第三章 05 この世界の生理用品2
05 この世界の生理用品2
自分の部屋で、リユルは魔法水筒を取り出す。それは現代日本の魔法瓶のように、筒の上部を取り外すとコップになる。ここは宿なのでリユルは魔法を使わず、洗面所に行って蛇口をひねり、コップに水を汲む。
リユルはコップを持って部屋に戻り、ユージナが薬を持ってリユルの部屋を訪ねる。二人はリユルのベッドに並んで座る。
「この薬、初めて飲むことになるね」
片手にコップ、片手に薬を手にしながらリユルが言った。
「うん。すぐ効いてくるんかねえ」
ユージナが手に持った薬袋を見ながら言った。
その袋には大きく『月経開始薬』と書かれている。そしてその下に注意書きが並んでいる。
『月経開始薬』
・月経後しばらくは飲んでも効果はありません
・月経直前に一錠を服用するとすぐに月経が開始します
・月経が開始しない場合は体の準備が整っていない可能性があるので数日後にまた服用してください
そういう文字が、袋に印刷されている。
二人とも、この薬と『月経停止薬』『痛み止め』を三つセットで持ち歩いている。
『月経停止薬』の袋には、
・月経直前、月経中に飲んでも出血は止まりません
・一日一錠を服用し続けることでその間の月経が停止します
・服用は適宜中断し、月経を再開させてください
・月経の再開後からまた服用が可能になります
と印刷されている。
『痛み止め』の袋には、
・頭痛、発熱、生理痛などの痛みを和らげます
・一回につき二錠、一日につき三回を限度に服用してください
・痛みの原因を治療する薬ではないので治療は別途行ってください
と印刷されている。
二人とも昨日までは毎日、月経停止薬を飲んでいた。今朝はそれを飲むのをやめ、今日初めて月経開始薬を飲む。
「前の生理がいつだったっけ? ていうか、あいたちいつから旅を始めたんだっけ?」
闇の中で放置されているのはもううんざりだと、自分たちで世界を動かし始めた日。それから一つずつ設定が増え、世界はここまで広がってきた。
「今日が四月……七日だで、三月の頭ぐらいじゃない? 記録とか残しとらんではっきりとはわからんけど」
「最初は筆記用具も持ってなかったもんね……。というか、暦の設定すら無かったのかも」
「うちらがファスタンで国王のチラシもらって、文房具屋でヴァルルシャが手帳を見つけて、それでようやくこの世界の暦が確定した……そういうことなのかもしれんね」
そう言いながらユージナは自分の下腹部を押さえた。リユルが気遣う。
「痛む?」
「うん……痛いって言うか、昨日も言ったように、腹に血の詰まった袋があって重い感じ……。リユルは痛くないの?」
「あいは今のとこ変化ないけど、血は溜まってるはずだからそろそろ出しちゃわないとね。じゃあ、この薬飲んでみようか」
二人は月経開始薬を一錠取り出し、コップの水で飲み下した。
「すぐに月経が開始します、って袋には書いたるけど、いつ始まるんだろ」
「さすがに直後ってことは無いんじゃない? 薬が体に吸収されてからでないと」
リユルはコップを片付ける。二人はベッドに腰かけて、出血が始まるのを待つ。手持ち無沙汰なので、ユージナは薬袋を眺める。
「そういやさ、うちらが薬の設定を考えた時、『ピルみたいに生理をずらせる薬が欲しい』『来そうで来ない生理をすぐに来させる薬が欲しい』とは思ったけど、薬の名称は考えんかったよねえ」
「そういえばそうだね。あいたちが決めたのは薬の効能だけだもんね」
一か月ほど前、ユージナとリユルは薬の設定を決めて自分の荷物の中を探った。するとどちらの荷物からも、『月経開始薬』『月経停止薬』『痛み止め』の文字が印刷された三つの薬袋を見つけた。それは『ずっと昔からこの薬を所持して使っていました』という風体で荷物の中にしまわれていた。
そして、これらの薬は町の中で普通に売られており、袋の文字も印刷されているので、この世界の女性がよく使う物であることがわかった。
「で、見つかった『月経停止薬』だけど、毎日飲まんといかんし、飲んどる間は生理が止まるけど飲むのをやめると生理が再開する、ってことからも、ピルと同じく排卵を止める成分が入っとると考えられるよねえ」
「うん。そういう作用のある植物が原料だって想像してから薬を探したもんね」
