第六章 08 衝撃
08 衝撃
ユマリは船でフェネイリに着いた後、馬車でコハンに進み、コハンから船でルフエ島に向かったという。そのときはローレライもクラーケンも出ず、順調な船旅だったそうだ。
それからルフエ島にある、『トイレ製造会社ユマリ』の支社に行き、仕事をしたという。
「スフィアが四月の後半は学校を休めそうだと言うし、私も仕事でルフエ島に行くから、島で落ち合って観光しようという話になってたんだ。本当はハニーとミーファ……旦那と娘ね、も一緒に来られたらよかったんだけど、全員の予定を合わせてると時間がかかるしと思ってスフィア一人でルフエ島に来させたんだけど、まさか船がクラーケンに襲われるとはね。
で、息子が船でかっこいい魔物狩り屋に助けられたと言ってて、聞いたらリユルくんの名前を言うから、もしやと思ったけどやっぱりきみたちだったんだね」
ユマリは微笑み、リユルは照れくさそうな顔をした。
ユマリは会社でクラーケンが現れたことを聞き、急いでイリーグの宿に向かったという。そこでスフィアと合流し、スフィアを連れて会社に戻って仕事を一区切りさせ、二人でコーウェンの町に来たという。
「息子を助けてくれたのが私の出会ったリユルくんたちであろうがなかろうが、できれば会ってお礼を言いたかったんだ。だからこの町に来れば会えるかもしれないと思って。
それに船はしばらく出ないのだし、スフィアは双心樹の大木を見たことがないから、この機会に公園に連れて行ってあげようと思ってね。
会えて良かった。息子を助けてくれてありがとう」
ユマリは頭を下げた。
「あーそんなそんな! あいたち普通のことをしたまでですし!」
「そうですよ、船が襲われて困るのはうちらも同じですし」
「それにクラーケンは倒せなかったわけですからね」
三人は恐縮した。
「……で、指輪は見つかったのかい?」
ユマリに聞かれ、三人は、公園やその周辺を探したがまだ見つかっていないことを告げた。
「そうか。まあ三十年間見つかっていない指輪だものな。ならちょうどいい、私とスフィアは明日公園に行くつもりだったから、一緒に行かないかい」
「あ、いいですね。じゃあ明日公園の前で待ち合わせしましょうか」
リユルが言い、皆は明日の朝の七刻、公園の開園時間に入り口で合流することになった。
リユルが、自分たちが指輪を探して公園やニテール池の辺りまで行ったことをユマリとスフィアに話していると、双牙兵が近づいてきた。
「スフィアくんー、きみが無くしたのはー、これかなー?」
双牙兵が差し出したのは、小さな手提げの紙袋だった。
「あっ! 多分それです!」
「中もー確認してくれるかなー」
双牙兵に言われ、スフィアは紙袋の中で中身を確かめた。
「落ちてたんじゃなく、盗まれていたのかい?」
ユマリが尋ね、双牙兵がうなずく。
やはり先ほどユージナたちが捕まえた犯人が、スフィアの荷物も盗んでいた。スフィアがパークー広場でジュースを飲んでいたときに、隙があったから盗んだのだという。犯人は普段は長息人だけを狙っていたのだが、スフィアは身なりがよく、子供一人だったので高価そうな荷物をさりげなく持ち去ったのだそうだ。
いつも長息人にしか手を出さないのに、魔が差して短息人に手を出してしまった。だからこうして短息人に捕まってしまった、しくじった。そう犯人は言っていたと双牙兵は語った。
「しくじったのはー、盗みに手を染めた時点でですよー、牢に入ってー人生をーやり直してもらいますー」
「全くですね。よろしくお願いします」
双牙兵の言葉にユマリはうなずき、双牙兵は持ち場に戻っていった。
ユマリはスフィアに向き直り、言う。
「昼前に、一人で買い物に行きたいと出かけていったときのことだな。広場で休憩するのはいいが、自分の荷物は自分で気をつけておかないと駄目だぞ。クラーケンに襲われたときもリユルくんに言われたんだろう、油断するなって」
ユマリの説教を、スフィアはしゅんとなって聞いていた。
「まあ、見つかって良かったな」
最後にユマリがそう付け加えたので、スフィアの顔は明るくなった。
「ねえ、何を買ったの? お友達へのお土産?」
リユルもスフィアを励まそうと、そう声を掛ける。スフィアは荷物を大事そうに持っており、大切な物であることが見て取れた。
「あ……ええと……」
スフィアは少しためらったが、意を決したようにロビーの椅子から立ち上がった。
そしてリユルの前に行き、紙袋から中身を取り出して差し出した。
「リユルさん、僕と結婚してください!」
「ふあ!?」
突然のことに、リユルの口から言葉にならない声が漏れる。
