第三章 11 服屋
11 服屋
翌日も朝から雨が降り続いていたので、三人は宿でイクーサをして過ごした。
食事に行くときは以前買ったレインコートを羽織って出かけた。その布は『撥水の魔法』がかけられているので、雨に濡れても里芋や蓮の葉のように水を弾き、建物に入る時も脱いで振り払えば乾いた布のようにべたつきが無い。
とはいえ雨の日に出かけるのはやはり億劫なので、食事以外では三人とも宿から出なかった。だがイクーサがあるので退屈しなかった。
夕方になるころには雨は小降りになり、夜のうちに雨は止んだ。
次の日の朝には太陽が顔をのぞかせたので、ヴァルルシャは町の中に出かけていった。ユージナとリユルは朝食の後はまた宿に戻り、リユルの部屋にユージナが入っておしゃべりを楽しんでいた。
やがてユージナがトイレに行くと言って部屋を出た。この場合、『トイレに行く』は『トイレに行って布ナプキンを交換したのちに洗い場に行って布ナプキンを洗って干し、前回干した布ナプキンを回収してくる』という意味を含む。リユルは必要に迫られていなかったので部屋にとどまった。生理中は、そうでない日にトイレに行って戻ってくるよりも時間がかかるものだが、今回はそれ以上に長い時間、ユージナは戻ってこなかった。やがてようやくリユルの部屋に顔を見せたユージナが言った。
「今日は晴れみたいだし、買い物ぐらい行ってもいいかなあ」
「戻るの遅かったけど、具合悪いんじゃないの?」
「さすがに三日目だで、初日よりは楽になっとるよ。量も減ってきたし……。そんで、布ナプキンも小さいのでいいかと思っとったら、またちょっとドバっと出て、はみ出しちゃったんだよね……。下着ごと取り換えて洗ってきたけど、洗い替えのショーツがもう何枚かあってもいいかなって」
血が下着に漏れることはよくあるのでリユルはうなずく。
「ああ、確かにね。荷物の中に替えの下着はあったけど、もうちょっとあった方が安心だよね。でも、どこに買いに行けばいいんだろ? ……服屋?」
「仕立て屋は前に行ったけど、あれは破れた服を直したり、本人の体格に合わせてオーダーメイドするところだよね。でもヴァルルシャが貫頭衣を借りとったし、完成した服もそれなりに流通しとるはずだよね」
「ああそれに、あいたちがお風呂上りに履くスリッパやユージナの地下足袋も、お店にいろいろサイズがあってその中から選んで買ってきたじゃない? この世界の服は、オーダーメイドと、サイズごとに商品を作り置きしてあるのと、両方あるってことだよね」
「そうか、それに旅しとる人はオーダーメイドなんてやっとれんもんね。じゃあ、出来上がった服をいっぱい売っとる店があってもおかしくないよね」
二人は以前行った店の状況を思い出してそう推測した。
「てことは下着も、女性向けの服屋なら売ってそうだよね。ゴムひもは存在する設定になってるし。大きめの服屋なら普段用のショーツも生理用のショーツも売ってるかな? 下着売り場があるんなら、ブラジャーももう何枚か買っておきたいなあ。サイズの合うやつがあるといいんだけど」
リユルが服の上から自分の胸元を見る。
「リユル胸でかいもんね。うちはスポーツブラみたいなやつだでフリーサイズで十分だろうけど……ていうかブラジャー無くてもいいぐらい胸が無いんだけど……」
ユージナも服の上から自分の胸元を見た。
「昔の設定じゃ男装して旅に出ることになっとったし、さらしを巻いて胸を押さえこんどる、みたいな設定もあった気がするんだよね。
……確かうちの設定って、『剣術の道場の一人娘だったけど、親が騙されて道場を奪われて殺されたからそのかたき討ちのために旅に出る』みたいな感じだったんだよ。だで、作者が『幼いころから剣術の練習をしていて脂肪が燃焼しているから胸も無いだろう』って考えて貧乳に設定された気がするんだわ。ミニスカ着物にニーソックスとかいう時代考証無視したデザインを設定するくせに、そういう妙なリアリティにはこだわるんだから……」
ユージナはため息をつき、リユルは笑う。
