第五章 07 植物の名前2
07 植物の名前2
しばらく歩くと、ベンチやトイレなどの休憩所を経て、また花壇や畑のようなマス目の並ぶ区画に着いた。
そこにもまず、農作物として人間の食生活を支える植物が展示されていた。
なすらしき植物は『ナッシュ』、ほうれん草らしき植物は『レホーン草』、かぼちゃらしき植物は『プンパキン』、ニンニクらしき植物は『リーガック』、エンドウ豆らしき植物は『ドーエン豆』と書かれていた。
ナッシュとプンパキンには、『同じ親から取れた種でも、ルフエ島で育てた物は島の外で育てた物に比べ、実が一回り大きくなる傾向がある』と書かれていた。
「ちょっと大きくなるんだ。ルフエ島の気候が影響するのかな?」
リユルが言い、ヴァルルシャもうなずく。
「長息人も短息人より一回り大きいですし、この島には生物に影響を与える何か、力のような物が存在するんでしょうね」
「でもエンドウ……じゃなくてドーエン豆とかにはそういうこと書かれとらんし、影響を受ける生物と受けん生物があるのかもしれんね」
「この島で短息人の子供が何年か過ごしても、その子が長息人に変化するとは考えにくいですからね。この島の気候が生物に影響を与えるとしても、いろいろ複雑な条件がそろわないと変化が起こらないのかもしれません」
「確か、かぼちゃってすっごく大きくなる種類があるよね。この島でずっとかぼ……いやプンパキンを育て続けると、やがて巨大プンパキンとしての品種が確立するとか、そういうゆっくりとした変化なのかもね」
「現実世界でも、日本かぼちゃ、西洋かぼちゃとか言うよね。あれもいろんな地方で栽培されとるうちに別の品種になっていったんだと思うし、この島で巨大プンパキンの品種ができあがったら、その種を島の外でまいても、大きなプンパキンが育つのかもしれんね」
「そんな感じなんでしょうね」
それから、隣のマス目には三人にも見覚えのある植物が植えられていた。
『小麦
主要な穀物として世界中で広く栽培されている。実を粉にして小麦粉とし、パンや麺類、菓子などに加工する』
「あ、小麦は小麦なんだね」
「うちらよくパンや麺を食べとるもんね。米もあったし」
「芋も芋でしたしね。現実世界と共通する名称もあるんでしょう」
そこに生えていたのは、作者がテレビや小麦粉のパッケージで見たことのある小麦と同じ姿の植物だった。名称も植物そのものも、現実世界の小麦と同じ物だと思われた。
それから、木を植えているマス目もあった。
『オリーブ
実から油が取れる。オリーブオイルは食用油として広く使われ、オリーブの実そのものも食用として多くの料理に使われている』
『茶の木
葉や茎を加工し、茶として飲む。加工の仕方によって、茶の味や香り、色が異なってくる。リーメイクンでは、液体が紅色の『紅茶』が多く飲まれている』
「オリーブもオリーブなんだ。確かに、あいたちオリーブオイルっぽい味の料理ってよく食べてる気がするもんね」
「お茶の木もあったんだね。でもうちら、この世界で紅茶飲んだことってあったっけ?」
ユージナの疑問の答えは、隣に植えられている木にあった。
『カウォルの木
カウォル茶の木とも呼ばれる。茶の木に似るが、茶の木よりも生長が早く、葉がたくさん生えるため、茶の木の代用として栽培され始めた。一般的に『茶』というとこの木から作った『カウォル茶』を指すことも多い。だが樹皮を刻んで葉とともに蒸すと茶葉の香りが強くなることが判明したため、今ではそれが『香茶』として広く飲まれている』
「私がよく飲んでいるのはこれだったんですね」
『香りのいいお茶』をよく飲むヴァルルシャがうなずいた。
「うちらが飲んどるのも、樹皮の入っとらん方のカウォル茶だったんだね」
「茶の木より茶葉がたくさん取れるから、カウォル茶の方が安いんだろうね。だからあいたち、紅茶は飲んだことなかったんだ」
「ええ、確か香茶は一杯20テニエルぐらいでした」
