第六章 13 ニテール池
13 ニテール池
リユルとヴァルルシャはエンフィ水を、ユージナはモンレジュースを飲む。栄養ドリンクの様な味だ、とリユルとヴァルルシャは目で会話する。
飲み物に含まれている栄養もだが、喉を潤すこと自体も疲労の回復につながる。三人はやる気が湧き上がってくるのを感じた。
クラーケンは相変わらず島にもたれている。皆は池の岸辺に行き、草木が少なく、助走を付けて島に飛ぶのに良さそうな位置を探す。
「……でも、僕が最初に言い出して何ですけど、この方法でうまくいくでしょうか。池をうまく渡れたとしても、クラーケンがあと少しの攻撃で倒せるかどうかはわかりませんよね。ユージナさんが反撃に遭ったら、助けに行くことも難しいですし……」
作戦を前にして、スフィアが不安になってきた。
「確かに、これでとどめを刺せるかどうかはわからんけど、やってみる価値はあるよ。だめなら池に逃げてこっちに泳いでくるわ。クラーケン弱っとるで、倒せんでも逃げるくらいはできるって。岸の方まで追いかけてきたら、魔法で追い払うのお願いね」
ユージナは笑ってスフィアに答えた。
「その前にあいが足場を出すのを失敗しないようにしないとね。これで倒せなかったら、そのときは公園や町に応援を呼びに行こう。
ここに見張りを残して、戦える人を探しに行って……そうしてるとクラーケンが回復しちゃうかもしれないけど、その分あいたちだって人をもっと集めればいいんだし、クラーケンを退治するのも時間の問題だよ。だから近いうちにコハン行きの船が出るはずだし、スフィアくんも学校に戻れるよ」
リユルがスフィアを励まし、ヴァルルシャも続けた。
「私たちがエンフィ水を持っていることを思い出したのも、スフィアくんが池を渡る方法を考えついてくれたおかげですからね。おかげでさっきより気力が回復しましたし、頑張れそうな気がします」
「皆さん……皆さんの方がこれから一仕事あるのに、僕のこと気遣ってくれるんですね……ありがとうございます」
スフィアは微笑んだ。
「お客さんにー危険な役目をーやらせてしまってー申し訳ないー。自分が島に渡れたらいいがー、見ての通りー重いのでー」
ジーリョがユージナに向かって言った。
その言葉を聞いたユージナは、顔を上げて、ジーリョに、そして皆に言った。
「……いえ、うちは、嬉しいんです。
うちは魔法でなく、武器で魔物と戦いますけど、女の戦士は男の戦士に劣ると思ってました。
魔法なら、腕力も体格も関係ないから、男も女も関係なく、本人の努力次第で力を磨くことができる。
でも物理攻撃は、腕力や体格で明らかに差が出る。
クラーケンとの戦いでも、体重を掛けて切りつけてもなかなか切れんかったし、他の魔物と戦ったときでも、斬りかかっても刀ごと跳ね飛ばされたことが何度もありました」
ユージナはナックラヴィーやオーガとの戦闘を思い出す。
「だで、自分が男ならよかったと思ったこともあります。魔法使いならともかく、女が物理系の戦士をやることに意味があるだろうか、そんなことも思いました。
二人に励ましてもらって、誰だって自分の能力の中で頑張るしかないって思い直したんだけど、やっぱりさっきまでの戦いでも、うちの攻撃は他の人の攻撃より威力が弱かったと思うし」
ユージナはリユルとヴァルルシャを見る。
「でも今、小柄な戦士だからこそできる作戦がある。体が大きくて腕力の強い男の戦士じゃなくて、小柄な女の自分こそふさわしい、そんな作戦が目の前にある。それが嬉しいんです。
物理系の戦士も魔法使いと同じで、男も女も関係なく、誰でも自分の力を発揮できるんだ。
女が戦士であることにも、意味があるんだ。
その事実がすごく嬉しいから、この作戦に、全力で挑みたいんです」
ユージナは全員に向けて、そして自分に向けて言った。
自分は作者に作られたキャラクター。ユージナにはその自覚がある。作っただけで満足されて放置されてしまったが、何年経ってもユージナは消えなかった。作者の、ファンタジー異世界で冒険の旅がしたいという妄想がずっと消えなかったからだろう。
そしてリユルとヴァルルシャと共に世界を動かし始めたが、女の姿をしているユージナに真っ先に生理が来た。そんなことは望んでいなかったが、世界のすべてが自分たちの思い通りになるわけではない。
けれど生理がハンデになる世界にはしたくないと、ユージナはリユルと共に使いやすい生理用品を考えた。男も女も同じように冒険の旅ができる世界、そういう意味でも理想的なファンタジー異世界が作者の望みだと思ったし、ユージナたちの望みでもあったからだ。
そしてユージナたちが設定を考えた生理用品は世界に流通しており、生理中の女を、血の穢れなどといってタブー視する価値観も存在しない世界が目の前に広がった。
男も女も同じように冒険の旅ができる理想的な異世界、その第一歩として、ユージナは女から生理というハンデを少し取り除けたように思った。生理で体調不良になることは取り除けないが、日程を選べる薬を設定したし、生理で休むことを悪としない世界観を考え、実践し、この世界ではそれが普通になっている。それは現代日本より理想的だとユージナは思った。
そして今、魔物との戦いにおいても、女から肉体的なハンデを取り除けたことを実感した。
