第四章 06 魔物のイメージ
06 魔物のイメージ
「葉獣!?」
リユルが音のする方を振り返って警戒する。
「いや……葉獣の立てる音とは違う感じがしますね……」
ヴァルルシャの言う通り、それは木の葉や木の枝がこすれて出る音ではあったが、葉獣のように小さい物が走り回るような音ではなかった。
「うん……なんか……もっとでっかい……ああ!!」
ユージナが辺りを見回し、それを発見した。
それは、樹木が枝を手のように伸ばし、根を足のように動かし、こちらへ歩いてくる姿だった。幹には丸いウロが二つと樹皮が裂けたようなウロがあり、目と口のように見える。
「じゅぼっこだ!!」
「トレントだ!!」
ユージナとリユルが同時に叫び、それを指さした。二人は顔を見合わせる。
「え……? じゅぼっこでしょ? 樹、木、子、と書いて樹木子! 木の妖怪! 覚えとらん?」
「いや、木のモンスターだもん、トレントでしょ? ゲームとかに出てきたでしょ?」
その魔物の幹は人間の胴より太く、重量があるので葉獣のように素早く動けないようだ。素早くないどころか、移動速度は普通の人間が歩くスピードよりもかなり遅かった。
「なるほど、木のモンスターに対して、東洋と西洋で違う呼び名があるのでしょうね。……あれ……? 確か、樹木子もトレントも、実際にそういう伝説がある存在ではなく、フィクションの中の創作物じゃありませんでしたっけ……?」
ヴァルルシャは考えながら、首をひねった。
「そうだっけ? うーん……詳しいこと思い出せんけど、そんな話を聞いたことがある気もしてきた……」
「じゃあゲームの敵キャラとして出てきたのは……? 創作物とはいえトレントが有名になって、ゴブリンみたいな実在のモンスター……いや実在っていうか現実に伝説が伝えられてるモンスターと同じような扱いになって、ファンタジーRPGの一般的な敵キャラとして、いろんなゲームに登場するようになったとか、そんな感じ? 日本でエルフのイメージに尖った耳が定着してるような感じ?」
「かもしれませんね……というか、あまり悠長に話している場合ではないような気がしますが!」
魔物の歩みは遅いとはいえ、着実に三人に近づいてきている。
「そうだね、葉獣よりは強そうだし、おしゃべりしとる場合じゃなかったね!」
ユージナが言い、三人は身構える。
「こいつの名前……樹木子もトレントもやめとこう。創作モンスターなら、あいたちだってすでに遭遇してるし。葉っぱの魔物が『葉獣』なんだから……」
リユルの言葉を受けて、ヴァルルシャが続ける。
「ええ。木の魔物……『木獣』でいいですよね」
名前が決まった瞬間、『木獣』はゆっくりと歩くのをやめ、力を爆発させるように走り出した。
「名前が決まって喜んどるのかな!? 望むところだよ!」
木獣の進行方向にはユージナがいた。ユージナは自らも足を踏み出し、木獣に切りつける。木獣は刀が幹に届く前に、枝で己の体をガードした。ユージナの刀は木獣の細い枝を何本か切り落とすに留まった。枝は地面に転がり、消えていく。
「炎よ!」
ヴァルルシャが木獣の背後から炎の魔法を投げつける。幹の、ウロでできた顔のある面の反対方向にサッカーボール大の炎が当たり、木獣がうめく。
「グアアッ!!」
やはり木なので炎攻撃は効果的なようだ。樹皮に焦げたような跡が付く。
「岩よ!」
リユルも魔法で岩の塊を投げつける。炎ほどではないが、木獣は打撃のダメージを受けたようだ。
木獣はウロの目で三人をにらむような表情をし、もう一度走って襲い掛かろうとする。だが走ると言っても、木の姿で重量があるためか、長い時間も距離も走れないようで、一瞬ダッシュする程度のことだった。
普通レベルの魔物狩り屋ならば、避けられない動きではない。
「もう一発いくよ!」
