第三章 08 生理と風呂2
08 生理と風呂2
「さっきの女の人も、生理だったね」
リユルが言った。ユージナも、そのことを話したかったという風に話を続けた。
「うん。洗い場に他の人の布ナプキンが干したることもあるし、このぐらいの宿ってだいたい十数人ぐらい泊まっとるよね。だったらうちら以外に生理の人がおってもおかしくないよね」
二人は今までに泊まった宿のことを思い出す。他の女性客と風呂や洗い場で顔を合わせるのは珍しいことではなかった。
ただ、洗濯後の干してある布ナプキンを見たことはあったが、他人の血の付いた布ナプキンを目にするのも、生理中とわかる人が風呂に入っていくのを見るのも、今回が初めてだった。
「……一か月ぐらい前、うちが最初に生理になって、生理用品の設定を考えたじゃない? で、その日の夜に風呂に入ったよね。さっきの女の人みたいに、浴室に近いロッカーを使って、体から外した布ナプキンを急いでロッカーにしまって、血がこぼれないうちに風呂場に入って、出るときは急いでロッカーを開けて新しい布ナプキンをあてがって。
作者の記憶じゃ、生理が来とっても自宅の風呂に普通に入っとったし、そういうやり方で脱衣所を汚さんように気をつけて、風呂から上がる時も血が残っとらんか確認して、残っとったらシャワーで排水口に流して、って風にしとったから、そのやり方を宿の風呂でもやったけど、それで良かったんかな……。
うちがそういう風にしたことで、この世界の女の人は生理中でもああいう風に風呂に入るって設定が確定したんだよね。でもさ、宿って自宅じゃないし、風呂は共同、つまり公衆浴場だよね。あっちの世界って、生理中に公衆浴場に入るのはよくないみたいな考え方が無かったっけ?」
リユルは少し記憶を探ってから答える。
「うん……確か、作者が小学校の時の修学旅行だったか、生理がかぶっちゃって、みんなとお風呂に入れずに一人で部屋で待ってた記憶が……あるような感じするよね。しかも小学生だと全員が初潮を迎えてるわけじゃないから、修学旅行に生理がかぶる子って一人か二人ぐらいしかいなかったような……。中学、高校ぐらいになると修学旅行に生理がかぶる子はもうちょっといたよね。でも自由行動の時間でも、男女混合の班で行動しないといけない、みたいなルールがあったから、生理の子はトイレに時間がかかっちゃって、男子に文句言われたりとか。夜は……やっぱり、生理の子はみんなと一緒に大浴場には入ってない気がする。先生の部屋にある個室のお風呂に入れてもらうんだっけ?」
「そうだよね。詳しくは思い出せんけどそんな感じだよね。
……でもさ、せっかくの旅行なのに、生理でみんなと一緒にお風呂に入れない、っていうの、結構な疎外感だよね。
それに、『生理中の女は公衆浴場に入るな』ってことになると、『生理は不浄』『生理中の女は不浄』って考え方につながっていくと思うんだよね。
せっかくうちらで新たな世界を作っとるんだから、生理が不浄とか血の穢れとか、そういう世界観は無くしたい」
ユージナの言葉に、リユルもうなずいた。
「そもそもこの世界は、あいたちみたいに魔物狩りで旅をする人が多い世界だし、宿屋はお風呂もトイレも共用が基本だもんね。同性ならお風呂で知らない人の裸を見るのも普通って世界観だし。現代日本みたいに、大浴場に入るのが旅行とか特別な時だけ、って感じじゃないもんね。
