第三章 06 卓上遊戯の店
06 卓上遊戯の店
ユージナとリユルが宿でおしゃべりを続けているころ、ヴァルルシャはフェネイリの町の中をずっと歩いていた。目的があるわけではないので、ゆっくりとした歩みで通り沿いの店を眺めながら進む。ただ、目的は無いが希望はある。
「本屋とかないのかなあ」
ヴァルルシャはつぶやく。普段は丁寧語を使っているが、相手がいないのでその必要もなく素の口調が出る。
「印刷技術はあるはずだし、手帳があるんだから製本もできるはずだけど。……でもこの世界の本って、何が書いてあるんだろう。歴史とか……伝説とか? 創作された物語はあるのかなあ。でもそれ、私が読めるんだろうか。料理のメニューですら、芋とか葉野菜とか、ざっくりした日本語訳になってるのに、本もそういう直訳状態だったら内容が理解できないかもしれないな……。それにこの世界には言語がいくつもあるって話だし、だったら辞書みたいな物もありそうだけど、それは私の目にはどう映るんだろう。英和辞典と書かれてるのに全部日本語、みたいなことに?」
とりとめなく独り言を言いながらヴァルルシャは町を歩いていく。食べ物関係の店、衣類や武器防具関係の店など、他の町でも見かけた業種の看板は目に入ってきたが、本屋らしき店は見当たらなかった。
「うーん……一人で設定を考えてもまとまらないな……やっぱり三人じゃないと。それに、本の設定が決まらないから本屋が見つからないのかもしれないな……」
そこまで言ったとき、ヴァルルシャの目に今までに見たことのない文字の看板が飛び込んできた。文字自体は日本語訳済みだが、その文言は初めて目にする物だった。
『卓上遊戯 各種取り揃えております』
道の先にそういう看板があるのが見えた。
「へえ、面白そう」
ヴァルルシャは看板の元に向かう。そこはあまり広くない道の小ぢんまりとした店で、小さなガラス窓の隙間から、品物がたくさん並べられている店内が見えた。扉を開けてその店に入ってみると、テーブルや棚の上に何種類もの遊び道具が展示されていた。
トランプやタロットのような、絵のついたカード。
すごろくのような、サイコロで駒を動かすらしいゲーム。
チェスや将棋のような、マス目の板とその上に並べられた駒。
それらが店内に所狭しと並べられている。机の上にあるのはサンプルなのか、今すぐ遊べるような形で広げられていた。ヴァルルシャはそれらを静かに見て回る。やがて、一つのゲームが気にかかった。遊び方が見当もつかない物も多かったが、それはチェスに似た姿をしていた。
マス目に区切った木の板があり、その上に駒が乗っている。色の違う駒が両端で向かい合っているので、二人で対戦する物だろう。
立派な作りの物は、駒も立体的で豪華だった。王冠をかぶっているのが王で、ティアラを付けているのが女王だろう。それから馬や剣や盾の形をした駒がある。
隣には、やや小型で、駒も平面になっている物があった。将棋のような木の板の駒に、王冠、ティアラ、馬、剣、盾などが絵で描かれている。マグネット付きの折り畳み将棋盤のように、軽量で持ち運びができるように作られた物だろう。もちろん磁石はついていないだろうが、これなら旅に持ち歩いてもそれほど邪魔にならなそうだ。ルールも将棋やチェスに近そうだし、一人で詰将棋のようなこともできそうだった。
「あのう、すみません、これはおいくらでしょうか」
ヴァルルシャは店の奥にいる店主に声をかけた。年配の男性が奥からやってきてそれを覗き込む。
「ああ、イクーサの小型版ね。それなら300テニエルです」
イクーサ。戦だ。ヴァルルシャは思った。それにそこまで高くない。
「これ、駒はどういう風に動かせばいいんです?」
「ルールや動かし方を書いた紙が箱についてるよ。似たようなゲームはいろんな国にあるけど、やっぱり少しずつ違うからねえ」
店主はそう言いながら棚に手を伸ばし、薄い木の箱を取り出した。箱の中には、机にある物と同じサイズのマス目の板と、絵の描かれた駒がコンパクトに収まっていた。その上に説明書が乗っている。ヴァルルシャはそれにざっと目を通す。やはり将棋やチェスと同じで、兵隊を交互に動かし、王を討ち取った方が勝ちのようだ。
「じゃあ、これをください」
「はい、毎度あり」
ヴァルルシャは代金を支払い、イクーサを手にする。両手の中に納まる大きさで、重さもそれほどではない。
本屋は見つからなかったが、面白いものを見つけることができた。どこかでお茶でも飲みながらゆっくり広げてみよう。そんなことを思いながらヴァルルシャは店を後にした。




