第六章 02 特殊な攻撃
02 特殊な攻撃
「!」
三人は警戒して辺りを見回す。三人ともその反応ということは、空耳ではないということだ。
「魔物!? シェリーコートの話しとったで出てきた!?」
ユージナが刀の柄に手を掛けて辺りを見回す。だが川と池には変わった様子は見られなかった。
「水場じゃなくて、陸から聞こえてきましたよね……」
ヴァルルシャが聞こえた音を思い出してみる。それは湿った音ではなく、草を踏み分けるような音だった。
「あっ、あれ!」
近くの木々の茂みに目をこらしていたリユルが声を上げる。
木々に日光を遮られて日陰になっている場所から、日の当たる場所に移動してくるもの。
それは人の顔ほどの大きな赤いバラで、茎を含む背丈も人の、この場合は小柄な短息人ぐらいの大きさをしていた。とげのある太い茎を胴、つるのようにしなる茎を手足のようにして歩いている。
「このバラ、確か……『ビグフェス』! 公園の中で見たよね!」
「うん、とげに毒があるって書いたったやつだ!」
「それが魔物になったということですね!」
植物園の説明書きには、この花が歩くなどとは書いていなかった。それに三人に狙いを定めたように迷いなく移動してくるので、人間に敵意を持つ魔物化した植物に違いない。
「花のモンスターっていうと、アルラウネなんかは美女の姿で描かれたりするけど、これは全然そんな感じじゃないね」
「うん、花に手足が生えて動いとるだけって感じ」
「だったら名前は決まってますよね……」
ヴァルルシャが言い、二人もうなずく。
葉っぱの獣が『葉獣』、木の獣が『木獣』なのだから……。
「『花獣』!」
三人が声をそろえてそう言ったところで、『花獣』は腕のようなつるを振り回して攻撃してきた。三人は飛び退き、とげのあるつるは三人が立っていた地面を叩いて引っ込む。
「結構リーチが長いですね!」
「つるが鞭みたいに丸まってるんだ」
「木獣みたいに重くないで、すばやさもそれなりにあるね」
三人は花獣から距離を取りつつ、戦闘態勢に入る。
初めて戦う魔物だが、植物型なら戦い方は想像が付く。
「炎よ!」
ヴァルルシャが炎の玉を投げつける。花獣が素早く身をかわしたので直撃はしなかったが、つるの一部分を焼くことができた。
「氷よ!」
リユルが花獣に氷の雨を降らす。花獣は素早そうなので、岩の魔法では避けられるかもしれない。この場合は葉獣と同じように、氷で足止めする方がいいだろう。リユルはそう判断し、この魔法を使った。
予想通り、リユルの氷は花獣の体を半分ほど氷で覆った。
「食らえ!」
ユージナが花獣に刀で斬りかかる。
葉獣ならばこれで倒せるところだが、花獣は葉獣より大きいため、一筋縄ではいかなかった。
花獣は氷で覆われた体に力を込め、つるを動かして表面を覆う氷を砕いた。もちろんその間は移動ができなかったので、ユージナの刀が花獣の一部の茎を切り裂く。しかし花獣は動かせるつるをふりあげ、とげのある体をユージナに叩きつけた。
「いてーっ!」
左腕から左足にかけて痛みが走り、ユージナは叫ぶ。刀は右手で握りしめてなんとか取り落とさずに耐えるが、それ以上動くことはできなかった。
ユージナをめがけて、花獣がもう一度つるを振り上げる。だが、ユージナは防御も攻撃もできなかった。左腕と左足が、先ほど攻撃されたときの状態のまま固まっているのだ。
花獣のつるが再度ユージナを打ち据えようとするが、その前にもう一度ヴァルルシャが魔法を放った。
「炎よ!」
今度は炎の玉が花獣に直撃し、花の部分も炎に包まれる。花獣は脱力してしおれ、花獣としての姿を失っていく。代わりに現れた光が三人の蓄光石に吸い込まれていく。
「ユージナ!」
「大丈夫ですか!?」
リユルとヴァルルシャが駆け寄り、ユージナは肩の力を抜いた。体の硬直は解けたようだ。
「うん……。体の左半分が、しびれたみたいに、動かせんくなってさ……」
そう言いながらユージナは刀を鞘に収めた。だが、まだ痛そうに顔をしかめている。
「見せて」
リユルがユージナの腕をのぞき込む。ユージナの肌には、丸いアザが一直線に並んでいた。
「花獣のとげにやられたんだ」
肌の状態からリユルが推測する。おそらく、服を着ている部分も布の隙間から体にとげが刺さったのだろう。
「毒……いや、麻痺でしょうか? まだしびれてますか?」
「体はもう動くけど、痛みは残っとるわ……」
「ステータス異常攻撃というやつでしょうか。回復魔法で治りますかね?」
「わかんないけど、とりあえず、やってみるよ」
リユルが言い、ユージナの傷に向けて精神を集中する。
とげが刺さった傷が癒えるように、そして体に入った毒素などが消えるように……。
「傷よ……癒えよ」
リユルがユージナの傷をなぞり、力を込める。アザになっていた肌の色が元に戻っていき、こわばっていたユージナの表情が和らいでいく。
「痛みがなくなったわ、ありがとう」
ユージナは安堵の表情を浮かべ、体を動かしてみる。どこにも異常は無くなったようだ。
「普通の回復魔法で直せたようですね。良かった。RPGだとステータス異常は専用の治療魔法じゃないと治せなかったりしますが」
「数ターン経過するとか、戦闘が終わるとステータス異常が自動的に回復するゲームもあるよね。改めて考えると、毒なんかが放置して治るとも思えんけど」
傷が癒えたので元気を取り戻したユージナがRPGの仕組みに思いを馳せる。
「魔物の攻撃で毒を受けた場合、戦闘が終わる、つまり魔物を倒したってことで、呪いの発生源が消えたみたいな意味合いがあるのかもね。
……というか、この世界の場合、ステータス異常の攻撃って魔法なのかな?