「てことはさ、この世界の月経停止薬も、避妊薬としての効果も持っとるわけだよね。でも、名称はあくまでも『月経停止薬』であって、『避妊薬』ではないんだよね」
「確かに、排卵が止まるってことは妊娠しないってことだもんね。この薬、『避妊薬』と呼んでもいいわけか」
「でもさ、『月経停止薬』の方がいいと思わん? 現代日本で言う『ピル』だってさ、生理周期をずらしたり生理痛を楽にしたりっていう効能は知られとるけど、『避妊薬』ってイメージが強いでしょ。実際に避妊効果のある薬だけど。それにドラッグストアとかには売っとらんから、産婦人科で処方してもらわんといかんし。
生理って小学生ぐらいから来るよね。小学生とか、いや中学生や高校生だって、生理痛がひどくても、産婦人科に行ってピルもらうなんてハードル高いよ。産婦人科に行くのがまず、『その年で妊娠したの?』って目で見られるかもと思うと恥ずかしいでしょ。それから生理の話を、お医者さんとはいえ他人に話すのが恥ずかしいでしょ。診察とはいえ触られるかもと思うとさらに恥ずかしいし。それでピルが貰えたとしても、『避妊薬』ってイメージが強いと、『避妊薬を飲んでる女』って周りから思われるかもしれない、って思うと、ますます恥ずかしくなるでしょ。そんなハードルを乗り越えなきゃいけないのなら、毎月お腹痛くても我慢するか……って思っちゃわない?」
「そうだよね。作者が学生の頃でも……いや、社会人になってからでも……? 作者も作者の友達とかも、生理でお腹痛い、とかよく言ってたけど、産婦人科で薬もらってる、って人はいなかった気がする。みんな市販の痛み止めだけ飲んでどうにか我慢して、我慢しきれないなら学校や仕事を休んで……、って感じだった気がする」
「うん。ピルで生理痛が軽くなるっていう話は知っとっても、ピルなんて気軽に飲めんよね。避妊薬ってイメージが強いんだから。未成年はもちろん、大学生や社会人だって、彼氏がおらんかったら、避妊薬なんか飲んでどうするんだって自分自身で思ってしまうでしょ。いや、彼氏がおったって、彼のために毎日避妊薬を飲んでデートの夜に備えとるのか?って思うかもしれん。ピルの効能として、『避妊薬』って部分が一番前に出とると、どうしても飲むのに抵抗が大きいと思うんだ。
だで、この世界で、ピルと同じ効果を持つ薬が『月経停止薬』って名前になっとるの、すごくいいことだと思う。避妊効果があるとか以前に、生理を止める薬、生理周期を自分で選べる薬。そういう効能の部分が前面に出とるってことだから」
そこまで言うと、ユージナは一息ついた。
リユルもユージナの話を聞き、少し考えてからしゃべりだした。
「確かに『避妊薬』って言われると手を出しづらいよね。そもそも女の人生で避妊が必要な日ってそこまで多くないよね。モテる人はわかんないけどさ。
女は毎月七日ぐらい血を流すんだから、つまり月の四分の一だよね。十代から四十代ぐらいの間は人生の四分の一を血を流して過ごすわけだから、それってかなりの時間だよね。多分だいたいの女の人生において、男と過ごす夜より生理の時間の方が長いと思うよ。
だったら、女に必要なのは『避妊薬』よりも『毎月の生理をどうにかできる薬』で、生理を無くすことができないんであれば、せめて出血の期間ぐらい自分で選びたいよね」
「そうでしょ。特に学生だと、『避妊薬』と呼ばれとる薬なんて飲めんよね。でも学生ってテストとか遠足とか部活の試合とか、大事なイベントが結構頻繁にあるよね。そんで、クラスの男子も大人じゃないから、女子の生理をからかったりする奴もおるでしょ。だで、余計に生理のことを恥ずかしがって隠して、具合が悪くても無理するようになってくんだよ」
「そうだね……確か、授業中とか、出血が多くて血がナプキンから漏れてきちゃってるのに、トイレに行きたいって言えなくて我慢してる子とかいたような気がする。で、服や椅子にまで血が付いちゃったりとか……休み時間に慌てて隠すように拭いたりとか……してた気がする。
保健体育で『生理は健康な女性なら誰でもあることで恥ずかしいものじゃありません』とか習っても、そんなの建前だよね。実際には、知られちゃいけない、隠さなきゃいけないものってイメージはまだまだ強いと思う」
「うん。だでさ、せめてこの世界では、生理は恥ずかしいものじゃないって建前を本当にしたいから、男のヴァルルシャにも生理の話をするべきだと思ったんだよ。それが作者の理想に沿っとると思ったから。
