第五章 04 コーウェンの町へ
04 コーウェンの町へ
四月二十三日。ルフエ島で初めて迎える朝。
大きめのベッドでゆったりと眠った三人は、目覚まし時計が鳴る前に目を覚ました。
身支度を調え、荷物をまとめてチェックアウトをし、近くの店に朝食を食べに行く。イリーグの町でも、朝からやっている店、夕方から夜までやっている店など、飲食店の営業時間はさまざまだった。なのでどこかには開いている店がある。三人はいい匂いが漂ってくる店に入り、パン、チョビアンと野菜のスープを食べた。一人前50テニエル。
それから昼の弁当用に、野菜やチョビアン、ベーコンなどが具になったはさみパンと、果汁の瓶詰めをそれぞれ購入した。
大通りに出て、北へ向かう。このまま北へ向かえば、イリーグの町を出て、コーウェンの町まで着くはずだ。イリーグの北の端には貸馬屋があり、馬車が準備されているのも見えるが、今日は徒歩で移動する。
石畳の舗装が途切れるところが町と外の境目なのも、今までに立ち寄った町と同じだ。しばらく晴れが続いていたのだろう、むき出しの地面は乾いており、舗装されていなくても歩きやすかった。
今日も空は青く晴れている。だが日差しがきついということはなく、心地よい天気だった。まだ朝の七刻の前、現代で言う八時過ぎぐらいだったが、馬車や徒歩で街道を行く人が何人か見えた。
「道がまっすぐだで、迷わんでいいねえ」
ユージナが街道を見渡して言う。街道はしばらくまっすぐに続き、分かれ道も無さそうだった。
「周りは畑っぽいね。スフィアくんが言ってたとおり、島でも、食料自給率は高そう」
リユルが辺りを見回す。街道沿いは西も東も、畑になっているようだった。ただ、街道からは少し遠いし、それほど大きくないように見える。
「徒歩一日でコーウェンの町に着くそうですし、この辺りは耕作に使える土地があまり広くないのかもしれませんね」
「果樹園があるってスフィアくん言っとったし、他のところにはもっと広い農作地があるのかもしれんね。
……そういえばさ、この世界で迷子とかになったら、どうしたらいいんだろ?」
ユージナがふと気づき、立ち止まった。
「今回はスフィアくんに道を教えてもらったし、鑑定屋には地図があるで、うちらいつも鑑定屋で町の情報とか得とったけど、鑑定屋って道案内することがメインの場所じゃないよね? 現実世界じゃ、道に迷った人って交番で道を尋ねたりするけど、この世界にそういうとこってあるんかな」
ユージナの疑問に、ヴァルルシャもリユルも足を止めた。
「交番、つまり警察ですか……。たしかに、道案内以外にも必要な組織ですよね」
「ここは作者の理想のファンタジー異世界、とはいえ、人間が大勢集まっている以上、犯罪が全く無いっていうのは不自然だよね。残念だけど。それに、犯罪じゃなくても落とし物とか、子供が迷子になったとか、そういうトラブルは発生するだろうし、それに対応してくれる組織はあった方がいいよね」
街道はそれなりに人通りがあるとはいえ、三人の会話が聞こえるほど近くに人はいない。三人は道を歩きながら、この問題について考えることにした。
「警察って、いつぐらいからあるんでしたっけ……。多分、中世ヨーロッパだと、兵士がその役割を担ってそうですよね」
ヴァルルシャがそう言いながら作者の記憶を探るが、詳しい知識は得られなかった。
「警察って公務員だもんねえ。しかも体力が要るし、国に仕えてる兵士がその立場って考えるのは自然だけど……全然それらしい知識がないわ~」
リユルも頭を抱える。作者はこの問題に詳しくないようだ。
「ヨーロッパの警察のことは全然頭に浮かばないけど、日本ならどう? 江戸時代はお奉行様とかがいたでしょ?」
リユルがユージナに話を振る。
「お奉行様は裁判官じゃなかったっけ? でも警察も兼ねとるか……? どっちにしろお奉行様はえらい人だで、町のおまわりさんぐらい身近な人っていうと、岡っ引きとか十手持ちとか呼ばれとる人かな?」
