第三章 07 生理と風呂1
07 生理と風呂1
「うっ……また来た……」
ユージナが腹を押さえる。
ユージナとリユルは宿でしばらくおしゃべりを続けていたが、やがて体調の変化を感じた。出血が始まったのだ。二人とも同じぐらいのタイミングでそれを感じ、リユルのベッドに腰かけたまましばらく会話を続けていた。しかしだんだんとユージナがぐったりし始めた。
「ピルって飲むと出血量が減ったり生理痛が軽くなるって話じゃなかった? なんか先月とあんまり変わらん気がするんだけど……むしろ結構最初から血がドバドバ出てくる感じがするんだけど……」
今も服の下で出血を感じ、ユージナは顔を伏せた。
「あいは今んとこ痛くないし量もそんなに多くない気がするんだけど……個人差もあるだろうし、そもそも現代日本で言うピルと『月経停止薬』は別の薬だもんね。効き方もちょっと違うのかも。あ、それか、『月経開始薬』の効果かもしんないよ!」
「そっか、そっちの薬の効果で最初から一気に血が出とるのかもしれんね」
「……痛む?」
リユルに聞かれ、少し考えてからユージナは答えた。
「痛い……ってほどじゃないけど腹が張って緊張感があるというか……。あと、ひたすらだるい……。痛み止めが欲しいとかじゃなく、とにかく体が重い……」
「貧血かもね。血を失ってるわけだし……。まだお昼には早いけど、昼ご飯食べに行くときにレバーのある店でも探す?」
「遠出すんのはだるいなあ……宿の近所がいいわ……」
「そんなにだるい? 部屋に戻って横になったら?」
「うーん……。このまま横になると血が漏れそうだなあ……横になるなら夜用に替えんといかんけど、それもめんどい……。宿におるんだし、替えた方はすぐ洗いに行った方がいいよねえ……早く洗えば早く乾くし……でもそれもめんどいなあ……」
「面倒だってやらないとしょうがないよ。それにそんなに最初から血の量が多いなら、そろそろ大きいのに替えとかないと服まで漏れてきちゃうんじゃない? 洗いに行くならあいも一緒に行くからさ」
「ありがと。……じゃあトイレ行って洗いに行くか」
ユージナとリユルは立ち上がり、支度を始めた。
替えの布ナプキンと、密閉用の袋。使用済みの物はすぐに洗いに行くので、出先のトイレで使う小型の袋でいいだろう。それから離血浄の洗剤。それら一そろいを準備して、トイレで布ナプキンを取り換え、密閉袋と洗剤を持って一階に向かう。
「あー階段もだるい。普段は平気なのに。下りはまだしも帰りに三階まで昇るのはえらいなあ……」
「だいじょぶ? でもちょっとぐらい体を動かした方が血が全部出て生理が早く終わるかもよ」
「それもそうかー……」
そんな会話をしながら二人は一階に着いた。
一階の廊下の突き当たりに女湯への入り口がある。男湯の入り口とは少し離れている。入り口を開けると、玄関のような土間があり、下駄箱がある。靴を脱いで上がっていく先には温泉宿のような脱衣所がある。鍵のかかるロッカーがあり、使用前と後のバスタオルを入れるかごがある。
土間からは隣の部屋に行けるようにもなっている。隣は洗濯をする部屋で、床の一部が浅く広くくぼんでおり、壁に蛇口が並んでいる。木桶や洗濯板を借りることができ、ハンガーと洗濯ばさみもたくさん置いてある。天井近くは隣のボイラー室から熱風が吹き抜けており、そこに物干し用のロープが張られている。
風呂と洗い場の構造はどの宿も基本的に同じだった。ユージナとリユルは女湯の扉を開け、脱衣所ではなく洗い場の方に向かう。小さめの木桶を借り、水道のところに行ってまずは離血浄の洗剤を取り出す。二人とも所持しているのは粉タイプだ。
密閉袋の口を開け、布ナプキンを取り出して血の付いた部分に離血浄の洗剤を振りかける。そして少し水をかけると洗剤が布に染みていき、血液と共に布から浮き上がってくる。洗剤は血液を包むようにゼリー状になっているので、においも封じ込められている。後は水で軽く洗えば汚れはそのまま排水口に流れていく。必死にもみ洗いして汚れを浮かせる必要はない。
「洗うの楽だねえ……この洗剤、本当にありがたいわ」
仕上げのすすぎ洗いをしながらユージナが言った。
「そういえばさ、ユマリさんが『移動浄の魔法』ってのがあるって言ってたじゃない? 離血浄の魔法も、移動浄の魔法の一種だよね」
リユルが思い出す。汚れを移動させ、元の場所を完全に浄化してにおいなども残さない、そういう魔法があるとユマリは教えてくれた。
「ああ、確かにね。下水タンクの二重扉を開けてもにおわんようにできるんだもんね。離血浄の方は、特に血液汚れに特化した魔法ってことなんだろうね」
そんな会話をしている間に、布ナプキンの洗濯はすぐに終わった。手で水気を絞り、ハンガーに広げて洗濯ばさみで固定する。
「干すのは部屋じゃなくてここでいいよね? ここの方が早く乾くし」
「うん、次のを洗いに来る頃には乾いとるだろうね」
客室の壁にはフックがあり、ハンガーや洗濯ばさみを借りて部屋干しもできるようになっている。だが二人は洗い場の物干しロープを使うことにした。そこには、他の宿泊客の物であろう服や下着もぶら下がっている。
「洗い場が男と女で分かれとるで、下着もこうやって干せるでいいよね」
「そうだね。男女共同だったら下着までは干せないし、下着が干せないとこに布ナプキン干すわけにもいかないしね」
そういう会話をしながら二人は洗い場を後にした。洗い場から土間に通じる扉を開けると、脱衣所に他の宿泊客が来ていた。
脱衣所の、浴室に一番近いロッカーの前に、体格のいい女性が立っている。土間の方からは後ろ姿しか見えないが、すでに下着姿になっており、たくましい筋肉の持ち主であることがわかる。
彼女はユージナとリユルが洗い場から出てきても気に留めず、ブラジャーを外してロッカーにたたんで入れた。
それから彼女はショーツを脱ぐ。ユージナとリユルは意図的に見たわけではないが、進行方向に彼女の姿があったのでその様子が目に入った。
彼女は布ナプキンを使っていた。布ナプキンが体から離れるとき、布に少し血が付いているのがユージナとリユルの目に映った。彼女はそれをたたんでロッカーの服の間に入れ、素早くロッカーを施錠し浴室へのドアを開けて風呂の中に入っていった。
ユージナとリユルは何も言わず女湯を出た。
階段を昇り、三階の自室を目指しながら、リユルが尋ねた。
「上に戻ったら自分の部屋で寝る?」
階段を昇るのがつらそうなユージナは答えた。
「うーん……横にはなりたいけど、眠くはないしまだおしゃべりしたいしなあ……」
「じゃ、あいがユージナの部屋に行くからきみはベッドで横になってなよ」
「ありがと」
二人はそう話しながら階段を昇り、自分たちの部屋に戻った。荷物を片付け、ユージナは自室のベッドで横になり、今度はリユルがその部屋に入ってベッドに腰かけた。




