第六章 07 双牙舎
07 双牙舎
縄で縛られた犯人の両側に立つ双牙兵が先導し、三人とキャスバンは町の中を歩いていく。
やがて、頑丈そうな造りの建物が見えてくる。双牙兵がそちらに向かうので、これが双牙舎だろう。三階建てで、交番というよりは警察署のイメージに近い。
入り口の上部には立派なレリーフが飾られていた。二匹の蛇が、上半身は向かい合い、下半身は絡み合っている。二匹の蛇でさすまたの形を作っているようだ。蛇はそれぞれ長い牙をむき出していた。
ファンタジーでこんな感じの蛇のデザインってよく見るぞ、ええと、カドゥケウスだっけ……。ユージナ、リユル、ヴァルルシャは声には出さず同じ思いを持って目で会話する。それに気づいたキャスバンが三人に言った。
「あー、そうだ知ってますー? この模様の意味ー。右の蛇の牙は平和をー、左の蛇の牙は秩序を守るためのものなんですってー。平和と秩序はー自分たちの内部からもー律していかなければならないってことでー、お互いに向かい合ってー、内側も外側も見守るってことでー、この形になってー、それが双牙の武器になったんですってー」
キャスバンはそうトリビアを説明してくれた。この世界ではこの模様はそういう設定なのだ。
「そうだったんだー。初めて知りました」
リユルが言い、ユージナとヴァルルシャもキャスバンに向かってうなずく。豆知識どころか、この模様を見たのも今日が初めてなのだから当然だ。
双牙兵は犯人を連れて双牙舎の玄関をくぐり、キャスバンと三人も後に続く。中は警察署の受付のようになっていた。ロビーとカウンターがあり、その中で双牙兵たちが書類の処理や何らかの相談などをしていた。
「お前はーこっちだー」
双牙兵の一人が犯人を連れて奥の扉の先に向かった。奥には取調室か、牢屋などがあるのかもしれない。
「皆さんはーこちらでーお待ちーくださいー」
もう一人の双牙兵はそう言い、カウンターの中に向かった。ロビーには椅子が並べられており、四人はそこに座ってしばらく待つ。カウンターの横にはついたてで区切られた小部屋のようなスペースが並んでおり、双牙兵と町人らしき人が話をしていた。落とし物や道案内など、周りに聞かれても困らない話はそこで対応するようだ。
やがて双牙兵が書類を持って戻ってきて、四人をカウンター横の小部屋に案内した。
まずキャスバンに双牙兵は質問し、彼女は、自分はこの町に住んでいるキャスバン・カルフルで、公園で働いており、今日は休園日なので町で買い物を楽しむ予定だったと話した。
次に盗まれたときの状況を聞かれたので、キャスバンはこう話した。
パークー広場のベンチに座り、左に鞄を、右にジオレンジュースを置き、膝の上にチョビアン入りのはさみパンとベーコン入りのはさみパンを広げて、さあ食べようというときに、視界の隅で鞄が動くのに気づき、ドロボーと声を上げた……。そこまで説明したところで、キャスバンはふと気づいた。
「ああっ! あいのご飯ー! ベンチに置いてきちゃったー!! まだあるかなーでも冷めちゃったかなー」
キャスバンは双牙舎の中で広場の方を振り返る。しかし今すぐ広場に戻るわけにはいかない。
双牙兵は、盗まれた鞄が取り返せたことをキャスバンに確かめ、鞄の中身に不足は無いか確認するように促した。
同じ小部屋で話を聞いているので、そのやりとりをユージナたちも見ていた。キャスバンのフルネームは初めて知った。カルフルはおそらくカラフルが由来だろう。そんなことを黙って考えている三人に、双牙兵が質問する番になった。
犯人を直接取り押さえたのはユージナなので、代表してユージナが答える。
自分たちは旅の魔物狩り屋で、王様の指輪探しのためにしばらくこの町に滞在している。キャスバンとは公園で顔見知りになった。今日は休園日なので町を散歩し、パークー広場で悲鳴を聞いたので犯人を追いかけて取り押さえた。