木獣の突進を避けたユージナが、木獣に切りかかる。今度は幹の部分に切り込みが入った。
「炎よ!」
「岩よ!」
間髪を入れずにヴァルルシャとリユルの魔法が木獣に当たる。
「グゥッ!!」
木獣の攻撃は、腕のような枝を振り回し、突進して体当たりするというものだった。それほど複雑な動きではないので、三人は木獣の攻撃を避けつつ、刀や魔法で木獣にダメージを与え続けた。
「ガァァ……」
やがて、うめき声を上げながら木獣は蒸発するように消えていった。光が三人の蓄光石に吸いこまれていく。
「初めての魔物でしたが、無事に倒せましたね」
ヴァルルシャが息を吐いて笑顔を見せる。
「うん。でも見るからに木だったし、戦い方が見当つくで良かったよね。葉獣の強化版って感じ」
「葉獣より体が大きくてHPが高いけど、その分、素早さが低いって感じの敵だったね。……あいたちが葉獣より強い魔物出て来いって言ったから出てきたんだったりして」
「かもしれんね。でも、倒せんほど強いって程じゃないで、ちょうど良かったよ」
「森のような場所とはいえ、それほど鬱蒼としているわけではないので、この辺りにはあまり強い魔物は出ないのかもしれませんね」
それでも二回の戦闘を終えたので、三人は座れそうな場所を探し、弁当を食べて休憩することにした。
日当たりのいい草地があったので三人はそこに腰を下ろし、弁当を取り出す。
「そういやさ、結局あの魔物の名前は『木獣』にしたけど、この世界っていろんな国があるわけでしょ? うちの出身地も、東洋ってこと以外は決まっとらんけど、東の方にあるって想定はしとるよね。よその地方の魔物ってどうなっとるんだろ」
ユージナがベーコンを挟んだパンを食べながら疑問を口にした。
「あいたちさっき、樹木子とかトレントとか、魔物の名称で迷ったもんね。結局『木獣』にしたけど、『木が動いて攻撃してくる』って魔物はよその国にもいそうだよね。よその国だと呼び名が変わってくるのかな? 異なる言語もあるわけだから、呼び方が違ってもおかしくないけど……外見はどうなるんだろ? その地方にしか生えない木とかあるよね。てことは外見も変わってくる? 名前も姿も違うならもう別の魔物だよね。……そもそも鑑定屋ってどの国にもあるのかな?」
リユルが瓶詰の果汁でのどを潤しながら首を傾げた。
「ユージナさんがこうしてこの国にいるわけですし、武器屋で東洋の刀の手入れを頼めたり、ユマリさんが着物をファッションに取り入れたりしていましたよね。ということはそれなりに東洋と西洋に交流があると考えられますし、ならば情報も共有されているのではないでしょうか。
ユージナさんは魔法は使いませんけど、それはユージナさんが魔法より剣の方が得意だからであって、東洋に魔法屋が無いわけではないと思います。
魔法は戦闘に使うだけでなく、帆船の動力やトイレの浄化など、生活を便利にする力でもあるので、その存在を知った国は自国でも使いたいと思うはずです。その反動で魔物が生まれるとしても、それは退治が可能な存在ですから、魔物退治をすればいいわけです。そして魔物退治を推奨するために報酬を出す機関というものが必要になり、つまり鑑定屋というシステムが、どこの国にも必要になるのではないでしょうか。なので、どの国にも鑑定屋があり、魔法屋があり、魔法水筒などを作る工場もあり、そういった商品も売られている、と考えていいのではないでしょうか」
ヴァルルシャが魚肉を挟んだパンを食べる手を止めて考えを述べた。
「そっか、そうだよね。てことは、葉獣とか木獣とか、自然物が魔物になったようなのはどの国にも出そうだし、そういう魔物はその地方の言葉で『葉の獣』『木の獣』みたいに言われとるのかもね。
……そういやさ、現実世界の伝承でも、東洋と西洋で似たような妖怪とか妖精とかっておるよね。うちこないだ戦ったグロテスクな人魚、日本のお寺にある人魚のミイラを思い出したんだけど」
