第七章 03 報告
03 報告
ジーリョ以外のスタッフは公園に戻り、他の皆はニテール池からそのままコーウェンの町に向かう。
「クラーケンをー倒したというー報告の後はー、指輪がー見つかったというー報告がー行くわけだー。みんなーびっくりでしょうねー」
鉢植えを持ちながら、ジーリョが公園の様子を説明した。
手こぎボートを探しに戻ると、公園内のスタッフは客の誘導や被害状況の確認、町への連絡などで忙しくしていた。共に戻ったキャスバンたちはその処理に加わり、自分たちはボートを探しに倉庫に向かった。幸いボートはすぐに見つかり、急いで戻ってきてみたら指輪が見つかっていたので驚いた。今頃、戻ったスタッフから聞いて公園の皆も驚いているだろう、そう言ってジーリョは笑った。
やがて足元が、草木の生える一帯から舗装された町の地面に変わった。日は沈みかけているが、日光の代わりに建物の明かりが町を照らし始めている。
町はまだ、クラーケンが倒されたことも、クラーケンが現れたことも知らない人が多いのだろう、いつもと変わらない様子で飲食店が賑わっていた。
皆は町の中を歩き、双牙舎にたどり着いた。双牙舎の中はざわついていた。
「すみませんー、国立コーウェン公園の者ですがー、ご報告がありましてー」
ジーリョが双牙舎の受付に向かって言う。
「ああー、お疲れ様ですー。クラーケンが現れてー、それを倒されたんですよねー。さっき他のスタッフの方からー、うかがいましたー。今ー、イリーグや他の町にー連絡しているところですー。近いうちにー、コハンへの船がー、出せますよー」
受付にいた双牙兵が答えた。
「そうですかー。それでー、公園近くのニテール池でー、王様の指輪が見つかったんですがー」
ジーリョはそう言って持っていた鉢植えを差し出した。
受付の中がどよめき、双牙兵が集まってくる。ジーリョは双牙兵たちに、クラーケンを退治するためにニテール池の島に渡り、そこで指輪のはまったこの木が発見されたことを伝えた。彼らは差し出された植木鉢をのぞき込み、枝の根元にそれらしき指輪がはまっていることを確認する。
「指輪が見つかったらー、どうするんだったかなー」
「確かー、王宮に連絡するんじゃーなかったかなー」
双牙兵たちは公園のスタッフと同じような反応をし、対処法について相談し始めた。
やがてリーダー格らしい、年配の双牙兵が受付にやってきた。彼は古びた書類を取り出し、木の枝にはまった指輪と見比べ始めた。特に指輪の裏側をのぞき込んでいるようだ。木の枝にはまっているとはいえ、枝は人間の指ほど太くないので裏側を見ることはできる。
「確かにー、王様の指輪のようですねー。配布するチラシにー指輪の絵がー描いてあるからー、同じ形のー偽物の指輪を作ってー持ってくる人もー、昔はそれなりにーいたんですよー」
しかしチラシには書かれていないことがある。指輪の裏には国王夫妻の名前が刻まれているのだ。その字体や配置を記した書類と見つかった指輪を照らし合わせて、本物かどうか確認するように王宮から言われていると、年配の双牙兵は説明した。
そうか、そういう方式になっているんだ、とユージナたちが感心していると、年配の双牙兵が顔を上げた。
「裏側の文字もー、一致しますねー。これを発見なさったのはー、どなたですかー」
ジーリョとユマリ、スフィアに促され、ユージナ、リユル、ヴァルルシャが前に出る。
「えっと……うちら三人です」
「そうですかー。お手柄ですー」
そして年配の双牙兵は、ユージナたち三人にこう話した。
明日になったら伝書トーハでこのことを首都シュトゥーンにある王宮に知らせる。指輪が見つかったら、王宮から発見者の元に迎えの使者が来ることになっている。そして使者と共に発見者は王宮に向かい、王様から直接褒美をいただける。だから発見者は使者が来るまでこの町に滞在する必要がある。宿に泊まっているならそこから離れないで欲しい。
指輪は双牙舎が預かり、使者に手渡すまで厳重に保管するが良いか。そう聞かれ、三人は答えた。
「鉢植えだもんね。持っとるのも大変だし」
「うん。預けちゃった方が安心できるよ」
「ええ、ですからこちらで保管をお願いします」
皆の了解を得て、年配の双牙兵は鉢植えを受け取った。
「確かにーお預かりーしましたー。ええとー、これはー、毎日ー水をやればーよいのですかー」
彼はジーリョに質問する。指輪の確認方法は王宮から伝えられていても、指輪が木にはまって鉢植えで持ち込まれることまでは想定されていないだろう。
ジーリョは、これはツーヴァの木なので、土が乾かないように毎日水をやって欲しいこと、本来は野外に置いて欲しいが、無理なら室内の日当たりのいい場所に置いて欲しいことを伝えた。さすが公園のスタッフだ、と三人は思った。
「わかりましたー。それからー、書類をー書いてーいただきますー」
年配の双牙兵はジーリョから三人に向き直り、古びた書類を受付のカウンターの上に差し出した。
書類の上部には手書きで『指輪発見者』と書かれており、下に名前を書く欄があった。発見者が複数いてもいいように、スペースは広く取られていた。
差し出されたインクと羽ペンを使い、三人は、いつものようにカタカナで自分の名前をサインした。今回も三人の目に日本語訳された文字が映っているだけで、これでこの世界の言語でサインしたことになるはずだ。
「ユージナさんー、リユルさんー、ヴァルルシャさんーですねー。わかりましたー」
年配の双牙兵は書類の文字を読み上げ、指輪の裏について書かれた書類と共に古びた封筒にしまった。それらの書類に年季が入っているのは、王様が指輪を無くしてから今まで三十年間、使われることなく双牙舎に眠っていたからかもしれない。
「皆さんはーどちらの宿にーお泊まりですかー」
王宮からの使者はまず双牙舎に来て、それから発見者の泊まっている宿に向かうと思う。使者を案内するので宿を教えて欲しい。年配の双牙兵は三人にそう言った。
「宿の場所……どう説明すればいいんだろ」
「公園からはちょっと離れとるよね」
「裏通りにありますよね。……宿の名前って何でしたっけ」
三人は顔を見合わせる。実際に歩けば迷わずたどり着くことができるが、言葉で説明するとなると難しい。
三人のそんな様子を見て、年配の双牙兵は近くの双牙兵に「おーいー、地図を持ってきてー」と言った。
やがて若い兵が地図を持ってきて、カウンターの上に広げる。そこにはコーウェンの町の太い道や細い道が記され、双牙舎や鑑定屋、手形屋などの主要な建物の位置が書き込まれていた。現代日本にあるような詳細な町の地図と言うよりは、観光地のパンフレットなどにある、手書きの観光マップのような地図だった。
それでも大体の場所を説明するには十分だった。
「ああ、この辺りです。ここを曲がった先の一泊600テニエルの宿です」
三人が地図を指さし、年配の双牙兵は宿の場所を理解した。
双牙舎も現代日本の警察のように道案内をしており、そのために地図も用意してあるのだ。航空写真を使った正確な地図ではなく、実際に町を歩いて作った大まかな地図だろう。それでも町の地理を把握するには十分役に立つ。三人はそう思った。
「ではー、王宮からの迎えがー来るまでーその宿でーお待ちくださいー。指輪はーこちらでー厳重にーお預かりしますー」
双牙兵に見送られ、皆は双牙舎を後にした。
ジーリョは公園に戻り、ユージナ、リユル、ヴァルルシャの三人と、ユマリとスフィアは食事に出かけることにした。




