第二章 13 ユマリ
13 ユマリ
部屋へ戻った三人はベッドに腰かけ、ユマリの話を反芻した。
「トイレの仕組み、あいたち全然知らずに使ってたんだね」
「うん。森の奥にも清潔な公衆トイレが欲しいとは思っとったけど、まさかあんなに高性能なトイレがあるとは思わんかったね」
「この世界の設定は、我々の想像をはるかに超えていきますね」
「ほんとだよね。現代日本でもあそこまでハイテクなトイレって無いんと違う? 洗剤だってさ、汚れごと消滅させるようなのは売っとらんでしょ」
「魔法の力で作られた洗剤ですものね。でも日本にある洗剤の場合、強力な物だと肌に付いたらかぶれたりしますけど、こちらの洗剤はそういう副作用はないんでしょうか」
「うーんでも、魔法の力だから変な副作用は無いと思いたいな。ていうか、魔法を使うと魔物が生まれるっていう副作用がすでにあるんだから、それ以上の副作用は無くてもいいんじゃない?
あい、異世界の設定にもリアリティが必要とは思ってるけど、魔法とか精霊とか、現代日本には無い力がある世界なんだから、そういう力は現実以上に便利な部分があってもいいと思うの。この世界は作者の理想郷みたいな部分も持ってると思うから」
リユルの言葉に、ヴァルルシャもユージナもうなずいた。
「そうですよね。現実世界で満たされているなら、ファンタジー異世界で冒険の旅がしたいなんて考えませんものね。学生の時間が過ぎてもいまだに私たちが消えていないのは、作者の中にそういう思いが残っているからでしょうし」
「基本は中世ヨーロッパ風ファンタジーで、でも衛生面とかに関しては、現代日本並みかそれ以上に便利な世界。そういう世界の中でうちらは心地よく過ごしとるし、作者が夢かなんかでこの世界を見たら、きっと心地よいと思うよね」
「そうそう。だからこの世界の設定は、あいたちが決めてない部分も、基本的には作者の理想に沿ったものだと思うんだ。世界の方で設定が勝手に決まる、っていうのは、作者の無意識がそうさせてるんだと思うよ」
「確かにそんな感じがしますね。ならば魔法の効能などは、少々ご都合主義な部分があっても野暮なことは言わず、ありがたく享受しますか。現代日本の科学では説明のできない力、それが魔法なんですものね」
ヴァルルシャが右、リユルとユージナが左のベッドに座り、向かい合った三人は納得して話を続けた。
「でもさ、ユマリさん、あんなに強いのに、『国一番の魔導士』とか言われてちやほやされるわけじゃなく、トイレを作る会社の社長っていうの、かっこいいよね」
リユルがユマリの戦いぶりを思い出しながら言った。
ユマリが浄化や水の魔法が得意なのは職業上必要ということもあるだろうが、炎の魔法の威力もリユルたちより上だった。
「十代の時って、キャラクターに『国でトップクラスの才能がある』とか設定するの好きですよね。私もかつて描かれた作品ではそうでしたし……今では恥ずかしいですけど……」
ヴァルルシャが苦笑する。
「あいだってそんな感じだったよ。現実の自分が冴えないどこにでもいる学生だから、キャラにそういう設定を作ってちやほやされる妄想をして楽しむんだよね」
「作者は今でも異世界へのあこがれは持っとるけど、もう十代の学生じゃないもんね。大人になって、『国で一番強い』みたいな肩書きより、『トイレを作って人々の生活を支える』人の方がかっこいいって思うようになったんだろうね。作者の考えの変化がユマリさんの設定に現れてきたのかも」
「そうですね。さっきリユルさんが言ったように、汚いものを処理するのも大事なことですし、それが無い世界は不自然ですよ。今まで作者が創作した世界はそういう世界だったわけですが」
「『アイドルはトイレに行かない』なんて言葉があるけど、生身の人間ならトイレに行くよね。でもフィクション内のキャラクターだと、本当にトイレに行かなくてもすむもんね。でも、あいたちは創作物だとしてもこの世界の中で生きてるんだもん、生きてるんだからトイレにだって行くよ。だから、ユマリさんみたいにトイレを作ってくれる人がいるの、本当にありがたいよ」