ユージナが言い、二人もうなずいた。リユルがそれを受けて話を続ける。
「東洋人も西洋人も、『海に出る、人間じゃないけど人間ぽいモンスター』を想像するときに、人間と魚が融合した姿を頭に浮かべたんだろうね」
「海とかこういう森とかの、ひと気のないところで怪物が出たらやだなって思うのはどの国の人も変わらんだろうし、そういう恐怖心が似たようなモンスターのイメージを作るのかもしれんね」
「場所が同じでなくても、西洋と東洋で似たモンスターはいますよね。鬼とオーガとか。現代日本だとどちらも『人間に近い二足歩行の外見だけど、角や牙があって恐ろしい存在』のようなイメージが一般的でしょうか。人間が怖いと感じるものには根本的な共通点があるのかもしれませんね」
「あっでもさ、日本の鬼が虎のパンツを履いとるのって、『鬼門』が『うしとら』だで、鬼は牛の角があって虎のパンツを履いとるってことじゃなかったっけ? そういうのは鬼門の概念が無いと生まれてこんよね」
「そうだね。あい思うんだけど、樹木子とトレントも、創作物であっても東洋っぽさ、西洋っぽさがある感じがする。それに実際に伝承のある妖怪や妖精でも、写真が残ってるわけじゃなくて、誰かが伝承を聞いてイメージを絵にして、それがいろんな人の目に触れて、現代風アレンジされてゲームやアニメにも登場していくわけだよね。そういうのもやっぱり、西洋は西洋の、東洋は東洋の雰囲気がある気がする」
「自然に対する畏怖の念や、暗闇などへの恐怖心はどの国の人間にも共通でしょうけれど、それを妖怪や妖精などの人ならざる存在に擬人化する場合、その地方の人間になじみ深い物がモチーフに使われる、ということかもしれませんね。服装や動植物など、その地方の風土といったようなものが。それがその国らしさを感じさせるのでしょうね」
「ましてこの世界は、怪物の姿を絵にするどころか実体化するんだもんね。ヴァルルシャの言っとるのって、普遍的無意識とか集合的無意識とかいうようなやつだっけ? この世界でも、たとえば森の中で魔物が具現化する場合、その地方の普遍的無意識みたいなのが作用して、その地方の人がイメージしやすい魔物の形に具現化する、ってことがあるかもしれんね。だで、東洋と西洋で、似とるけどもその地方っぽい外見の魔物、っていうのが生まれるのかもしれん」
「そっか。じゃあ、この世界の東洋に行くと、木のモンスターは樹木子って呼ばれてるかもしれないね。あっでも、葉獣とか木獣みたいな魔物はどこにでもいそうだし、西洋と東洋で交流があるなら、木のモンスターの総称として『木獣』って言えば、どの国でも通じるのかもしれないね」
話しているうちに、三人の弁当はすっかり空になっていた。
「この世界の魔物の設定、また少し固まった気がするね。うちらがご飯食べとる間のおしゃべりで」
ユージナが言い、ヴァルルシャもリユルも笑った。
「精霊は申請する人間が外見を設定するわけですが、魔物は勝手に具現化するんですものね。その地方の人々のイメージが影響する、というのはありえる話ですよ」
「ユージナの言ってた、集合的無意識だかなんかがね。てことは、船でちょっと遠くへ移動してきたわけだし、この辺には木獣以外にも、あいたちがまだ見たことのない魔物がいるかもしんないね」
「うん。楽しみだね……って言ったらいかんかな?」
「魔物狩り屋としては間違っていないと思いますよ。魔物は我々の収入源なわけですから」
「あんまり強すぎると困るけど、弱くてお金にならないのも困るし、あいたちの力で倒すのにちょうどいいぐらいの魔物が出るといいよね」
「食休みが終わったらまた探しに行きましょう」
三人はうなずき、しばらくその場で休憩を続けた。