ナックラヴィーは毒の息を吐いたし、ローレライは魅了の歌を使ったし、今の花獣は毒というか、麻痺でしょ? それが魔法だったら、人間も同じように状態異常の攻撃魔法が使えるわけ?」
リユルの疑問に、三人はしばし考え込んだ。
「あのバラは元々とげに毒のある植物だで、人間が同じようにするなら、魔法でまず毒針みたいなもんを作らないかんと思うけど……」
「毒針かあ。でもさ、RPGって、敵からは状態異常攻撃ってよく受けるけど、プレイヤーが敵に毒や魅了の魔法を使っても、ミスしたり無効になったりすること多くない? たまに効いても、その魔法に労力を使うより、普通に攻撃魔法でダメージを与えた方が早く倒せたりさ」
「それはありますよね。雑魚戦は成功確率の低い状態異常の魔法を使うより普通に攻撃した方が早いですし、ボスキャラは状態異常魔法が効かないことが多いですからね。
……そうだ、この世界の場合、『人間の力で魔法を使う場合は、魔法が一瞬で消える。魔法の効果をずっと残す場合は、精霊の力が必要』という設定がありましたよね?」
ヴァルルシャがそのことに気づく。人間は人間の精神力で一瞬だけ精霊の力を借りて魔法を放つので、魔法はすぐ消え、精霊のストレスはほぼ無い。魔法で作られた洗剤などは精霊が力を込めて作るので時間が経っても使えるが、その分、精霊のストレスが溜まる。
「あっそうか! それで精霊のストレスが実体化して魔物になるんだもんね。実体化してるってことは、魔物は精霊の力で作られた離血浄の洗剤とかに近い状況なわけだ。
さっきの魔物は毒のあるバラがモデルになってたから、魔物が生きて……生物と言えるかわかんないけど、動いてる間は、毒をずっと持ち続けてるんじゃない? だから毒針に刺されたユージナは麻痺して、ヴァルルシャが花獣を倒すまで麻痺し続けてたんだよ」
「なるほど。てことはさっきリユルが言っとったみたいに、呪いの発生源を倒したでうちの麻痺が消えたんだね。やっぱ魔法のことは魔法をを使っとる人が考察するに限るわ」
ユージナはそう言ってリユルとヴァルルシャを見た。
「でも戦闘終了後にユージナさんのステータス異常は回復しましたけど、怪我のダメージ自体は残っているので、それは回復する必要があったということですね。火の魔法でやけどをしたら、魔法の火自体は消えてもやけどを治さなければいけないように」
「てことは、毒や麻痺や魅了も、魔法の一種と考えてもいいのかな? ただ、人間がその魔法を使おうと思ったら、効果を持続させるにはよっぽど精神力が強くないと続かなさそうだね。あいがさっきやったような、氷の魔法で物理的に押さえ込む方法だって、そんなに長くは続かないもの」
「私も風の魔法で敵を押さえ込んだりしますが、それはRPGの戦闘で言うなら、敵の動きを止める魔法が一ターンしか効かないような物でしょうね。それに魔物の形状はいろいろですから、どの魔物にも毒や麻痺が効くとは限りませんし、わざわざ難しい状態異常攻撃の魔法を習得するより、普通の魔法で魔物を攻撃した方が良さそうですね」
「ゲームによっては、『魔法』の他に『技』ってスキルがあったりしん? あと、敵だけが使える攻撃とか。ステータス異常の攻撃は、そういう、『敵専用の技』と考えた方がいいんかもしれんね」
「そう考えるとわかりやすいかもね。ローレライの魅了だって、人間が同じ歌を歌っても、誰もが聞き惚れる歌声なんてよっぽどのプロでも難しいし、敵専用と思った方がいいかも」
「それに魔物は人間に敵意しかないですから、人間に魅了されるとは考えにくいですしね。魅了された人間は正気の人間が揺さぶるなどすれば目覚めましたし、毒や麻痺も、魔物を倒さなくても、戦闘中に回復魔法を掛ければ治せるかもしれませんね」
ステータス異常の攻撃に対して、一通りの考察が終わった。
三人が一息ついたとき、また、草を踏み分ける音が聞こえてきた。




