第三章 03 フェネイリの町
03 フェネイリの町
昼食はパンと、魚介と野菜の炒め物だった。
空は晴れ、海にはさわやかな風が吹いていた。魔法に頼らなくても船の帆は風で膨らみ、予定以上に順調な進み方をしたようで、昼を過ぎてしばらくすると海の向こうに陸地が見え始めた。
陸が近づいてくるにつれ、その様子がよく見えるようになってくる。かなりの数の建物が並んでおり、海には船が何隻も浮かんでいる。港町と呼ぶのにふさわしい姿の町がそこにあった。
三人は甲板に出て、町が近づいてくる様を眺める。船出したフーヌアデよりも大きいだろうか。そんな会話をしながら新しい町に心を躍らせる。
やがて、フェネイリに船が入っていく。三人が乗っている船と同じぐらいの大きさや、もっと大きい船などと並び、船は港に停泊した。タラップが設置され、乗客が船から降りる準備が整う。
三人は船室に戻って荷物をまとめ、タラップを降りて船着き場に立った。
船着き場には船から降りたばかりの乗客が何十人かおり、無事に船旅を終えてほっとしたような表情でざわついていた。その中にユマリを見つけたので、三人は彼女のそばへ行く。
「ユマリさん」
リユルが声をかけると、ユマリは振り返る。
「ああ、きみたちか。船が無事に着いてよかったな。私はこれから馬車で北へ向かうよ」
「あいたちはしばらくこの町でゆっくりしてから行きます。ルフエ島でまた会ったらよろしくお願いします」
「こちらこそ。じゃあ、またな」
ユマリはそう言い、荷物を持って町の方へと歩いていった。
港と町の境目には、馬車が何台も停まっていた。ユマリはその中の一つに乗り込み、馬車は大通りを進んでいった。
「港のそばにも貸馬屋があるんかな?」
ユージナがつぶやく。船着き場に降りた人々は、ユマリのように馬車に乗り込んだり、徒歩で町の中に進んでいったりして少しずつ減っていく。
「フーヌアデの港のそばには貸馬屋は無かったと思いますが、フェネイリにはあるんでしょうか? でも、馬車の方で準備を整えて客を待っているようですね」
「馬車に乗ってく人って、身なりが良くてお金持ちっぽいね。多分あいたちと違って高い船室に乗ってた人だよ。そういう人たちが船から降りるってわかってるから、貸馬屋がここまで馬車を持ってきてお客さんを待ってたんじゃない?」
「そっか。駅前にタクシー乗り場があるのと同じようなもんかもね」
ユージナがそう言う頃には、三人の周りにほかの乗客はいなくなっていた。
「じゃ、お金持ちじゃないあいたちは徒歩で移動しますか。なるべく安い宿と、鑑定屋を探そう」
リユルが荷物を肩に背負い直し、ユージナとヴァルルシャもうなずいて町へ向かった。
港につながる大通りを、馬車に乗らず徒歩で進む。足元は舗装されており、幅も、馬車が数台並んでも余裕があるほどの広さがある。人通りは多く、にぎやかな雰囲気だった。
三人は通りの片側に寄って歩いていく。通り沿いには飲食店が多くあり、おいしそうな絵の描かれた看板が並んでいた。
「あっ、米だ! 米があるよ!」
ユージナが一つの看板を指さす。そこに書かれていたのは、パエリヤのような料理の絵だった。
「ほんとですね。……あっ、あっちにもありますよ」
ヴァルルシャが別の店の看板に目を向ける。そこにはピラフのような料理の絵が描かれていた。
「お米料理、結構あちこちに書いてあるね。港に船がいっぱいあったし、いろんな地方から食材が届くってことかな?」
リユルがリゾットの書かれた看板を見ながら推測した。
「この世界にもお米があるんだね。東洋があるんだであってもおかしくないか。今まで、主食はパンか麺しか選べんかったもんね。おいしかったけどさ」
「今夜の食事はお米料理にしましょうか」
そう話しながら、三人は道を進んでいった。
やがて、道の先に時計塔が見えてきた。針は約九十度に傾いており、今は午後三時、昼の三刻といったところだ。
その近くに鑑定屋もあった。三人は『鑑定屋・フェネイリ』と書かれた看板のある建物に入る。広間にある『換金の方は一列になって並び、空いた窓口にお進みください』の看板に従い、すでにできている列の後ろに並ぶ。
やがて順番が来て、三人は『換金』と書かれた窓口に向かう。窓口には人間の男性の職員と、男性型の精霊がいた。どちらも、他の町の鑑定屋と同じ茶色の制服を着ている。鑑定屋の精霊、カンティーは眼鏡をかけており、宙に浮いている。