リユルが言い、二人もうなずいた。
「あ、そういえばさ、トイレ作っとるってことは、やっぱり『ユマリ』って名前は日本の古語から来とったんだね」
ユージナが以前話したことを思い出す。
イザナミがヒノカグツチを産んで産道をやけどし、イザナミの尿……ユマリからミツハノメとワクムスビが生まれた。そういう日本神話のエピソードだ。
「イザナミ……izanami……mizannna……ミザンナ? ユマリさんのファーストネームも、イザナミのアナグラムと言えんこともないかも。この世界の言葉としては別の由来があるんだろうけど」
ユージナがそう推測した。
「日本語での言葉遊びですからね。裏設定というか、我々だけにわかる元ネタというか。
……そういえば、ユマリさんがさっき食堂で『ルフエ島も言葉は共通』とおっしゃってましたが、ということは、この世界にも複数の言語があるということですよね」
ヴァルルシャがそのことに気づく。
食堂でユマリと食事をしたとき、三人がルフエ島は初めてだと聞いたユマリがそう言っていた。
「あっそうだね。それに、ユージナが訛ってるのは『東洋の人間だから西洋の言葉を話すのに少し訛る』って建前だもんね。ほんとはあいと口調がかぶらないようにするためだけど」
「そういや口調を決めた時にそんな話をしとったね。てことはうちは東洋の言葉と西洋の言葉、少なくとも二つはしゃべれるバイリンガルだったってこと? 実際には日本語しかできんのに」
「それにユマリさんは、ルフエ島はリーメイクン国内だから言葉が同じ、みたいに言ってましたよね。ということは、西洋でも国が違えば言語が異なるわけですよね。考えてみれば現実でも、ヨーロッパは英語だけじゃないですものね」
「そっか~。現実の人間が異世界に行く系の話でも、なぜか日本語が通じたり、都合のいい翻訳アイテムとかが出てきたりするから、あいたちの物語も『異世界の言語を日本語に訳してる』って建前で行けると思ってたんだけど、言語がいくつもあるのはどうしよう? 全部日本語訳しちゃう? あいたちはそれを全部理解しちゃうの?」
「さすがにそれは不自然すぎん? うちは日本語……いや東洋語……しかも東洋も複数あるだろうで自分の出身国の言語……それと、この国の言葉、二つはしゃべれる設定にしとかんと矛盾が出るでいかんけど、世界中のどんな言語も理解できる設定はハイスペックすぎでしょ。作者は英語すら大嫌いでテストで赤点とか取っとったはずだよ。言語が堪能なキャラ設定なんて使いこなせるわけがないよ」
ユージナが腕組みをして考える。
「確かに英語の追試をよく受けていた記憶があるね。それに、仮に『あいたちにはすべての言語が日本語訳される』って設定を適用するとしても、じゃあ通訳みたいな仕事ができるのかって言われたら、無理だよね」
「フランス語で話す人とスペイン語で話す人の間に私たちが立って、どちらの人とも日本語で話す……私たちにはすべて日本語に聞こえるけれど実際には通訳している……おかしいですものね。となると、日本語訳されているのは、私たちが今話している言語のみ、ぐらいにしておいた方がいいかもしれませんね」
「この世界の言葉が一種類じゃないとしたら、うちらが話しとるのは何語なんだろ? 複数あるんだったら区別するために名称があるはずだよね」
「あいたちで設定を考える? でも、異世界の言語を丸ごと作るのって大変そうだよ。世界任せにしちゃった方がいい気がするけど……」
三人はしばし考え込む。疲れているし、眠気も襲ってきて頭が働かなくなってきた。
「とりあえず、今日はもう寝ちゃわん? ルフエ島は言葉は共通なんだで、今すぐ考えないかん問題じゃないし」
「そうですね。今日は予期せぬ戦闘で疲れましたし」
「トイレの話が聞けたし、今日はそれでいっか」
三人はうなずいて、寝る支度を始めることにした。
歯を磨き、トイレを済ませてベッドにもぐりこむ。明かりを消し、おやすみの言葉をかけあった。
そうして、船での二日目の夜が終わった。