ただ、お風呂で裸を見たり見られたりはこの世界でずっとやってきたことだけど、他の人の血の付いた布ナプキンを見たのは初めてだよね」
「うん……洗った後の奴が干したるのは何度も見たけど、他の人が脱ぐとこは初めて見たわ。血があんまり付いとらんかったで、風呂前に新しいのには替えたけど、風呂に来るまでにまた出血した、って感じなのかな」
「やっぱり血だから、一瞬、目が行くよね。この世界は魔物と戦って流血するのも珍しくないだろうから、現代日本で血を見るのよりは衝撃が薄いんだろうけど。
……でも怪我人だって、傷口そのままでお風呂に入ってる人は見たことないね。魔法で治してから入るのかな? お湯がしみて痛いもんね」
リユルがそのことに気づき、ユージナもそれを受けて話を続ける。
「そうか……それに公衆浴場だと衛生問題も考えんといかんもんね。現代日本の『生理中に、家庭の風呂に入るのはいいけど公衆浴場には入るな』って社会通念は、衛生的な理由もあるのかも。
お風呂は汚れを落とすところだで、いろんな雑菌が溜まっとるだろうし、生理中は体の抵抗力が下がるとか聞くし、何かの菌に感染するかもしれんよね。それに湯船の中では水圧で血は出んけど、体洗う場所だと血は出るし。風呂から出るときに血を排水口に流して急いで脱衣所に戻っても、見落としがあるかもしれんもんね。経血は栄養があるで雑菌が繁殖しやすいって言うし」
「……そう考えると、生理の時に宿屋の風呂に入るのはやめた方がいいってことになるよね。確かに、いろんな人がいる大きめのお風呂で、血が他の人に見えないように不快にさせないように気を使って入るより、一人用の小さなお風呂に気兼ねなく入った方がゆっくりできるとは思うけど。
お高い宿なら客室に一つずつお風呂とトイレがついてるのかもしれないけど、あいたちが普段使いする宿じゃあそれは無理だもんね。だからって生理の時だけ高級ホテルに泊まるっていうのもねえ……」
リユルがそこまで言ったところで、ユージナが口を開いた。
「そもそもさ、経血ってそこまで隠さなきゃいかんもんかな? 十歳ぐらいから五十歳ぐらいまで、個人差はあるけどだいたいの女は生理があるでしょ? 不順の人もおるだろうけど、基本的にはみんな生理があって、みんなそれを自分で処理しとるわけでしょ? なんでそれを無い物のように扱わないかんの? 経血を他の人に見られんように隠して、何なら生理であることすら知られんように隠して、現代日本にはまだそんな風潮があるでしょ?
CMとかでよく聞く『生理でも普段通り過ごす』ってのも、つまり、生理じゃない日が『普段』であり『標準』で、生理になっても、生理じゃない日のように過ごす、それが理想、そういうことだよね。
でもヴァルルシャにも言ったけど、生理中の女は生理じゃない時の状態とは違うでしょ? 男の人にはわからんかもしれんけど、女なら実感があるでしょ? 女同士でさえ、生理を無き物として隠さんといかんの? そんなにタブー視しないといかんもんなの?」
それを聞いて、少し考えてからリユルが答えた。
「うーん……でも、体から出て行くものだからね。トイレだって個室で用を足すわけだし、鼻水とか唾液とかの体液だって、あんまり他人に見せる物じゃないでしょ?