三人はそれぞれ首にかけた蓄光石を外し、窓口に並べる。蓄光石は金色に輝いていた。
「では、鑑定いたします。こちらの蓄光石に蓄積された功績は……6,425テニエル、6,518テニエル、6,495テニエルとなります」
三つの蓄光石に対し、精霊はそのように金額を告げた。
「微妙に異なりますね」
「あいたち、入り乱れて戦ってたもんね。これ、内訳ってわかる?」
リユルの質問に、精霊は答えた。精霊は、蓄光石に溜まった光の元になった魔物の残り香のような物を感じるらしい。
「大勢でナックラヴィーを倒されたようですね。ナックラヴィーは一匹が約80,000テニエルです。それから、小型の人魚を何匹も倒されていますね。こちらは一匹が約300テニエルです。個体差によって金額は多少変わります」
「ナックラヴィー、80,000テニエルもするんだ。強かったもんね。でもうちら含めて一緒に戦った人が十数人はおったかな? てことは、一人当たり5,000テニエルぐらいになるか」
ユージナがざっくり計算する。
「人魚も、大群を大勢で倒しましたけど、平均すると一人が五匹ぐらい受け持った感じですかね」
「倒すのは大変だったけど、そこそこの稼ぎになって良かったね」
リユルの言葉にユージナもヴァルルシャもうなずいた。
「精霊の鑑定にお間違いはございませんか? でしたら、お金を準備いたします」
人間の職員が言い、三人は手続きを頼む。職員はカウンターの下からお金を取り出し、三つのトレイにそれぞれ、精霊が鑑定した額を入れていく。
「では、こちらの蓄光石の光を、これだけのお金と交換いたします。ご確認ください」
人間の職員がそう言い、三人は金額を確認する。
「では、光を吸い取らせていただきます」
フェネイリの鑑定屋の精霊、フェネイリ・カンティーはそう言って蓄光石に手をかざした。蓄光石から輝きが消え、黒い色に戻る。
三人はお金を受け取り、蓄光石を首にかけなおした。
「またよろしくお願いします」
職員と精霊がそろって頭を下げる。
「あの、聞いてもいいですか? この町からコハンへの街道にある宿屋は、どの程度の距離にありますか? コハンまで徒歩で行こうと思っているのですが」
ヴァルルシャの問いに、人間の職員が答えた。
「コハンですと、この町の大通りを北に向かうとそのまま北行きの街道につながっています。徒歩でこの町と町に一番近い宿屋とを移動する場合、朝の七刻ごろに出かけて、休みつつゆっくり進んでも今ぐらいの時間か、夕の四刻ぐらいには到着するようですね。朝に街道の宿屋を発ってこの町に向かい、鑑定屋が閉まる前に換金しにいらっしゃる方も多いので、そこまで遠くはないです。その先もだいたい等間隔に宿屋が五つあって、その先がコハンになります」
道を聞かれ慣れているのか、職員はそう説明した。
この町を朝九時に出発しても、宿屋には夕方の三時過ぎか四時半までには着くと聞いて、リユルがユージナとヴァルルシャに言った。
「セカンタやフーヌアデまでの街道も、だいたいそのぐらいに宿屋があったよね。街道は基本的にそんな感じなのかな? ゆっくり歩いても余裕があるのはいいね」
「ええ。あとは今後の状況を見て出発日を決めましょうか」
ヴァルルシャの言葉に二人はうなずいた。
「ありがとうございます」
三人はお礼を言って受付を離れた。
鑑定屋の壁には地図があるので、そこへ向かう。今はだれも地図のそばにはおらず、三人でじっくりと地図を眺めることができた。
地図はフェネイリを中心に近隣を描いたものだった。地図の下の方は海になっており、陸がやや海に突き出している部分に『フェネイリの町』と書いてある。
フェネイリの町の中心辺りに『現在位置』『鑑定屋』の文字がある。町には大通りが書かれており、海から北へ向かって伸びる道をなぞっていくと町を出て北の街道になる。街道を上になぞっていくと地図の上部で途切れ、『この先、コハンの町』と書かれていた。
フェネイリの町にはもう一つ、東西に伸びる大通りが書かれていた。それは町の外まで伸び、西と東へ向かう街道になっている。どちらも地図の端で街道の表記が途切れており、地図に収まるほど近くに町が無いことがわかった。
地図の右側、東に向かう街道の先には『この先、マナヴィーの町』と書かれていた。
