第二章 07 船出
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三人がもう一度港にやってきたのは朝の八刻、現代で言う午前十時半ごろだった。切符売り場に行き、8,600テニエルを払ってフェネイリ行きの切符と六回分の食事チケットを手にする。
切符には『フーヌアデ――フェネイリ』『四人部屋 号室』『 月 日出航』と印刷されており、手書きで『三号室』と『四月四日』が書き込まれている。
食事チケットは、『朝』『昼』『夕』それぞれ二枚ずつだった。
先ほどはまだ船に荷物を運びこんでいる最中だったが、それはもう終わったようだ。船着き場に設置されたタラップに船員が立ち、乗客が切符を見せて乗り込んでいくのが見える。
船員は、セーラー服ではないが同じ青い色のスカーフを頭や首に巻いており、乗客とは見分けがつく。
三人は船着き場に行き、船員に切符を差し出した。
「はい、四人部屋の三号室ね。タラップの近くにある階段を降りるとそこに四人部屋が並んでるから」
船員は切符を確認し、三人をタラップに進ませた。切符は回収ではなく、ずっと持っていていいようだ。
言われた通りに三人はタラップを昇って船に乗り込み、すぐそばにある階段を降りる。廊下の片側には頑丈そうなガラスをはめ込まれた小さな窓が並び、反対側に、四人部屋何号室と書かれた扉が並んでいる。
三号室の扉を開けると、四畳半ぐらいの部屋の左右に二段ベッドが設置され、左右のベッドの間には鍵付きのロッカーが四つ置かれていた。部屋の扉には鍵がかからないようだが、ロッカーはそれなりに大きく、大きめのリュックぐらいは入りそうだった。部屋に窓は無く、光池で光るランプが設置されている。
「まさに寝台車って感じだよね。あ! てことは、お風呂も無いのかも」
リユルがそれに気づき、声を上げる。
「ああ……確かにそこまでの設備はないかもしれんね。二泊三日だで、そのぐらいはしゃあないか。でも、トイレはあるよね?」
「探してみましょうか」
三人はロッカーに荷物を入れ、鍵をかけて三号室の外に出た。トイレは、廊下の突き当りに男女別のものがすぐに見つかった。入ってみると、町にあるものと同じく、手前に手洗い場、奥に個室があり、水で使用後を洗い流す仕組みになっていた。
船内の他の場所へも行ってみた。四人部屋の他に、二人部屋、一人部屋と書かれた扉もあったが、扉は閉まっていたので中の様子を見ることはできなかった。
最初に降りてきた階段はまだ下に続いていたが、下は倉庫のようだった。
階段を昇って船の上に出ると、食堂や船員の部屋などがあったが、やはり風呂は見当たらなかった。
食堂や甲板では、早く乗船した他の客がくつろいでいるのが見えた。
三人も甲板に行き、船べりに手をついて一休みする。木製の頑丈な作りだった。
「ま、船旅の間ぐらいお風呂は我慢かあ。フェネイリに着いたらゆっくりしよう」
「水洗トイレがあるだけありがたいよね。船だで水道が使えませんてことになっとらんで良かった」
「船にも上水タンクと下水タンクがあるんでしょうね。でもお風呂まで設置すると水の使用量が増えますし、この船のタンクはそんなに大きくないんでしょうね」
ヴァルルシャの言う通り、船はそれほど大きくなく、大きなタンクは設置されていないように思われた。
三人の知識では、つまり作者の知識では、帆船に乗った記憶はないし、船旅もしたことが無いように思う。だから船の規模の標準というものはよくわからない。作者の船の知識はテレビや本で見聞きした程度の物のようだ。だから現代の豪華客船のイメージも混ざってしまい余計にそう思うのかもしれないが、三人ともこの船に、大型船という印象は持たなかった。
三人が船内を探索している間にも、乗客は乗り込んできていた。船室を出て外を眺めている人も多く、船内はざわついている。だが、すれ違う人数や船の大きさから考えて、この船には百人も乗れないだろうと思われた。しかもある程度の数が、青いスカーフを身に付けた船員だ。荷物の上げ下ろしも人力で行っていたし、機械が無いので船を動かすのに人手がたくさんいるのだろう。乗客だけなら五十人もいないのではないだろうか。
三人はそんな内容を、他の人に聞かれても不自然でないように、作者などの単語を抜きにして話し合った。
そうしていると、「そろそろ出航します!」という声が聞こえてきた。三人があたりを見回すと、船着き場にいる船員がそう声を上げているのが見えた。しばらく見守っていると、タラップが外され、船員がいろいろと確認作業をし、出発の準備が整えられていった。
「出航ーっ!」
船員の声がして、汽笛が響くのが聞こえた。そして三人の乗った船はゆっくりと動き出した。
甲板の上から、港が少しずつ遠ざかっていくのが見える。
「汽笛が鳴ったね。あれって帆船でも鳴るの? 蒸気とかで鳴らすんじゃないの?」
リユルが小声で二人にささやく。
「音を鳴らす仕組みは独立して作ってあるのかもしれませんよ。何か魔法的な力で……」
ヴァルルシャが小声で返す。
「というか、エンジン掛けたみたいに突然動き出したけど、帆船ってそんな自由に動かせるもんなの? それに、さっきから風あんまり吹いとらんくなかった? 風が無くても走れるん?」
ユージナがそう言って船の帆を見上げ、その裏側を覗き込むと、疑問の答えがそこにあった。
船の後ろの方、帆の背後に、人がいる。青いスカーフを首に巻いているので船員だとわかる。
だが、屈強な海の男という感じではなく、魔法使いだと思われた。長い髪は三つ編みにしてあり、ローブよりも動きやすい服装をしていたが、魔法使いに見えたのはその動きだった。
彼は帆の後ろに立ち、両手を広げている。その手の動きに応じて、帆が風をはらんで膨らむ。
「魔法で風を起こしとるんだ」
「だから自然の風が吹いてなくても船が動き出したんだね」
「汽笛も、笛の仕組みさえ作ってしまえば風を送って鳴らすことができそうですね」
三人は納得し、船の上からの景色をしばらく堪能した。
港はどんどん遠ざかり、小さくなっていく。船の速度は、周りが海ばかりなのではっきりとはわからないが、馬車と同じぐらいは出ているように思えた。魔法で風を起こしているので、天候に左右されず安定した速度が出るようだ。
三人は船室に戻ってくつろいだり、甲板に出て風景を眺めたりして過ごした。昼食は町で早めに済ませたので、持ち込んだおやつなどを食べて船での移動を楽しんだ。




