第三章 10 夜
10 夜
ユージナとリユルは、宿からそれほど離れていない飲食店にレバー料理があるのを見つけ、そこで昼食を食べた。それから宿に戻り、休みをとりつつ、また一つの部屋に二人入っておしゃべりを楽しんでいた。
「ちょっとは楽になった?」
ベッドに横にならず、腰かけた状態のユージナにリユルが尋ねた。
「朝よりはね。でもリユルは調子悪くならんの?」
「あいはそんなにつらくないかな。ユージナの方が物理攻撃担当だし、あいより体力あるだろうから生理軽くてもいいのにねえ」
「とはいえ基本的には徒歩で旅しとるんだし、リユルだってそれなりに体力あるでしょ。作者は現代日本で運動不足だったと思うし、それも生理痛の原因かもしれんけどさ、運動したって痛む人は痛むでしょ」
「ああ、確か作者のクラスメイトで、運動部でも生理痛のひどい子とかいた気がするよね。試合の日に生理が被って補欠の子と変わったんだっけ? プロ選手ならピルで生理をずらすかもしれないけど、学校の部活程度じゃピル飲みたいなんて言えないよね」
「うん……せっかくの試合が生理で駄目になるのくやしいよね。でもこの世界にはいい薬があるで、生理の来る日を自分で選べるだけでもありがたいわ」
「うんうん」
そんな話をしていると、隣の部屋から物音が聞こえた。ユージナとリユルが部屋を出てみると、ヴァルルシャが自分の部屋に戻ってきていた。
「あ、ヴァルルシャ、戻ってきたんだ」
リユルに言われ、ヴァルルシャは答える。
「ええ、雨が降りそうな感じなので、早めに戻ってきたんです」
「え、雨降りそうなん? 部屋におったで全然わからんかったわ」
ユージナはそう言って廊下の窓を覗きに行く。窓は明かり取り用の物が廊下の端にいくつか設けられており、やや高い位置にある小さなガラス窓からは確かに曇り空が覗いていた。廊下も夕方の初め頃にしては薄暗かった。
「ちょっと早いけど雨が降る前に夕ご飯食べに行った方がいいかなあ。三人で一緒に行く?」
リユルが言い、二人もうなずいた。三人は支度をし、宿の外に出る。空はかなり暗くなってきていた。
「面白いお店とかあった?」
食べ物屋を探しながらユージナがヴァルルシャに尋ねる。
「ええ、面白いゲームを買いましたよ。イクーサと言って……」
ヴァルルシャはイクーサの説明をした。
「へえ~。面白そうだね。後であいたちにもやらせてね」
「ええ。お二人は今日はどうしてたんですか?」
「ずっと宿にいて二人でしゃべってたよ」
「一日中話しとっても話すこと尽きんもんね。あっそうだ、うちらが便利な植物の設定に頼っとる理由がわかったよ!」
「へえ、何でですか?」
そんな会話をしながら三人は宿の近くの店で夕飯を食べた。葉野菜のサラダに魚のスープ、ナッツを練りこんだパン、魚介のパエリヤにひき肉のパスタ。
食事をしながら、ヴァルルシャは画材屋で教えてもらった精霊の外見設定の話を二人に伝えた。
「……なので、精霊の外見を理想的な物にするのは可能なようですが、やはり毎月の税金を払える見込みがないと精霊を所持するのは難しいみたいですね」
「そっか~。確かにあいたちが今まで見た精霊ってみんな美男美女だったもんね。個人所有の精霊は持ち主の趣味だろうし、鑑定屋や手形屋の精霊も、大衆受けしそうな綺麗な顔にしとこうってことなんだろうね」
賑わう店内の隅のテーブルでパスタを食べながらリユルが納得する。
「あ、てことはさあ、めちゃくちゃお金持っとる人だったら、魔法を使う用事が無くても、好きな外見の精霊を作りたいためだけに精霊を申請する、とかやっとるのかもしれんね。現代日本で言ったら、好きなアニメキャラの等身大フィギュアを自腹で作るようなもん?」
ユージナがパエリヤの貝殻をどけながら、思いついた例えを言う。奥まった席にいるのでこういう話も口に出せる。
「ああ、確かにそういう物に近いのかもしれませんね」
ヴァルルシャがうなずき、スープを口にする。
「そういえばさ、ユマリさんに教えてもらった『汚水分離の魔法』、画材屋でも使われてることが分かったけど、浄化関係の魔法って『固めて洗剤にしてある』ってよく聞くじゃない? 『残水の魔法』はなんで店に精霊を置いとかないといけないんだろ? 『残水の魔法を固めた物』を店に置いとくだけじゃ駄目なのかな?」
リユルが首をかしげる。魔法水筒には残水の魔法のかかった塗料が塗られていて、それが剥がれてきたら精霊のいる道具屋で修繕、つまり塗料を塗り直してもらう。そういう話を人魚姿の精霊がいる道具屋で聞いた。