「仇討とか憂鬱な設定は背負いたくないし、この世界ではうちにそんな過去は無いってことに決めたけど。昔の設定とは口調も変えたし。でも、体格はこの世界にこの姿で現れた以上、今さら変えられんもんね」
「ぼやく過去設定があるだけいいよ。あいなんかストーリー設定とかろくになかったはずだもん。『スタイル良くて魔法が何でも使えるキャラかっこいい』みたいな妄想から、外見と名前だけ設定して満足したって感じ。自分でスタイルいいとかいうのもあれだけど。
それにあいが作られたのって作者が中学の最初ぐらいの時だから、『中学生女子の考えるスタイルのよさ』なんだよね。だから胸のでかさよりも足腰の細さを重視してると思うよ」
リユルの言葉に、ユージナは彼女の体形をまじまじと見てうなずいた。
「ああ、確かに中学生ぐらいってめっちゃくちゃ細い体にあこがれるよね。そんで無理なダイエットとかして生理痛を悪化させてくんだよね。成長期にダイエットなんかしんくていいのに」
「健康体重よりそうとう軽い体重が理想とされてるもんね。この世界で具現化するにあたってデッサンの狂いが修正されたのか、あいはそこまで不自然に痩せてないし、主に徒歩で旅をしてる設定だからそれなりに筋肉があって引き締まってる感じだけど。でも日本の女子は痩せた体にあこがれすぎだよ。健康であればちょっとぐらい体重が重くてもいいじゃない」
「ほんとだよね。食べたいものも我慢してガリガリの体を維持しとるより、おいしくご飯食べてニコニコしとった方がいいって」
「ねー。あ、出かけるんだったね、支度しようか」
ユージナとリユルは町に出かける準備をし、宿を出た。
女性下着は現代日本と同じような物があるし、ヴァルルシャも現代にあるようなトランクスなんだろうか、そんな話をしながら服を売っている店を探した。
やがて人通りの多い道沿いに、二階建てになっている服屋を見つけた。道に面した入り口は広く開けられ、色とりどりの服が並べられている。その品々から察するに女性服の店のようだ。二人は中に入ってみる。
その店の一階には普段着やおしゃれ着が並んでおり、階段のところに『二階・下着売り場』と書いてあった。
店内には『商品を入れるのにお使いください』と書かれたかごがあったので、二人はそれを持ち、二階へ向かった。
二階は下着や肌着など、インナー全般の売り場だった。試着室もある。二人はまずブラジャーコーナーに行き、自分に合うサイズのブラジャーを選んだ。リユルの物は立体的に作られているので価格は400テニエル、ユージナのスポーツブラはシンプルな形状なので150テニエルだった。
ショーツも普段用と生理用が売られていた。普段用は、飾り気のない物なら一枚50テニエルで、レースなどで豪華になっていくにつれ価格は上がっていった。生理用ショーツは厚手で丈夫に作られていて、一枚150テニエルだった。
「せっかくだし肌着も買っとくか~。タンクトップが一枚100テニエル……ほんとは服も欲しいけど……」
リユルが下着を選びながらため息をつく。
「下着だけでも結構お金かかるし、かさばるもんね。荷物には寝間着も入っとるし、レインコートもあるし、おしゃれ着まで入れとく余裕はなくない?」
「だよね。旅してるんだもん、しょうがないか」
「うちはスパッツもいるし。あ、それに靴下も買わんと」
二人はそれぞれ欲しい下着を選び、それから靴下コーナーに向かった。
「靴下も替えが何枚も欲しいよね」
「うん。うちが今はいとるようなのってあるかな」
靴下は短い物から長い物までそろっており、色も豊富だった。値段も、数十テニエルから数百テニエルと、種類によって様々だった。
リユルはこの世界に現れたとき、水着のような服にブーツ、という服装をしていた。それは冷えるので、鞄に着替えがある、という設定を考え、長ズボンとシャツを取り出して着替えた。ブーツはそのまま着用を続け、その中に着用していたくるぶし丈の靴下もそのままはき続けている。鞄には替えの靴下も入っていたが、靴下の消耗は激しい。
だが、リユルの今の服装は、外から靴下が見えないのでどんな物に買い換えても外見の変化は無い。
