第六章 06 町の中で
06 町の中で
五月二日。今日は公園周辺には行かず、町で過ごす日と昨日決めていた。三人はゆっくり起きて朝食を取り、町を見て回りながら鑑定屋に向かった。
今までは通り過ぎてばかりだったが、コーウェンの町は観光地らしく、土産物屋がたくさんあった。中でも多いのは、小型の額縁に入れられた植物の絵だ。双心樹の大木を始め、公園内で見た、ルフエ島独自の植物がよく描かれている。観光地でポストカードが売られているようなものだろう。
それから、貝殻で作られたアクセサリーや人形など。この島で遭遇したシェリーコートはコハン周辺の物より大きかったが、身にまとう貝殻もそうだった。コハン近くと同じ種類の貝でもルフエ島では大型になるのかもしれない。また、植物と同じくルフエ島独自の貝もあるのだろう。それらが貝細工として店先に並んでいる。この町はフルーエ湖からも遠くないので、湖の貝も使われているのかもしれない。
そういう店を見ながら鑑定屋に向かい、先日の花獣とゴブリン分を換金した。それからまた町をぶらつき、おいしそうな店で昼食を食べた。
また町を見て回っていると、ベンチの並ぶ広場に出た。広場の周りは小さめの飲食店が並んでおり、カウンターを広場に向けている。店はテイクアウトがメインのようで、客は好きな店で欲しい物を選び、ベンチに座って青空の下で食事をするという形のようだ。昼の時間帯なのでベンチは半分以上が埋まり、賑わっている。普段着姿の長息人が多かった。
広場の中央には銅像が建っていた。
「銅像だ。こっちにもこういう風習があるんだね」
リユルが言う『こっち』とは『異世界』のことだが、『ルフエ島』の意味にも取れるので近くの人に聞かれても問題ない。
三人は像に近づいてみる。真面目そうな紳士の像で、像が乗っている台には説明書きがあった。
『双心樹の大木の保護を国に訴え 国立コーウェン公園の設立に尽力した パブリク・パークー氏』
「公園を作った人なんだ。だで、この町に銅像が建っとるんだね。パブリク・パークーさんかあ」
名前の由来は三人ともすぐに察する。パブリックなパークだ。
「ベンチが並んでいますし、ここはこの町の人の憩いの場所になっているんでしょうね」
ヴァルルシャは長息人で賑わう広場の様子を見回した。
「あいたち、昼ご飯はここで食べても良かったかもね。さっき食べちゃったけどさ」
「おやつぐらいならまだ入るかもしれんよ」
三人は店をのぞいてみることにした。
はさみパンは、ソーセージやチョビアンなどをはさんだ物がパンごと鉄板で再加熱され、ホットサンドとして売られている。
野菜や肉の入ったパスタが簡易な器に盛られて店先に並べられている。日本の屋台の焼きそばのようだ。ベンチに座ってフォークで食べて食器を店に返すらしい。
お菓子を売る店では、プンパキンやサチュンマ芋で作られた小型のパイやクッキーが並んでいる。
それから、ジオレンやモンレなどのジュースを売る店がある。
どの店もおいしそうだ、お菓子や飲み物なら買ってもいいかも、そんな話をしている三人の耳に、女性の悲鳴が飛び込んできた。
「ドーローボーーーーー!!!!」
見れば、小柄な男性、おそらく短息人が鞄を持って広場を駆け抜けており、その後ろでベンチから立ち上がった長息人の女性が叫んでいた。
「つーかーまーえーてー!!」
女性は叫びながら走り出す。
「あっ……キャスバンさん?」
リユルがそれに気づく。悲鳴を上げている女性はキャスバンのようだ。
「いや、それよりもドロボーを捕まえないと!」
ヴァルルシャがそう言うより前に、ユージナが駆け出していた。鞄を持った男は長息人で賑わう広場を駆け抜け、町の中まで逃げ込んでいたが、ユージナの足がそれを追いかける。
「待てーっ!!」
やがて、通りの角でユージナは男に追いつき、飛びついて地面に組み伏せる。男は暴れるが、ユージナも必死に取り押さえる。道を歩く人々がその様子を取り囲み、やがて、リユル、ヴァルルシャ、そして息を切らせたキャスバンがやってきた。
