第五章 03 ルフエ島の町並み
03 ルフエ島の町並み
「スフィアくん、リユルのことすごく気に入っとったねえ」
イリーグの町を歩きながら、ユージナが言った。
「そんな特別なことはしてないんだけどな~。子供が魔物に襲われそうになったら助けるでしょ」
「でも、彼にしてみたら命の恩人なわけですからね」
「命ってほどじゃないと思うけど、みんな無事で良かったよね。魔物は出たけど、ルフエ島に着くことはできたし」
リユルの言葉に、ユージナもヴァルルシャもうなずく。
まだ夕方より前の時間で、町には人がたくさんいた。船着き場のある町で、しかも船が着いたばかりなのだから活気があるのは当然だろう。
町には、船着き場から北に伸びる形で広い通りがあったので、三人はその道を北に歩く。通り沿いには飲食店と宿がたくさんあった。まだ船着き場の近くだからか、店の人も、道を歩く人も、長息人と短息人が同数ぐらいいた。
「長息人も短息人も、特に服装は変わらないんですね」
ヴァルルシャが言う。道行く人は皆、中世ヨーロッパ風ファンタジーの住人が着るような服装をしていた。ローブや貫頭衣、もしくはスカートやズボンにシャツなどだ。それは三人が今まで滞在した町の人々とおおむね変わらなかった。
「そうだね。人種が違うなら、もっと民族衣装というか、この島独自の服とかがあってもいいのにね」
「あっでもさ、うちはこうして着物っぽいもん着とるし、日本だって昔は着物を着とったわけだけど、現代日本じゃみんな普段は洋服を着とるでしょ? 船で定期的に行き来しとるで、服装も同じ感じになってきたんじゃない?」
ユージナが、自分たち以外には聞こえないようにして日本という単語を口にした。
「ああ、確かに、人の交流があれば文化も伝わりますものね。言語も同じわけですし」
「そっか~。ああでも、長息人の人たちは全体的に大っきいから、わりとゆったりめの服を着てる人が多いかな?」
リユルが言い、三人は道行く人をもっとじっくり観察してみる。
短息人は、島の外で見かける人々と変わりなかった。身長は百五十から二百センチ、いやフィンクほどで、西洋人の顔つきをしている。リーメイクンは中世ヨーロッパ風の国だからだ。
長息人の身長は、百七十から二百二十フィンクといったところだろうか。こちらも皆、西洋人の顔つきをしている。
長息人は、巨人、と感じるほどは大きくなかった。大柄の短息人と小柄の長息人ならば、身長は重なる。
だが、長息人は身長だけでなく、全体的に大きい印象を受けた。
「長息人って、首とか手足が全体的に太い感じするね。だで、服も太めに作られとる感じがする」
ユージナの言うとおり、長息人は短息人より骨太に見えた。
「確か、長さが二倍になると面積は四倍になって、体積は三倍になるんですよね。身長が一回り大きいと体重の増加は三回り大きいことになりますから、長息人は短息人をそのまま大きくした体型でなく、体重を支えるために骨や関節が太いのでしょうね」
ヴァルルシャが、一辺が一フィンクの立方体と二フィンクの立方体を頭に思い浮かべながら推測した。二フィンクの立方体を作るには、一フィンクの立方体が八個必要になるはずだ。
「ライオンの赤ちゃんって猫みたいだけど、猫より手足が太いもんね。猫より大きくなるからか~って思った覚えあるよ」
リユルが、作者がテレビか何かで見た記憶を思い出して納得した。
「ああ、そうだね。手足もだし、こうして見とると、歩き方も長息人は、大きなライオンがのっしのっし歩いとるような感じするね」
長息人は短息人より一回り大きく、動作もゆっくりしているため、歩く速度が短息人とは違っていた。それは大型動物の歩き方に似ていると、ユージナは思った。
「チラシには、ルフエ島は気候が独特だと書いてありましたよね。植物もルフエ島独自の物が多いんだとか。湖で隔離された空間なので、そこに住む人間も独自の進化を遂げたということでしょうか。確かにこうして来てみると、ルフエ島はなんだか空気が違う感じがしますね」
ヴァルルシャが己を包む空気を確かめようとする。もちろん、手でつかんだりすることはできない。
「うん。暑いとか寒いとかじゃなくて、何というか、柔らかい感じがするよね」
「なんか精霊的な成分が含まれとるとか? いわゆるパワースポットみたいな……。よくわからんけど、過ごしやすくて気持ちいい感じだよね」