日本のことはユージナが思い出しやすい。とはいえ、時代劇で得た知識がなんとなく浮かんでくる程度だった。
「私たちでこの世界オリジナルの警察組織を考えるにしても、ゼロから設定するのは大変ですよね。現実の中世ヨーロッパの警察の知識が我々に無いのなら、江戸時代の方を参考にしましょうか」
ヴァルルシャが言い、ヴァルルシャとリユルも作者の江戸時代の知識を思い出そうと記憶を探る。
「……十手持ちって、十手って武器を持ってるからそう呼ぶんだよねえ。さすがにそのままじゃ江戸時代すぎるけど。十手って、手前のカギ括弧みたいな部分で刀を受け止めるんだよね? なんかそういう、犯人を取り押さえるのに特化した武器を持ってると警察っぽいんじゃない? あ、さすまたとかどう?」
リユルに言われ、ユージナは考え込んだ。
「さすまたも日本発祥の武器じゃなかったかなあ……はっきり思い出せんけど。それに十手の代わりにさすまたを持たせるなら、『さすまた持ち』って呼び方になるけど、なんかしっくりこんくない? ヨーロッパっぽくないっていうかさ」
「フォークみたいな三つ叉の槍なら、ヨーロッパにもあった気がしますけどね。トライデントでしたっけ。でも三つ叉だと殺傷能力が高そうですから、取り押さえる武器ではないですよね……」
しばらく三人で考えてみるが、いいアイデアは浮かばなかった。
「まあ、焦って決めんでもいいか。うちら今んとこ道に迷っとらんし」
発案者のユージナがそう言って息を吐いた。
「そうですね。必要になったら世界の方で上手に設定を作ってくれるかもしれません」
「今はまだそのときじゃないってことかもね。気に掛けておけばそのうちうまいこと決まるかも」
ヴァルルシャとリユルもうなずき、ひとまずその話題は終了することにした。
それからも三人は道を歩き続け、時々休憩をした。ルフエ島でも、街道には公衆トイレが設置されていた。使用料金は10テニエル。
やがて昼近くなるころ、街道沿いに休憩所が見えてきた。宿屋と厩舎、食堂が並んでいる。
「あれ? ずいぶん近くにあるんだね?」
リユルが疑問を口にする。島の外だと、こういった休憩所は街道を一日歩いてようやく着くぐらいの距離にあった。
「……あ、長息人は歩くのもゆっくりしとるで、休憩所がこの辺にあった方がいいでじゃない?」
「ああそれに、馬車を引いている馬も、なんとなく骨太な感じがしますね。品種が違うのかもしれません」
ユージナとヴァルルシャが、街道を行く人々を眺めながら言った。
「そっか。ちょうどお昼の時間帯だから、あいたちにもありがたいよね」
三人はうなずき、休憩所に向かった。そこは高速道路のサービスエリアのように、移動に疲れた人が集まってきていた。休憩しているのは短息人が多く、店側は長息人が多いようだった。
食堂の他に屋台もあり、そばにはベンチも設置されていた。三人はそこに座り、昼食を取ることにした。弁当は購入済みだったが、屋台でお菓子や飲み物を売っていたので、それらも買うことにした。ビスケットのような菓子や果汁入りのお茶、香辛料を絡めたナッツ。どれも10から30テニエルぐらいで買えるので、気軽に手に取りやすい。島の外の休憩所と同じく、ゴミ箱や空き瓶の回収箱も設置されているので、食後の空容器はそこに片付ける。
休憩した後、三人はまた街道を北に向かって歩き始めた。小休止をしつつ進み、夕方より前には道の先に町が見えてきた。
「コーウェンの町ですね」
ヴァルルシャが言う。街道と町の境目には貸馬屋があり、三人を追い抜かしていった馬車が止まって客を降ろしているのが見える。三人も一歩ずつ町との距離を縮め、やがて町の中に足を踏み入れる。
「到着っと。スフィアくんの言ってたとおり、割と近くだったね」
リユルが町を見回す。この町もイリーグの町と同様、長息人の体格に合うサイズの、木と漆喰でできた建物が並んでいる。
