第三章 04 この世界の生理用品1
04 この世界の生理用品1
早起きの必要はないので、目覚まし時計はセットしなかった。それでも三人とも朝の六刻、現代日本で言う七時半までには起き出し、身支度を整えた。一階の受付で今夜も泊まることを申し込み、先払いの宿代600テニエルを支払う。
三人はそれから町へ出て、空いている店で朝食を食べた。パンとサラダ、ベーコンエッグにジュースかお茶のセットで50テニエル。
「これ食べたら自由行動ってことで、しばらく食事も別々にとることにしようよ」
リユルが食後のジュースを飲みながら言った。
「そういえば、私たちずっと三人で同じ店に行って食事をしてましたね。たまには別行動もいいですね」
ヴァルルシャがお茶を飲みながら答えた。
「うん。町を見て回るなら好きな時に食べれた方がいいでしょ? うちとリユルはしばらく一緒に宿におるけど、わざわざ戻ってもらって一緒に食べに行くのも手間だしさ」
ジュースを飲み干したユージナが言い、リユルが続けた。
「この町、広いから見るとこいっぱいありそうだよね。同じ宿に泊まってることは分かってるんだしさ、寝る時間とかも気にしないで、何日かはそれぞれ好きなように過ごそうよ」
「たしかに、そういう時間って今までありませんでしたね。じゃあ、いい機会なので遠出してきますよ」
「町が広いで迷子にならんでね」
三人は店を出て、いってらっしゃい、それじゃあ、と声をかけあい、ユージナとリユル、ヴァルルシャの二手に分かれた。女二人は店の前にとどまり、町の中に消えていくヴァルルシャを見送る。
「さーて、宿に戻って薬飲むか」
「うん。支度しないといかんね」
二人は宿の自室に戻り、荷物を広げて準備を始めた。
まず布ナプキンを取り出す。布ナプキンは、作者がかつて使っていた記憶をたどり、現代日本で売られている物をベースに中世風の世界でもおかしくない形と使い方を想定した。
材質は、ネルのような厚手の布。そして複数の形状がある。
まず、縦長のひし形や十字形をしたタイプがある。対角線の短い方には、ボタンがついている。スナップボタンは無いのでボタンホールにくぐらせるオーソドックスなボタンだ。対角線の長い方をショーツのクロッチ部分に乗せ、対角線の短い方をクロッチ部分の反対側に回し、ボタンで固定する。
中世風の異世界だが、トイレの設定を考えて用を足したときに下着の設定も自動的に決まった。下着のことまで考えていられなかったので、ユージナもリユルも現代日本と変わらない下着を身に付けており、この世界にはそういう下着が流通していることになった。ユージナは上着は着物風だが下着はゴムひもが入った現代日本風のショーツだ。
普段身に付けるショーツとは別に、厚手で体にフィットしやすくなっている生理用ショーツもあるので生理の時にはそちらのショーツを履く。
そしてひし形タイプの布ナプキンの縦長の部分にも、ベルトのようなゴムひもがついている。別の布を挟み込むためだ。
ひし形タイプはボタンでショーツに固定して使う物だ。ひし形タイプのみを使用し、血がつくたびに取り換えても良いが、別のやり方もある。
ハンカチぐらいの大きさの布を縦四等分や三等分に折り畳み、ひし形タイプの上に乗せるのだ。体に接触する部分に別の布を挟むことになるので、血がついたらその布だけを取り換えればいい。これだと毎回ボタンをつけ外しして布ナプキンをクロッチ部分に固定する手間が省ける。
それに、出血が少ない場合は血のついていない面を上に畳み直せば、新たな布に取り換えなくてもまだ経血を吸収できる。そして、洗う時も折りたたんだ布を広げれば洗いやすく、乾くのも早い。この布を、ひし形タイプの上にただ置くだけだとずれる可能性があるので、ベルトのようなゴムひもで挟んで押さえるのだ。
経血量は日によって異なるので、ひし形タイプ、ハンカチタイプ共に、布を何枚か重ねて縫い合わせた物、布一枚だけの物、長さのある物、短い物、厚さや大きさの異なる物を何枚も所持し、経血量に合わせて使い分ける。