三人とも、肌でそれを感じていた。
そんな話をしながら大通りを歩いて行くと、道の先に貸馬屋の看板が見えてきた。町の北の外れまで来たようだ。
貸馬屋の近くまで行くと宿が高くなるので、三人はそこで立ち止まった。大通りのそばも宿が高いので、裏通りに入って宿を探すことにした。やがて食事無しで一泊600テニエルという看板を出している宿を発見した。
この町でも、建物は木や漆喰で作られているようだった。人々の服装が島の中と外で変わらないのと同じで、イリーグの町並みも三人が今まで立ち寄った町のような、いわゆる中世ヨーロッパ風だった。
ただ、やはり雰囲気は違ってきている。
宿の玄関に設置された木製の扉は大柄の長息人でも通れる大きさに作られており、中に入ると天井も高かった。スフィアと共に向かった宿は高級だったので、玄関も高級ホテルのロビー並に大きいと三人は思っていたが、安めの宿でもこの島の建物は全体的に大きいようだ。
とはいえ、三人の入った宿の玄関は、広さはスフィアの泊まる宿ほどは無かった。受付とあまり広くないロビーがあり、すぐそばに階段と廊下がある。あちらが高級ホテルなら、こちらはビジネスホテルだ。このぐらいの価格の宿の玄関はこの島でも同じような造りのようだ。
受付には長息人の女性が一人、座っていた。
三人が一泊を申し込むと、女性はゆっくりと宿帳を取り出した。
「はいー。600ーテニエルですー。こちらにーお名前のーご記入をーお願いーしますー」
差し出された羽ペンで、三人はそれぞれ自分の名前をカタカナで書く。書き文字も日本語訳されているのはルフエ島でも同じだった。
三人が署名している間に、女性は部屋の鍵を取り出した。代金と引き換えに301、302、303の番号札の付いた鍵を受け取り、三人は階段で三階に向かう。
宿屋の構造も、今まで泊まった同じ価格帯の宿と変わらなかった。一階は受付と風呂と従業員の宿直所。二階、三階には客室が並び、廊下の端には共同のトイレがある。廊下にはガラスをはめ込まれた小さな明かり取りの窓があり、光池で光るランプも設置されている。
ただし、全体的に少し大きい感じはする。階段もやや段差が大きいが、登るのに苦労するほどではなかった。
客室も、ベッド一つが収まる正方形で、荷物置き場と、フックに吊り下げられた光池ランプがあるだけのシンプルな構造は同じだった。だがベッドも今まで島の外で使ってきた物より大きく、そのため部屋もその分だけ大きかった。
「これ、長息人サイズってことなんかな?」
301の部屋を開けたユージナが、他の二人に尋ねる。302と303の部屋を開けたリユルとヴァルルシャも、自分の部屋のベッドを見てうなずく。
「長息人はめったに島から出てこないって、コハンの船着き場の人が言ってたよね。てことは宿屋を使うのは、あいたちみたいな短息人だよねえ。なんで宿屋が長息人サイズなんだろ」
「……島からは出ないにしても、ここには船着き場がありますから、積み荷を受け取るなどで他の町からこの町に来る長息人がいるとかですかね? ああそれに、ベッドや建物は、この島の人が作ってるんじゃないですか? だったら基本形が長息人サイズになるはずですよね。わざわざ短息人用の建物やベッドを作る方が手間がかかるのかもしれません」
「そっか。それに大きい分にはうちら困らんもんね。ベッドがでかいと広々と寝れるし。なんか得した気分」
「ちょっとお高い宿に泊まった感じがするよね。本当は一泊2,000テニエルの宿はもっとすごいんだろうけど」
「私たちには縁が無いですよね」
そう話しながら三人は自分の部屋に荷物を置いた。軽く休憩した後、夕飯を食べに宿を出る。時刻は夕方になっていた。
おいしそうな店を見つけ、三人はそこに入った。入り口の扉は大きく、テーブルと椅子もやはり大きめで、ゆったり座ることができた。
店内は半分ぐらい客が入っており、長息人も短息人もいた。
「さーて、何を食べようかな」
リユルが机の上にメニューを広げる。
「あ、『チョビアンのパスタ』って書いたる」
ユージナがその文字を指さす。今までならば、『魚のパスタ』などと訳されて自分たちの目に映っていただろう。
「今日、スフィアくんに『チョビアン』を教えてもらいましたものね」
この世界での固有名詞を知ると、日本語訳が具体的になるようだ。
「チョビアン、おいしかったよね。あい、それにしよう」