女の体から生理は無くせんけど、それは薬でコントロールしていいもの。そういう意識がこの世界の人々に広まっとる。『月経停止薬』って名前は、男との行為の避妊目的でなく、まず女の毎月の生理の対策としての薬。この世界では、それを飲むのは普通のこと。作者はきっと、この薬をそういう立ち位置にしたかったんだよ。この名前なら若い子でも飲みやすいから。
規則正しい生活をしろとか言われたって、生理痛になる時はなる。体質もあるし、産まんと治らんとか言われるし。痛みが無くたって、生理の時にコンディションが悪くなる人はおる。女の体にはそういう臓器があるんだで、そうなる人が不摂生をしとるから悪いなんて思ったらいかん。
大事なイベントの日に生理が被って、普段通りの力が発揮できんくて、自分自身を恨んだり、生理を呪ったり、そんなことをするのは不毛だよ。
体質や年齢で生理痛が無くせんくても、生理が来る日を自分で選べたら、少しは前向きになれると思う。毎月具合の悪い日が何日もある、でもそれに振り回されるんでなくて、具合が悪くなる日を自分で決める。自分の体の主導権を自分で持つ。そうしたら毎月の生理をただ嫌なものだと思わなくて済むし、そういう精神状態が生理痛の改善にもつながっていくと思うんだよね」
そこまで話し、ユージナはもう一度、一息ついた。リユルが答える。
「便利な薬があるなら使えばいい、確かにそうだよね。そうやって生理をコントロールするのが普通になれば、生理は恥ずかしいものじゃないって意識も普通になっていくかもね。
ただ、現実世界でピルがそこまで普及しないのは、副作用が怖いってのもあるかもね。やっぱり薬だから体質に合わないと具合が悪くなる人もいるだろうし、だから産婦人科で処方してもらわないといけないんだよね」
「うん、それはね。でもこの世界においては、うちらが『異世界の植物が原料だから副作用はないだろう』ってイメージしとったで、たぶん、副作用はないよね」
「そうそう、そこはご都合主義でね。あいたちリアリティのある異世界を想像しようとは思ってるけど、理想郷的な部分はやっぱり欲しいもん。
薬なら人間が時間をかけて研究すれば、望む効能だけの、副作用のない物がいつか作れるかもしれない。でも一応ここは中世風の世界だから、そんなに長期間研究してるって設定は作れない。だから、副作用のない薬が存在するっていう結果だけを現時点で存在させようとするなら、植物に都合のいい成分を持たせるっていうのが手っ取り早いよね。それであいたち、植物にはご都合主義を設定してるんだと思うよ」
「そうか! それでうちら、定規とかゴムひもとかでも植物の便利設定に頼っとるんだ! 現代日本にあるような道具は欲しいけど、あんまり文明が進んどることにすると中世風の異世界で無くなってまう、って時に、そのまま使える植物があれば近代文明を登場させずにすむもんね! 困ったときは植物に頼ってた理由がはっきりしたわー! リユルすごい!」
ユージナは手を叩いて納得した。リユルが笑う。
「あいだって今しゃべっててようやくわかったんだよ。今までなんとなく思ってただけのことも、言葉にして話していくとはっきりわかるようになるんだね。ユージナだってそうでしょ? 薬の名前の話とか、前からそこまで詳しく考えてた?」
「いや、気持ち的には前から感じとったことだけど、しゃべってくうちにまとまってきたわ。勝手に決まる設定は作者の無意識がそうさせとるのかも……って話は前にしたけど、うちらも『何となくこういう設定がいい』って決める場合、無意識のうちに、自分らの理想的な考えの結論を選び取っとるのかもね」
「そうだね。自分の『何となく』を突き詰めて考えてみると、ちゃんと理由があるもんだしね。『何となく』の気持ちを言語化して外に出していくのって大事だよ」
「ほんとほんと。それにしても、一人で異世界に召喚されるみたいな冒頭じゃなくて、最初から三人おってよかったよね。三人おるで話し合うこともできるし、設定も膨らませやすいしさ。一人の考え方はワンパターンかもしれんけど、三人おったら三パターンになるわけだし」
そこまで話して、ユージナは建物の外に思いを馳せた。
「……ヴァルルシャは今どうしとるんだろ」
リユルも、窓のない宿屋の部屋から外の方向に目をやった。
「町の中に歩いていったし、面白い店とか見つけたかなあ?」




