第五章 09 双心樹の大木
09 双心樹の大木
北の区画には、ルフエ島にしか生えない植物が展示されている。
ここは中央や南の区画と違い、この地に元々生えていた植物をそのまま残してあると案内板に書いてあった。
実際に北の区画に来てみると、今までのようなマス目に区切られた畑や花壇ではなく、全体的に木々や草の茂る空間になっていた。歩道は作られていたが、今までが人間の作った植物園なら、ここからは森の中に人間が道を作った自然公園だった。
森の姿が残っているとはいえ、人間の手が入っているので、歩道には案内の看板があり、木の手前には説明書きもあった。
三人が歩く道にまずあったのは、赤みがかった小さな実のなる木だった。
『スーリベリー
ルフエ島独自の植物。島の外に持ち出しても根付かない。ラッズベリーに似るが、スーリベリーは実の形が三角形をしている。味もラッズベリーに似ており、ジャムなどに使われる』
その木には、確かに正三角形に近い形の木の実がなっていた。
「ラッズベリーは、多分ラズベリーみたいな木の実だよね」
「このスーリベリーがラズベリーに似とるで、そうなんだろうね」
「スーリは、スリー、から来てるんでしょうね」
しばらく歩くと、また説明書きのある木があった。
『ルーハワイブ
ルフエ島独自の植物。ブドウの一種。島の外のブドウは紫や黄緑が一般的で、それぞれ赤ワイン、白ワインが作られるが、ルーハワイブで作ったワインは青色になる。島の外でも生育は可能だが、ルーハワイブはルフエ島でしか発酵せず、青ワインはルフエ島でしか作れない』
その木には、鮮やかな青色をしたブドウの実がなっていた。
「ブドウはブドウなんだね。ワインもあったんだ。うちらお酒飲まんで、料理屋のメニューでもアルコールのとこ見んからわからんかったけど」
「青ワインって、なんかおしゃれそうだよね。それにルフエ島でしか作れないってことは、これも魚醤みたいに特産品として売り出してるのかもね」
「この島でしか発酵しないというのは、この島独自の酵母みたいなものがいるんでしょうか。ブドウ自体は島の外でも根付くけれど、島の外では酵母は死んでしまうとか」
「魚醤も魚を発酵させて作るわけだし、この島独自の菌みたいなのがいるのかもしれないね」
「名前はどっから来とるんだろ……ルーハワイブ……ルーハワイブ……ああ! ブルーハワイか!」
ユージナが気づいたように、そのブドウはかき氷に使われるブルーハワイのような鮮やかな青色をしていた。
その少し先には、大きな赤い花をいくつも咲かせている植物があった。
『ビグフェス
バラの一種。ルフエ島独自の植物。島の外に持ち出しても根付かない。人間の顔ほどの赤く大きな花をつける。茎にあるとげには毒があるので、不用意に触らないこと』
「バラもバラなんだね。きれーい。でも毒があるんだ」
「現実世界には『綺麗なバラにはとげがある』ってことわざがあるけど、ここのは更に毒まで持っとるんだ」
「ビグフェス……人間の顔サイズの花ですから、『ビッグフェイス』から来てるんですかね」
三人は更に道を進む。歩道沿いには他にも、先ほど見たカリファの木やツーヴァの木が生えていた。この場所に元々生えていたのだろう。
そして、歩道にある案内板に、『双心樹の大木 こちら→』と書かれているところまで来た。案内にしたがい、矢印の方向に進む。
木々の茂みがいったん途切れ、見晴らしのいい広場になる。
足元には短い草が生え、柔らかな風にそよいでいる。
その開けた空間の中で、視界に飛び込んでくるもの。
何の予備知識が無くても、何千年も前からこの地に根を張っていたに違いないという、説得力を持った大木がそこにあった。
幹の太さは直径で三メートル、いや三エストぐらいだろうか。緑の葉がたくさん生えた枝は傘のように広がり、地面に影を落としている。
幹から数エスト離れたところに、幹を囲うように柵が立てられている。だが枝はその柵よりも広く伸びていた。
「おっきいねー……」
リユルがその大きさに圧倒されながら声を出す。
「柵があるのは、観光客に根っこを踏まれて木が傷まんようにだろうね」
ユージナが、縄文杉には柵が設けられ、少し離れたところから鑑賞するのだという話を思い出しながら言った。