ユージナは丈の短い黒の着物に黒のニーソックスという服装でこの世界に現れた。腹が冷えるので荷物の中から黒いスパッツを取り出し、着物の下に着用したが、それもニーソックスに届かない長さなので、見た目はあまり変わっていない。
スパッツは今、黒く太ももまでの長さの物が売っていたのでそれをかごに入れた。しかしニーソックスも今はいているのと同じ色と長さの物が手に入らなければ、外見の印象がかなり変わることになるだろう。しかもユージナは履き物の関係上、普通のニーソックスでは不都合がある。
「ニーソックスで、つま先が分かれとるやつがあるといいんだけど……」
ユージナのニーソックスは、つま先が足袋のように分かれた形をしていた。和風のキャラを描きたい、だがニーソックスもはかせたい、という作者の要望により、ニーソックスのつま先がそういう形状にならざるを得なかったのだ。そういう靴下をキャラがどこで購入するかなど考えられていない。そもそも作者に服装をデザインされ、悲劇的な設定を考えられたあたりで放置されていたのだから、そんなところまで設定は行き届いていない。
「ここ西洋だもんね……あっでも、『東洋靴下』ってあそこに書いてあるよ!」
リユルが靴下売り場の一角を指さす。そこには『足にいい! 東洋靴下』と書かれた張り紙があった。二人でそこの品物を見てみると、くるぶしから膝下ぐらいの丈の、つま先の分かれた靴下が売られていた。値段は同じ丈の普通の靴下より少し高めで、100テニエル前後だった。
「こういうのもそれなりに売っとるんだねえ。ちょっと高いけど。作るのに手間がかかるでかな?」
「うん、でも売ってるってことは買う人がいるってことだよね。地下足袋も靴屋に売ってたし」
ユージナは当初、作者が資料を調べず和風のイメージだけでデザインした、わらじとも草履ともつかない履き物を履いていた。しかし旅の途中で、地下足袋に買い換えた。当初の物は強度があまり無く、しかもつま先が出ているので旅に向かない履き物だったからだ。
地下足袋は、靴屋の『東洋物』というコーナーで売られていた。ここは中世ヨーロッパ風の国だが、つま先が二つに分かれて足に力が入りやすいということで、一定の需要はあるようだった。
「でもさすがにニーソックスぐらい長いのは売っとらんね」
「ニーソックスはニーソックスで買えばいいんじゃない? レギンスみたいに足首までか、トレンカみたいに足先が出るやつなら売ってるんじゃない?」
「そっか、二枚重ねではいとってもいいよね、どうせ足先は地下足袋で見えんし」
ユージナは納得し、黒の短い東洋靴下をかごに入れ、黒のニーソックスを探し始めた。そして、つま先の無いタイプのニーソックスを見つけたので、それをかごに入れた。一足100テニエル。
「いいのあったー! これなら今はいとるのとあんまり変わらんよね」
ユージナは安堵する。
冷える、防御力が弱い、という現実的な問題点には対処する必要があるが、なるべくなら初期のデザインを残したい。未熟でも作者が一生懸命考えたデザインであり、それが自分たちを形作っているのだから。
ユージナの安堵には、そういう思いが含まれている。リユルもそれがわかるので、うなずく。
二人は選んだ品物を買い、店を出た。それ以上の遠出はせず、宿への帰り道で町並みを眺めるにとどめた。宿に戻り、買った品を軽く洗ったりしつつ、またゆっくり過ごす。
その日は一日中晴れていたので、ヴァルルシャは夕飯を済ませてから宿に帰ってきた。ユージナとリユルも近くの店で夕飯を終え、宿に戻って入り口をくぐったところで、階段から降りてきたヴァルルシャと顔を合わせた。
「あ、おかえり」
そう言うユージナに気づき、ヴァルルシャは足を止めた。
「ああ、お二人はこれからお食事ですか?」
「あいたちは今帰ってきたとこ。ヴァルルシャはこれからお風呂?」
「いえ、新しい下着や靴下を買ったので使う前に洗っておこうと思って……」
よく見ればヴァルルシャは紙袋を手にしていた。
「うちらとおんなじだ」
ユージナが笑う。三人とも今日はインナーを買う日だったようだ。
それから三人は宿でくつろぎ、昨日と同じようにそれぞれのタイミングで眠りについた。