地図の左側、西に向かう街道の先には『この先、ノーソーンの町』と書かれていた。
「マナヴィー……学び……学問の町っぽい名前ですね」
ヴァルルシャが、周りに他の人間がいないことを確認しながら言う。
「ノーソーンは……農村だろうねえ」
ユージナが同じように言う。
「てことは、この辺の街道の近くも農地なのかもね。馬車に乗ってた時、街道からちょっと離れたところに小さめの集落はちょくちょく見かけたじゃない? ノーソーンは、それよりは規模が大きい町なのかもね」
リユルがセカンタやフーヌアデへの移動中に見た光景を思い出す。
「ここが港町ですから、ノーソーンは、このあたりの農作物を取りまとめたり、加工したりして港から出荷しやすくしてるのかもしれませんね。農作業の道具なんかも売ってるのかも」
「ああそれにさ、うちらの乗った船って、フーヌアデから東に進んできたじゃない? フーヌアデの周りにも農地が広がっとったし、フーヌアデとフェネイリの間の陸地はずっと農地が広がっとるのかもしれんよ」
「確かに、あいたちいろんな種類のご飯を食べてるし、広い農地がこのあたりの食生活を支えてるのかもね」
「ここフェネイリから東の方にかけては、農地が減って学問の町などになっていくのかもしれませんね」
三人はそういう推測を話し合った。
「あいたちは北に行くわけだから、安い宿は町の北の方で探してみようよ。まだ明るいし、日暮れまでには見つかるんじゃない?」
「そうですね。で、おいしそうなお米料理の店もチェックしておきましょう」
「こんだけ町が広いで選択肢は多そうだし、いいとこが見つかるといいよね」
鑑定屋を出て三人は北へ向かい、宿を探した。大通り沿いは高い宿が多かったが、裏通りに入ってみると値段は少しずつ安くなっていった。やがて日暮れ前に、食事無しで一泊600テニエルの宿を発見した。建物は新しくはないが古びてもおらず、にぎやかな通りからやや離れた立地が宿泊料の理由と思われた。
宿屋に入り、一階の受付で宿泊を申し込む。305、306、307の鍵をもらい、階段で三階に行く。宿屋の構造は他の町と同じく、一階が受付と風呂、従業員の宿直所。二階と三階は客室、トイレ。光池で光るランプが廊下に設置されており、客室内にもランプが一つ。ベッドと荷物置き場があるだけの部屋に荷物を下ろし、一休みしてから三人は部屋を施錠して食事に出かけた。
さすがに和食を扱う店は無かったが、米の料理を出す店はそれなりにあった。米に味を付けて炊いた料理がピラフ、平たい鍋で米と具に焦げ目がつくように炊いた料理がパエリヤ、米を雑炊風に炊いた料理がリゾット、と三人の目にはメニューが訳されて映った。そして海が近いので魚介類があり、農地があるので野菜も豊富だった。
食事をして三人は宿に戻り、二日ぶりの風呂にゆっくりと浸かった。
「久しぶりのお風呂でさっぱりしたねえ」
部屋に戻って身づくろいを終えたリユルがユージナの部屋に入り、風の魔法でユージナの髪を乾かしながら言った。
「ほんとだねえ。揺れとらんベッドも久しぶりだし」
ユージナの短い髪はすぐに乾き、あとは自分の櫛で整えればよい状態になった。リユルが自分の部屋に戻るために廊下に出ると、ようやく風呂から戻ってきたヴァルルシャとすれ違った。
「あ、おかえり」
「お二人とももう髪まで乾かしたんですか。早いですね」
櫛に絡まった髪を廊下のゴミ箱に捨てに行くために部屋から出てきたユージナも、ヴァルルシャと顔を合わせる。
「ヴァルルシャは髪が長いで時間かかるもんね」
「ええ、洗うのも乾かすのも一苦労ですよ」
そう言いつつもヴァルルシャはどこか楽しそうだった。自室に戻り、長く綺麗な銀髪を乾かし、整髪料を付ける。
三人は部屋でそれぞれ休憩した後、風呂場の横の洗い場に干した下着と手ぬぐいを回収しにいく。各階のトイレの手前に設置された洗面所で房楊枝を使って歯を磨き、トイレを済ませる。
「じゃあ明日からしばらくは休暇ってことで、ゆっくりしようね」
寝る前に廊下に出て、リユルがヴァルルシャとユージナに言う。
「ええ。私も町を見て回るのが楽しみです」
「町が広いでいろんなお店がありそうだよね」
「じゃ、おやすみ」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
廊下でそう言葉を交わし、三人はそれぞれの部屋で眠りについた。