その説明を、聞き取りやすいように長息人に近い速度でユージナは話した。
双牙兵はユージナの話を書類に書き込んでいった。
「そうでしたかー。お疲れ様ですー。町のー平和の維持にーご協力ーありがとうございますー」
双牙兵はそう礼を言った。それ以上の質問はされなかった。
「お手間をー取らせーましたー。あとはー我々にーお任せーくださいー」
書類を書き終え、双牙兵はそう言った。もう帰ってもいいようだ。
四人は小部屋を出て玄関に向かう。するとロビーに見慣れた人物がいたので、リユルが声を上げた。
「あっ……スフィアくん?」
「えっ……リユルさん!?」
そこにいたのは、ルフエ島行きの船で出会った、スフィアだった。
「リユルさん、皆さん、どうしてここに?」
スフィアはリユルと、ユージナ、ヴァルルシャの顔を見回す。キャスバンには、会ったことがないな、という顔をする。
「あいたちは、置き引きを捕まえたから双牙舎に連れてきたんだよ。スフィアくんはどうして?」
スフィアはロビーに一人で立っていた。
「僕、買った物を落としちゃったみたいで、双牙舎に届けられてないかお母さんと聞きに来たんです。お母さんは今トイレに行ってます」
「そうなんだー」
リユルはうなずく。
「お知り合いですかぁー?」
尋ねるキャスバンに、ユージナとヴァルルシャが、ルフエ島行きの船でスフィアと一緒になったことを話す。リユルはスフィアに、キャスバンは公園で働いている人で、さっき鞄を盗まれそうになったのだと説明する。
トイレはロビーの横に設置されていた。リユルたちとスフィアが状況説明をしている間に、スフィアの母親が戻ってきたようだ。
「あっ、お母さん!」
駆け寄るスフィアを目で追ったリユルが、その先にいる人物を見て声を上げる。
「えっ……ユマリさん!?」
そこにいたのは、フェネイリ行きの船で出会った、ユマリだった。
「リユルくん。やっぱり息子が言っていたのはきみのことだったのか」
「えっ、どゆこと!? スフィアくんのお母さんがユマリさん!?」
リユルはスフィアとユマリを見比べて驚く。
「ん? そりゃ私も四十八歳だもの、このぐらいの子供がいてもおかしくないだろ。もう一人、この子の姉もいるし」
ユマリは笑って答えた。ユージナとヴァルルシャの後ろで「あ、同い年だー」とキャスバンがつぶやく。この世界の四十八歳は現実世界の暦では四十歳ぐらいとなる。一見若そうにも見えるユマリはわりと年長者だった。外見年齢が現実世界の二十歳ぐらいのキャスバンは、長息人なのでその見た目と年齢でもおかしくないが。
ユマリさんは仕事でルフエ島に行くと言っていた、だからルフエ島にいるのはおかしくない、島で再会できたらいいなと思っていた、しかしスフィアくんの母親とは、というかユマリさんわりと年上だった、……などとリユルが考えて戸惑っていると、ロビーに双牙兵がやってきた。
「スフィアくんー、だったねー。きみが先ほどー落としたとー言っていた荷物ー、見つかったかもーしれないー。さっき捕まったー置き引きの犯人がーそれらしい物をー持っていたんだー。確認するからー少し待っていてーくれるかなー」
双牙兵はそう言って奥の扉へと向かっていった。
「さっき捕まった……ということは、キャスバンさんの鞄を盗んだ犯人でしょうか? ということは、スフィアくんの荷物は落としたのではなく、盗まれたのでは?」
ヴァルルシャがそう推測した。
「かもしれませんね。もし僕のなら、見つかって良かった」
スフィアは安堵の表情を見せた。
ユマリとスフィア、リユル、ユージナ、ヴァルルシャはロビーで待機することにした。
「あいはー、広場に置いてきたご飯が気になるんでー、そろそろ行きますねー。今日はありがとうございましたー。また公園に来てくださいねー」
キャスバンはそう言って双牙舎を出て行った。
リユルたちとユマリたちはロビーの椅子に座り、それぞれ今までどうしていたかを話し合った。




