第六章 05 ルフエ島の鑑定屋
05 ルフエ島の鑑定屋
四月二十八日の朝、雨は上がっていた。だが地面にはかなりの水たまりができていた。町の中は石畳だからまだいいが、舗装されていないところはかなり足場が悪いだろう。今日は公園やその回りで指輪を探すのをやめ、鑑定屋に行こうと三人は話し合った。
身支度をし、宿の近くの店で朝食を取ってそのまま町の中を歩く。鑑定屋は町の大通り、時計塔の近くにあるはずなのでそれらしい方向に進む。
やがて、近くで鐘の音が聞こえた。朝の七刻、現代で言う朝の九時に時計塔が鳴らす音だ。三人が音の方向に進むとほどなく時計塔が見え、その向かいにある鑑定屋も発見した。
鑑定屋の入り口には『鑑定屋・コーウェン』の文字が掲げられている。中に入ると広間があり、『換金の方は一列になって並び、空いた窓口にお進みください』という看板がある。その先に『換金』『蓄光石の制作』『その他ご相談』と書かれた窓口が役所のように並んでいる。
建物が長息人の体格に合わせて全体的に大きいことを除けば、鑑定屋の構造は今までに立ち寄った町の物と同じだった。
鑑定屋は混んではおらず、換金の列もできていなかった。短息人や武器を持った魔物狩り屋らしき人は三人の他にはおらず、普段着風の長息人が数人、窓口で換金をしているだけだった。公園内で魔物に遭遇したスタッフだろうか。
三人は空いている『換金』の窓口に向かう。茶色い制服を着た長息人の男性がおり、隣に女性型の精霊がいた。精霊は他の鑑定屋と同じく、半透明で、宙に浮いており、鑑定屋の制服を着て、眼鏡を掛けていた。そして長息人の背格好だった。
ルフエ島では、自然発生する魔物でさえ島の外より一回り大きいサイズで具現化するのだから、人間が国に申請を出して具現化する精霊が長息人と同じ体格なのは当然だろう。三人はそう思った。
「いらっしゃいーませー。蓄光石をーお見せーくださいー」
人間の職員がそう言う。長息人なのでしゃべり方はゆっくりしている。
三人は首にかけていた蓄光石を窓口に出す。蓄光石は銀色に輝いていた。
「ではー、鑑定ーいたしますー。こちらのー蓄光石にー蓄積されたー功績はー、……3,425テニエルー、3,392テニエルー、3,402テニエルとーなりますー」
精霊もゆっくりしたしゃべり方で金額を告げた。
「微妙に違っとるね。ええと、何を何匹倒したんだっけ」
「船でローレライが、八匹ぐらいいましたよね。それを十人ぐらいで倒して……。クラーケンは逃げられたのでカウントされてませんよね」
「あとはシェリーコートと……あっそうだ! ルフエ島の魔物って大きいけど、島の外の魔物と価格は違うんですか? ていうか内訳教えてもらっていいですか?」
尋ねるリユルに、まず人間の職員が答えた。
「同じ魔物でー大きさがー違う場合ー、大きい方がーちょっと価格がー高くなりますー。別種の魔物ー扱いでなくー、個体差のー範囲としてー価格がー上乗せされるー感じですねー」
精霊もゆっくりとした動作で答えた。
「ローレライをー何匹もー倒されてますねー。これは一匹ー約2,000テニエルですー。それからーシェリーコートはー約700テニエルですー。花獣とゴブリンはー約600テニエルでー、オーガはー約3,600テニエルですねー」
八匹のローレライを十人で倒したのなら一人1,600テニエル。シェリーコートはキャスバンと共に倒したので一人175テニエル。昨日三人で倒した分は一人1600テニエル。合計するとだいたい提示された金額になる。
「精霊の鑑定にーお間違いはーございませんかー? でしたらー、お金をー準備いたしますー」
職員の言葉に三人はうなずいた。職員はカウンターの下からお金を取り出す。
「魔物が大きいと少し手こずりますけど、その分金額が高くなるのはありがたいですね」
「シェリーコートって、コハンの近くだと500テニエルぐらいだったよね。200テニエルも高くなるんだ」
「ゴブリンていくらだっけ。確かうちらが前に倒したオーガは3,000テニエルって聞いたよね。元が強いで600も上がるんだ」
三人はそう話しながら準備が整うのを待った。短息人が職員をしていた今までの鑑定屋に比べてやや時間がかかっているようだが、今日は雨だし、急ぐ用事もない。三人はのんびりルフエ島のテンポを楽しんだ。
やがて、カウンターの上に先ほどの金額を載せたトレイが三つ並ぶ。
「ではー、こちらのー蓄光石のー光をー、これだけのーお金とー交換ーいたしますー。ご確認ーくださいー」