三人はそれぞれ、今までに飲んだ茶の味を思い出してみる。作者の記憶にある日本茶や紅茶とは少し違うが、この世界のお茶も美味だった。あれがカウォル茶だったのだ。名前の由来はもちろん『香る』からだろう。
その次には、果物のなる木が並んでいた。
『ジオレン
柑橘の一種。酸味と甘味のバランスが良いので各地で広く栽培されている。土壌や気候によって味に差が出るため、名前に産地を付けて区別することもある(例:ルフエジオレン)。また、俗に柑橘一般をジオレンと呼ぶこともある』
「オレンジだね。あい、これ食べたことあるかも。コハンに行くときの道で」
「この場合、柑橘という大きな分類は現実と同じで、品種の名前がこの世界の特有の名前になってるんですね」
「全部ジオレンって呼ぶのは、日本で、柑橘一般をミカンって呼ぶことがあるのに似とるね」
その隣にも、柑橘のなる木が生えていた。
『モンレ
柑橘の一種。果汁には爽やかな酸味があり、疲労回復に効くのでよく飲まれている。酸味の強い品種もあるが、果汁をそのまま飲める品種も多く栽培されている』
「レモンだねえ」
「レモンは果汁をそのまま飲むのはきついで、水や砂糖を混ぜて飲むけど、モンレはそのまま飲めるんだね」
「レモンに似てはいますけど、モンレですからね」
食用になる植物の展示はそこで終わり、少し広めの通路の先からは、人間の生活の役に立つ植物の展示になるとそばの看板に書いてあった。
「あっ、あれって!」
ユージナが指さす。
そこに植えられていたのは、妙に均一な形をした木だった。背丈がちょうど二メートル、いや二エストぐらいで、幹が根元から梢まで一直線の円柱のように伸びている。頭部からは無数の枝が伸びており、枝には葉が付いていた。頭部は、裁縫に使う針山に羽ペンを大量に刺したら、こういったシルエットになるだろうか。枝が木の幹につながる部分は、太さが一センチ、いや一フィンクぐらいだった。
それがマス目の中に四つ、コピーのように同じ姿で並んでいる。
形状としてはシュロの木やソテツの木に似ていなくもないが、こちらはもっと定規で描いたように直線的で均一な姿をしていた。
三人はその木の前に行き、説明書きを読む。
『ジョウの木
芽が出て一年で一エストの背丈になり、二年で二エストの背丈になる。背丈はそれ以上伸びない。枝の根元の部分は必ず一フィンクの太さになる。ルフエ島でもどの土地でも同じ形に成長する。一エスト、一フィンクはこのジョウの木を基準に定められた』
「やっぱりジョウの木だ……。こんな形しとったんだね」
この世界における長さの単位はどうなっているんだろう。メートル法をこの世界でも使うなら、何か基準になるものが必要ではないか。育ち方が一定の木などはどうだろう。以前三人でそう話した後、仕立屋で『ジョウの木の物差し』という物を見た。その本来の姿がここにある。
「これがジョウの木……定規になる木なんですね」
「あいたちがああいう話をしたことで、生まれてきた木なんだよね、これ」
開園時間を過ぎ、客はそれなりに増えてきていたが、会話が聞こえるほど近くにはいない。三人は驚きを共有し、次のマス目に進む。
そこに生えている木は、円柱形の幹から不定期に枝がわかれた、いわゆる普通の木の形をしていた。黄色っぽい大きな実がいくつもついている。
「こっちは何の木だろう?」
リユルが言い、三人は説明書きをのぞき込む。
『カリファの木
大きく重い実をつける。熟して木から落ちた実は、ルフエ島でもどの土地でも同じ重さになる。この実一つの重さを基準に、一カリファの単位が決められた。実は固く、食用には適さない』
そして説明書きの下にはかごがあり、『持ってみてください!』という張り紙とともに、カリファの実が数個入れられていた。
「重さの基準……。そうか、私たちは失念していましたけど、長さの単位があるなら、重さの単位も必要ですよね」
「うちらが気づかんかったことも、世界が補足して設定したってことか……」