「確かに、塗料ってことなら瓶詰にしといたそれをお店が持っとって、必要になったら店主が水筒に塗ればいい気がするね」
ユージナも首をひねる。少し考えて、ヴァルルシャが口を開く。
「魔法によって、固めておいても威力の変わらない物と、固めておくと揮発性が高いというか、威力が消えてしまうものがあるんじゃないですか? 水筒に精霊が直接、残水の魔法をかければその効果は後まで残るけれど、塗料だけを作り置きしておいても無駄になってしまうとか……」
「そうか、魔法によって差があるのかもね。『廃水浄化剤』も、個体より液体の方が割高だとかユマリさんが言ってたっけ」
「ああ、それにうちら、一番最初にいろいろ設定を考えた時、『残水の魔法』……その時はまだ名前も決まっとらんかったけど、それを人間が使うのはものすごく精神力がいるから、そういう魔法は精霊にやってもらう、みたいな話をしとったっけ」
ユージナがその時のことを思い出す。ほんの一か月ぐらい前のことなのに、かなり昔のことに思える。
「そうでしたね。そう考えると、精霊はパソコンみたいな面もあるのかもしれませんね。何万桁の計算とか、人間でも訓練すればそれなりに早く答えが出せるでしょうけど、必死にその技術を習得するよりパソコンを買った方が早い……というような。パソコンも高いし維持費もかかりますけど、人間がパソコン並みの計算能力を得るために訓練する労力などを考えればパソコンを買う方が安くつく。そうイメージしてもいいのかもしれません」
「なるほど。で、例えば文章データなら、パソコン上でもプリントアウトした物でも読めることに変わりはないけど、音楽データはパソコン上じゃないと再生できない。固めて使える魔法と使えない魔法の差はそんな感じなのかもね」
ヴァルルシャとリユル、魔法使いの二人がそのように例えた。
「ああ、そう言われると分かりやすいわ。お金持ちの人は一人で何台もパソコン持っとるしね。
それに精霊も、お金持ちの人はきみらが習得しとるような風の初級魔法なんかも、自分で習得せずに、好みの外見の風の精霊を作ってドライヤーの用事だけさせたりしとるのかもね」
「わあ、お金持ちって感じだ~」
三人はそういう話をしながら夕食を味わった。
店を出るころには雨がぽつぽつと降り始めてきたので速足で宿に帰る。
食休みを兼ねて三人でヴァルルシャの部屋に入り、ヴァルルシャがイクーサの説明をする頃には雨は室内でも音が聞こえるほど激しく降りだした。だが、今日はもう出かける用事は無い。しばらく交代でイクーサの対戦を楽しむ。三人ともルールを覚えたてなので対戦相手としてちょうどよかった。
やがて三人は支度をし、風呂に入ることにした。
ユージナとリユルは、今までやってきたように、昼に見かけた人のように、風呂に入った。風呂場で別の宿泊客と顔を合わせたが、彼女は二人が生理中なのを見ても特に驚かなかった。
三階に戻り、それぞれの部屋で身だしなみを整える。ヴァルルシャとリユルが風の魔法を使って髪を乾かす。お金持ちの人は精霊にやってもらうんだろうか、夕食時にした話をもう一度しながらリユルはユージナの髪も乾かす。
「別行動しようって言っとったけど、結局は三人一緒になったね」
抜け毛をゴミ箱に捨てて戻ってきたユージナが、部屋の前でくつろいでいるリユルとヴァルルシャに笑いながら言う。
「そうですね。あ、でも私はまだ寝ずに、イクーサの練習をしようと思ってるんですよ。お二人はもう寝ますか?」
女二人は顔を見合わせ、答えた。
「うん……うちはもう寝ようかなと思っとる。夜中に何度も起きるかもしれんし」
「あいも夜更しせずに早めに寝ようかな。明日も自由行動だし、起きるのも朝ご飯も三人バラバラでいいよね」
「ええ、でも明日も雨かもしれませんね……」
ヴァルルシャが明かり取りの窓の方を見る。もちろん夜なので明かりは入ってこず、廊下に設置された光池ランプの光が町の外に流れ出している。光に照らされた窓の外の空間には大きな雨粒が見え、雨音も夕方より強いぐらいに聞こえていた。
「雨でもイクーサがあるで退屈しんよね。ヴァルルシャ、いいもん買ったね」
「ええ。じゃあ、ゆっくりしてください」
「うん、おやすみ」
「おやすみ」
三人はそれぞれの部屋に入り、それぞれのタイミングで眠りについた。