「ええと、それから洗うやつ……」
ユージナが自室で荷物から布ナプキンを取り出し、さらに荷物を探る。
布ナプキンの洗い方は、少し便利な方法を考えた。
現代日本で行われているやり方はこうだ。
蓋の付いたバケツなどに水を入れ、セスキ炭酸ソーダや重曹などを溶かし、アルカリの溶液を作ってつけ置き容器を作る。そこに血の付いた布ナプキンを入れ、溶液にひたす。一晩つけ置きすると経血が布から浮き上がってくるので、もみ洗いで汚れを押し出し、後は普通に石鹸や洗剤で洗う。
家庭でのみ布ナプキンを使う場合は自宅のトイレにつけ置き容器を置くだけでいいが、出かけた先でも布ナプキンを使う場合、血の付いた布ナプキンを持ち帰る必要がある。経血が乾燥すると洗い落としにくくなるので、そのための対策をしないといけない。
出先のトイレを使う場合、新しい布ナプキンと、アルカリ溶液と、密閉できる袋を持ってトイレに入ることになる。
アルカリ溶液は、セスキ炭酸ソーダや重曹を溶かした、つけ置き容器の中身と同じものだ。それをスプレーできる小瓶などに入れ、トイレで布ナプキンを交換した後、ナプキンの血の付いた部分に吹き付ける。これで経血が乾きにくくなり、後で洗いやすくなる。そしてチャック付きポリ袋などの密閉できる袋に入れて、自宅に持ち帰る。それから自宅のつけ置き容器に布ナプキンを入れ、時間が経ってから洗う。
だがユージナとリユルが探った作者の記憶では、布ナプキンは肌に優しく心地よかったが、この洗ったり干したりする作業が面倒だった。
一つ一つは難しい作業ではない。しかし、何時間かごとに布ナプキンを取り換える必要があるため、血の付いた布が一日に何枚も発生することになる。それをその都度つけ置き容器に入れていくので、経血量の多い日はすぐに容器がいっぱいになる。経血量が少なくても、一日に一度はつけ置き容器の中身を出し、布ナプキンを洗ってアルカリ溶液を新しいものに取り換えないといけない。だが布ナプキンをアルカリ溶液にひたしている時間が短いと、布から経血を落としきれず、もう一度アルカリ溶液につける必要がある。
前日からつけ置き容器に入れていた布ナプキンからは経血が落ちているだろうが、今朝トイレに行って交換した布ナプキンはまだつけ置き時間が足りないかもしれない。でもそろそろもう一度トイレに行きたいし、トイレに行って新たに使用済みの布ナプキンが発生する前につけ置き容器を洗ってアルカリ溶液を新しいものに替えたい、でももう少し時間が経ってからの方がいいだろうか、そんなことをトイレを我慢しながら考える。そしてトイレを我慢しながらつけ置き容器から布ナプキンを取り出し、洗い、つけ置き容器も洗ってアルカリ溶液を入れ直す。血が落ち切っていない物はもう一度つけ置き容器に入れる。それからでないとトイレに行けない。トイレを我慢しなかった場合は、つけ置き容器に入れたばかりで血が全然落ちない布ナプキンが一枚増え、アルカリ溶液を入れ直した後にもう一度つけ置きする布が増える。
作者のそんな記憶をユージナもリユルもうっすらと思い出せる。
つけ置き容器を二つ用意してもいいのだが、そうすると容器を洗ってアルカリ溶液を準備する手間が二倍になる。難しい作業ではないが、最低でも一日一回、それを月に七日は行うとなると、地味に面倒になってくる。作者はそれで布ナプキンを使うのをやめたようだった。吸水性ポリマーなどでできた使い捨てのナプキンならば、使用後に捨てるだけでいいからだ。
文明の発達した現代日本でさえ布ナプキンを使いこなせなかったのに、魔物のいる中世ヨーロッパ風ファンタジーで布ナプキンを使えるのか?と、この世界で最初に生理が来て、生理用品を設定する必要に迫られた時にユージナとリユルは話し合った。
そして、洗うのだけでも楽になればと、便利な洗剤があることを考えた。