「双心樹の大木は公園の中にあるって話だけど、公園は町のどの辺にあるんかな? 今日はもう遅いで行くなら明日だけど、宿は公園に近いとこの方がいいよね」
「そうですね……あ!」
ユージナの言葉にうなずいたヴァルルシャが、貸馬屋と書かれた看板の隣を指さす。
そこにはこう書かれた看板があった。
『国立コーウェン公園はこの町の北に隣接しています
徒歩だと、ここから公園の入り口まで半時限ほどかかります
公園は、一日歩いても散策しきれないほどの広さがありますので、公園前までの移動に馬車をおすすめしております
お一人様100テニエル』
「こくりつコーウェンこうえん。『こ』が多いね」
まずユージナがそれを口にする。
「そう感じるのは私たちだけでしょうけどね。日本語訳されてこの響きなわけですから」
「徒歩で半時限か~。結構かかるね」
次にリユルがそこに注目する。
時限はこの世界の時間の単位で、一時限が九十分、半時限は四十五分に相当する。
「あっでも、長息人の歩く速度で、ってことかもしれんよ。うちらだったらもう少し早く着くかも」
「確かに。それに馬車の宣伝ですから、遠い、ということをちょっと誇張してあるのかもしれません」
「半時限『ほど』だもんね。あいたち、この世界の時間の区切りは、一時限、半時限、四半時限、っていうざっくりした分類にしちゃったし」
三人で時間の設定を考えたとき、江戸時代は現代のような分刻みの時間ではなく、一刻が約二時間、あとはそれを半分か四分の一にした時間の単位しかなかったという記憶を参考にした。
だからこの世界の時間を表す言葉も、一時限の九十分を半分か四分の一にして表現することにした。四半時限は二十二、三分のことだ。
「私たちが歩くと公園まで徒歩三十分ぐらいかもしれませんね。まあ近くはないですけど……。手頃なところに宿が見つかれば馬車で行かなくてもいいですよね」
「公園の近くだと高そうだで、ほどほどに離れとるとこでいい宿が見つかるといいね」
「とりあえず町の北の方に行ってみよっか」
三人はそう話し合い、大通りを北に歩き始めた。
コーウェンの町並みはイリーグと似てはいたが、太めの道が交差するところにはかなりの割合で『国立コーウェン公園 こちら→』などと書かれた看板が設置されていた。
「看板があるで迷わんでいいね。観光案内みたい」
「実際に観光地だもんね。王様がプロポーズの場所に選ぶぐらいだし。その指輪は無くしちゃったわけだけど」
「昔は指輪探しの人間も多く来たそうですし、道を尋ねる人が多かったのかもしれませんね。そういえば、この世界でも矢印のマークで方向を示すんですね」
「あっほんとだ。矢印ってことは、矢がモデルになってるんだよね。この世界にも弓矢はありそうだけど、あいたち、魔物退治で弓を使う人ってあんまり見かけてないね」
「そうだね。接近戦用の武器を持っとる人のが多いかも。何でだろ?」
「……この世界では、魔法でも遠距離攻撃ができますからね。少人数でパーティーを組む場合、魔法使いと弓使いでは接近戦が弱いので、物理攻撃担当はユージナさんのように刀などを持つ人が多いのかもしれません」
「ああなるほど! やっぱヴァルルシャ、頭いいな~」
「てことは、うちらバランスのいいパーティなんだね」
そんな会話をしながら三人は道を歩いていき、宿を見かけたら値段を確認して進んでいった。すると四半時限ほど歩いたころから、道を進むにつれて宿の値段が上がっていった。
おそらく、町の北は公園に近いから宿が高いのだろう。テーマパークのそばの宿が高いようなものだ。三人はそう推測し、少し南に戻って宿を探すことにした。やがて裏通りで一泊600テニエルの宿を発見した。
三人はそこに泊まることにし、部屋に荷物を置きに行った。宿屋はイリーグの町と同じく、長息人サイズだった。
それから夕飯を食べに出かけ、チョビアンや野菜を使った料理を注文した。
宿に戻り、明日も朝の六刻に起きることにして三人はそれぞれ眠りについた。