大勢に取り囲まれて、男も観念したようだ。ユージナの下で暴れるのをやめる。
「あー、ありがとうー、ございますー。あいがーベンチにー座ってー、ご飯にー気をー取られてたー隙にー、鞄をー持ってー行かれそうにーなってー……」
全力疾走してきたキャスバンが息を切らせながら言った。
「ユージナ、やったね!」
「さすが、ユージナさんは足が速いですね」
キャスバンと共に走ってきたリユルとヴァルルシャはそこまで息が切れていない。三人とも同じぐらいの速度で走ってきたのだが、長息人のキャスバンはそのスピードを出すのにかなり無理をしたようだ。
「ほらっ、鞄を返せ!」
ユージナが男の腕をねじり上げ、男は鞄から手を離す。キャスバンがそれを手に取り、中身を確かめて安堵の表情を見せる。
「……ちっ! あそこは長息人ばっかで仕事がやりやすかったのに、短息人がいたとは! しかも魔物狩り屋かよ」
男は首をひねって背後のユージナを見る。ユージナが刀を差しているのが見えたらしい。そして、しゃべる速度は短息人のものだった。
「戦士系の短息人がいたらいつもは仕事しねえんだけど、こんな小さい女剣士、小さくて見えなかったぜ。長息人はのろまだから荷物も取りやすいし、見つかっても走りゃあすぐ逃げ切れるのによ」
「ち、小さくて見えんって何だ!」
「のろまってひどーい、あいたちはーあいたちのスピードでー生きてるんですー」
ユージナとキャスバンが憤慨する。キャスバンの呼吸は落ち着いてきたようだ。
「こんなやつ、双牙舎に突き出しましょ!」
犯人の前で仁王立ちになったキャスバンが言う。
「そうがしゃ……?」
犯人の腕をつかんでいるユージナが繰り返す。キャスバンは笑って答える。
「ルフエ島にだってー双牙舎はありますよー。双牙兵さんたちはみんな長息人だからー、短息人の人はー道に迷ったりしてもーあんまり聞きに行かないかもしれませんけどー」
キャスバンの説明で三人は察する。この世界における警察だ。双牙兵が警官で、双牙舎が警察署なのだろう。
「双牙兵ならー今ー呼びにー行ってるよー。パークー広場にー置き引きがー出るってー結構前からー噂になっててー、みんなー困ってたからー」
周りで見ている誰かが言ったので、ユージナたちは犯人を取り押さえたまましばらく待つ。
やがて取り囲んでいる人の輪が切れ、武器を構えた人物が二人、現れた。
兵、といっても鎧を着てはいない。だが丈夫で動きやすそうな布の服を着ている。色は紺で、現代日本の警察の制服とどことなく似ている。
二人が手にしているのは、先端が二つに分かれた槍のような武器だった。
これは……とユージナ、リユル、ヴァルルシャが顔を見合わせる。
これは、さすまただ。だが、さすまたは日本発祥の武器ではなかったか。
「もうー取り押さえーられてーいるのかー。じゃあー双牙をー使う必要はー無いなー」
前に立っていた双牙兵が言い、手に持った武器を犯人に向けるのをやめた。
この武器が『双牙』……。それを持っているから『双牙兵』……。三人はお互いの目を見てうなずく。
武器の先がふたまただから『双つの牙』。現実世界ではさすまたは日本発祥の武器だが、この世界ではヨーロッパ風の国でも使われており、双牙と呼ばれているのだ。それが警官や警察組織の名前にもなっているのだ。三人はそう理解する。
双牙兵はベルトで双牙を背中に背負い、服の内側から縄を取り出して犯人を縛り始めた。犯人の腕をつかんでいたユージナがその手を離す。
「あなたがー鞄をー盗まれた人でー、あなたがー犯人をー捕まえた人ーですねー。詳しいー状況をー聞きたいのでー、舎までー来てもらえますかー」
犯人を縛り追えた双牙兵は、キャスバンとユージナに向けて言った。『舎まで』は日本の警察が言う『署まで』と同じ意味だろう。
犯人と双牙兵二人、キャスバン、ユージナ、リユル、ヴァルルシャは双牙舎に向かうことになった。