リユルの目の前にはスフィアが差し出した小箱がある。小箱は手のひらに収まるサイズで、蓋が開かれ、中に指輪があるのが見える。ドラマなどでプロポーズのときに婚約指輪を差し出す光景と同じだ。
この世界にもこういう風習があるんだ、いや王様もプロポーズのときに指輪を無くしたっていうし、こういう仕草があってもおかしくないか、いやでも警察署、じゃない双牙舎のロビーでこんな、みんなこっち見てるし、いきなり結婚とか言われても……などの思いが一瞬でリユルの頭を駆けめぐる。
「そんな……結婚なんて……スフィアくんまだ子供だし……」
リユルはとりあえず言葉を返す。
「僕もう十四歳ですよ! 背が低いから割と子供に見られますけど……。成人まであと六年ですし、子供なのはあと少しの間だけです!」
この世界で十四歳ってことは現実世界だと十二歳ぐらいか、あと六年ってことはこの世界の成人は二十歳なんだ、この世界の二十歳は現実世界では十六歳ぐらいだっけ……などとリユルが考えている間に、スフィアは続けた。
「イリーグの町で別れるときに、リユルさん、言いましたよね。同じ島にいるんだし、また会えるだろうって。でも島とは言えルフエ島は広いんですもの、絶対に会えるなんて保証はないですよね。
だから僕、決めたんです。本当にこの島でもう一度リユルさんに会うことができたら、これは運命だから、プロポーズしようって。だからこの指輪、受け取ってください!」
スフィアは更に指輪をリユルに近づける。
「えーと、でもほら、指輪のサイズが合うかどうかわかんないし……」
リユルはなんとかスフィアを傷つけないように言葉を探す。
「これはフリーサイズのやつだから大丈夫です! だからおもちゃみたいなやつなんですけど……僕が大人になったら本物のダイヤの指輪をプレゼントします! だから今はこれを受け取ってください!」
ああ、輪がつながってなくて太さを変えられるやつなんだ、指のサイズがわからなければそうなるよね、この世界にもダイヤがあるんだ、そういえば文房具の設定を考えたときに、鉛筆の芯はダイヤモンドの親戚みたいな話をしたなあ、あれはファスタンの町でのことだっけ、あれからずいぶん経ったなあ、指輪とかアクセサリー、欲しいと思ってお店で見てたのはフェネイリの町だったなあ、アクセサリー欲しいとは思ってたけど、こんな形で差し出されるとは思わなかったな……などとリユルが考えて言葉を発せずにいると、スフィアではなく、ユマリが言った。
「スフィア、リユルくんが困ってるぞ。いきなりプロポーズされたらびっくりするのが当たり前だ。それに場所を考えなさい。ここは双牙舎のロビーだぞ。リユルくんにも双牙舎の人たちにも迷惑じゃないか。
そうやって自分の気持ちを押しつけるだけなのが子供って言うんだぞ」
ユマリに言われ、スフィアは指輪を差し出していた腕をゆっくりと自分の胸元に戻した。
ユマリはリユルに向き直って言った。
「すまんな、リユルくん。息子は私と合流してからも、船で助けてくれたきみにとても感謝していて、その話ばかりしていたんだ。だがいきなりプロポーズするとは私も思わなくて……。
それに、今日は『大事な買い物をしたい』と一人で出かけていったのに、『買った物を落とした』と騒ぎながら宿に戻ってくるし、こうして双牙舎に来てみたら盗まれていただろう? そんな大事な物ならしっかり持っていればいいのに。
息子は学校の成績はいい方なんだが、そういうところはやっぱり子供でね。驚かせてすまなかったね」
「あ……いえその……大丈夫です」
ユマリとリユルのやりとりを、スフィアはしゅんとなって聞いていた。ユージナとヴァルルシャもどんな顔をしていいかわからず黙っている。
「君たちに会えたらクラーケンから助けてくれたお礼に一緒に食事を、と思っていたんだが、今日はちょっと気まずいかな。とりあえず今日はこの子を連れて帰るから、明日は予定通り、一緒に公園に行ってくれるかな」
ユマリはそう言って立ち上がった。
「あ、はい、それはもちろん」
リユルはうなずいた。そしてしょげかえっているスフィアに声を掛けた。
「スフィアくん、きみのこと、嫌いってわけじゃないんだよ。ただ、いきなり結婚って言うのはね……」
「そうですね……ごめんなさい……」
スフィアは指輪のケースを閉じ、紙袋の中に戻した。
「また明日、公園でね」
「……はい!」
リユルの最後の言葉に、スフィアの顔は明るくなった。
スフィアはユマリに連れられ、双牙舎のロビーを出て行った。
それを見送った後、三人をしばし沈黙が包んだ。
「……うちらも、どっかでお茶でも飲まん?」
ユージナが言った。
「……そうだね、そうしよう」
「……じゃあ、行きましょうか」
三人は立ち上がり、双牙舎のロビーを後にした。