三人はチョビアンのパスタ、二枚貝のパスタ、豆入りのパン、魚のムニエル、チョビアンと野菜の炒め物、野菜の酢漬け、チョビアンのスープなどを注文した。一皿30から100テニエルほどだった。
注文を取りに来た店員は長息人だった。三人は料理を待ちながら、この島の家具について話し始めた。
「この椅子といい、宿のベッドといい、ルフエ島の家具はみんな一回り大きいんだね。でも椅子は重くて動かせんってほどじゃないし、ゆったりできていいかも」
小柄なユージナが、座っている椅子の背にもたれた。
「椅子やベッドは、少しぐらい大きくても困りませんものね。ただ、逆はちょっと使いづらいかもしれませんね。だから長息人は島の外には出てこないんでしょうか」
「大柄な人には窮屈かもね。それに小柄な人でも動きはゆっくりしてるわけだから、あいたちみたいな短息人が周りにいっぱいいると、疲れちゃうんじゃないかな? 短息人がルフエ島に来る分には、のんびりできていいのかもしれないけど」
「ルフエ島は保養地になっとるって、コハンの船着き場の人が言っとったもんね」
「ああでも、私たちの乗ってきた船、自由席でも椅子は広々としてましたよね。あれなら長息人でも狭くないでしょうし、絶対に島から出ないというわけでもないんでしょうね」
そんな会話をしながら、三人は料理が出てくるのを待った。だが、しばらく待っても料理は運ばれてこなかった。
「スフィアくんがさっき言ってたとおり、料理がなかなか出てこないね」
リユルが店内を見回す。この店は、注文を取っている人も、奥の厨房で料理をする人も、すべて長息人のようだ。
「これがこの島のテンポなんでしょうね」
「旅しとる、って感じするね。今までの町とそこまで変わらんように見えて、やっぱ違うわ」
「こういうのも含めてルフエ島なんだね。それに短息人の店でも混んでたら料理がすぐ出てこないのはよくあるし、あいたち急いでるわけじゃないからいいよね」
「ええ、この島の時間を楽しみましょう」
三人はもう少し雑談を続け、料理が出てくるのを待った。
やがて料理を盆に載せた店員が「おまたせーしましたー」と言いながら机の上に料理を並べた。
チョビアンのカナッペは軽食だったので手でつまんで食べたが、ルフエ島でも、料理は陶器の皿に盛られた物を、金属のスプーンやフォークでいただくというスタイルのようだ。
三人を驚かせたのは、その量だった。
短息人の店ならば大盛りぐらいの料理が、それぞれの皿にのせられていた。
「わーっ! たくさん!」
「そっか! 長息人は大きいで、食べる量も多いんだ」
「なるほど、そういうところにも違いが現れるんですね」
それでも、船で魔物と戦って疲れていたので、三人はその量をすべて平らげた。味もおいしく、物理的にも精神的にも満たされた。
三人は宿に帰り、休憩した後に風呂に入った。
風呂の構造も今までの宿と同じだった。宿の一階の奥に男湯と女湯があり、それぞれ手前に、脱衣所と洗濯をする場所がある。浴室は、数人が同時に入っても窮屈ではないほどのサイズが一般的だが、この宿は長息人が五人ほど入っても余裕があるぐらいの広さだった。短息人ならば七人分だろうか。三人は今までの宿より広々とした風呂に入ることができた。三人が風呂に入ったとき、男湯も女湯も他に客はいなかったので、さらにゆったりとした気分で使うことができた。
風呂を出て、洗濯をし、髪を乾かしたり肌にクリームをつけたりしてくつろぐ。房楊枝を取り出し、トイレの手前の手洗い場で歯を磨く。トイレの便器もやや大きいが、使いづらいということはない。
「じゃ、明日はコーウェンの町に行くってことで、何時に起きるのがいいかな?」
宿の自室の前で、目覚まし時計を手にしながらリユルが二人に尋ねた。時計は今、夜の八刻あたりを指している。現代で言う十時半ごろだ。
「朝の六刻でいいんじゃないでしょうか」
ヴァルルシャが言う。朝の七時半のことだ。
「そうだね。でもうちら、いつもそのぐらいの時間に起きるようにしとるで、目覚まし鳴る前に目が覚めるかもね」
「かもね。じゃあ、みんな早く起きたらそれだけ早く出発ってことで。おやすみー」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
三人は自室の扉を閉め、目覚まし時計をセットして眠りについた。