職員が言い、三人は金額を確認する。
「ではー、光をー吸い取らせてーいただきますー」
精霊はそう言い、蓄光石に手をかざす。蓄光石から銀の輝きが消え、黒に戻る。三人はお金と蓄光石を受け取る。
「またーよろしくーお願いーします」
職員と精霊は同じスピードで声をそろえ、頭を下げた。
三人は礼を言い、カウンターから離れる。そして近くの壁にある地図のところへ行く。
地図にはコーウェンの町とその周辺が描かれている。町の南の街道には『この先、イリーグの町』という記述がある。町の北には『国立コーウェン公園』があり、公園の北西を『ニテール川』が流れている。川は公園の西で『ニテール池』になり、小さな島のあるその池からは南に向けてまた川が流れ出している。
「この辺は全部うちら通ったよね」
ユージナが街道と池の辺りを指さして言う。
「コーウェンの町とつながってるのってイリーグだけなのかな? 南以外に街道が無いね」
リユルが地図を見回す。
「私たち、町の北から東にかけてはまだ行ってませんが、確かに何も無さそうですね」
ヴァルルシャの言うように、地図の右上一帯はめぼしい物は描かれていなかった。ニテール川の周辺にやや多く木が描かれている程度だ。
「この辺は双心樹の大木を中心に公園と町ができとって、他にあんま特色が無い……ってことなんかな。ニテール池の辺りも寂れとったし、町の北東方面もおんなじ感じってこと?」
「双心樹の大木から北は、丘というか低めの山みたいになってたよね。ニテール川は滝になってたし。山を開拓するのは大変だからそのままになってるのかもね。大木の南は平地だから植物園や町が作れたのかも」
「晴れたら一度、公園の東側の外周も回ってみます? 指輪が転がるにしても、川の上流や土地の高い位置には行かないと思いますが、念のため」
そうだね、せっかく来たのだし、全部回ろう。三人はそう話し合い、鑑定屋を後にした。
その日は三人とも町でゆっくり過ごした。
翌日の四月二十九日は晴れており、地面も乾いていたので、三人は公園の東側に行くことにした。
町の北に向かい、公園の柵に沿って東に進む。やがて町が途切れ、柵は北に向かって延びていく。
町でも公園でもない、公園の外の東の一帯は、公園の西側と同じく、短い草と硬い土の広がる平地だった。柵沿いに北に向かうと、昨日地図を見ながら想像したとおり、少しずつ地面が高くなり、山のようになっていった。地面が隆起するにつれて、木々も増えていった。そのあたりは森の中に柵を立てた形になっており、やや歩きづらかった。
やがて、南から北へ延びていた公園の柵が西に折れ曲がる場所に三人は来た。公園の北側に着いたようだ。柵よりも少し北にニテール川が流れているのが見える。川岸の辺りは木々が途切れ、視界が開けている。対岸の先はまた森になっている。
公園の北側の柵はニテール川に沿って立てられているため、木々の生えていない川岸を歩くことができ、東側の柵沿いよりも歩きやすかった。柵から川までは五エストほどあり、三人並んで歩くことができる。この辺りはまだ川と川岸の高さは同じだった。
川を渡る手段は無いので川に沿って下流に向かうと、やがて滝が見えてきた。先日、キャスバンに案内された場所だ。川岸の高さはそのまま、川の流れる場所だけが急な落差によって滝になっている。
今日はシェリーコートは飛び出してこず、三人はそのまま川に沿って歩いた。このあたりは川岸が崖になっているが、川岸は緩やかな下り坂で、凹凸が少ないので歩きやすい。岸と川の高さが同じになるあたりで、西に延びていた公園の柵が南に折れ曲がった。二日前、ニテール池に行くときに通った場所まで来たようだ。これで公園の外周はすべて回ったことになる。だが指輪らしき物は見当たらなかった。
三人はそのままニテール池に向かった。花獣とゴブリンが現れたので倒したが、他に収穫は得られないまま帰った。
四月最後の日、三人は公園に向かい、一度通ったところをもう一度よく見て回った。キャスバンに出会ったので、三人はニテール池の近くで魔物に遭遇した話をした。
「ええー! オーガが出たんですかー!? めったに出ませんよぉー。花獣やゴブリンは時々出ますけどねぇー。お怪我無かったですかー?」
キャスバンはそう驚いていた。
五月になった最初の日も、三人は公園に行って指輪を探したが、それらしい物は見つからなかった。
明日はまた公園の休園日だ、自分たちも指輪探しを休み、町でゆっくりする日にしようか、三人はそう話し、宿で休んだ。




