第六章 10 公園へ
10 公園へ
五月三日。今日はユマリとスフィアと共に公園を巡る約束をしている。三人は身支度をし、待ち合わせ時間の朝の七刻、現代で言う朝の九時に間に合うように公園の入り口に向かった。
リユル、ユージナ、ヴァルルシャが待ち合わせ場所に行くと、ユマリとスフィアはそこですでに待っていた。
「おはよう。今日はよろしくな」
「おはようございます」
ユマリとスフィアはそう言い、三人も「おはようございます」と返す。
「リユルくん、昨日のことは気にしないでくれ。出会って二度目でプロポーズされても困るよな。今日は公園の散策を楽しもう」
昨日の件に触れないようにリユルが気を遣う前に、ユマリがその件に触れた。
「あっはい、まずは、お友達から……ね」
ユマリに言われたので、リユルはうなずいてスフィアに微笑む。スフィアも、一瞬恥ずかしそうな顔をしたが、リユルに笑顔を返した。
しばらく待つと開園時間になったので、皆は切符売り場に向かう。遠慮する三人を制してユマリが全員分のチケットを買い、皆は公園に入った。
「娘が小さいときに旦那と来たことはあるんだけど、この子は初めてなんだ」
ユマリが三人に説明している間に、スフィアは公園の様子に目を輝かせ、植物の植えられている花壇に向かっていった。
「わあ、これがジャンガ芋の花ですか? あ、こっちにはサチュンマ芋の花も! 僕、初めて見ました」
リユルたちもつい最近この公園で初めてそれらを目にしたばかりなので、スフィアの喜びはよくわかる。三人はその植物の名前さえ今まで知らなかったのだ。
「自分たちがいつも食べてるもののこと、詳しくわかると嬉しいよね」
リユルの言葉はただの相づちではなく、自身の気持ちでもあった。
スフィアが喜んで見ていくので、皆は公園を入り口からゆっくり移動していくことになった。だが急ぎの用事があるわけではない。ユマリは息子とともに久しぶりの公園を楽しみ、三人は一度通った道でも指輪がないかもう一度よく見ながら進んでいった。
やがて昼になったので、皆は休憩所で昼食を取り、またじっくりと植物を見つつ進んでいった。
皆が双心樹の大木にたどり着いたのは、昼をかなり過ぎたころだった。
「うわーっ、これが双心樹ですか?」
スフィアが大木を見上げ、目を丸くする。
「大きいよね。あいたちも初めて見たとき、うわーって思ったよ」
目を見張るスフィアを先頭に、皆は双心樹の大木の周りを巡る。
「相変わらずこの木は立派だな。もっと観光客がいても良さそうなもんだが……。まあ、しばらく来ていなかった私が言うのも何だが」
ユマリが大木の周辺を見回して言う。近くのベンチに客はちらほらいたが、混んでいるというほどではなかった。
「でも、あんまり人が来ると、木が疲れませんかねえ。柵がしたるとはいえ」
ユージナが、縄文杉に観光客が殺到している風景を思い出しながら言った。
「大勢が来ると、柵を乗り越えて木の枝を折ったりする輩がいないとも限りませんし、スタッフの方々が常駐しないといけなくなりそうですね」
ヴァルルシャもユージナの言葉にうなずく。
「へえ、君たちはそういう考え方をするんだな。確かにそれも一理あるね」
ユマリに言われて二人は気づく。自分たちは、木といえば街路樹や庭木と接するぐらいの現代日本人の作者とシンクロしているので、木は保護するもの、という意識が強いのかもしれない。だが、この世界には森がたくさんあるので、人々の木に対する意識も違ってくるのだろう。
「植物を大事にすることをまず考えるということは、公園のスタッフに考えが近いのかもね。私はやっぱり、先に収益のことを考えてしまうからな」
「社長さんですもんね」
二人がうなずいていると、近くで「あ、皆さーん」と言う声が聞こえてきた。
皆がそちらを見ると、キャスバンが歩いてきていた。
「昨日はありがとうございましたー」
キャスバンは、ユージナ、リユル、ヴァルルシャに向かって頭を下げる。
「いえいえ、キャスバンさんこそ、大丈夫でしたか?」
リユルに言われ、キャスバンは微笑む。
「はいー。鞄の中身も無事でしたしー、広場に戻ったらベンチにあいのご飯も残ってましたよー。冷めちゃってましたけどー」
それからキャスバンはユマリとスフィアに向き直った。
「昨日、双牙舎にいらっしゃった方ですねぇー。国立コーウェン公園にようこそー。楽しんでいってくださいねぇー」
人なつっこいキャスバンの笑顔に、ユマリとスフィアもすぐにうちとける。
「きみも鞄を盗まれたんだったよね。同じ犯人が息子の荷物も盗んでいたんだよ。お互いに災難だったね」
「ほんとですねぇー。悪い人がいるのは困りますー」
「でも、リユルさんたちが捕まえてくれましたから」
スフィアはそう言ってリユルを見上げる。それで再会できたのだから、スフィアにとっては怪我の功名かもしれない。
「そういえば、キャスバンさんは今日は森の方には行かないんですか?」
ヴァルルシャの質問に、キャスバンは答える。
「あいは遅番の昼休憩が終わったところでー、これから持ち場に戻るんですー」
滝の方に行かれるならー、ご案内しましょうかー? そう尋ねるキャスバンに、ユマリとスフィアがうなずきかけたとき、笛の音が響いた。




