金額になりそうだな。でも無駄遣いするんじゃないぞ。クラーケンを倒せたのは、みんなの力なんだからな」
ユマリはスフィアに言い、「さあ、メニューを選んでくれ」と皆に言った。
ユマリとスフィアは牛肉のステーキコースを頼み、結局三人も同じ物をご馳走してもらうことにした。