「でも、枝が大きく広がっていますから、木の葉や木の実を近くで見ることはできそうですね」
ヴァルルシャの言うように、双心樹の大木の枝は柵の頭上まで伸びてきている。そして今は緑の葉がふさふさと生え、白っぽい木の実がたくさんついているようだ。
三人はまず柵の近くまで行き、説明書きの看板を読む。
『双心樹
ルフエ島独自の植物。島の外に持ち出しても根付かない。春に白い花を咲かせ、一つの花から二つの丸い真珠のような実ができる。二つの実は熟すにつれてつながっていき、やがて一つの赤いハート型の実になる』
看板はもう二つあった。近くの看板にはこう書かれていた。
『この双心樹は樹齢数千年と推測されます。大勢の人間が近寄ることで地面が踏み固められ、根を傷める可能性があるので、柵を設置してあります。柵の外側からご覧ください』
少し離れたところの看板には、こう書かれていた。
『メーンクゥン八世様がメイ様にプロポーズされたのはこの辺りだと言われています。そのとき差し出された指輪を、強い風がさらっていってしまいました。国王夫妻はそのときの指輪をずっと探していらっしゃいます。見つけた方は王宮までご連絡ください。
双心樹の大木の周辺はくまなく捜索したので、指輪はもっと遠くへ転がったと思われます。大木の保護のため、柵の中には入らないでください』
「ここでプロポーズしたのか~。でも、そんなに強い風が吹いたのかな? 指輪だから金属だろうし、そんなに遠くまで転がりそうにないけどねえ」
リユルが辺りを見回して言う。
「でも金属ですから、カラスみたいな鳥がくわえて持ち去ったのかもしれませんよ。そうなると結構遠くに移動してるかも……」
広場にはいくつかベンチが置かれていた。大木をゆっくり鑑賞できるようにだろう。他の入園者が何人かそこに座っていたが、三人の近くにはいなかった。
「カラスそのものがこの世界にもおるかはわからんけど、指輪がずっと見つからんてことは、なんかの理由で遠くまで移動しとるかもしれんよねえ」
この木の周辺に指輪があるならすでに誰かが発見しているだろう。この木は柵越しに鑑賞するにとどめ、他の場所に行ってみよう。三人はそう話し合った。
柵越しとはいえ、頭上まで木の枝は伸びてきている。顔の近くにある枝もあったので、細かい部分までよく観察できた。
双心樹の葉は鮮やかな緑色をした楕円形で、手のひらよりも小さいぐらいの大きさだった。葉と葉の隙間から白い実が顔をのぞかせている。まだ実が熟していないのだろう、真珠のような丸い実が二つずつ、頬を寄せ合うようにしてぶら下がっていた。
「……うちらがここに来るずっと前から、この木はここに生えとったんだよね」
ユージナの言葉の意味を、ヴァルルシャもリユルも察する。
「ええ。私たちはほんの二ヶ月ほど前、あの闇の中から動き出しましたけど……」
「あいたちが決めなくても、世界はこうして、何千年も前からここにあったんだよね」
自分たちが設定しなくても、世界はずっと動いている。この木が大昔からここに根付いているように。三人はそれが嬉しかった。
双心樹の大木の周辺は開けた空間になっていたが、少し北側はまた木々の茂る空間になっていた。
北西にある案内板には、『ニテール川 こちら→』という表記があった。
「ニテール川ってどんな感じだろうね? 行ってみよっか」
リユルが言うが、ヴァルルシャが気づく。
「あ、でもこんな看板もありますよ」
ヴァルルシャが指さしたのは、注意書きの書かれている看板だった。
『この先は更に自然な形で森を残してあるため、魔物が出る可能性があります。公園のスタッフが監視をしてはおりますが、この先に進まれる場合はご注意ください』
「確かに普通の森っぽくなっとるもんね。てことは魔物も出てくるか」
ユージナが看板の先をのぞき込む。一応、歩道は作られていたが、今までが自然公園なら、ここからはハイキングコースといった雰囲気だった。地面も少し隆起していて、浅めの山道のようになっている。
「大丈夫だよ。あいたち魔物狩り屋だし。魔物が出てきてもやっつけちゃえば」
「そうですね。入園料ぐらいまかなえるかもしれません」
「ふふ、注意喚起されとるのに、むしろうちら喜んどるみたい」
三人は笑い、ニテール川方面に向かって歩き始めた。