……ただ、男の人だと、男性特有のそれは、量とか回数とか、下ネタの一環として笑いながら話すことはできるよね。メカニズムが女性特有のそれとは根本的に違うからだろうけど」
「……確かに、体液は基本的に他人に見せないっていうのはそうか。……でもさ、男の人は意図的にそれを起こせるわけだけど、女は肉体が強制的に毎月血を流せと命令してくるわけでしょ? うちだって薬で止めとっても腹が痛くてずっと止め続けるわけにいかんかったし。しかも男の人と違って気持ちいいどころか腹痛や体調不良を伴うことが多いし、期間だって何日も続くのに、その間ずっと風呂に入れんなんて、まるで罰みたいだよ。
好きで毎月生理が来るわけじゃないのに、『生理中は風呂に入るな』ってことになったら、結局それが『生理は不浄』『生理中の女は不浄』『女は不浄』みたいな考えにつながっていくと思う。
……というか、確か仏教って『女が毎月血を流して苦しむのは女の業が深いから』みたいなこと言っとらんかったっけ? 血の池地獄って女だけが落ちるんだとか……日本には長いこと仏教が根付いとったし、そういう考え方も根付いとったとか……違ったっけ?」
ユージナは頭に手を当てて作者の記憶をたどる。リユルも同じようにして記憶を探ってみる。
「んー……あいはユージナほど日本の歴史的な記憶は思い出せないんだけど……そんな気もするね。ていうか、いろんな宗教でそういうこと言うよね」
「あっ! でも確か、ヤマトタケルに、『お姫様の服に経血がついてるけど、ヤマトタケルとお姫様は一晩を共に過ごしました』みたいなエピソードがあったはずだよ! 詳しくは……思い出せんけど。でも、そういう話があるんだで、大昔の日本は、経血をそこまで不浄な物として見とらんかったはずだよ!」
ユージナがそのことを思い出す。
「そうなんだ。生理中に……。昔の日本っておおらかだったんだね」
「うん。生理を汚いものとして隠すよりそっちの方がいいよね。
それに、経血って体調の変化が如実に表れる物でしょ? 色とか量に病気の兆候が現れたりさ。でも自分のは見慣れとっても、比較するもんが無いと異常があるかどうかもわからんよね。お風呂場で他の人の血の付いた布ナプキンが見えても、『あなたの血の色、悪くない? 病気じゃない?』ぐらいの会話ができてもいいのかも……。んーでも、そこまでだとちょっと行き過ぎかなあ」
「女同士とはいえ、見ず知らずの人に自分の経血をあれこれ言われるのはさすがにちょっと嫌かなあ。仲間同士でも……さっき洗う時にお互いにちょっと視界に入ったけどスルーしたよね。仲間同士なら、ああいうときに、あからさまに色や量がおかしかったらちょっと気にかけてもよかったのかもね」
「そうだね。わざわざ見せ合うほどでもないけど、視界に映っても驚かん、ぐらいの世界観がいいかも。仲間同士でも、宿に泊まった他の人でも。
それに、お風呂でちょっと他の人の経血が見えても驚かない世界観なら、少なくとも女同士では現代日本よりオープンに生理や経血について話し合えるはずだし、そうすれば、腹が重くて憂鬱な時期でも、現代日本より前向きに過ごせると思うんだ。
だで、この世界ではやっぱり、生理中でも公衆浴場に入っていい、そういうことにしたい」
ユージナが言い、リユルもうなずいた。
「ただ、衛生面はちょっと気になるよね……。
あっそうだ! 洗剤だよ! ユマリさんが言ってたじゃない、トイレの使用後に体を洗うホース、あれを入れる液体は『汚水分離の魔法』を固めた洗剤を溶かした『汚水分離液』だって。それ、水に溶けた汚れを分離して沈殿させる魔法だって言ってたでしょ? 湯船にその洗剤を溶かして、沈殿した汚れは排水口に流れていくようにすれば、お風呂の湯は清潔なんじゃないかな?」
「そうか、その魔法、トイレのホースの消毒だけじゃなく、お風呂にも使えばいいんだ。それならいろんな人が入る公衆浴場でも清潔にしとけるよね。あ、それに脱衣所とかでも、もし血で汚してしまっても離血浄の洗剤を使えば綺麗にできるんと違う?」
「そうだね、この世界にはそういう魔法の洗剤があるんだもん、使わない手はないよね。これで衛生問題もクリアだし、あいたち今夜も心置きなく宿のお風呂に入れるよ」
ユージナとリユルはうまく設定をまとめられたので安堵の表情を浮かべた。
「うん、よかったー。……ずっとしゃべっとったで喉乾いてきたな」
ユージナはベッドから体を起こした。
「水飲む?」
リユルが体をずらして尋ねる。
「んー、元気出てきたしなんかお腹空いてきたわ。だいぶ昼に近くなっとらん? 昼ご飯にレバーのある店探しに行きたいかも」
「あ、いいね、じゃあ支度しようか」
「うん、まずまたトイレ行って洗濯しに行かんといかんね」
二人は明るく笑って身支度をし、一階に降りて布ナプキンを洗い、干して、先ほど干したものを回収し、自室に片付けてから昼食を食べに出かけた。