女の戦士だからこそ、できる作戦がある。
腕力や体格で男に及ばなくても、それを欠点ではなく利点として、敵を倒す作戦が立てられる。
それはユージナたち三人が考えた作戦ではなく、三人が世界を動かして設定を考えてきたことを知らないスフィアが発案し、他の皆もうなずいた作戦だ。
剣と魔法のファンタジー異世界において、男も女も、それぞれの能力を生かして戦える。そういう世界観を固めることができている。
そのことを実感し、ユージナはとても嬉しい気持ちでいっぱいだった。
「……そうか、ユージナくんはそういう風に考えていたんだね。でも、前向きにとらえることができたようで良かった」
ユマリが微笑んだ。
「ユージナがここまで気合い入れてるんだから、あいたちが失敗しないようにしないとね!」
「クラーケンの直前で魔法剣や足場を作るのは、ちょっと遠いですけど、でも、頑張りましょう!」
リユルとヴァルルシャも気合いを入れる。
「……きっと、大丈夫ですよ。氷の魔法とか、他に使える人がいないから全部リユルさんたちが作ることになりましたけど、多分、僕たちの中にその魔法が使える人がいても、同じだと思います。
皆さんだから、できると思うんです。
皆さん、すごく息の合った三人だから、ユージナさんがクラーケンの近くまで行っても、リユルさんとヴァルルシャさんはその動きをとらえて、うまく魔法でサポートできると思います。他の人じゃ、そうはいかないと思います」
スフィアが三人を見上げて言った。
ユージナ、リユル、ヴァルルシャは、そう言われてお互いに顔を見合わせ、笑顔になった。
「じゃあ、始めますか!」
三人は力強く声をそろえた。
まずユージナが走りやすい位置に立ち、クラーケンに狙いを定める。その辺りには草木がなく、島で休んでいるクラーケンを一直線に見据えることができた。刀を構え、走り出すための準備をする。
「風よ!」
そしてヴァルルシャが、風の魔法でユージナを包む。ユージナの体が軽くなる。
「よし、行くよ!」
ユージナは池に向けて走り出す。岸辺を蹴り、池の上に飛び出す。風の魔法で補助されているので、普通にジャンプするより飛距離が長い。五エストは飛んだだろう。
「氷よ!」
ユージナの足が水面に着く前に、リユルが氷の塊を水面に浮かせる。足は沈まず、氷を蹴ってユージナが次のジャンプをする。
「氷よ!」
ユージナが飛んだ先に、もう一度リユルが氷の塊を作る。あまり早くに足場を作ると目測を誤ってユージナの着地点とずれてしまうかもしれない。だがあまり遅いと間に合わない。ユージナの動きをよく見つつ、リユルはタイミングを合わせて氷の塊を作った。
「氷よ!」
リユルが三つ目の足場を作る。どれもうまくユージナの足元に作ることができた。水面の氷が足場だと、地面を蹴ったときほど遠くには飛べない。だがこの三つ目で、ユージナはクラーケンに斬りかかれそうな距離まで行った。
「炎よ!」
ヴァルルシャがユージナの刀を炎で包む。ユージナはクラーケンの手前におり、かなり遠いがヴァルルシャは全力を込めてなんとか魔法をユージナの刀に届けた。
「くらえ!!」
ユージナは炎に包まれた刀をクラーケンに振り下ろした。
自分の飛ぶ先にリユルの氷が現れたこと。
自分の刀にヴァルルシャの炎が現れたこと。
ユージナは仲間が後押ししてくれることを肌で感じ、全力を込めてクラーケンに斬りかかった。
「!」
クラーケンの体に炎の魔法剣が触れる。炎の助力があることで、ユージナの振り下ろした刀は弾力のあるクラーケンの体を切り裂いた。炎と斬撃の両方のダメージがクラーケンを襲い、クラーケンは身もだえる。
「!!」
しかし、一撃で倒すことはできなかった。刀を覆った炎の熱を感じつつ、ユージナはもう一度刀を振り下ろそうとする。その前にクラーケンも反撃に移り、触手でユージナを打ち据えようとする。
「おっと!」
ユージナはクラーケンの体を蹴って飛び上がる。風の魔法で補助されているので、素早く触手をかわすことができた。
ユージナは触手をかわしつつ、炎の魔法剣でクラーケンに何度も切りつける。やがて、体の重さが元に戻ったことを感じた。風の魔法の効果が切れたのだろう。
だが、刀を包む炎はまだ残っている。これが、池を渡る前に風の魔法と同じタイミングで使われていたなら、風の魔法と同じように今、消えていただろう。しかしヴァルルシャがクラーケンの直前で炎の魔法剣を作ってくれたので、まだ効果が残っている。
それを無駄にしないよう、ユージナは全力で炎の魔法剣をクラーケンに振り下ろした。クラーケンも全力でユージナに触手をたたきつけようとする。素早さアップの魔法は切れている。この距離ではもうかわせない、そんな状況で、クラーケンの動きは止まった。
ユージナの刀から炎が消える。そして、クラーケンの手応えも消える。
クラーケンの形をしていたものが、実体を無くしていく。
クラーケンの姿は蒸発するように消えていった。クラーケンに乗っていたユージナは島に着地する。
クラーケンだった光は、ユージナと、岸で見守っている皆が持つ蓄光石に、等しく吸い込まれていった。
「倒した……」
島に立ったユージナがつぶやいた。
「倒したー!!」
岸で、皆が歓声を上げた。




