第四章 10 ルフエ島へ
10 ルフエ島へ
四月二十二日は朝から快晴で、雲一つ無い空から降り注ぐ日光が暑いぐらいだった。
今日はコハンの町からルフエ島への船が出る日だ。
「こんだけ晴れとったら船は出るよね」
宿でのチェックアウトを済ませ、荷物を一つにまとめた風呂敷包みを背負ったユージナが空を見上げながら言った。
「そうだよね。風も穏やかだし」
「魔法の風で帆船を進ませるわけですから、なまじ強風が吹いていない方が順調に進みそうですよね」
リュックサックを背負ったリユルとヴァルルシャも宿の玄関で天気を確認する。大雨や強風ならばともかく、この天気ならば問題なく船が出るだろう。
ルフエ島行きの船は朝の七刻、現代日本で言う朝の九時に出発する。三人は宿の近くの店で朝食を食べ、弁当を買い、湖の方へと向かった。朝の六刻過ぎ、現代で言う八時頃に船着き場に着いた。
船は出航の準備中で、筋肉質な船員たちがリヤカーを使い、倉庫から船に荷物を運び込んでいた。船の上で作業をしている船員の姿も見える。船員は皆、青い色のスカーフを頭や首に巻いているのですぐにわかる。スカーフを身につけていない人も船の上に見かけるので、客はもう乗船してもいいようだ。
三人は『コハン――ルフエ島』『自由席』『四月二十二日出航(予定)』と記されたチケットを取り出し、タラップのところにいる船員に見せた。
「はい、どうぞ。自由席はタラップ近くの階段を降りてすぐの大きい部屋です」
船員はチケットを確認し、タラップの先を手で示した。三人は船に乗り込み、階段を降りる。そこには広い部屋があり、出入り口はあるが扉は無いのですぐにそこが自由席だとわかった。
その広い部屋には、電車の座席のように二人がけの椅子がいくつも並んでいた。だが電車より椅子が大きく、椅子同士の間隔も広いので足を伸ばして座れるだろう。電車の一両を、縦の長さはそのままに横に広げ、座席を三列にしてゆったりさせたような広さの部屋だった。
そこにはコインロッカーも設置されていた。10テニエル銅貨を入れると鍵がかかる仕組みになっている。三人は旅の荷物をロッカーにしまい、手荷物だけを持って船の中を見て回ることにした。
自由席の大部屋の近くには、三人掛けの長椅子とテーブルのある個室がいくつかあった。そちらも部屋の扉は無かった。それでも自由席より空間が広いので過ごしやすいだろう。今はどの個室にも乗客の姿は見られなかった。
船室の近くにはトイレがあった。さらに進むと倉庫への階段もあったが、船員以外立ち入り禁止となっていた。もちろん操縦室もだ。
乗客が出入りできるのは船室と甲板、トイレだけのようだった。
「やっぱり食堂は無いね。お弁当買っといて良かったね」
一通り船内を見終わり、甲板に来たところでリユルが言った。
切符を買ったとき、船はルフエ島に昼の二刻ごろに着くと聞いた。現代で言う昼の一時半だ。今朝三人で朝食を食べたとき、半日移動するだけの船だから食堂は無いだろうし、前回の船旅のように食事のチケットを購入したわけでも無いので、昼食は自分たちで準備しなければならないことに気がついたのだ。
「うん。自由席だとテーブルは無いけど、膝の上に広げて食べればいいよね。椅子大きいで余裕あるし。
……自由席って言うと電車みたいだけどさ、新幹線とかの、前の座席の背もたれに折りたたみテーブルがくっついとって必要なときだけそれを使う、ってのは、狭いスペースを有効利用するすごいアイデアだったんだね」
ユージナが声を潜め、リユルとヴァルルシャにだけ聞こえるようにして新幹線という単語を口にした。二人もそう感じていたので同じ大きさの声で話を続ける。
「そもそもこちらは椅子同士の間隔が広いので、前の座席にテーブルがあっても届かないですよね。現代日本ほど人口が多くなくて座席を詰め込む必要がないので、新幹線のような座席を作る必要も無いのでしょうね。需要が無いと供給もされないでしょうから」
「テーブルが欲しい人は高い個室のチケットを買うんだろうね。あいたちの自由席にはテーブル無いけど、椅子がぎゅう詰めじゃないあたりが異世界感あっていいよね」
三人はうなずき、小声で話すのをやめて辺りを見回した。甲板には他の乗客も何人かおり、景色を眺めながら船旅が始まるのを待っていた。武装していたり体格が良かったりするわけではないので、魔物狩り屋ではなさそうだ。ルフエ島には仕事で行くのだろうか、観光で行くのだろうか。
船はまだ出発していないが、水の上なのでゆっくりと揺れている。フルーエ湖は海のように大きく、湖面に日光が反射して輝いている。町の方を見渡せば、人々が活動を始めているのが見える。三人はしばらく甲板で景色を眺めた後、自由席に戻った。
自由席の部屋は先ほどよりも人が増えていたが、使われている座席は半分ぐらいだった。二人がけの椅子とはいえゆったりしているので三人並んで座れそうでもあったが、椅子が余っているので遠慮無く使うことにした。一つの椅子にリユルとユージナ、その横の列の椅子にヴァルルシャが座り、出発の時間を待った。
「そろそろ出航します!」
やがて船の外から船員の声が聞こえてきた。タラップを外す音や確認作業をする声が聞こえ、「出航ーっ!」という声と共に汽笛が鳴り響くのが聞こえた。
船は、ルフエ島に向けてゆっくりと動き出した。