ユージナとリユルは、血液と布をすぐに分離できる浄化の魔法があり、その力を固めた洗剤がある、という設定を思いついた。その魔法に『離血浄』という名をつけ、『離血浄の洗剤』という物がこの世界には売られている、そういうことにした。これはつけ置きをしなくても、血の付いた布に振りかけると即座に血が布から分離する。それに、血が乾いても数日の内ならば血を布から分離できることにした。この洗剤の設定により、布ナプキンを洗って干す手間は残るが、何時間もつけ置きする必要はなくなった。
女キャラの生理が全く無くなるような、魔法の力で何の苦労もなく経血を処理できるような、便利すぎる設定は考えなかった。
作者は中世ヨーロッパ風ファンタジーが好きだが、最初から異世界が舞台の話だけでなく、現代日本の人間が突然異世界に召喚される物語も好きだ。自分もいつか異世界に行くことになるかもしれない、などと妄想していた覚えもある。もちろんそれはかなわなかったが、そういう願望があるからこそ自分たちが今も消えずに残っているのだ、ユージナとリユルはそううなずき合った。
だから、生理を無くせるほどの便利アイテムがある設定は現実と乖離しすぎて感情移入しづらいだろう、二人はそう考えた。作者が異世界に召喚されなくても、その妄想を現代日本で実体験できるような、現実味のある生理用品を設定するべきだと思ったのだ。
そもそも、作者が布ナプキンを使ってみたのは、吸水性ポリマーなど無いであろう中世風の異世界で、女キャラは生理の時にどうしているのだろう、そんな疑問からだったような気もする。作者が読んだファンタジー作品の中には、生理用品について描写したものは無かったはずだ。『生理が来た』という表現だけなら見かけないことも無いが、それをどのように処理しているかについてはあいまいなまま、物語が進んでいったように思う。だから作者は布ナプキンを使うことで異世界の経血処理を想像していた……ユージナとリユルの頭にはそのような記憶もおぼろげに浮かぶ。
だから、生理のわずらわしさを皆無にできるような設定ではなく、一瞬で血液汚れを落とせる洗剤、という、ほどほどに便利なアイテムが存在するという設定を選んだのだ。そういう世界観を作者が望んでいると思ったからだ。
それに洗剤ならば、現代日本でも開発が進めば、一瞬で経血を洗い落とせる物がいつか発売されるかもしれない。異世界での経血処理に思いを馳せながら作者が現代日本で布ナプキンを洗う日が来るかもしれない。
ユージナとリユルは、最初に生理用品の設定を考えた時や、旅の途中で時間があるときなどに、生理用品についてそのように話し合っていた。
そのことを思い出しながら、二人はそれぞれの部屋で生理用品の準備をした。
「あと、これも出さなきゃね」
自室でリユルが布ナプキンと洗剤を取り出した後、袋と畳んだ布を取り出す。油で防水加工をした布だ。
袋は大小の二種類がある。出先のトイレで使用済みの布ナプキンを入れて持ち帰る携帯用の袋と、宿で過ごす間、洗い場に持っていく布ナプキンを入れるための袋だ。前者は携帯用なので小さめに、後者は夜などすぐに洗い場に行けない時でも何枚か入れられるように大きめに作られている。どちらもひもがついており、口を縛ることができる。現代日本のようなチャック付きのポリ袋ではないが、それでにおいも湿気も密封できる。
畳んだ布の方は、四角くて風呂敷ぐらいの大きさがある。これは布団の上に敷くための物だ。寝ている間に経血が漏れて布団にまで染みると大変なので、血が漏れても布団に着かないようにこの布でガードしておくのだ。
二人はそれぞれ自分のベッドに防水加工の布を敷き、布ナプキンを持ってトイレに行った。これから出血することがわかっているので選んだのは厚手の物だ。個室でショーツの上に布ナプキンを装着し、部屋に戻る。
「準備できた?」
廊下で顔を合わせ、リユルがユージナに聞く。
「うん。あとは薬飲むだけ」
「じゃ、あいの部屋で一緒に飲もうよ」
二人はうなずき、それぞれの部屋に入って薬を準備した。