「これ、どのぐらいの重さなんだろうね?」
三人はそれぞれカリファの実を持ってみる。おそらく一キロだと思われた。
「かりふぁ……かりは……はかり? 名前の由来は『はかり』ですかね」
「かもしれんね」
「あいたちが設定しなくても、よくできてるね」
三人はカリファの実をかごに戻し、次のマス目に向かった。
次のマス目には、濃い緑色でつやのある葉を持つ木が植えられていた。今は花や実はついていなかった。
『ツーヴァの木
冬に花を咲かせ、種からは油が取れる。ツーヴァの木の油は人体と相性が良く、化粧品や整髪料に広く用いられている』
「ツーヴァの木……? ツーヴァ木……つう゛ぁき……椿!」
「椿油だ!」
「私の使っている整髪料にもこれが使われてるんでしょうね」
三人は納得し、次に進む。
そこには、細めの枝がたくさん生えている木があった。
『ファミガの木
歯を磨くときに使う房楊枝はこの木から作られる。枝の先端を叩きつぶし、房状にして用いる。樹液には歯の病気を防ぐ効果もある』
「ファミガ木……歯磨きだね」
三人はうなずいて次に進む。
木を植えてあるマス目はここで一段落し、広めの通路をはさんだ先には草のような植物が並んでいた。
一番手前のマス目には支柱が立てられ、ツルを這わせる植物が植えられていた。黄色い花と、縦長の緑の実がついている。
『チマヘ
茎を切って根元側を瓶などに差しておくと、根から吸い上げられた大量のチマヘ水が取れる。チマヘ水は肌トラブルを防ぎ、保水力が高いので、多くの化粧水や保湿剤に使われている』
「ヘチマですね」
「あいたちの使ってる化粧水の原料もこれだったんだ! すっごく肌になじみがいいしニキビとかも全然できないなって思ってたの!」
「現実世界のヘチマより、もっと化粧水としての効能が高いような気がするよね。うちらの願望がそうさせたんかもしれん」
次のマス目に植えられていたのは、どこかで見覚えがあるような草だった。
『エンフィ草
葉の部分を煎じて飲む。魔法を使った後の気力回復に用いられる。この薬草から作られた飲み物はエンフィ水と呼ばれる』
「ああ、エンフィ水! 薬屋のポスターにこんな絵が描いてあったよね」
リユルが言い、同じ薬屋でそれを見たユージナもうなずく。
「私が行った薬屋にも、この薬草を描いたポスターが貼ってありました。これが現物なんですね」
次のマス目には、見たことのない草が植えられていた。
『月待ち草
月経停止薬の材料。葉を乾燥させて丸薬にする。女性がこれを一日一錠飲むとその間の月経が停止する。月経年齢でない女性や男性が飲んでも体調に変化は起こらない』
これが……。とユージナとリユルが顔を見合わせる。
隣のマス目にあったのも、初めて見る草だった。
『落月草
月経開始薬の材料。葉を乾燥させて丸薬にする。月経直前の女性がこれを一錠飲むと、すぐに月経が開始する。月経直前でない女性や男性が飲んでも体調に変化は起こらない。月経の日時を決定できることから、月経を楽にする、楽月草とも呼ばれている』
「月を落とす……月を楽にする……どっちも『らくげつそう』か……」
「完全に日本語の言葉遊びになっとるね。元の言語だとどうなっとるんだろ」
「……『フォール』と『リラックス』や『イージー』に相当する言葉が、この世界の言語でも似てるんですかね」
「何にしても、これがあいたちが飲んでるあの薬だったんだね」
「うん……現実の日本より便利な、副作用の無い、生理周期を自分で決められる、うちらの理想でできた薬草だよ……」
リユルとユージナは、その二つの草を感慨深く眺めた。
その先のマス目は、痛み止めになる薬草が何種類も並んでいた。痛み止めの材料は一種類ではなく、商品によって使われる薬草が異なるようだ。
一通りマス目を見て回った三人は、そろそろ一息入れたくなった。時間も昼近くなっているようだ。三人は昼食をとるために休憩所を探すことにした。




